長編
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「愛を知る」ということは、同時に「痛みを知る」ということでもある。
櫻坂46のニューシングルの制作が始まった。
特例で加入したゆめも、全楽曲のレッスンに参加することになる。
その中のカップリング曲の一つ、切ないバラード曲の表現について、スタッフから厳しい言葉が飛んだ。
スタッフ「ゆめ、歌声は綺麗だ。でも、歌詞が死んでいる。この愛してるというフレーズ、君はどういう気持ちで歌っているんだ?」
ゆめ「……気持ち、ですか。……音程とリズムを外さないように、必死です」
スタジオに沈黙が流れる。
講師やスタッフ、そして周りにいたメンバーたちの視線がゆめに集まる。
スタッフ「技術は後からついてくる。でも、心は今ここになきゃダメだ。君にとって愛って何だ? それを定義できないと、聴いている人の心には届かないぞ」
ゆめ「……定義……」
ゆめは立ち尽くした。
辞書を引けば答えは載っているだろう。けれど、自分の血が通った「愛」の言葉を、彼女は持っていなかった。
彼女にとっての「愛」は、母親に放置された部屋の寒さであり、自分を殴った男の腕の太さであり、それらを「愛」だと思い込もうとして失敗した、惨めな記憶の断片でしかない。
レッスンが終わった後も、ゆめは一人スタジオに残り、歌詞カードを見つめていた。
ゆめ(愛してる。大切にしたい。……全部、嘘にしか聞こえない。私には、そんな資格ない)
いのうえ「……難しいよね。その言葉」
不意に、ピアノの影から二期生の井上梨名が顔を出した。彼女もまた、自分の歌唱表現に納得がいかず、残っていたようだった。
いのうえ「うちもさ、最初は愛してるなんて歌詞、恥ずかしくて歌えへんかったわ。自分がそんな立派な人間やと思えへんし」
ゆめ「……いのうえさんも、そうなんですか?」
いのうえ「そうやで。でもな、最近思うんよ。愛って、別にキラキラした完璧なものだけじゃないんちゃうかなって。……ゆめちゃん、誰かのために『何かしたい』って思ったこと、一度もない?」
ゆめは、脳裏をよぎる光景を思い返した。
倒れた時に支えてくれた松田の手。
スポーツドリンクを差し出した中嶋の震える指。
屋上で星を指差した守屋の横顔。
ゆめ「……あります。……みんなが優しくしてくれた時、私も、この人たちの力になりたいって……一瞬だけ、思いました」
いのうえ「それやん」
井上はパッと明るく笑って、ゆめの肩を叩いた。
いのうえ「誰かの幸せを、一瞬でも願うこと。それも立派な愛やで。壮大な言葉じゃなくてええんよ。……ゆめちゃんの『愛』は、これからみんなで見つけていけばええ。今は、そのわからないっていう苦しさをそのまま歌に乗せたらええんちゃう?」
ゆめ「……わからないを、歌う……」
ゆめは再び歌詞カードに目を落とした。
完璧に歌わなければならないという強迫観念が、少しだけ軽くなった気がした。
愛が何かわからない。
けれど、知りたいと思っている。そのもどかしさ、その震え。
その時、スタジオの入り口で、三期生たちが掃除をしながらこちらを見ていた。
しづき「ゆめさん、お疲れ様です! あの、ここの振り付け、また明日教えてもらってもいいですか?」
山下瞳月が、真っ直ぐな瞳でこちらを見ている。
ゆめ「……私で、いいの?」
しづき「はい! ゆめさんのダンス、丁寧ですごく好きなんです」
ゆめ「……うん。わかった。あした、いっしょに、やろう」
「いっしょに」
初めて自分から口にした、繋がりを求める言葉。
その言葉が、彼女にとっての初めての「愛の定義」への第一歩だった。
