人質、ガチ勢。
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旭川
小樽からの緊急電報を受け、第七師団屯所にいた鯉登は、即座に動き出した。
(年頃のおごじょが木箱に詰められっ、さらわれるち……! 暗か箱ん中で、どがんしんめ(心細い)思いをしたこっか。おいもあの時は、おっどん(不安)で胸のつぶれっごたった。一刻も早う、助い出さんにゃならんッ!!)
鯉登の脳裏には、かつて自分がロシアの誘拐犯に捕らえられ、父の言葉とともに死を覚悟したあの日の記憶が鮮明に蘇っていた。
当時の絶望的な心境を思い出し、勝手に胸を熱くさせた鯉登は、軍刀の柄を握りしめ、部下を従え怒涛の勢いで旭川の街へと繰り出した。
「有坂閣下のご令嬢は、今この瞬間も攫われた恐怖に怯えていらっしゃるはずだ! 行くぞッ!! 」
「はっ!!」
兵たちが必死に集めた情報を元に、鯉登は アゲハ が滞在しているホテルへとたどり着いた。
フロントで部屋番号を問い質すと、階段を三段飛ばしで駆け上がり、目的の部屋の前で足を止める。
逸る気持ちを抑え、鯉登は力強くノックした。
「 アゲハ 嬢はいるかッ!!」
「どなたかしら!!」
内側から響いたのは、怯えなど微塵も感じさせない、鈴を転がすような、しかし凛とした声。
それと同時に、厚い木製の扉が内側から猛烈な勢いで放たれた。
「へぶっ!!」
開く扉の軌道上に立っていた鯉登は、鼻面に直撃を受けて、情けない声を漏らしながら仰け反った。
「あら…お顔をぶつけてしまいまして?ごめんあそばせ」
扉の向こうに現れた アゲハ は、片手にスコーンを持ったまま、不思議そうに首を傾げていた。
その背後には、暖炉の火が温かく燃え、平和なティータイムの香りが漂っている。
鯉登は鼻を抑えながら、自分の脳内にあった「泣き崩れる令嬢」ではなく、誘拐されたことなど微塵も感じさせない、ティータイムを楽しむ元気な令嬢の姿に一安心した。
一方、アゲハは突然部屋にやってきた軍人に困惑していた。
父にはすでに電報を送り、想定外ではあるが旭川に無事到着したこと、そして帰りが遅くなるから心配無用であると伝えてある。
(……お父様に電報を送ったはずですのに。わざわざ軍の方を寄越すなんて、もしやお父様の身に何かありましたの?)
アゲハ は手に持っていたスコーンを皿に置き、痛みからようやく回復した様子の軍人――鯉登の元へ、凛とした足取りで向かった。
「どなたか存じ上げませんが、父からの指示でわたくしを探しにいらしたのかしら」
「……あ。申し遅れもした! 私は第七師団少尉、鯉登音之進と申します!! 鶴見中尉殿の命を受け、貴女を保護しに参った!!」
鯉登は鼻を赤くしたまま、軍人らしくピシリと敬礼を捧げた。その勢いの良さに、 アゲハ は微かに眉をひそめる。
鯉登の名は彼女も聞き覚えがあった。父とは軍閥が異なるが、海軍に同名の少将がいたはずである。
「鯉登さま……? ええと、お名前は伺ったことがあるような気がいたしますわ。でも、保護だなんて大げさですこと。わたくし、ご覧の通り無事でしてよ?お父様に何か、新型砲弾の誤射で吹き飛んだとか、そういった不幸があったのではありませんわよね?」
「有坂中将殿はアゲハ嬢からの電報で床にのたうち回られていたそうだが、お体に問題は生じていない!」
「床を……? まあ、大した問題ではありませんわね」
父が錯乱状態になることは有坂家では珍しいことではない。 アゲハ はすうっと落ち着きを取り戻した。それと同時に、少し騒がしい少尉がなぜやってきたのか、という点に思考が移る。
「では、どうして貴方がここに? 電報には、心配はいらないと書きましたのに。わたくし、明日からまた帝都に向かう予定でしてよ?」
(攫われて木箱に詰められ、ここまで運ばれたというのに……。恐怖で身を縮めているどころか、明日にはもう帝都へ発とうというのか!?)
