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鬼滅の刃

「鬼狩りさま、申し訳ないのですが……」
「あん?」
「こら伊之助、女将さんを脅さないの」
「脅してねえよ」 

 山の麓の秘境の地。その場所にある藤の花の家の腰の曲がった女将は、「風呂は1つしかない」「追い焚きは薪がきれておりできない」と言った。

 それでもまだ風呂が温かければ救いがあったが、あいにく私達が任務を終えてここにこれたのはもう夜明け近くだ。

 幸い、1時間半ほど前にもう一人の隊士が来たらしく、そのときに風呂を沸かしたのを最後に薪がきれたらしいがもうそろそろ冷めるときだろう。
 つまり入浴したくば一緒に、というわけだ。

「じゃあ私は遠慮しておくので……伊之助はゆっくり入っておいで」

 傷や土の汚れなどは私も伊之助もどっこいどっこいだが、まあ濡れた手拭いで拭けば綺麗にはなる。
 少し休憩してからここを発てば、別のところで温泉にでもつかれるだろう。

「べつにお前も入ればいいだろ」
「あなたが良くても私は良くない」
「は?どういうことだ」

 この間も女将さんは絶えず謝罪を述べ頭を下げていた。

「ふつう、男女がむやみやたらに裸を見せあうものじゃないってこと」

 私は山育ちの彼にそう言ってやった。
 べつに嫌味というわけではなく、どういうことだと言われたので答えたまでだ。

「そんなことかよ。べつにオスとかメスとかどうでもいいだろ。だいたいお前、それ、さっきから気にしてただろ」

 「洗った方がいいんじゃねーの」と言いながら指を指すのは私の髪。
 救えなかった子供たちの血飛沫が、べったりとこびりついた髪。

「……」
「さっさと行くぞ」
「伊之助って……優しいんだか強引なんだか……」
「ふん!俺はお前の親分だから優しいのは当然だ!」

 まあタオルを巻けばいいか。どうせ伊之助もこの調子だ、そこら辺の男のように変な気は起こさなそうだ。
 私は女将さんの許可を得て、風呂にタオルをつけることにした。






「せめぇな」

 タオルを腰に巻いた伊之助は、腰に手をあてながらそう言った。
 ちなみにこのタオルは先程、脱衣所で容赦なく全裸になった伊之助に投げつけたものだ。

「じゃあ私が先に洗ってるから、伊之助は温まってて」

 大きめのタオルで体を包んだ私はさっさと終わらせたくて必死だ。
 ざっぷり。小さな浴槽に半ば飛び込むようにして入った伊之助。「ぬるい!」と叫んでいるが、その実それほど悪くはないみたいだ。任務続きで入浴自体久しぶりだから、それもそうだろう。

 私は桶に湯を汲み、頭からかぶろうとしたのだが──、

「いっ、たい」

 腕を上げようとすると肩から肘にかけて激痛が走った。

「お前、肩に深い傷あんぞ」
「え……あ、あのときかな……」 

 たしかに鬼に斬られた記憶はあった。今の今まで忘れていたが、肩の筋肉を使おうとすると思い出させるように痛みが走った。

「目ぇつぶっとけ」

 そう彼の声が聞こえたと思ったら、頭上にややぬるいお湯がざぶりと無遠慮にかけられた。

「っぶ、わっ!ちょ、なに、げほっ」
「親分は困ってる子分を助けるもんだろ」
「いや、それにしたって、ていうか、いいから、うわっ」

 伊之助は私の静止も気にも留めずに、浴槽から半身を乗り出して再び湯をかけてきた。

「石鹸って目に入るとしみるぞ」 

 そういいながら彼の手のひらに握られた石鹸はぶくぶくと泡を立てていた。

 これは不可抗力だ。たしかに自分では洗うことができそうにない。
 私はこれからされるであろう伊之助の野性味あふれる身の清めを覚悟した。

「もっとこっち来い。届かねえ」
「ご、ごめん」

 私は言われるがまま伊之助に近づいた。
 ガシガシと洗髪されるかと覚悟したが、伊之助の手は意外にも優しく私の髪に付いた血や汚れを落としていった。

 とはいえやはりそれなりに力が強いが、なんだか撫でられているような感じがしてこそばゆい。
 これが伊之助の言う「ほわほわ」なのだろうか。

「流すぞ。目ぇつぶれ」

 言われた通りに目をつぶって待つ。今度はゆっくりと湯をかけられた。

「伊之助、お兄ちゃんみたい」
「俺には兄妹なんていねえよ、紋治郎じゃねえんだから」
「炭治郎ね。でも、伊之助がお兄ちゃんっていうのもいいかもなあ……」

 不器用だけど優しい、そして強いお兄ちゃん。自慢の兄になりそうだ。

「う、るせえよ」

 ざっぱーんと最初みたいに湯をかぶせられ、私は数回むせた。
 前言撤回。自慢の兄にはならなさそうだ。
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