長編
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春休みが終わる少し前。
まだ制服を着る必要もないはずの街角で、田村保乃は立ち止まった。
理由ははっきりしていた。
駅前の雑踏の端、人の流れから微妙に外れた場所に、まるで「ここに存在してはいけない」みたいに立っている少女がいたからだ。
髪は肩にかかるくらい。
視線は下を向いたまま、誰かを待っているわけでも、行き先を探しているわけでもない。
ただ、立っている。
壊れ物のように。
ほの(……大丈夫かな)
それが、最初に浮かんだ感情だった。
声をかけるほどの勇気はなかった。
でも、そのまま通り過ぎることもできなかった。
保乃は、数歩先まで行ってから振り返った。
少女は、まだ同じ場所にいた。
その姿が、今にも消えてしまいそうで
なぜか胸の奥がざわついた。
――それが、森田ひかるとの最初の出会いだった。
新学期。
教室のざわめきは、どこの学校でも変わらない。
「転校生来るらしいよ」
「どんな子?」
「可愛いかな?」
三年生の教室。
松田里奈を中心に、武元唯衣や井上梨名、藤吉夏鈴たちが自然に輪を作っていた。
先生「静かにー」
担任の声がして、教室が少しだけ落ち着く。
先生「今日からこのクラスに転校してくる生徒がいます」
扉が開いた。
そこに立っていたのは、春休みの街角で見た、あの少女だった。
――保乃の心臓が、はっきり音を立てた。
ほの(……あの子)
黒板の前に立った少女は、まっすぐ前を向いていたけれど、目だけはどこにも焦点が合っていないように見えた。
ひかる「森田ひかるです。よろしくお願いします」
声は小さくない。
でも、感情が乗っていない。
教室の空気が、ほんの一瞬だけ止まる。
守屋麗奈が小さく首を傾げ、山崎天がじっとひかるを見つめ、増本綺良は「静かな子だね」と呟いた。
空いている席は、保乃の斜め後ろだった。
椅子を引く音。
鞄を置く音。
それだけで、
教室に「森田ひかる」という存在が追加されたはずなのに――
彼女は、どこにも属していないように見えた。
ひかるは、何も期待していなかった。
友達も。
居場所も。
ましてや、理解なんて。
期待しなければ、失わない。
大切なものを持たなければ、また奪われることもない。
両親を、事故で失った夜。
親友を、病気で見送ったあの日。
心は、もう十分壊れた。
だから決めたのだ。
――誰とも、深く関わらない。
休み時間、誰かが話しかけてきても、短く返す。
昼休み、石森璃花や幸阪茉里乃たちが楽しそうに話していても、近づかない。
まりの「森田さんって、ちょっと近寄りがたいよね」
そんな声が聞こえても、ひかるの表情は変わらなかった。
傷ついていないふりは、もう得意だった。
でも。
一つだけ、想定外があった。
田村保乃だった。
保乃は、無理に距離を詰めてこなかった。
でも、確実に「見ていた」。
授業中、ひかるがノートを取る手が止まっていないか。
体育の後、誰よりも遅れて着替えていないか。
何も言わない。
でも、気にかけているのが、わかる。
ある日、放課後。
ひかるが一人で靴を履いていると、後ろから声がした。
「……あのさ」
振り返ると、保乃が立っていた。
あの日、街角で見た時と同じ目。
優しくて、でも踏み込みすぎない距離。
ほの「帰り、一緒でもいい?」
ひかるは、一瞬だけ迷った。
そして――
ひかる「……どっちでも」
そう答えた。
本当は、少しだけ、嬉しかった。
それが怖くて、素直になれなかっただけで。
校門を出て、並んで歩く。
夕方の空は、春らしく柔らかい。
ほの「無理しなくていいからね」
保乃は、前を向いたまま言った。
ほの「別に、仲良くならなくてもいいし」
その言葉に、ひかるの胸が少しだけ、揺れた。
ほの「でも、ここにいていいってことだけは、忘れないでほしいなって思って」
ひかるは、何も言えなかった。
胸の奥で、ずっと閉じていた何かが、ほんの少しだけ軋んだ。
ひかる(……ここに、いていい?)
