人質、ガチ勢。
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夜風は刺すように冷たいが、隣を歩く老紳士の歩調は驚くほど力強く、安定していた。 アゲハ は、まるで帝都の銀座でも歩くかのように、土方の差し出した腕に遠慮なく自身の腕を絡める。
「まあ、おじ様。エスコートがお上手ですわね! お父様なんて、いつも銃の試作品を抱えて歩くものですから、一緒に歩くとカチャカチャと騒がしくていけませんの」
「……それは賑やかな父親だな」
土方は苦笑いを見せることもなく、淡々と雪道を進む。
背後では永倉が、二人の奇妙な対照ぶり――煤けた袴姿ながらも気品を失わない令嬢と、死線を潜り抜けてきた古強者――を愉快そうに眺めていた。
駅から少し歩き、街の中心部まで移動してきた。
土方は先ほどアゲハがかなりの額を持っていることを確認していたため、値は張るが富裕層や軍関係者がよく利用するホテルへと彼女を案内した。
「……ここだ。お嬢さんなら、ここが一番落ち着くだろう」
「まあ! 素敵ですわ、おじ様! 殺風景な宿に連れて行かれるかと思いましたけれど……センスがよろしいのね」
目の前にそびえる豪奢な建物を仰ぎ見て、 アゲハ は満足げに目を輝かせた。
正直、 アゲハ 一人ではここまでたどり着くことは難しかっただろう。
まず、あの木箱から脱出できていたかすら怪しいのだから。
アゲハの様子を見て、ホテルの重厚な扉を前にして、土方はふと足を止めた。
それ以上は踏み込まないという、明確な境界線を引くような立ち居振る舞いだった。
「……さて、俺たちの役目はここまでだ。お嬢さん、あとは中の者に任せれば、安全に一夜を過ごせるだろう」
土方はエスコートしていた腕を静かに解き、帽子を軽く直して背を向けようとした。そのあまりに鮮やかな「引き際」に、アゲハ は慌てて彼の外套の袖を掴んだ。
「まあ、おじ様! お別れですの? せめてお名前くらい、教えてくださいませんこと? こんなに親切にしていただいてお礼もしないなんて我が家の名折れですわ!!」
「名乗るほどの者ではない。……ただの、時代に取り残された老人だよ」
土方は振り返ることなく、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで答えた。
だが、 アゲハ はその袖を離さない。
「『ただの老人』が、あんなに鮮やかに木箱を粉砕したりいたしませんわ! せめて、今お礼をさせてくださいませ」
アゲハはいそいで手荷物から何か取り出し、土方に渡した。
渡されたものを見ると二羽一対の鳳凰が見事に装飾された懐中時計であった。
「現金でのお礼は味気ないですもの。わたくし、刀には詳しくないのだけれどおじ様か帯刀されているものと装飾が合いそうですわ。お気に召されるかわかりませんがそちらを受け取ってくださらない?」
土方は、掌に乗った時計の重みを感じ、細工の緻密さに目を細めた。
それは、彼女の出自が高いことがわかる、極めて精巧かつ実戦的な堅牢さを備えた一品だった。
「……お嬢さん、これは安物ではないぞ名のある技師の作とお見受けするが」
「あら、物の価値など、それが必要な方の手に渡って初めて生まれるものですわ。わたくしをあの窮屈な箱から救い出してくださった『おじ様』の価値に比べれば、時計などお安い御用ですわ!……それに組み立てはわたしくが行ったので見た目より高価なものではありませんの。」
「……ほう、お嬢さんがか」
土方は意外そうに眉を上げた。
美しく装飾された鳳凰の裏側、その奥で正確に時を刻む精密な歯車。
それをこのか細い令嬢の指で組み上げたという事実に、土方はこの娘の背後にある「ただならぬ環境」を予感したが、深追いはしなかった。
「いいだろう。この『時間』、有り難く頂こう」
土方は懐中時計を懐へ収めると、一度だけ軽く帽子に手をやり、永倉を連れて夜の闇へと消えていった。
アゲハはホテルへ入り、まずは一部屋を確保した。
