人質、ガチ勢。
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有坂は「路銀だ、取っておきなさい!!!」と、帝都まで三往復はできそうな、およそ小遣いとは呼べないほどの重さの財布をアゲハの手に握りしめさせた。
親子はしばしの別れを惜しみつつ、最後にぎゅっと抱擁を交わし、アゲハは小樽の街へと繰り出した。
アゲハは道中、再び攫われないよう細心の注意を払って周囲を警戒していた。
背後に怪しい足音はないか、物陰からこちらを見つめる不審な輩はいないか……。その甲斐あって、彼女は無事に小樽駅のホームまでたどり着くことができた。
「……ふう。あとは列車に乗るだけですわ」
安堵し、ふっと肩の力を抜いたその瞬間だった。
背後から音もなく伸びてきた、薬品の染み込んだ布が彼女の口鼻を覆う。
「んんっ……!?」
抵抗しようとしたが、薬品の効果には抗えず、アゲハの意識は、北風にさらわれる羽毛のように、呆気なく闇の中へと沈んでいった。
どれほどの時間が経過しただろうか。
ガタン、ゴトン……という振動で、アゲハは重い目蓋を持ち上げた。
「……あら……。わたくし、寝てしまったのかしら……」
状況を確認しようと身動ぎをしたが、手足が何かにぶつかって思うように動かせない。
どうやら、身体を丸めてようやく収まる程度の、窮屈な木箱の中に閉じ込められているようだった。
この状況は、アゲハが再び不届き者に誘拐されてしまったことを理解するには十分すぎた。
「荷物のように扱われるのは久しくありませんでしたが、やはりいい気はしませんわ……。わたくしを荷物扱いしたこと、後悔させてやりますわ!!」
アゲハが暗闇の中で鼻息荒く意気込んだ、その時だった。
ドォォンッ!!!!
凄まじい衝撃が木箱を襲った。
何かの拍子に積み荷が崩れたのか、あるいは乱暴に放り出されたのか。アゲハの入った木箱は上下左右に幾度も激しく転がり、中の彼女は翻弄される。
「きゃっ!? あら、嫌だ! 目が回りますわ!!」
ゴロゴロと斜面を転げ落ちるような感覚のあと、最後にはバキィッ!と嫌な音を立てて木箱が何かに衝突し、静止した。
衝撃で木箱の板の一部が割れ、そこから冷たい夜風と雪が吹き込んでくる。
アゲハは目を白黒させながらも、割れた隙間から外の様子を伺った。
そこには、オレンジ色の街灯の下で「旭川駅」と書かれた看板が雪に埋もれかけて立っていた。
「……旭川? 帝都とは真逆ではありませんの!」
目的地とは真逆の場所で驚くアゲハだが、モタモタしている時間はない。
脱走できることが攫った者にバレる前に、ここから逃げ出さなければならないのだ。
「こんなところ、さっさとおさらばですわ!!」
アゲハは狭い箱の中で必死に身悶えし、行灯袴の裾を蹴り上げ、木板の隙間に指をかけて引き剥がそうと奮闘する。だが、相手は頑丈な輸送用の木箱だ。か細い令嬢の力では、ミシミシと嫌な音が鳴るだけで、なかなか決定的な破壊には至らない。
「無駄にっ! 丈夫なっ! 箱ですわね!! ああっ! 挟まりましたわ、指が!」
ジタバタと中で暴れ、もはや格好もつかなくなってきたその時。
ふいに、アゲハを照らしていた月明かりが、大きな「影」に遮られた。
(……誰かしら?)