そんなこと、考えたのは久しぶりだった。
――まだこの時、
ひかるは知らない。
この場所が、
この人たちが、
「失ったあとでも、もう一度大切にしていい世界」になることを。
まだ制服を着る必要もないはずの街角で、田村保乃は立ち止まった。
理由ははっきりしていた。
駅前の雑踏の端、人の流れから微妙に外れた場所に、まるで「ここに存在してはいけない」みたいに立っている少女がいたからだ。
髪は肩にかかるくらい。
視線は下を向いたまま、誰かを待っているわけでも、行き先を探しているわけでもない。
ただ、立っている。
壊れ物のように。
ほの(……大丈夫かな)
それが、最初に浮かんだ感情だった。
声をかけるほどの勇気はなかった。
でも、そのまま通り過ぎることもできなかった。
保乃は、数歩先まで行ってから振り返った。
少女は、まだ同じ場所にいた。
その姿が、今にも消えてしまいそうで
なぜか胸の奥がざわついた。
――それが、森田ひかるとの最初の出会いだった。
新学期。
教室のざわめきは、どこの学校でも変わらない。
「転校生来るらしいよ」
「どんな子?」
「可愛いかな?」
三年生の教室。
松田里奈を中心に、武元唯衣や井上梨名、藤吉夏鈴たちが自然に輪を作っていた。
先生「静かにー」
担任の声がして、教室が少しだけ落ち着く。
先生「今日からこのクラスに転校してくる生徒がいます」
扉が開いた。
そこに立っていたのは、春休みの街角で見た、あの少女だった。
――保乃の心臓が、はっきり音を立てた。
ほの(……あの子)
黒板の前に立った少女は、まっすぐ前を向いていたけれど、目だけはどこにも焦点が合っていないように見えた。
ひかる「森田ひかるです。よろしくお願いします」
声は小さくない。
でも、感情が乗っていない。
教室の空気が、ほんの一瞬だけ止まる。
守屋麗奈が小さく首を傾げ、山崎天がじっとひかるを見つめ、増本綺良は「静かな子だね」と呟いた。
空いている席は、保乃の斜め後ろだった。
椅子を引く音。
鞄を置く音。
それだけで、
教室に「森田ひかる」という存在が追加されたはずなのに――
彼女は、どこにも属していないように見えた。
ひかるは、何も期待していなかった。
友達も。
居場所も。
ましてや、理解なんて。
期待しなければ、失わない。
大切なものを持たなければ、また奪われることもない。
両親を、事故で失った夜。
親友を、病気で見送ったあの日。
心は、もう十分壊れた。
だから決めたのだ。
――誰とも、深く関わらない。
休み時間、誰かが話しかけてきても、短く返す。
昼休み、石森璃花や幸阪茉里乃たちが楽しそうに話していても、近づかない。
まりの「森田さんって、ちょっと近寄りがたいよね」
そんな声が聞こえても、ひかるの表情は変わらなかった。
傷ついていないふりは、もう得意だった。
でも。
一つだけ、想定外があった。
田村保乃だった。
保乃は、無理に距離を詰めてこなかった。
でも、確実に「見ていた」。
授業中、ひかるがノートを取る手が止まっていないか。
体育の後、誰よりも遅れて着替えていないか。
何も言わない。
でも、気にかけているのが、わかる。
ある日、放課後。
ひかるが一人で靴を履いていると、後ろから声がした。
「……あのさ」
振り返ると、保乃が立っていた。
あの日、街角で見た時と同じ目。
優しくて、でも踏み込みすぎない距離。
ほの「帰り、一緒でもいい?」
ひかるは、一瞬だけ迷った。
そして――
ひかる「……どっちでも」
そう答えた。
本当は、少しだけ、嬉しかった。
それが怖くて、素直になれなかっただけで。
校門を出て、並んで歩く。
夕方の空は、春らしく柔らかい。
ほの「無理しなくていいからね」
保乃は、前を向いたまま言った。
ほの「別に、仲良くならなくてもいいし」
その言葉に、ひかるの胸が少しだけ、揺れた。
ほの「でも、ここにいていいってことだけは、忘れないでほしいなって思って」
ひかるは、何も言えなかった。
胸の奥で、ずっと閉じていた何かが、ほんの少しだけ軋んだ。
ひかる(……ここに、いていい?)
そんなこと、考えたのは久しぶりだった。
――まだこの時、
ひかるは知らない。
この場所が、
この人たちが、
「失ったあとでも、もう一度大切にしていい世界」になることを。