部屋に向かおうとしたが、帝都とは真逆の旭川へ来てしまったことを父に伝えなければならないと思い直し、フロントへ電報を頼むことにした。
「電報をお願いしたいのだけれど…内容はちょっとお待ちになって」
アゲハ は手荷物から使い慣れた筆記用具を取り出すと、迷いのない手つきで手早く文面を書き上げ、フロントへと差し出した。
「これを……小樽の第七師団屯所の有坂へ。一言一句、間違いのないように届けてくださいまし。……ああ、それから温かい紅茶とスコーンを部屋に運んでくださる? 少し、お腹が空きましたわ」
フロントの係員が恭しく受け取ったその紙には、令嬢らしい流麗な筆致で、驚くべき内容が記されていた。
『ハコヅメサレ アサヒカワニ トウチャク。 ブジ。 ステキナ オジサマニ タスケラレ オレイニ トケイ サシアゲマシタ。 カエリ オソクナル シンパイ ムヨウ』
小樽の第七師団屯所。
有坂は、鶴見と共に新型砲弾の設計図を広げ、陶酔したような表情で「殺傷能力と芸術性の両立」について語り合っていた。そこへ、一通の電報が届けられる。
「おや、 アゲハ からだ。もう函館あたりまで戻ったという報告かな? 手の焼ける娘だが、無事で何より……」
有坂は鼻歌まじりに封を切った。
しかし、そこに記されていたのは、親の心臓を握りつぶさんばかりの、あまりに衝撃的な内容だった。
「北海道まで攫われててしまったから問題が起きるかと思ったが、また攫われてしまったのかね!!!」
有坂は絶叫した。
手にした電報を握りしめたまま、軍靴の音も高く響く屯所の床に突っ伏し、じたばたと手足を動かして悶え苦しむ。
「閣下、床が傷つきます。落ち着いてください」
鶴見が冷めた紅茶を啜りながら声をかけるが、有坂の耳には届かない。
彼は床を転がり、のたうち回りながら、天を仰いで叫び続けた。
「今年に入ってから アゲハ が攫われた回数が多すぎる!!!!! 護衛をつけても、その護衛が誘拐することもあるからね!!!」
「……それは護衛の選定に問題があるのでは?」
鶴見の冷静なツッコミも、今の有坂には馬耳東風だ。
有坂は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、電報を天にかざす。
「誘拐婚を目論む輩が多くてね!!!!!だが、アゲハは嫁に出す予定は無いのだよ!!!!!あの子が気に入った男がいたら話は別だが、そんな気配は一切ない!!!!」
「なるほど、それは……お気の毒に」
誘拐される理由に、鶴見は内心で納得した。
近く叙爵 が決まっている有坂家。
その権勢と繋がりを持ちたいと願う家は数多い。
若く美しく、そして有坂が手塩にかけて育てている アゲハ は、今や日本において「最も嫁にしたい(奪いたい)娘」といえるだろう。
「では、電報にある『オジサマ』の存在は些か気になりますな」
鶴見がわざとらしく、火に油を注ぐように問いかける。
「そうなのだよ!!! しかも、 アゲハ があげた時計は、あの子が自分で組み立てた時計のことだろう!!!! あの時計は、この私ですら貰ったことがないというのに!!!!!」
有坂は電報の内容を思い出し、どこの誰だか判らぬ『オジサマ』の存在に、文字通り歯噛みして悔しがった。
床をのたうち回っていた有坂だったが、突如として動きを止めた。
彼は乱れた軍服を整え、すとんと椅子に座り直した。
「まぁ、元気そうだから良かったよ!!!!!!」
「……ほう。随分と早い切り替えですな」
鶴見が微かに目を細め、訝しげに問いかける。
有坂は手元の電報をもう一度、今度は慈しむように眺めながら、満足げに頷いた。
「よくよく考えれば、 アゲハ が本当に気に入った男であったなら、時計など渡さず連れて帰っているだろうからね!!!!! 連れて帰ってこないということは、その『オジサマ』はただの通りすがりの親切な老人ということだ!!!」
有坂は冷え切った紅茶を一気に飲み干し、力強く机を叩いた。
「鶴見君!! アゲハ は元気だと思うが、やはり心配だ! 使いをやってくれないかね!!!!」
「……それでは鯉登少尉にお願いしよう」