アゲハが身構えた瞬間、彼女を閉じ込めていた木箱がバキッという軽い音と共に粉砕された。
バラバラと降り注ぐ木片の隙間から、夜の冷たい空気が一気に流れ込んできた。
「……あら?」
影の主は和服の上から外套を羽織り、腰に刀を差した厳格な老紳士だった。
「まさか箱に可愛らしいお嬢さんが入っているとはな」
老紳士は、壊れた箱に座り込んだまま呆然としているアゲハに、節くれだったが力強い手を差し伸べた。
そのまま、まるで軽い荷物でも持ち上げるかのような鮮やかさで、アゲハを雪の上に立たせる。
「……助けていただいたのかしら? ありがとうございます、おじ様。わたくし、不届き者に詰め込まれて、危うく出荷されるところでしたわ」
アゲハは袴についた木屑を払いながら、目の前の老紳士が放つ、ただならぬ「斬り合いの匂い」など露ほども気にせず、優雅に一礼した。
先ほどまで窮屈な木箱に詰め込まれ、ガタガタと運ばれていたとは思えないほど、アゲハの様子はけろっとしている。
それどころか、夜風に乱れた後れ毛を指先で整える余裕すらあった。
「……ほう。肝が据わっているな」
老紳士――土方歳三は、目の前の「商品」ならぬ「お嬢様」を興味深げに眺めた。
普通の娘であれば、泣き喚くか腰を抜かして動けなくなっているはずだ。しかしアゲハの瞳には、恐怖の色の代わりに、夜の旭川を物珍しげに眺める好奇心が宿っている。
キョロキョロしていたアゲハだが、思い出したかのように自分の荷物を確かめた。
木箱に閉じ込められてはいたが、衣類の乱れはなく、気を失う前に持っていた荷物も一緒に木箱の中に入っていた。さらに、父・有坂から手渡されたあの「重すぎる財布」を木箱の隅から引っ張り出し、中身を改めると、一銭も減っておらず驚愕した。
「路銀も取られず、手荷物もわたくしも無事なんですの?! 不幸中の幸いではありますが、意味がわかりませんわ!」
掠奪もされず、乱暴に扱われた形跡もない。
ただ「箱に詰めて運ばれただけ」という、今まで経験したことがない被害に、アゲハは不服そうに唇を尖らせた。
「これでは、わたくしがただの『大きな荷物』として届けられただけではありませんか! 無意味に時間を浪費しただけですの?!」
その斜め上の怒りに、背後で成り行きを見守っていた永倉新八が、思わず吹き出した。
「はっはっは! 土方、こいつは傑作だ。攫われたのに時間の浪費でご立腹とは!」
「……路銀に手をつけず、娘も無傷。つまり、お前さん自身が『金』以上の価値を持つ、特定の誰かへの『届け物』だったということだ」
土方の鋭い指摘に、アゲハは「はて?」と首を傾げる。
「特定の誰か? わたくしを心待ちにしている不届き者が、この旭川にいるということですの? 誘拐というより、これはただの『強制的な荷物扱い』ではありませんこと!」
アゲハはぷんぷんと頬を膨らませ、手荷物を抱え直すと、土方の方を向いた。
「おじ様、これもお縁ですもの。わたくし、このまま一人で夜道を歩くのは少々不用心かと思いますの。とりあえず今日の宿を取るまで、少しばかり面倒を見ていただけませんこと?」
天下の土方歳三を、まるで行きずりの親切な通行人かガイドのように扱うアゲハの図太さに、永倉は再び吹き出す。
土方はふっと口角を上げた。
「……いいだろう。こんな雪の中に放置しても寝覚めが悪い。ついてこい、お嬢さん」
アゲハは土方にエスコートされ旭川の夜へと繰り出した
親子はしばしの別れを惜しみつつ、最後にぎゅっと抱擁を交わし、アゲハは小樽の街へと繰り出した。
アゲハは道中、再び攫われないよう細心の注意を払って周囲を警戒していた。
背後に怪しい足音はないか、物陰からこちらを見つめる不審な輩はいないか……。その甲斐あって、彼女は無事に小樽駅のホームまでたどり着くことができた。
「……ふう。あとは列車に乗るだけですわ」
安堵し、ふっと肩の力を抜いたその瞬間だった。
背後から音もなく伸びてきた、薬品の染み込んだ布が彼女の口鼻を覆う。
「んんっ……!?」
抵抗しようとしたが、薬品の効果には抗えず、アゲハの意識は、北風にさらわれる羽毛のように、呆気なく闇の中へと沈んでいった。
どれほどの時間が経過しただろうか。
ガタン、ゴトン……という振動で、アゲハは重い目蓋を持ち上げた。
「……あら……。わたくし、寝てしまったのかしら……」
状況を確認しようと身動ぎをしたが、手足が何かにぶつかって思うように動かせない。
どうやら、身体を丸めてようやく収まる程度の、窮屈な木箱の中に閉じ込められているようだった。
この状況は、アゲハが再び不届き者に誘拐されてしまったことを理解するには十分すぎた。
「荷物のように扱われるのは久しくありませんでしたが、やはりいい気はしませんわ……。わたくしを荷物扱いしたこと、後悔させてやりますわ!!」
アゲハが暗闇の中で鼻息荒く意気込んだ、その時だった。
ドォォンッ!!!!