鯉登は彼女のあまりにも平然とした物言いに、鯉登は絶句した。
実は世の令嬢はこんなにもタフなのだろうかと思いつつ、職務を全うするため言葉を続ける
「有坂中将殿は、 アゲハ 嬢が攫われたことに酷く心を乱されているご様子……。中将殿は現在、中尉殿とともに重要な任務に当たっておられる。一度こちらで保護させていただき、中将殿のお仕事が終わられてから、帝都にご一緒に帰られてはいかがだろうか」
「中将殿をこれ以上心配させぬためにも」という、娘としての情愛に訴えかける作戦である。
「まあ、ご丁寧に。お父様とご一緒なら、道中も退屈しませんわね」
アゲハ は少しだけ考え込むように、指先で顎をなぞった。
「保護の理由は理解いたしましたが、お父様はが戻るまで些か暇を持て余してしまいそうですわ」
その言葉に、鯉登は内心で冷や汗をかいた。
確かに軍の屯所や殺風景な官舎に、令嬢の暇を潰せるような代物があるとは思えない。新型の銃器や砲弾なら腐るほどあるが、それを差し出して喜ぶ令嬢がどこにいるというのか。
しかし、このまま アゲハ を野放しにして、もし万が一、再び「箱詰め」にされるようなことがあれば、自分は鶴見中尉殿に合わせる顔がない。それどころか、無能の烙印を押されてしまう。
鯉登は必死に頭を悩ませ、旭川の第七師団で進行中の計画を検索した。そして、ふと思い出す。
(そうだ、気球部隊の試運転をしていたはず……!)
令嬢にウケるかはわからない。だが、油臭い大砲や冷たい銃器を見せるよりは、大空へ舞い上がる気球の方が、いくらかは「優雅」という言葉に近いのではないか。
「……そ、それならばッ! ちょうど今、気球船の試運転を行っているのですが、そちらの見学にご興味はありませんか」
「まあ、気球……!素敵ね。わたくし、気球はまだ拝見したことございませんわ!!見学をお願いしてよろしいかしら?」
アゲハ の瞳が期待に輝き、食い気味に放たれた肯定の言葉に、鯉登は心の中で大きくガッツポーズをした。ひとまずは「保護」という名目のもと、彼女を自分の監視下に置くことに成功したのだ。鼻の頭を赤くしたまま、彼は安堵の息を漏らす。
「お任せください。 明朝、私が責任を持ってご案内いたしもす。……では、今夜はゆっくりとお休みください。我ら第七師団の精鋭が、このホテルの守りを固めておきますので!」
「ありがとうございます。それでは明日をお待ちしておりますわ、鯉登少尉殿」
アゲハ は優雅に会釈して鯉登を見送る。
廊下に響く軍靴の音が遠ざかるのを確認してから、彼女は静かに扉を閉めた。
部屋に戻り、少し冷めた紅茶を口に含んで喉を潤すと、視線は自然と窓の外、旭川の暗い夜空へと向けられる。
(気球は水素で浮かんでいるそうだから、当然ながら火気厳禁ですけれど……一体どんなことができるかしら)
かつて父・成蔵の書斎で盗み見た図面や、帝都で耳にした最新の軍事技術を頭の中で繋ぎ合わせていく。
(移動が風任せになってしまうことと目立ってしまうのは頂けないし、本格的に軍事利用するのであれば、やはり動力を備えた飛行機がいいと思うのだけれど……。コストや手軽さを考えると、現状では気球に軍配が上がるのかしら)
「……ふふ、楽しみですわ」
アゲハが思い描いているのは、空からの優雅な眺望などではない。
誘拐されて木箱に詰め込まれていた間、生存本能以外には休止させていた彼女の鋭敏な知性が、急速に熱を帯びて回転し始めていた。
アゲハは気になるところをメモに書き留めておきながら明日の気球へ思いを馳せた。
小樽からの緊急電報を受け、第七師団屯所にいた鯉登は、即座に動き出した。
(年頃のおごじょが木箱に詰められっ、さらわれるち……! 暗か箱ん中で、どがんしんめ(心細い)思いをしたこっか。おいもあの時は、おっどん(不安)で胸のつぶれっごたった。一刻も早う、助い出さんにゃならんッ!!)