鶴見は部下を呼び、旭川にいる鯉登音之進にアゲハを探すよう電報を送る手配を指示した。
有坂の言った「親切な老人」が、かつて幕末を震撼させた「鬼の副長」であることを、二人はまだ知らない。
「まあ、おじ様。エスコートがお上手ですわね! お父様なんて、いつも銃の試作品を抱えて歩くものですから、一緒に歩くとカチャカチャと騒がしくていけませんの」
「……それは賑やかな父親だな」
土方は苦笑いを見せることもなく、淡々と雪道を進む。
背後では永倉が、二人の奇妙な対照ぶり――煤けた袴姿ながらも気品を失わない令嬢と、死線を潜り抜けてきた古強者――を愉快そうに眺めていた。
駅から少し歩き、街の中心部まで移動してきた。
土方は先ほどアゲハがかなりの額を持っていることを確認していたため、値は張るが富裕層や軍関係者がよく利用するホテルへと彼女を案内した。
「……ここだ。お嬢さんなら、ここが一番落ち着くだろう」
「まあ! 素敵ですわ、おじ様! 殺風景な宿に連れて行かれるかと思いましたけれど……センスがよろしいのね」
目の前にそびえる豪奢な建物を仰ぎ見て、 アゲハ は満足げに目を輝かせた。
正直、 アゲハ 一人ではここまでたどり着くことは難しかっただろう。
まず、あの木箱から脱出できていたかすら怪しいのだから。
アゲハの様子を見て、ホテルの重厚な扉を前にして、土方はふと足を止めた。
それ以上は踏み込まないという、明確な境界線を引くような立ち居振る舞いだった。
「……さて、俺たちの役目はここまでだ。お嬢さん、あとは中の者に任せれば、安全に一夜を過ごせるだろう」
土方はエスコートしていた腕を静かに解き、帽子を軽く直して背を向けようとした。そのあまりに鮮やかな「引き際」に、アゲハ は慌てて彼の外套の袖を掴んだ。
「まあ、おじ様! お別れですの? せめてお名前くらい、教えてくださいませんこと? こんなに親切にしていただいてお礼もしないなんて我が家の名折れですわ!!」
「名乗るほどの者ではない。……ただの、時代に取り残された老人だよ」
土方は振り返ることなく、静かに、しかし有無を言わせぬ響きで答えた。
だが、 アゲハ はその袖を離さない。
「『ただの老人』が、あんなに鮮やかに木箱を粉砕したりいたしませんわ! せめて、今お礼をさせてくださいませ」
アゲハはいそいで手荷物から何か取り出し、土方に渡した。
渡されたものを見ると二羽一対の鳳凰が見事に装飾された懐中時計であった。
「現金でのお礼は味気ないですもの。わたくし、刀には詳しくないのだけれどおじ様か帯刀されているものと装飾が合いそうですわ。お気に召されるかわかりませんがそちらを受け取ってくださらない?」
土方は、掌に乗った時計の重みを感じ、細工の緻密さに目を細めた。
それは、彼女の出自が高いことがわかる、極めて精巧かつ実戦的な堅牢さを備えた一品だった。
「……お嬢さん、これは安物ではないぞ名のある技師の作とお見受けするが」
「あら、物の価値など、それが必要な方の手に渡って初めて生まれるものですわ。わたくしをあの窮屈な箱から救い出してくださった『おじ様』の価値に比べれば、時計などお安い御用ですわ!……それに組み立てはわたしくが行ったので見た目より高価なものではありませんの。」
「……ほう、お嬢さんがか」
土方は意外そうに眉を上げた。
美しく装飾された鳳凰の裏側、その奥で正確に時を刻む精密な歯車。
それをこのか細い令嬢の指で組み上げたという事実に、土方はこの娘の背後にある「ただならぬ環境」を予感したが、深追いはしなかった。
「いいだろう。この『時間』、有り難く頂こう」
土方は懐中時計を懐へ収めると、一度だけ軽く帽子に手をやり、永倉を連れて夜の闇へと消えていった。
アゲハはホテルへ入り、まずは一部屋を確保した。
部屋に向かおうとしたが、帝都とは真逆の旭川へ来てしまったことを父に伝えなければならないと思い直し、フロントへ電報を頼むことにした。
「電報をお願いしたいのだけれど…内容はちょっとお待ちになって」