凄まじい衝撃が木箱を襲った。
何かの拍子に積み荷が崩れたのか、あるいは乱暴に放り出されたのか。アゲハの入った木箱は上下左右に幾度も激しく転がり、中の彼女は翻弄される。
「きゃっ!? あら、嫌だ! 目が回りますわ!!」
ゴロゴロと斜面を転げ落ちるような感覚のあと、最後にはバキィッ!と嫌な音を立てて木箱が何かに衝突し、静止した。
衝撃で木箱の板の一部が割れ、そこから冷たい夜風と雪が吹き込んでくる。
アゲハは目を白黒させながらも、割れた隙間から外の様子を伺った。
そこには、オレンジ色の街灯の下で「旭川駅」と書かれた看板が雪に埋もれかけて立っていた。
「……旭川? 帝都とは真逆ではありませんの!」
目的地とは真逆の場所で驚くアゲハだが、モタモタしている時間はない。
脱走できることが攫った者にバレる前に、ここから逃げ出さなければならないのだ。
「こんなところ、さっさとおさらばですわ!!」
アゲハは狭い箱の中で必死に身悶えし、行灯袴の裾を蹴り上げ、木板の隙間に指をかけて引き剥がそうと奮闘する。だが、相手は頑丈な輸送用の木箱だ。か細い令嬢の力では、ミシミシと嫌な音が鳴るだけで、なかなか決定的な破壊には至らない。
「無駄にっ! 丈夫なっ! 箱ですわね!! ああっ! 挟まりましたわ、指が!」
ジタバタと中で暴れ、もはや格好もつかなくなってきたその時。
ふいに、アゲハを照らしていた月明かりが、大きな「影」に遮られた。
(……誰かしら?)
アゲハが身構えた瞬間、彼女を閉じ込めていた木箱がバキッという軽い音と共に粉砕された。
バラバラと降り注ぐ木片の隙間から、夜の冷たい空気が一気に流れ込んできた。
「……あら?」
影の主は和服の上から外套を羽織り、腰に刀を差した厳格な老紳士だった。
「まさか箱に可愛らしいお嬢さんが入っているとはな」
老紳士は、壊れた箱に座り込んだまま呆然としているアゲハに、節くれだったが力強い手を差し伸べた。
そのまま、まるで軽い荷物でも持ち上げるかのような鮮やかさで、アゲハを雪の上に立たせる。
「……助けていただいたのかしら? ありがとうございます、おじ様。わたくし、不届き者に詰め込まれて、危うく出荷されるところでしたわ」
アゲハは袴についた木屑を払いながら、目の前の老紳士が放つ、ただならぬ「斬り合いの匂い」など露ほども気にせず、優雅に一礼した。
先ほどまで窮屈な木箱に詰め込まれ、ガタガタと運ばれていたとは思えないほど、アゲハの様子はけろっとしている。
それどころか、夜風に乱れた後れ毛を指先で整える余裕すらあった。
「……ほう。肝が据わっているな」
老紳士――土方歳三は、目の前の「商品」ならぬ「お嬢様」を興味深げに眺めた。
普通の娘であれば、泣き喚くか腰を抜かして動けなくなっているはずだ。しかしアゲハの瞳には、恐怖の色の代わりに、夜の旭川を物珍しげに眺める好奇心が宿っている。
キョロキョロしていたアゲハだが、思い出したかのように自分の荷物を確かめた。
木箱に閉じ込められてはいたが、衣類の乱れはなく、気を失う前に持っていた荷物も一緒に木箱の中に入っていた。さらに、父・有坂から手渡されたあの「重すぎる財布」を木箱の隅から引っ張り出し、中身を改めると、一銭も減っておらず驚愕した。
「路銀も取られず、手荷物もわたくしも無事なんですの?! 不幸中の幸いではありますが、意味がわかりませんわ!」
掠奪もされず、乱暴に扱われた形跡もない。
ただ「箱に詰めて運ばれただけ」という、今まで経験したことがない被害に、アゲハは不服そうに唇を尖らせた。
「これでは、わたくしがただの『大きな荷物』として届けられただけではありませんか! 無意味に時間を浪費しただけですの?!」
その斜め上の怒りに、背後で成り行きを見守っていた永倉新八が、思わず吹き出した。
「はっはっは! 土方、こいつは傑作だ。攫われたのに時間の浪費でご立腹とは!」
「……路銀に手をつけず、娘も無傷。つまり、お前さん自身が『金』以上の価値を持つ、特定の誰かへの『届け物』だったということだ」
土方の鋭い指摘に、アゲハは「はて?」と首を傾げる。
「特定の誰か? わたくしを心待ちにしている不届き者が、この旭川にいるということですの? 誘拐というより、これはただの『強制的な荷物扱い』ではありませんこと!」
アゲハはぷんぷんと頬を膨らませ、手荷物を抱え直すと、土方の方を向いた。
「おじ様、これもお縁ですもの。わたくし、このまま一人で夜道を歩くのは少々不用心かと思いますの。とりあえず今日の宿を取るまで、少しばかり面倒を見ていただけませんこと?」
天下の土方歳三を、まるで行きずりの親切な通行人かガイドのように扱うアゲハの図太さに、永倉は再び吹き出す。
土方はふっと口角を上げた。
「……いいだろう。こんな雪の中に放置しても寝覚めが悪い。ついてこい、お嬢さん」
アゲハは土方にエスコートされ旭川の夜へと繰り出した