ひらがなで書かれた練習日誌の隅に、彼女はそっと書き込んだ。
『あいとは、だれかのために、ここにいたいとおもうこと?』
櫻坂46のニューシングルの制作が始まった。
特例で加入したゆめも、全楽曲のレッスンに参加することになる。
その中のカップリング曲の一つ、切ないバラード曲の表現について、スタッフから厳しい言葉が飛んだ。
スタッフ「ゆめ、歌声は綺麗だ。でも、歌詞が死んでいる。この愛してるというフレーズ、君はどういう気持ちで歌っているんだ?」
ゆめ「……気持ち、ですか。……音程とリズムを外さないように、必死です」
スタジオに沈黙が流れる。
講師やスタッフ、そして周りにいたメンバーたちの視線がゆめに集まる。
スタッフ「技術は後からついてくる。でも、心は今ここになきゃダメだ。君にとって愛って何だ? それを定義できないと、聴いている人の心には届かないぞ」
ゆめ「……定義……」
ゆめは立ち尽くした。
辞書を引けば答えは載っているだろう。けれど、自分の血が通った「愛」の言葉を、彼女は持っていなかった。
彼女にとっての「愛」は、母親に放置された部屋の寒さであり、自分を殴った男の腕の太さであり、それらを「愛」だと思い込もうとして失敗した、惨めな記憶の断片でしかない。
レッスンが終わった後も、ゆめは一人スタジオに残り、歌詞カードを見つめていた。
ゆめ(愛してる。大切にしたい。……全部、嘘にしか聞こえない。私には、そんな資格ない)
いのうえ「……難しいよね。その言葉」
不意に、ピアノの影から二期生の井上梨名が顔を出した。彼女もまた、自分の歌唱表現に納得がいかず、残っていたようだった。
いのうえ「うちもさ、最初は愛してるなんて歌詞、恥ずかしくて歌えへんかったわ。自分がそんな立派な人間やと思えへんし」
ゆめ「……いのうえさんも、そうなんですか?」
いのうえ「そうやで。でもな、最近思うんよ。愛って、別にキラキラした完璧なものだけじゃないんちゃうかなって。……ゆめちゃん、誰かのために『何かしたい』って思ったこと、一度もない?」
ゆめは、脳裏をよぎる光景を思い返した。
倒れた時に支えてくれた松田の手。
スポーツドリンクを差し出した中嶋の震える指。
屋上で星を指差した守屋の横顔。
ゆめ「……あります。……みんなが優しくしてくれた時、私も、この人たちの力になりたいって……一瞬だけ、思いました」
いのうえ「それやん」
井上はパッと明るく笑って、ゆめの肩を叩いた。
いのうえ「誰かの幸せを、一瞬でも願うこと。それも立派な愛やで。壮大な言葉じゃなくてええんよ。……ゆめちゃんの『愛』は、これからみんなで見つけていけばええ。今は、そのわからないっていう苦しさをそのまま歌に乗せたらええんちゃう?」
ゆめ「……わからないを、歌う……」
ゆめは再び歌詞カードに目を落とした。
完璧に歌わなければならないという強迫観念が、少しだけ軽くなった気がした。
愛が何かわからない。
けれど、知りたいと思っている。そのもどかしさ、その震え。
その時、スタジオの入り口で、三期生たちが掃除をしながらこちらを見ていた。
しづき「ゆめさん、お疲れ様です! あの、ここの振り付け、また明日教えてもらってもいいですか?」
山下瞳月が、真っ直ぐな瞳でこちらを見ている。
ゆめ「……私で、いいの?」
しづき「はい! ゆめさんのダンス、丁寧ですごく好きなんです」
ゆめ「……うん。わかった。あした、いっしょに、やろう」
「いっしょに」
初めて自分から口にした、繋がりを求める言葉。
その言葉が、彼女にとっての初めての「愛の定義」への第一歩だった。
ひらがなで書かれた練習日誌の隅に、彼女はそっと書き込んだ。
『あいとは、だれかのために、ここにいたいとおもうこと?』