「降谷さーん。姪っ子さんがいらっしゃいましたよ」
「…姪？」
自分には兄妹はいない。だが、姪？
一体どこのどいつが下手な潜入に来たのか、パソコンの画面から目をはずして後ろを振り向くと、部下ともう一人。
「お疲れさま、降谷さん」
スーツに囲まれ浮いた存在になっている、長袖のシャツにジーパンの女の子。持ち物はない。
「ユイ…。なんでここに来たんですか」
「会いたかったから」
にこり、作られたような笑みをして小首を傾げる華奢な子は、知り合いではあるが姪ではない。
状況をよく理解していない部下達は、皆一様に頭の上にハテナマークが見えるようだ。こちらを監視するように横目で睨んでいる者もいる。
「まったく…。ユイ、場所を変えて話しましょう」
「うん」
「会議室107号室があいていますが、」
「いい。救護室に向かう」
柔く顔を綻ばせる彼女の腰へ手を支え、足早に部屋を出た。


「また追い出されたんですか」
救護室には誰もいなかった。棚の中からタオルとガーゼと絆創膏を取り出し、ふかふかなタオルをお湯で濡らした。
「ううん。自分から出てきた」
「家出、ですか」
「その通り」
ちょこん、と硬い椅子に腰掛ける彼女はまた痩せたようだ。腰の細さが以前より増していた。
タオルのお湯を絞り、手の平サイズに畳む。
「はい、シャツ脱いでください」
「ふふ、降谷さんの変態」
「はいはい。背中の方だけ僕がやりますから」
後ろにまわったことを確認すると、照れることなくシャツを脱ぎ、下着姿になる彼女。
骨がやや浮き出る背中には、いくつもの痣や赤い跡がついている。痛々しい傷は、何度見ても慣れない。
「痛かったら言ってくださいね」
まだ湯気のたつタオルで背中を軽く拭く。擦らないように、力を入れないように、出来る限りの優しさで汚れを拭いた。
背中の傷だけじゃなく、心の傷も癒せればいいのに。
降谷は小さな背中を見ながら心の中で呟いた。
「いたい」
「すみません、滲みましたか」
「違う、降谷さんのバカ」
震えた声。膝の上の握りしめた拳。手の平に落ちた雫。
「ユイ……」
「みないで。大丈夫だから……」
居場所の無い彼女。どうか、心の拠り所は自分のところにあってほしい。
「ユイ、僕と一緒に暮らしましょう」
彼女は嗚咽混じりに、弱く儚く返事をした。
「手当てが終わったら帰りましょう。僕たちの家に」