アゲハ は手荷物から使い慣れた筆記用具を取り出すと、迷いのない手つきで手早く文面を書き上げ、フロントへと差し出した。
「これを……小樽の第七師団屯所の有坂へ。一言一句、間違いのないように届けてくださいまし。……ああ、それから温かい紅茶とスコーンを部屋に運んでくださる? 少し、お腹が空きましたわ」
フロントの係員が恭しく受け取ったその紙には、令嬢らしい流麗な筆致で、驚くべき内容が記されていた。
『ハコヅメサレ アサヒカワニ トウチャク。 ブジ。 ステキナ オジサマニ タスケラレ オレイニ トケイ サシアゲマシタ。 カエリ オソクナル シンパイ ムヨウ』
小樽の第七師団屯所。
有坂は、鶴見と共に新型砲弾の設計図を広げ、陶酔したような表情で「殺傷能力と芸術性の両立」について語り合っていた。そこへ、一通の電報が届けられる。
「おや、 アゲハ からだ。もう函館あたりまで戻ったという報告かな? 手の焼ける娘だが、無事で何より……」
有坂は鼻歌まじりに封を切った。
しかし、そこに記されていたのは、親の心臓を握りつぶさんばかりの、あまりに衝撃的な内容だった。
「北海道まで攫われててしまったから問題が起きるかと思ったが、また攫われてしまったのかね!!!」
有坂は絶叫した。
手にした電報を握りしめたまま、軍靴の音も高く響く屯所の床に突っ伏し、じたばたと手足を動かして悶え苦しむ。
「閣下、床が傷つきます。落ち着いてください」
鶴見が冷めた紅茶を啜りながら声をかけるが、有坂の耳には届かない。
彼は床を転がり、のたうち回りながら、天を仰いで叫び続けた。
「今年に入ってから アゲハ が攫われた回数が多すぎる!!!!! 護衛をつけても、その護衛が誘拐することもあるからね!!!」
「……それは護衛の選定に問題があるのでは?」
鶴見の冷静なツッコミも、今の有坂には馬耳東風だ。
有坂は涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、電報を天にかざす。
「誘拐婚を目論む輩が多くてね!!!!!だが、アゲハは嫁に出す予定は無いのだよ!!!!!あの子が気に入った男がいたら話は別だが、そんな気配は一切ない!!!!」
「なるほど、それは……お気の毒に」
誘拐される理由に、鶴見は内心で納得した。
近く
その権勢と繋がりを持ちたいと願う家は数多い。
若く美しく、そして有坂が手塩にかけて育てている アゲハ は、今や日本において「最も嫁にしたい(奪いたい)娘」といえるだろう。
「では、電報にある『オジサマ』の存在は些か気になりますな」
鶴見がわざとらしく、火に油を注ぐように問いかける。
「そうなのだよ!!! しかも、 アゲハ があげた時計は、あの子が自分で組み立てた時計のことだろう!!!! あの時計は、この私ですら貰ったことがないというのに!!!!!」
有坂は電報の内容を思い出し、どこの誰だか判らぬ『オジサマ』の存在に、文字通り歯噛みして悔しがった。
床をのたうち回っていた有坂だったが、突如として動きを止めた。
彼は乱れた軍服を整え、すとんと椅子に座り直した。
「まぁ、元気そうだから良かったよ!!!!!!」
「……ほう。随分と早い切り替えですな」
鶴見が微かに目を細め、訝しげに問いかける。
有坂は手元の電報をもう一度、今度は慈しむように眺めながら、満足げに頷いた。
「よくよく考えれば、 アゲハ が本当に気に入った男であったなら、時計など渡さず連れて帰っているだろうからね!!!!! 連れて帰ってこないということは、その『オジサマ』はただの通りすがりの親切な老人ということだ!!!」
有坂は冷え切った紅茶を一気に飲み干し、力強く机を叩いた。
「鶴見君!! アゲハ は元気だと思うが、やはり心配だ! 使いをやってくれないかね!!!!」
「……それでは鯉登少尉にお願いしよう」
鶴見は部下を呼び、旭川にいる鯉登音之進にアゲハを探すよう電報を送る手配を指示した。
有坂の言った「親切な老人」が、かつて幕末を震撼させた「鬼の副長」であることを、二人はまだ知らない。
