I love U

「あのさ、ウニョク……俺の話聞いてる?」
ハンギョンはむすっとした表情になる。スタジオでの練習の合間に、ふと会話を楽しむ時間ができた。ハンギョンはこのごろよくウニョクのそばに座って、他愛ない話をする。だが今日は、いつになく真剣な表情だったので。それもおかしくて、ウニョクはずっと笑っていた。
「うん。聞いてる」
ウニョクはいつも通り、ハンギョンの何年住んでもどこかつたない発音を楽しむ。彼のまったりした韓国語は、たまに声調の名残で歌うように語尾が上がったり、自信なさげにパッチムが小さく籠ったりする。ウニョクはそれが大好きなので、いつも理解できないふりをする。いつも通りのやりとりを、メンバーたちは微笑ましく見ていた。

「……もういい」
冷えた声に、ウニョクは初めて顔をそちらに向ける。ハンギョンは、予想と全く違う顔だった。唇をぐっと結んで、感情をこらえるような目。黒目がちな瞳が、涙で潤んでいる。ウニョクはやばい、と思う。ハンギョンはくるりと踵を返して、さっさとスタジオを出て行った。いつもとは違う流れだが、メンバーはあーあ、と真剣に受け止めない。ドンヘは「謝っときなよ」と言ったが。口だけなのは笑顔で分かる。
「へそ曲げちゃったみたい」
「ヒョンは怒るとめんどくさいよ?我慢する性格だし」
ドンヘは中国でも一緒にいる分、よりハンギョンの取説を読みこんでいる。
「分かってるよ。後でちゃんと謝っとくって」
ウニョクは、胸がちくりと痛むのを感じた。いつも通りのじゃれ合いのはずなのに。ハンギョンの表情を思い出すと、なぜか心はざわついた。



「ヒョン、おはよ……」
挨拶は尻つぼみになる。ハンギョンはちらりと目をくれるだけで、すっとウニョクのそばを通りすぎた。まるで空気のように、ウニョクだけを綺麗に無視する。
(やっぱ、避けられてるよね?なんで?そんなに悪いことした!?)
ウニョクは憮然として、その背中を見る。中国人には冗談が通じにくいのだろうか。ちょっとからかっただけだったのに。真剣に怒られるのは心外だ。

「あのさ、ヒョン。ここのステップなんだけど。もうちょっと考えない?」
新曲のステップについて話しかけても、ハンギョンは聞こえないふりで首をかしげる。壁にもたれて休むキュヒョンの方へ歩いて行った。分けてもらったのど飴の甘さに目を瞠る。話し声は聞こえないが、キュヒョンの表情もやわらかい。
(なんだろう……なんか、面白くないなぁ)
ウニョクはその光景を眺めて、ぶすっと唇を尖らせる。元々中華組だったメンバーに嫉妬するつもりはないが。自分だってダンス班で仲良くしていたのに。ハンギョンは冷たすぎる。昔はもっと『ヒョン』らしかったのに。訴訟騒ぎの後は、すねたり、怒ったりにためらいがなさすぎる。
(そんな怒ることじゃなくない?だいたい初めてやったわけでもないんだし?……いいよ、ヒョンがそのつもりなら、こっちも折れてあげない。絶対謝らないから!)
ウニョクは謎の決意を固めて、ハンギョンに背を向ける。ドンヘ限定のツンを発動させたのに、イトゥクは(どうしよう……)とはらはら見守っていた。



何日もして、ウニョクのほうが音をあげた。

「ヒョンに完全無視されてるの、辛すぎる……」
ウニョクはテーブルにぐったりと頭をのせる。向かいに座ったドンヘは「だから謝れって言ったじゃん」と呆れたようだった。
「それで、今はどんな気持ち?」
ドンヘはウニョクが心の整理をするのを、黙って辛抱強く待ってくれる。こんな時は本当に、親友の存在がありがたい。
「なんだか……ヒョンに空気みたいに思われてると、胸が痛いっていうか……すごく、悲しくなるんだ」
「うん」
「素直に謝ればよかったのは分かるよ。でも……上手に言えないけど。ヒョンの韓国語をからかって遊ぶのはね、なんか……俺だけに許されたことみたいに思っていて。ヒョンが怒ると、面白くて。傷付いてるかも、なんて……考えたこと、なかったんだ」
話しながら、目頭が熱くなる。気が付けば、ぽたりと涙がこぼれた。みっともないと分かっているのに止められない。ドンヘは隣に座って、嗚咽をぐっとこらえる肩を抱きよせた。
「羨ましいな。お前を独り占めしてるヒョンが」
「それはお前だろ?」
「やっぱり気付いてなかったか……」
ドンヘは小さくため息をつく。ウニョクは何回も、見え透いたドッキリに引っかかる。純粋で、優しい彼は、自分ではその気持ちに気付けないだろう。

