Short Story
「まずは君の言い分を聞こうか、伽羅坊。いいか、聞く順番に意味はない。俺はいっぺんに二人の話を聞くことができないわけでもないが、しっかり聞くにはちゃんと一人一人に耳を貸した方が良いだろう」
執務室でペンが紙を滑る音と重なって、外から珍しく怒号が聞こえたのはつい15分ほど前のこと。声の主はそれから1振り増え、大倶利伽羅、長谷部、そして鶴丸の3つの声が聞こえる。おそらく中庭を挟んで向かいにある、部隊の引継ぎ部屋──つまるところ、作戦をたてて会議をする部屋だ──での揉め事であろう。鶴丸の仲裁があれば問題は無さそうだけれど、一応本丸の主として様子を見ておくに越したことはないだろうと、私はペンを置き、重い腰をあげて部屋を出たところだ。
「戦力の拡充が最優先事項だ。このところの出陣は戦場に見合った強さの男士が設定されていない。昨日の手入れ部屋の惨状を知らないわけもないだろ」
元々あまり喋る方ではない大倶利伽羅。饒舌な姿は珍しく、そして言ってることも的確だった。
「確かに、手入れ部屋の稼働が一時期より頻度が高いな。負担をかけないために戦場を見直すのも一理ある」
鶴丸の返答はリフレインと要約の術を使っている。リフレイン。オウム返しのことだ。つまりこの相槌はほとんど大倶利伽羅と同じことを鶴丸も言ったということになる。あくまで鶴丸の意見は反映されていないのだ。この技術は私も福祉の授業で少し触れた程度だが、知っている。相手の話を聞くときに有効な方法だ。なぜ審神者の養成所で福祉の授業があったのかは知らない。人間と人間が支え合う機能を忘れないためにだったのかもしれない。
「それじゃあ、長谷部の言い分は?」
「俺たちの能力の修正がされた噂が立っているんだ。最前線で活躍しているこの本丸が、昔と同じように検証のデータを集めているだけだ。大倶利伽羅も新参ではないのに、なにを今更……。それに、負傷はしても折れてはいない。第一、これは主命だ。主命を果たすのは俺だけの任務ではない。この本丸の刀剣男士すべてが対象になると思うが?」
「長谷部の言っていることも間違ってはいない。データの収集はもう3年くらいだったか、ともかく何年もやっていることだ。誰も折れていないのは流石の采配だよなあ」
大倶利伽羅は「感心してる場合か」と言わんばかりに大きく溜息をついた。
「こうして本音でぶつかり合えるのもいいことだと俺は思う。だがなあ、あまりの剣幕だと、それこそ本丸の空気も悪くなる。主も、すまんな。わざわざ来てもらってしまって」
いつから気付いていたのか、鶴丸は私の存在を口に出した。私が出ると両者とも別々の意味で委縮してしまう可能性があるから控えたのだが……。鶴丸にもなにか考えがあるのかもしれない。
「よし、ひとまず茶を入れてこよう。茶菓子は何がいいだろうか。せっかくだし鶯丸も誘うぞ。ああ、きみ、茶を運ぶのを手伝ってくれないか。作戦会議はそれからだ!」
もう一度繰り返すが、鶴丸にもなにか考えがあるのかもしれない。おそろく。きっと。ある、よね。