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【愛を召しませ】(ヒョクハン/健全/2013)

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(幸せって、こういうことを言うんだろうな)
ウニョクはこのごろ日常のあちこちで、幸せを実感している。朝目覚めた体が上手に動かず、目だけ動かして隣を見ると、しっかりとハンギョンがしがみついて、すうすうと静かに眠っていた時とか。洗面台にもう一人分の歯ブラシがあるのを見つけた時とか。暇潰しにテレビで映画を見ながらお菓子の袋に手をのばすと、もう一人の手が「俺にもちょうだい」と邪魔してきた時とか。「ただいま」と玄関を開けたら、彼の靴がきちんとそろえられてるのに芽を落とした時とか。――ほかほかと湯気をたてる彼の手料理が、テーブルを埋めつくしている時とか。

わりと大食いなウニョクに合わせて、ハンギョンはいつも冷蔵庫にぎっしりとおかずを仕舞う。
「俺がいない時はこれ食べてね」
「うん」
「タッパーにシールついてるけど、赤が肉とか魚。青が野菜だから。一つずつ食べてね。おやつは……」
ハンギョンは細かく言い付ける。ウニョクはおとなしく聞いていたが、ふと思いついて。背中からぎゅっと抱きしめる。
「へっ……?」
突然腕の中におさまって、ハンギョンの体が明らかにこわばった。
「大丈夫だよ、誰も見てないから」
耳元で囁くと、彼の体からすっと力が抜ける。ハンギョンは、宿舎での距離感をとても気にする。友達らしく振舞おうとするたびに、もうみんな知ってると言っていいのか。ウニョクは悩んで。いつも結局、もう少しやきもきさせておこうとなる。

「……俺も中国に行きたい」
「だめだよ。君はこっちで予定があるだろ」
「でも行きたい」
腕に力をこめると、ハンギョンは「今日のヒョクは甘えたいんだね」と笑って、たくましい腕をぽんぽんと優しく叩いた。ハンギョンは知らない。中国で熱狂に晒されて、スターにふさわしいスケジュールをこなして帰ってくると。ハンギョンはいつも、一回り小さくなったように見える。大食いのウニョクのために、冷蔵庫をぎっしりとお手製のおかずで満たしたのが空になるのと引き換えのように。ウニョクがたくましく、強くなる代わりに、ハンギョンは弱るようで。ウニョクはこのごろ、鏡に自分の体を映して、まるでハンギョンから吸い取った『命』を纏っているようなたくましい筋肉に、ため息を吐くことがある。

「……なにか難しいこと、考えてる?」
図星を突かれて、ウニョクの腕から動揺で少し力が抜ける。その隙に、ハンギョンはするりと逃れた。向かい合って、ウニョクの瞳をじっと見つめ返す。彼の眼差しは、心の底まで透かすようで、ウニョクはう、と思わずたじろいだ。
「あのね。俺はただ、君が美味しそうに食べてくれるのが好きなんだ。俺の想いが、君の肉体になると思うと、やりがいもあるというか……上手く言えないけど」
ハンギョンはゆっくりと言葉を選びながら話す。
「だからね、俺が弱々しく見えるとしたら……それは、ヒョクにあげた幸せの分だって思って。俺は君が食べているのを想像するのも好きだし。帰ってきて、また君と暮らせるのが楽しい。それだけじゃだめ?」
ウニョクの胸が、じいんと熱くなる。
「だめじゃないよ。……嬉しい」
ハンギョンも「よかった」と目を細めて笑う。
「でもちゃんと食べてよ。俺が不安になるから」
「分かったよ。ヒョクが心配してくれるのって、変。……ちょっと、むずがゆいな」
ハンギョンは照れくさそうに笑って、また荷造りに戻った。ウニョクは冷蔵庫を開けて、ぎっしりとしまわれたおかずのタッパーを見る。ちょうど一日一つと計算して、彼が帰ってくるまで。六十日分あった。
(これを食べ終わったら、ヒョンが帰ってくるんだ……)
ウニョクは冷蔵庫の扉を閉じて、また幸せな食卓をまぶたの裏に想像した。