「それはね、”好き”ってことだよ」
ドンヘが教えると、ウニョクは「好きだけど」と瞬きをして答える。
「ちがう。ヒョンを好きっていうのは、特別な好き。俺とか、ほかのみんなを好きっていうのとは違うやつ」
その瞬間。ウニョクは、はっと雷に打たれたように理解した。あのからかいも、涙を思い出してずきずきと痛む胸も、全て好きの裏返しだったと。
「……あの時、ヒョンは何て言ってたんだろう」
ウニョクの心に、じわじわと後悔が押しよせる。いつものように遊んでいたせいで、本当に聞きとれなかった。
「それは自分で、仲直りしてから聞きなよ。……ちなみに、俺はいつもヒョンが何言ってるか、ちゃんと分かってるから。そんなに下手じゃないって、お前から言ってあげなよ」
「ドンヘ。……ありがとな」
そっけないが、心のこもったお礼に、ドンヘは嬉しそうに笑った。

(ヒョンに、赦してもらいたい。……まだ自分を信じ切れないけど。この気持ちも、なかったことにしたくない)
ウニョクは、とてもシンプルなことに気が付いた。ハンギョンがむくれたり、笑ったりするのは好きだが。――泣いている顔は、見たくない。

(俺はまた、ヒョンに笑いかけてほしい。そのためなら、いくらでもがんばるよ)



ウニョクは頭をひねって、色々と仲直りするための小細工を考えた。

作戦その一。『物で釣る』

「ヒョン、これ食べたがってたよね?」
こんがりと焦げ目のついた、バスク風チーズケーキ。苺のトッピングと、フォークが抵抗なく刺さるほど、ふるふるのケーキ!朝から三時間も並んで買った品を、ハンギョンはじっと見つめて「いらない」と言った。
「そっかぁ……えっ?いらない?噓でしょ、テレビで見た時あんなに食べたがって……」
「二ヶ月もすれば気分なんて変わるよ」
「あっ、そ……そっかぁ……だよねぇ」
ウニョクは気まずそうにはは……とかわいた笑いをもらす。引っこめようとした手に、ハンギョンの手が重なる。
「でも食べる」
「えぇー、わりとカロリー高いよ。砂糖は摂らないようにするって言ったじゃん。ほら、砂糖は内臓にも悪いし、カロリーがそのままつくから。ご飯はしっかり食べる代わりに、おやつは我慢って。ヒチョルヒョンとやってたじでしょ?」
ウニョクはまた余計なことを言った。ハンギョンの顔がうつむいたのも気付かず、ぺらぺらと気遣い(のつもり)を話し続ける。
「ヒョンはもうすぐ映画の撮影もあるんだし。こんなの食べたらまた顔が丸くなっちゃうよ。顔とお尻に肉つくタイプなんだからさ。今回は我慢……」
「适可而止吧。你真的很欠揍(いい加減にしろよ。お前マジでシバかれたいのか)」
まずい。意味は分からないが痛い目に遭う予感。ウニョクはそろりと後ずさり。全力で逃げ出した。

冷蔵庫のチーズケーキは、夜に発見したシンドンが、ぺろりと平らげてしまった。



作戦その二。『あいさつの魔法』その三。『スキンシップ』

「おはよう、ヒョン。よく眠れた?」
「……」
ハンギョンは朝の挨拶にも、つんとそっぽを向いた。ウニョクはしつこく彼の周りに貼り付いて、あれこれ話しかける。朝と夜の挨拶。前触れのないハグ。ウニョクが必死に考えたアプローチを、ハンギョンはずっと、されるがままだ。背中から抱きしめられて、心ここにあらずといった目をしている。

(どうしよう……ウニョクが急にすごく優しい!これ何か悪いことの前触れ?俺がこのまま怒ってたら、いつか手のひら返して、もっと冷たくなったり……嫌だ!それも嫌だ!でもウニョクをあっさり許すのも……どうすればいいんだろう!?)
悶々と思い悩む心のうちを、そばで見ている親友は気付いていて。にやにや笑いながら眺めていた。



パンケーキを作った。ウニョクはへりの焦げた、牛乳が多かったせいでやわらかすぎるパンケーキを「どうぞ」とどや顔で出す。
「……」
ハンギョンは黙りこくって、パンケーキもどきに目を落とす。フォークで突くと、へにょ…とやわらかく動いた。助けを求める目に、ドンヘが「食べてあげてよ」と頼んだ。ハンギョンは渋々といった風に切って、一口食べる。
「……おいしい」
思わずこぼれた感想に、ウニョクは「よかったー……」と胸を撫で下ろす。
「俺ヒョンに食べさせたいもの色々考えてさ、あんなこと言ったけど、俺はヒョンが“マシュマロ”な方が好きだから!」
「……そう」
ハンギョンはフォークを置き、よろよろと行ってしまった。
(しまった、マシュマロは言いすぎだった!でも、ヒョンは丸っこい方が……可愛いと思うよ!)
また余計なことを口走ったウニョクは反省ゼロのことを考えながら頭を抱える。しかし根気強くがんばった成果で、ハンギョンの方からも少しずつ注意が向くようになってきた。もし仲直りできたら。あの時何と言っていたのか聞きたい。ウニョクはまた「よしっ」と気合を入れた。



