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Short Story(parody)

「あれ?」

 朝のラッシュの時間。駅の乗り換えで歩いていると前方に襟足を伸ばした銀髪の、一見ホストにも見える知り合いが。
 黒いスーツを身に纏い、革の鞄を下げている。

「鶴丸?」
「ん?おお!偶然だな」

 やはり彼は鶴丸だった。
 彼は大手楽器店のお偉いさんだ。普段ならもっと都内の方にいるはずだけど……。

「珍しいね、こっちの方に来るなんて」

 鶴丸は私の横に並び、私の片手から荷物を取った。そんなに重くないからいいのに……。

「ちょっと支店の方に用があってな。きみの学校の近くの店に呼び出されたんだ」
「それじゃあ一緒に行こ!こっち方面で通う友達いないから、寂しかったの」

 ああ、いいぜ。と鶴丸は笑いながら答えた。
 


 それから他愛ない話をしながら、改札をくぐる。

 この時間はどこの車両も混んでいるが、穴場である最後部車両はまだ人が少ない。私と鶴丸はそちらへ向かった。
 電車がくるまであと2分。

「でも、鶴丸の本社があるところのほうが満員電車すごいよね」
「ああそうだな。毎朝押し潰されるから、俺は車通勤に変えた」
「いいなあ私も車通学したい……」
「送迎しようか?」
「え?!」
「……といいたいところだが、なにせ場所が意外と遠いからな……」

 なんだ……。
 本気で期待してしまった。

 私も毎朝ラッシュに巻き込まれるというわけではないが、それでも週に2~3回くらいは早めに学校へ行かなければなので乗車率200%に揺られて通学している。

『間もなく電車が参ります。黄色い線の内側でお待ちください』

 構内アナウンスが告げ、およそ30秒後に車両がホームに滑り込んでくる。

「なかなかに多いな」
「……別の線で運休があったからかな」

 だが乗るしかない。
 開いたドアから人間が雪崩のように出てきてもなお、満員を維持する車両に、意を決して乗車する。

「きみ、こっちへ」

 鶴丸に腕を引かれて、車両の端へ誘導される。そして私を壁際に立たせ、彼は横へ立った。

「あと7駅だよな?」

 私は頷いた。

「まったく、本当に電車通勤というのは厄介だな」

 いつもなら押し潰されているのに、今日は彼が人の壁となってくれて呼吸ができるくらいにはスペースがある。

「きみ、こんな満員電車のなかで嫌な目にあったりしないのか?」
「まあ……満員っていうのが十分嫌だけど」
「こいつみたいに、触ってくる輩は普段はいないのか」

 背後から中年くらいの男の呻き声が小さく聞こえた。

「ああ、きみは振り向かなくていい。こんな人間の顔なんざ見たって醜いだけだ」

 肉厚で短い指をした腕を掴んで掲げる鶴丸は、口角だけあげてそう言った。

「さあどうしたものか。俺達が降りるのはまだまだ先だ。俺はまだしも、きみを遅刻させるわけにはいかないしなあ」
「つ、鶴丸、いいよ、慣れてるし……」
「慣れているだと?貴様、そんなにこの子に触れているのか」

 ギリ、と掴む手を強めた。幸いにも男は逆上するような神経の太さはなく、すっかり鶴丸に怯えているようだ。

「おっ、俺はなんもしてねえ!なんなんだお前は、勝手に人を犯罪者扱いしやがって!」
「騒がしいなあ。俺はこの目で見たんだよ。それに彼女も証拠人だ。だいたい、周りを見てみろ。お前を援護するような人間はいないんじゃないか?」

 同じ車両の乗客たちは、皆一様にこちらを不審の目で見ていた。私にとってはこっちの方がよっぽど恥ずかしい。

 だが鶴丸の言うように、女性のなかには見るからに嫌悪を表している人もいた。被害者なのだろうか。

「うるせえよ!離しやがれ」

 男は鶴丸の腕を振り払い、丁度ホームに到着して開いたドアから走って逃げた。
 鶴丸は舌打ちをして、追い掛けようとしたが、私は彼のシャツの袖を掴んで引き留めた。

 彼が舌打ちをするなんて初めて見たし、彼自身も怖かったが、これ以上問題をややこしくしてほしくないし私自身は犯人逮捕とかには拘らない。次回から車両を変えればいい話だ。

「鶴丸!もういいから。あいつはたぶんこれで懲りたから。私も次から別の場所に乗る。もういいよ。ありがとうね」
「だが……」
「いまは鶴丸といるから安心だしね」

 私は笑ってそういうと、彼は一瞬考えてから深くため息をついた。

「やはり車での送迎を真剣に検討するか……」
「え!それは普通に嬉しい!」
「現金だなあ……」

 彼は、はは、と笑った。
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