鯉登の脳裏には、かつて自分がロシアの誘拐犯に捕らえられ、父の言葉とともに死を覚悟したあの日の記憶が鮮明に蘇っていた。
当時の絶望的な心境を思い出し、勝手に胸を熱くさせた鯉登は、軍刀の柄を握りしめ、部下を従え怒涛の勢いで旭川の街へと繰り出した。
「有坂閣下のご令嬢は、今この瞬間も攫われた恐怖に怯えていらっしゃるはずだ! 行くぞッ!! 」
「はっ!!」
兵たちが必死に集めた情報を元に、鯉登は アゲハ が滞在しているホテルへとたどり着いた。
フロントで部屋番号を問い質すと、階段を三段飛ばしで駆け上がり、目的の部屋の前で足を止める。
逸る気持ちを抑え、鯉登は力強くノックした。
「 アゲハ 嬢はいるかッ!!」
「どなたかしら!!」
内側から響いたのは、怯えなど微塵も感じさせない、鈴を転がすような、しかし凛とした声。
それと同時に、厚い木製の扉が内側から猛烈な勢いで放たれた。
「へぶっ!!」
開く扉の軌道上に立っていた鯉登は、鼻面に直撃を受けて、情けない声を漏らしながら仰け反った。
「あら…お顔をぶつけてしまいまして?ごめんあそばせ」
扉の向こうに現れた アゲハ は、片手にスコーンを持ったまま、不思議そうに首を傾げていた。
その背後には、暖炉の火が温かく燃え、平和なティータイムの香りが漂っている。
鯉登は鼻を抑えながら、自分の脳内にあった「泣き崩れる令嬢」ではなく、誘拐されたことなど微塵も感じさせない、ティータイムを楽しむ元気な令嬢の姿に一安心した。
一方、アゲハは突然部屋にやってきた軍人に困惑していた。
父にはすでに電報を送り、想定外ではあるが旭川に無事到着したこと、そして帰りが遅くなるから心配無用であると伝えてある。
(……お父様に電報を送ったはずですのに。わざわざ軍の方を寄越すなんて、もしやお父様の身に何かありましたの?)
アゲハ は手に持っていたスコーンを皿に置き、痛みからようやく回復した様子の軍人――鯉登の元へ、凛とした足取りで向かった。
「どなたか存じ上げませんが、父からの指示でわたくしを探しにいらしたのかしら」
「……あ。申し遅れもした! 私は第七師団少尉、鯉登音之進と申します!! 鶴見中尉殿の命を受け、貴女を保護しに参った!!」
鯉登は鼻を赤くしたまま、軍人らしくピシリと敬礼を捧げた。その勢いの良さに、 アゲハ は微かに眉をひそめる。
鯉登の名は彼女も聞き覚えがあった。父とは軍閥が異なるが、海軍に同名の少将がいたはずである。
「鯉登さま……? ええと、お名前は伺ったことがあるような気がいたしますわ。でも、保護だなんて大げさですこと。わたくし、ご覧の通り無事でしてよ?お父様に何か、新型砲弾の誤射で吹き飛んだとか、そういった不幸があったのではありませんわよね?」
「有坂中将殿はアゲハ嬢からの電報で床にのたうち回られていたそうだが、お体に問題は生じていない!」
「床を……? まあ、大した問題ではありませんわね」
父が錯乱状態になることは有坂家では珍しいことではない。 アゲハ はすうっと落ち着きを取り戻した。それと同時に、少し騒がしい少尉がなぜやってきたのか、という点に思考が移る。
「では、どうして貴方がここに? 電報には、心配はいらないと書きましたのに。わたくし、明日からまた帝都に向かう予定でしてよ?」
(攫われて木箱に詰められ、ここまで運ばれたというのに……。恐怖で身を縮めているどころか、明日にはもう帝都へ発とうというのか!?)