「ほら、ヒョンに話してごらん」
「俺たちが解決してやるよ」
「こういう時に弟扱いするのはやめてってば……」
イトゥクとヒチョルの二人がかりで壁ぎわに追いつめられて、ハンギョンは恥ずかしそうにうつむく。ビーズクッションに座らされて、とうとう観念したように顔を上げる。やっと話してくれるか、とイトゥクが笑顔になった。ハンギョンはリビングの加湿器を片手でいじりながら、言葉を考える。

「なんで涙が出たのか、自分でも分からないんだ。いつものことだし、腹をたてるのもみっともないと思って。ウニョクは親友ノートでも笑い話にしてたから、怒るほどのことじゃないって、分かってる。俺はヒョンだから、我慢したのに。……気が付いたら、目が熱くて……勝手に、涙が出て」
ハンギョンは膝の上で拳を握りしめる。怒りもあるが、自分の感情を上手にコントロールできなかったこと、ウニョクを傷付けたことが辛い。でもウニョクとはまた仲良しになりたい。だが向かい合うと上手に話せない。ハンギョンがぽつぽつと話すのを、二人のヒョンはじっくりと聞いてやる。扉の外で盗み聞きしていたウニョクは、胸の中に温かいものが広がるのを感じた。
(ヒョンが、そんなに俺のことを考えてくれてたなんて……)
その時。ウニョクの主の意思に反する足が、うっかりそばのカラーボックスにぶつかった。
「痛っ!?」爪先をおさえてうずくまった後ろで、扉が開いた。
「ウニョク……」
ハンギョンはためらいがちに名前を呼んで。それから「ごめんね」と小声で謝った。
「俺はしばらく意地悪だったよね。……本当に、ごめん」
「何言ってるんだよ!謝るのはっ……俺の方だよ!面白がってヒョンの気持ちをないがしろにして……ごめんなさいっ……!」
ウニョクも自然と謝れた。ハンギョンの瞳がまた涙で潤んでいる。制御できない涙が、ぽろぽろとこぼれた。それを見ていると、ウニョクの脳裏にあの日の記憶が蘇る。ハンギョンは自分の横顔を覗きこんで。疲れをにじませたため息に、眉をよせていた。

『ウニョク、何か困ったことない?』『中国活動が始まって、君とソンミンは後から入ったから……色々と、大変だろ。俺に手伝えることがあったら言ってね。気晴らしでも、勉強でも……リーダーが付き合うからね』

(……そうだ。簡単に遊びにしていい言葉じゃなかった……)
ウニョクは今さらながら苦い後悔を噛みしめる。口下手で、自分の感情すら出せないハンギョンが、どれほど心を砕いた言葉だったか。
「もうしない。……それと、ありがとう。ヒョンがそう言ってくれるだけで、俺は安心してがんばれるよ」
腕の中に閉じこめたハンギョンは、やっと泣き止んで。おずおずと、鍛えられた背中に手を回した。抱き合う二人に、ヒチョルとイトゥクは、ほっとしたように顔を見合わせる。ウニョクはもうハンギョンの真心を試したりなんかしない。自分がどれほど想われているか、よく分かったから。
「ありがとう」
囁くと、ハンギョンもやっと嬉しそうに笑ってくれた。数日ぶりに見た笑顔は、やはり尊かった。



「ねえウニョク、あれ作ってよ」
ハンギョンのおねだりで、ウニョクはまたあのやわらかすぎるパンケーキを作った。苺ジャムをすくって落とせば、ハンギョンは目を輝かせる。二人が仲直りしたことで、SUPER JUNIORにもやっと平穏が戻った。ウニョクは牛乳をたっぷり入れた生地をすくって、フライパンに落とす。ハンギョンはそばでもうフォークを持って、わくわくしながら見ている。
(はぁ……無自覚ってほんとたち悪い)
ウニョクは心の中でため息を付く。新たな悩みが生まれた。自覚してしまった好意を隠さないといけない。悶々と悩むウニョクに、ハンギョンは悪戯っぽく笑う。

「好きだよ」
「へぇっ!?」
突然の告白に、ウニョクの声がひっくり返った。ハンギョンは「これ。美味しい」と、フライ返しの下でふつふつ泡をたて焼かれるパンケーキを指さす。
「あ、ああ……それね。うん……分かってた……」
ウニョクは肩を落として、分かりやすく落ちこむ。ベタな勘違いをしてしまった。だが物分かりの悪い心はときめいている。

(ウニョクはいつ告白してくれるかなぁ。……今度は俺の番だよ)
全部分かっているハンギョンは笑みの下で、少しだけ意地悪なことを考えていた。簡単には捕まらないし、逃がしてもやらない。企みを隠したフォークは、パンケーキにぶすりと突き刺さった。

「あーあ、厄介な人に火をつけちゃったみたいだね」
ソファから見守っていたドンヘは(ご愁傷様)とウニョクに手を合わせる。恋を始めたばかりのウニョクはまだ『底』を知らないまま、うきうきとパンケーキをひっくり返していた。

【END】
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