長編
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それは、シングル曲のフォーメーション発表を数日後に控えた、ある日の午後のことだった。
レッスンの合間の休憩時間、スタジオの空気が一瞬にして凍りついた。
なぎさ「えっ……これ、なに……?」
小島凪紗が、震える手でスマートフォンを見つめている。
そこには、SNSで急速に拡散されている「暴露記事」があった。
【独占】櫻坂46・特例加入の新メンバー、凄絶な過去。実母による育児放棄、児童養護施設出身の『捨て子』だった!
記事には、ゆめが幼少期に住んでいたアパートの古びた外観や、当時の近隣住民の無責任な証言がこれでもかと並べられていた。
『愛を知らない仮面の少女』という秋元康が付けたキャッチコピーを嘲笑うかのように、彼女の「傷」がエンターテインメントとして消費されていた。
ゆめ「………………あ」
ゆめの指先から、ペットボトルが滑り落ちる。
床に響く鈍い音。
メンバーたちの視線が、スマホとゆめの間を往復する。同情、驚き、戸惑い。
それら全ての視線が、ゆめにとってはかつて自分を突き飛ばした男の暴力よりも鋭く、深く、心を抉った。
ゆめ「……見ないで……」
掠れた声で呟き、彼女はスタジオを飛び出した。
後ろから「ゆめちゃん!」と呼ぶ松田の声が聞こえたが、今の彼女にはそれすらも恐怖だった。
ゆめ(やっぱり……。隠したって、消えないんだ。私は、普通の人間にはなれない。私は、汚れたままなんだ)
非常階段の踊り場に座り込み、膝を抱えて激しく呼吸を乱す。
せっかく信じ始めていた「優しさ」が、この過去を知った後でも変わらずに注がれるなんて、到底思えなかった。
「捨て子だから可哀想」「不幸な生い立ちだから特別」。
そんなレッテルを貼られた目で、もう二度と見られたくなかった。
ひかる「……ここにいた」
階段の上から、森田ひかるが静かに降りてきた。
彼女はゆめの隣に、適度な距離を空けて座った。
ゆめ「ひかるさん……見ましたか。私の、汚い過去」
ひかる「見たよ。全部は読んでないけど。……でも、それが何?」
ゆめ「……何って、私……普通じゃないんです。家族もいなくて、愛されたこともなくて。そんな人間が、みんなに元気を与えるアイドルなんて、やっていいわけない……」
ひかる「普通って、誰が決めるの?」
森田の問いに、ゆめは言葉に詰まる。
ひかる「櫻坂にはね、誰にも言えない痛みを抱えてる子が他にもいるよ。表に出さないだけで。……ゆめちゃん。あなたが今まで生きてきたことは、『汚い過去』じゃない。あなたが今日まで、一人で必死に生き抜いてきた『証明』だよ」
ゆめ「……証明……?」
ひかる「そう。その痛みを知っているあなただから、歌える歌がある。その傷跡があるあなただから、寄り添える誰かがいる。……逃げないで。私たちがいるから」
ゆめの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
悲しくて泣いているのではない。
自分の存在そのものを、「汚いもの」ではなく「生き抜いた証」だと、真っ向から肯定されたことが、ただ震えるほどに嬉しかった。
ゆめ「……でも、ファンの人たちは……Buddiesは、なんて思うか……」
ひかる「それを、次のステージで証明しに行こうよ。あなたが何者かなんて、週刊誌が決めることじゃない。あなたが、自分で決めるんだよ」
森田は立ち上がり、ゆめに向かって手を差し出した。
かつての彼女なら、その手を拒んでいただろう。
けれど今、ゆめはその手を、震えながらも力強く握り返した。
ゆめ「ひかるさん……。わたし、にげたくない。……みんなといっしょに、いたい」
ひらがなで綴られた、魂の叫び。
嵐はまだ始まったばかりだが、ゆめはもう、独りではなかった。
レッスンの合間の休憩時間、スタジオの空気が一瞬にして凍りついた。
なぎさ「えっ……これ、なに……?」
小島凪紗が、震える手でスマートフォンを見つめている。
そこには、SNSで急速に拡散されている「暴露記事」があった。
【独占】櫻坂46・特例加入の新メンバー、凄絶な過去。実母による育児放棄、児童養護施設出身の『捨て子』だった!
記事には、ゆめが幼少期に住んでいたアパートの古びた外観や、当時の近隣住民の無責任な証言がこれでもかと並べられていた。
『愛を知らない仮面の少女』という秋元康が付けたキャッチコピーを嘲笑うかのように、彼女の「傷」がエンターテインメントとして消費されていた。
ゆめ「………………あ」
ゆめの指先から、ペットボトルが滑り落ちる。
床に響く鈍い音。
メンバーたちの視線が、スマホとゆめの間を往復する。同情、驚き、戸惑い。
それら全ての視線が、ゆめにとってはかつて自分を突き飛ばした男の暴力よりも鋭く、深く、心を抉った。
ゆめ「……見ないで……」
掠れた声で呟き、彼女はスタジオを飛び出した。
後ろから「ゆめちゃん!」と呼ぶ松田の声が聞こえたが、今の彼女にはそれすらも恐怖だった。
ゆめ(やっぱり……。隠したって、消えないんだ。私は、普通の人間にはなれない。私は、汚れたままなんだ)
非常階段の踊り場に座り込み、膝を抱えて激しく呼吸を乱す。
せっかく信じ始めていた「優しさ」が、この過去を知った後でも変わらずに注がれるなんて、到底思えなかった。
「捨て子だから可哀想」「不幸な生い立ちだから特別」。
そんなレッテルを貼られた目で、もう二度と見られたくなかった。
ひかる「……ここにいた」
階段の上から、森田ひかるが静かに降りてきた。
彼女はゆめの隣に、適度な距離を空けて座った。
ゆめ「ひかるさん……見ましたか。私の、汚い過去」
ひかる「見たよ。全部は読んでないけど。……でも、それが何?」
ゆめ「……何って、私……普通じゃないんです。家族もいなくて、愛されたこともなくて。そんな人間が、みんなに元気を与えるアイドルなんて、やっていいわけない……」
ひかる「普通って、誰が決めるの?」
森田の問いに、ゆめは言葉に詰まる。
ひかる「櫻坂にはね、誰にも言えない痛みを抱えてる子が他にもいるよ。表に出さないだけで。……ゆめちゃん。あなたが今まで生きてきたことは、『汚い過去』じゃない。あなたが今日まで、一人で必死に生き抜いてきた『証明』だよ」
ゆめ「……証明……?」
ひかる「そう。その痛みを知っているあなただから、歌える歌がある。その傷跡があるあなただから、寄り添える誰かがいる。……逃げないで。私たちがいるから」
ゆめの瞳から、大粒の涙が溢れ出した。
悲しくて泣いているのではない。
自分の存在そのものを、「汚いもの」ではなく「生き抜いた証」だと、真っ向から肯定されたことが、ただ震えるほどに嬉しかった。
ゆめ「……でも、ファンの人たちは……Buddiesは、なんて思うか……」
ひかる「それを、次のステージで証明しに行こうよ。あなたが何者かなんて、週刊誌が決めることじゃない。あなたが、自分で決めるんだよ」
森田は立ち上がり、ゆめに向かって手を差し出した。
かつての彼女なら、その手を拒んでいただろう。
けれど今、ゆめはその手を、震えながらも力強く握り返した。
ゆめ「ひかるさん……。わたし、にげたくない。……みんなといっしょに、いたい」
ひらがなで綴られた、魂の叫び。
嵐はまだ始まったばかりだが、ゆめはもう、独りではなかった。