鯉登は彼女のあまりにも平然とした物言いに、鯉登は絶句した。
実は世の令嬢はこんなにもタフなのだろうかと思いつつ、職務を全うするため言葉を続ける
「有坂中将殿は、 アゲハ 嬢が攫われたことに酷く心を乱されているご様子……。中将殿は現在、中尉殿とともに重要な任務に当たっておられる。一度こちらで保護させていただき、中将殿のお仕事が終わられてから、帝都にご一緒に帰られてはいかがだろうか」
「中将殿をこれ以上心配させぬためにも」という、娘としての情愛に訴えかける作戦である。
「まあ、ご丁寧に。お父様とご一緒なら、道中も退屈しませんわね」
アゲハ は少しだけ考え込むように、指先で顎をなぞった。
「保護の理由は理解いたしましたが、お父様はが戻るまで些か暇を持て余してしまいそうですわ」
その言葉に、鯉登は内心で冷や汗をかいた。
確かに軍の屯所や殺風景な官舎に、令嬢の暇を潰せるような代物があるとは思えない。新型の銃器や砲弾なら腐るほどあるが、それを差し出して喜ぶ令嬢がどこにいるというのか。
しかし、このまま アゲハ を野放しにして、もし万が一、再び「箱詰め」にされるようなことがあれば、自分は鶴見中尉殿に合わせる顔がない。それどころか、無能の烙印を押されてしまう。
鯉登は必死に頭を悩ませ、旭川の第七師団で進行中の計画を検索した。そして、ふと思い出す。
(そうだ、気球部隊の試運転をしていたはず……!)
令嬢にウケるかはわからない。だが、油臭い大砲や冷たい銃器を見せるよりは、大空へ舞い上がる気球の方が、いくらかは「優雅」という言葉に近いのではないか。
「……そ、それならばッ! ちょうど今、気球船の試運転を行っているのですが、そちらの見学にご興味はありませんか」
「まあ、気球……!素敵ね。わたくし、気球はまだ拝見したことございませんわ!!見学をお願いしてよろしいかしら?」
アゲハ の瞳が期待に輝き、食い気味に放たれた肯定の言葉に、鯉登は心の中で大きくガッツポーズをした。ひとまずは「保護」という名目のもと、彼女を自分の監視下に置くことに成功したのだ。鼻の頭を赤くしたまま、彼は安堵の息を漏らす。
「お任せください。 明朝、私が責任を持ってご案内いたしもす。……では、今夜はゆっくりとお休みください。我ら第七師団の精鋭が、このホテルの守りを固めておきますので!」
「ありがとうございます。それでは明日をお待ちしておりますわ、鯉登少尉殿」
アゲハ は優雅に会釈して鯉登を見送る。
廊下に響く軍靴の音が遠ざかるのを確認してから、彼女は静かに扉を閉めた。
部屋に戻り、少し冷めた紅茶を口に含んで喉を潤すと、視線は自然と窓の外、旭川の暗い夜空へと向けられる。
(気球は水素で浮かんでいるそうだから、当然ながら火気厳禁ですけれど……一体どんなことができるかしら)
かつて父・成蔵の書斎で盗み見た図面や、帝都で耳にした最新の軍事技術を頭の中で繋ぎ合わせていく。
(移動が風任せになってしまうことと目立ってしまうのは頂けないし、本格的に軍事利用するのであれば、やはり動力を備えた飛行機がいいと思うのだけれど……。コストや手軽さを考えると、現状では気球に軍配が上がるのかしら)
「……ふふ、楽しみですわ」
アゲハが思い描いているのは、空からの優雅な眺望などではない。
誘拐されて木箱に詰め込まれていた間、生存本能以外には休止させていた彼女の鋭敏な知性が、急速に熱を帯びて回転し始めていた。
アゲハは気になるところをメモに書き留めておきながら明日の気球へ思いを馳せた。
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