Short Story
おやつを食べて、お風呂にはいって、あとは晩御飯を食べて歯を磨けば今日を終えることができる。
その他にも細々とやることは多いが、残る試練はあとわずかだ。それが終われば、寝ることができる。
なにはともあれ、はやく寝たい。
はやく寝たいのに。
「あーれ。どこ行っちゃったかな」
ひとりごちた声は廊下を行き交う湯浴み後の男士の談笑でかき消された。
小竜景光が主を探して、もう十分は過ぎた。
ちょうど開け放たれていた村正派の部屋は無人だったが、時計の秒針が動く音がした。壁にかけられた時計を盗み見ると、二十時三十五分を過ぎたところだった。
普段なら主はもう自室にいるはずだが、さっき覗いてみたらその姿はなかった。
大浴場には主の順番が終えた証である「主済み」の札がかかっていたし、食堂にも、広間にもいなかった。
なにせ本丸は広いので、誰か一人を探すとなると苦労する。
主の動向をもっとも知る男士、近侍の鶴丸国永はさっき大浴場に行くのをみた。初期刀の山姥切国広も調理場にいたし、ジャガイモの皮剥きを任されていたからしばらく主とは会っていないはずだ。
あとは……古参の短刀である厚藤四郎か、主のお気に入りの男士にあたってみるか。
自分で表現しておいて、「主のお気に入りの男士」という言葉に眉を寄せ顔をしかめた。
「いけない、いけない。余裕を失っているよ、俺」
自分だってたぶん「お気に入り」のうちに含まれているようなのは薄々と感じているが、まだ確信は持てていない。
燭台切や他の男士たちから話を聞く限りでは、相当好かれているらしいが、自分ではその実感がなかった。
それは俺が鈍いとか、そういうわけじゃないと思うんだけどなあ。
主として全ての男士を平等に扱わなければいけないという理念も含まれているのだろう。
近侍の鶴丸国永は置いといて、見るからにお気に入りな五月雨江は主が犬好きだというのが大きな要因だ。
ちなみにこれは自他ともに認めているらしい。
「うーん……」
繰り返しになるが、本丸は広い。しかも様々に廊下が繋がっているので行き違いがおきやすい。
どこから攻めるか。
まさか、執務室に戻っているなんて、あの主に限ってそんなことがあるだろうか。
「あれ。小竜じゃん。なにしてんの?」
「ん? やあ、加州清光。きみこそどうしたんだい。こっちの離れに来るのは珍しいんじゃない?」
「まーね。俺たち古参の部屋は向こうだし、あんまこっちに用ないしね。そんで、あんたは何してんの?」
まったく、こちらの問いを交わすのが上手い奴だ。
「主を探しているんだけどさ、きみ、知らない?」
「あー……」
声を引き伸ばしたまま、加州清光は小竜の顔を渋い顔で見た。
「……あんたにお願いがあるんだけど、いい?」
「うん?」
「まずひとつ、怒らないでほしい」
「ん? うん」
「ふたつ、話しかけないでほしい」
「おっと?」
「最後に、明日になったら好きにしていいよ」
言い終えた加州清光は相変わらず眉をひそめた、呆れたような顔をしていた。
「いったいどういうことなのかな」
「主ね、まだ……っていうか、また仕事してんの。締め切りに間に合わないって言って。でも主は夜弱いんだしって説得しようと思ったけど、たしかに終わる分量じゃなかった。かといって俺たちが触れていい文書でもないから、本人が片付けるしかない。提出が遅れたら本丸の評価も下がる」
「なるほど、修羅場ってわけ」
「そーゆーこと。あ、でも主を責めないでね。昨日届いた政府からの緊急封筒。あれのせいだから」
吐き捨てるように言って、加州清光は肩をおとした。
「それは大変そうだねえ。でも、明日になったら好きにしていいんだね?」
「どーぞどーぞ。たっぷり可愛がってやりなよ、お気に入りサン」
肩をぽんと叩かれ、小竜は思わず「えっ」と素っ頓狂な声がでた。
「きみも……そう思うの?」
「……え、ふつーに思うけど。てか皆思ってるだろ。まさか自覚ないの?」
ここで素直に頷くのも癪だし、かといって自信満々に否定するのも、と小竜は口許を片手で押さえて首を傾げた。口角が上がってしまいそうなのを、抑えるのに必死でもあった。
「はあ~?」
加州清光もまた、怒っているんだかニヤけているんだか、どっちも含んだ顔と声で小竜景光の背中をバシバシと叩いた。
──明日、どうしたものか。