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ギッ、と板張りの廊下が鳴る音に重なって、あのひとの声がした。
私は、いや、洗足家の客間にいた者たちは、いっせいに顔を上げた。
「──みな、元気そうでなによりです」
洗足伊織はそう言った。
誰も返事はできなかった。
三年、待ったのだ。
たった一行の書き置きに従い、洗足家の家族は、洗足伊織に関わった者たちは、彼を信じて待った。
彼の声は、私たちのなかに張られた微かな緊張と不安を打ち消してくれた。
それはいつもの彼の叱責や助言のようで、それでいて和で、だけど当たり前でもない、日常の言葉だった。
洗足伊織の帰還は、今すぐにでも彼の細い体に腕を回してその存在を確かめたくなるものだった。
だが、彼は夷さんを呼び着替えをしたあと、脇坂さんを亭主に任命し、妖琦庵へ入っていった。
私とマメくん、それにひろむさんは客間で涙を流し、鼻をすすり、そんな子どもみたいになった自分達を笑いあった。この数年間で凝り固まった頬が、やっと思いどおりに緩んだ。
長い戦いだった。たくさんの犠牲がでた。ここにいる皆、心も体も傷ついた。
でも、この家の主人が帰ってきたことで、その長い試練も終わりを告げた。
妖琦庵からでてきた彼は、慎重な足取りだったが、歩みに迷いはなかった。
「先生」
声をかければ、こちらを振り向いた。青い目が遠くを見据えているみたいだった。
「おかえり、先生」
声が震えないよう、しっかりとそう言う。
彼は、ふ、と息をついて少し困ったような顔をしたあと、返事をしてくれた。
「ただいま」
私はあの声を聞いた後、思わず客間から裸足で飛び出し、彼のもとへ走った。
「せんせ、……伊織……っ」
ほんの少しの距離なのに息があがった。
私は伊織の前にたち、その名前を呼んでから着物の袖から伸びる手に触れた。白杖を邪魔しないように手の甲を撫で、腕を伝うように手を滑らせた。
両手で彼の細い腕を着物越しに感じ、我慢できずに身を寄せた。
伊織の鼓動が耳を直接震わせた。布越しでも、頬に感じる彼は温かかった。
着物が汚れてしまうと思ったし、言われるかもと頭を掠めたが、頭上にポンと置かれたのは彼の手のひらだった。
「心配をかけたね」
雪を溶かす春の陽みたいな声だった。
私は、いや、洗足家の客間にいた者たちは、いっせいに顔を上げた。
「──みな、元気そうでなによりです」
洗足伊織はそう言った。
誰も返事はできなかった。
三年、待ったのだ。
たった一行の書き置きに従い、洗足家の家族は、洗足伊織に関わった者たちは、彼を信じて待った。
彼の声は、私たちのなかに張られた微かな緊張と不安を打ち消してくれた。
それはいつもの彼の叱責や助言のようで、それでいて和で、だけど当たり前でもない、日常の言葉だった。
洗足伊織の帰還は、今すぐにでも彼の細い体に腕を回してその存在を確かめたくなるものだった。
だが、彼は夷さんを呼び着替えをしたあと、脇坂さんを亭主に任命し、妖琦庵へ入っていった。
私とマメくん、それにひろむさんは客間で涙を流し、鼻をすすり、そんな子どもみたいになった自分達を笑いあった。この数年間で凝り固まった頬が、やっと思いどおりに緩んだ。
長い戦いだった。たくさんの犠牲がでた。ここにいる皆、心も体も傷ついた。
でも、この家の主人が帰ってきたことで、その長い試練も終わりを告げた。
妖琦庵からでてきた彼は、慎重な足取りだったが、歩みに迷いはなかった。
「先生」
声をかければ、こちらを振り向いた。青い目が遠くを見据えているみたいだった。
「おかえり、先生」
声が震えないよう、しっかりとそう言う。
彼は、ふ、と息をついて少し困ったような顔をしたあと、返事をしてくれた。
「ただいま」
私はあの声を聞いた後、思わず客間から裸足で飛び出し、彼のもとへ走った。
「せんせ、……伊織……っ」
ほんの少しの距離なのに息があがった。
私は伊織の前にたち、その名前を呼んでから着物の袖から伸びる手に触れた。白杖を邪魔しないように手の甲を撫で、腕を伝うように手を滑らせた。
両手で彼の細い腕を着物越しに感じ、我慢できずに身を寄せた。
伊織の鼓動が耳を直接震わせた。布越しでも、頬に感じる彼は温かかった。
着物が汚れてしまうと思ったし、言われるかもと頭を掠めたが、頭上にポンと置かれたのは彼の手のひらだった。
「心配をかけたね」
雪を溶かす春の陽みたいな声だった。
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