このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

モノノ怪



 静かな夜だ。

 二階建ての旅館に泊まることになり、縁側で月見酒をしている。

 私はすでに顔が火照っているのを自覚しているが、薬売りさんの方は平時と変わらぬ白い頬のままだ。

 化粧は落とされている。だから余計に色白に見えるのだろう。

 夏の虫の鳴き声だけが、微かに聞こえる。

 モノノ怪もここ数日、姿を現していない。
 だがモノノ怪探しのために歩き続けることに変わりはない。

 妖退治は全くだが、むしろ薬売りとしての仕事が繁盛し、懐は潤っているようだ。隣で見ていると、薬だけでなく、艶本の方も売れ行きが良さそうだった。
 ともかく、商売繁盛したおかげで、こんな宿に泊まることができた。

「これは、ずいぶん……旨い酒ですねぇ」

 銚子からとくとくとお猪口に注ぎ、また一口、こくりと飲んで息をついた。

「今日はよく飲みますね」
「ええ、まあ。美味なものですから」

 彼は私の手のなかのお猪口をちょっと覗き込んで、それから私の顔を見てから薄くにやりと笑った。

「あなたも、珍しく進んでいるようですね」

 お酒は好きだが酔いやすい。それにこの旅路ではなかなか飲む機会がないから、耐性がつかず、よけいに酔いやすくなる。

「そろそろ控えます」
「おや。もったいない」
「先に寝ていますね」

 腰を上げようとしたが、彼の手が腿に乗せられ私は動きを止めた。

「なん……」
「今日は暑いですねぇ」

 彼の髪がふわりと近づき、薬売りの香と、酒の匂いが濃くなった。

 そして、ペロリ、と熱く湿った舌が首筋を這った。

「本当に、一人で先に寝るおつもりで?」

 男は、ふふ、と機嫌良く笑った。

「……ずいぶん酔っていますね」

 私の体のなかの血液が急騰するのを感じる。舐めとられたばかりの首筋に、また一粒の汗が流れ落ちるのがわかった。

「いやいや。それほどでも」

 男はそういって一口、酒を含んだ。

「塩辛いものと、合いますね。この酒は」

 彼の手はまだ私の腿の上にあり、私に制止をし続けたまま、するりと撫でた。
 それと同時に、胸の間に汗が伝うのを感じた。

1/2ページ
スキ