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Short Story

「鶴丸」
「ん?なんだい」

 たぶん、そろそろ生理なのだろう。異様にムラムラと欲が湧いてくるのだ。

 でも、私は尻軽女ではない。鶴丸を呼んだのだって、そういうことをするためではない。だいたい、隣で真面目に近侍の仕事に勤しむ彼にそんなふしだらな頼みなどできるものか。

「ええっとね……」

 というか、名前を呼んだのもほとんど無意識だ。なにを言おうか。

「どこか分からないところがあったか?」

 鶴丸は戦績を記す私の目の前の書類を覗きこんだ。ふわり、と香る白檀。

「これは……一昨日の戦績か?隊長は膝丸だったな。呼んでこようか」
「あ、いや!いいの!戦績は大丈夫」
「じゃあどうしたんだ?」

 彼は眉をひそめて、私の顔を覗く。綺麗な瞳だ。まるで子犬のようで、抱き締めたい衝動が襲う。
 ただでさえ、本当ならいますぐにでも触れたいのに。

「……きみ、香でも焚いたのかい?甘い香りがする」

 すん、と鼻を鳴らす鶴丸。
 私は香など焚いていないのだが……。まさか、月のものの血の匂い?いや、まだ来てないはずだ。

「いや、なにもしてないけど……」
「本当かい?首もとと……着物の胸元から、すごく優しい香りがする」

 鶴丸の顔がとても近い。彼の襟足が触れそうだ。
 そしてすごく……抱き締めたい。なんだこの衝動は。母性なのか?それとも性欲なのか?

 男士との体の繋がりは御法度だ。私はきちんとそれを守ってきている。
 でも、今回ばかりはどうしても……触れたい。

「あの、鶴丸。嫌なら嫌って言ってね……」
「ん?ああ……って、……っ」

 距離の近くなった鶴丸の体に腕をまわして、彼の胸に顔を埋めた。……よっぽど鶴丸のほうが良い香りがする。

「あ、あるじ、どうした?珍しいな」
「嫌だったら突き飛ばして」

 細いようにみえて、やはり戦場で戦う男。その体は意外にもしっかりとしていた。

「嫌なもんか。ただ驚いただけだ」
「これは良い驚き?それとも悪い驚き?」
「なんだ、きみ。珍しいことだらけだな」
「……答えないのならこれは悪い驚きね」

 鶴丸は結構気配りのできる刀だ。

 私は彼にまわしていた腕をほどこうとした。
 しかし、予想外にも彼が私の背中に腕をまわした。

「とんでもない。素晴らしい驚きだ。……ただな」
「……ただ?」
「ううんと……そうだな、きみには危機感というのも持ってほしいからな」

 そう言いながら、胡座をかいた鶴丸の足の間にすっぽりと納められる。彼の真っ白に包まれ、全身を白檀の香が漂う。
 そして着物越しの私のお尻に感じる、固いなにか。

「え、いや、あの、鶴丸……その、あたって……」
「俺も男だからな」
「ひぇ……」
「ふは。なんだいその可愛いげのない反応は」

 怒るに怒れない。気まずい。

「きみの香り、とても興奮するんだ。なぜだい?いつもとは違う。今日のきみは……そうだな、とてもそそる」

 言葉は怖いくらいに雄の囁きだが、彼の声色は変わらぬ優しさだった。

「それに、きみから俺に触れてくるなんて」
「いや、その……人肌恋しくて……つい……」
「はは、そうか」

 なかなか離そうとしない鶴丸。彼の男の部分が押し付けられ、変な気分になってくる。でも、この先はやってはいけないことだ。

「ねえ、鶴丸。あのね……」
「うん?」
「私ね、鶴丸のことが、す……」

 好き。と、そう告げる前に彼の右手によって塞がれた。

「そこから先は言ってはいけないな。いまそんなことを言われたら、俺だって我慢がきかなくなる」
「……」

 私は無言で彼の胸の鼓動を感じた。早鐘を打つ彼の心臓。

 私の想いは、きっと届いてるんだな。と思った。
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