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Short Story

「お嬢様、そろそろ電気を消してお休みになってください」
そう言いながら、当家の執事セバスチャン・ミカエリスは右手に湯気の立つマグカップを持って執務室へ現れた。夜の帳はとっくに下り、まもなく日付もまたぐ頃だ。
「あと少し。この書類に目を通したら寝る」
 女王からの仕事は一段落ついたのだが、ファントム社としての玩具製品の進出が進み、様々なオファーの手紙をまとめるのに忙しい。本当はシエルが創設したのだから、彼にやってほしいのだが……。
「そう言って結局あと数時間は机に張り付くのでしょう?お嬢様のお肌にも悪いですし、今晩はもうやめにしましょう。坊ちゃんもベッドでお待ちになっていますよ」
「紛らわしい言い回しをするな。……シエルの体調はまだ回復してないの?」
「ええ……」
 コツコツと靴を鳴らしてデスクに近づくセバスチャンに問えば、彼は整った眉を八の字にして答えた。ことり、とデスクに置かれたマグカップには溶けそうな乳白色の蜂蜜入りホットミルクが入っている。
 本業である女王の番犬としての仕事の一件で見事体調を崩したシエル。女王やその側近から届く手紙の処理以外にも、ファントム社の経営、勉強、パーティーなど、様々な仕事ややる事はある。シエルが床に臥せっている時くらい、私だって頑張ってみせるんだ。そう意気込んではいる。──がしかし。こう何日も夜更けまで書類に釘付けは流石に疲れてきた。でも、私がやらずして誰がやるというの。
「お嬢様、」
 人がせっかく集中しているというときになんなんだ、と顔を上げると視界に映ったのは白。否、陶器のように白い肌。それと漆黒の髪。柔らかく触れる唇。
「……っ」
 右手に持っていたはずのペンは彼によって奪われ、私の手は虚空を握った。
 乾いた唇を舐められ、しっとりと濡れたそこに薄い舌が侵入してくる。彼の冷たい眼差しからは想像できないほど、ヒトらしい温もりが口腔を蹂躙した。
 歯列の裏を舌先でなぞられ、唾液を交換するようにくちゅくちゅと厭らしい音を立てて吸い、舌を絡ませられ、それだけで脳から溶けてしまいそうに快感が一気に全身を犯した。
「ん、……ふ、」
 そろそろ息が持たない。酸欠も相まって、頭がぼうっとしてきた。震える瞼と生理的な反応で潤む瞳。霞んでいた視界と思考が、突然の肉欲についていけない。
「…っ、……これ以上はやめておきましょうか」
 じゅ、と最後の口付けをしてから離れる唇は銀糸を薄く引いた。
「ば、か……最初からやるなっていうの……」
 もう仕事どころではない。こんな熱に浮かされた状態でまともに頭が働くわけがない。私は丸め込まれそうになった威勢を虚勢で取り繕い、キッと睨んでやった。そして重くため息をついた。
「さ、お嬢様。これで一息ついてください。もうお仕事はやめですからね」
 憎い執事はペロリと舌なめずりをし、その唇に弧を描いた。
「……はいはい」
 まったく、本当にこの執事は気に食わない奴だ。
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