プールに誘ったはいいが、ハンギョンはすっかりくたびれたらしく。浮き輪でゆったりと水に浸かるだけだ。その背中はいつもより骨ばっていない。約束をきちんと守ってくれたらしい。ウニョクはすいーと泳ぎながら、彼が気持ちよさそうに目を閉じて、冷たい水の中を流れて行くのを横目に眺める。

「ねえ、アイス食べない?」
ドンヘが呼んだのに、ウニョクは「アイス!」と目を輝かせた。ターンしたばかりを、大急ぎで泳いでプールサイドに上がる。ハンギョンも浮き輪のまま上がってくる。シウォンはもうゆったりとベンチに横たわって、チョコアイスをかじっていた。こんな仕草でも絵になるなぁ、とウニョクは少し羨ましくなる。

「チョコと苺とバニラ。さあどれにします?」
シウォンはこういう時、いつもハンギョンから聞く。ウニョクはむすっと口をとがらせた。苺は俺のだ。苺だけはやめろ。願いをこめた視線に気付かず、ハンギョンはクーラーボックスの中を見る。
「う……どれも美味しそうだし、決められない……」
ハンギョンは悶々と悩む。シウォンが食べ終わるまで数分、ずっと悩んでいた。早くしてくれ。ウニョクとドンヘがげんなりしてきたころ、シウォンは体を起こす。その目に、悪戯っぽい光が宿った。
「分かりました。じゃあ俺が味見して、美味しいやつを半分あげますよ」
「そっか。……待ってよ!じゃあシウォンが食べちゃうの!?」
「それが嫌なら、すぐ決めて下さい」
「うぅ、じゃあ……」
苺を取ろうとして、ハンギョンの手が止まる。ウニョクがじっと、潤んだ瞳で見つめているのに気付いた。
「やっぱりバニラ……」
「ありがとう!いつも最後は分かってくれるヒョンが好き!」
とたんに元気になったウニョクは、うきうきとかじり始めた。ドンヘは「俺は選ぶ権利ないの?」と笑う。だが好きなチョコミントにようやくありつけて、おいしそうに食べ始めた。

「あっ、そうだ。写真いい?ツイッターに上げたいんだ」
ウニョクはアイスを口に突っこんだまま、スマホを出す。シウォンとドンヘはいそいそと画角におさまる。
「ほら、ヒョンもこっち来て」
ドンヘに手招きされて、ハンギョンはためらう。夏の陽射しに照らされた三人の体はたくましく、特にしっかり引き締まった腹筋はすばらしい。ハンギョンは自分の少し『やわらかい』腹をつまんで、自信なさげにうつむく。
「……やっぱヒョンはいいや」
「え?」
ハンギョンが聞き返すが、ウニョクはさっさと自分たちだけ写真を撮って、ツイッターに上げた。
「オフのヒョンは、俺が見てればいいもんね~」
ウニョクはハンギョンを浮き輪ごと抱きしめて、濡れた髪を摘まんで面白い形にしながら遊ぶ。自分たちを無視したイチャつきに、ドンヘとシウォンは顔を見合わせる。
「……ねえヒョン。これからも一緒に幸せでいようね」
そっと耳元で囁く。ハンギョンはん、とうなずいて、暑さでとろりと溶けたアイスを指ですくった。ウニョクはその手を取って、ぱくりと口に含む。細い指を舌で丁寧に舐り、爪を甘噛みする。口の中に広がった香料は、幸せの味がする。
「……っ。そういうの人前ではやめてって、いつも言ってるのに……」
「いいんだよドンヘは景色にしとけば」
一緒に遊んでいるくせにツンを発動したウニョクに呆れて、ドンヘはプールに跳びこむ。このカップルのそばにいると胸焼けしそうだ。友達の冷えた視線にもかまわず、ウニョクは夢中で丸みのある恋人を愛でていた。

【END】

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