中編
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人類の瞳から流れ落ちる雫に色がついてから、世界は少しだけ窮屈になった。
感情は隠せない。
怒りは燃えるような赤。
悲しみは深く沈む青。
歓喜は華やかなピンク。
そして、他者を騙そうとする偽りの涙はすべてを塗りつぶす不浄の黒。
最近も、テレビの向こうで頭を下げる芸能人が「申し訳ありませんでした」と泣いていたが、その頬を伝うラインは真っ黒だった。
SNSは案の定、大炎上している。
ゆめ「……ねぇ、ひかる。もし私の涙に色がついたら、何色だと思う?」
楽屋のソファで、ゆめがふいにそんなことを呟いた。
雑誌を読んでいた森田ひかるは、視線を彼女に向ける。
いつも通りのどこか儚げで、何を考えているか分からない端正な横顔。
ひかる「うーん……ゆめは優しいから、ピンクとか? 誰かのために悲しむ青かも」
ゆめ「そうかな」
ゆめは少しだけ寂しそうに微笑むと、それ以上は何も言わなかった。
櫻坂46のセンターとして、そして表現者として、ひかるは常に感情の揺らぎと戦っている。
感情が色に出るこの世界で、アイドルがステージで流す涙は格好の批評の対象だ。
「あの涙は嘘だ」
「本当に喜んでいる」。
そんな息苦しい世界の中で、ひかるにとってゆめは唯一の救いだった。
彼女の隣にいる時だけは、感情を色で測られない安心感があったから。
だが、ひかるは知らなかった。
ゆめが一度も、みんなの前で涙を見せたことがない理由を。
その日の夜、激しいダンスレッスンの後、誰もいないレッスン場に忘れた水分補給用のボトルを取りに戻ったひかるは、ガラス越しにそれを見てしまった。
静まり返った部屋の真ん中で、ゆめが座り込んでいた。
肩が小さく震えている。彼女は泣いていた。
ひかる(……え?)
ひかるは息を呑んだ。
ゆめの目から溢れ、顎を伝って床に落ちていく雫。
それは、無色透明だった。
赤でも、青でも、ピンクでも、黒でもない。
この世界で、感情を持つ人間なら絶対にあり得ない、ただの綺麗な水。
ひかる「ゆめ……?」
思わず声をかけると、ゆめはびくっと肩を揺らし慌てて袖で顔を拭った。
しかし、拭っても拭っても溢れる雫はどこまでも透明なままだった。
ゆめ「ひかる……見ちゃったんだ」
ひかる「どうして……? なんで色がないの?」
ひかるが駆け寄り、その場にしゃがみ込んでゆめの顔を覗き込む。
ゆめは自嘲気味に、ぽつりと呟いた。
ゆめ「わからないの。ある日突然、世界がこうなった時から、私の涙だけはずっと透明なまま。……ねぇ、ひかる。私には、みんなみたいに豊かな感情がないのかな。誰かを愛することも、怒ることも、本当はできていないのかな。私の心は、空っぽなのかな……」
恐怖に怯えるような声だった。
色がつく世界だからこそ、色がつかない自分は人間ではない異物のように思えてしまうのだろう。
自分の心が信じられなくて、ずっと一人で怯えていたのだ。
ひかるは、透明な雫がゆめの頬を濡らすのを見つめた。
そして、ゆっくりと手を伸ばし、その頬を優しく包み込む。
ひかる「そんなわけないよ」
ひかるの声は、静かだけど確かな熱を持っていた。
ひかる「ゆめのパフォーマンスを見て、ファンの人がどれだけ感動してるか知ってる? 私が隣にいる時、ゆめの優しさにどれだけ救われてるか知ってる? 心が空っぽな人に、あんな表現ができるわけない。……色に分類できないくらい、たくさんの感情が混ざり合ってるだけだよ」
ゆめ「ひかる……」
ひかる「それにね、」
ひかるはゆめの顔に自分の顔を近づけ、おでこをこつんと合わせた。
ひかる「私には見えるよ。ゆめの涙、すっごく綺麗。何色にも染まらない、ゆめだけの特別な色だよ」
その瞬間、ゆめの瞳から大粒の涙が溢れた。
やっぱり色はない。
ただの透明な雫。
だけど、照明を反射してダイヤモンドよりも眩しくきらめいている。
ゆめ「あぁ……ずるいよ、ひかるは」
ゆめは泣き笑いのような表情で、ひかるの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
ひかるもその背中に手を回し力を込める。
世界がどんなに感情をラベル分けしようとも、この胸の痛みが何色かなんて二人の間だけで分かっていればそれでいい。
透明な涙がひかるの肩を心地よく濡らしていった。
感情は隠せない。
怒りは燃えるような赤。
悲しみは深く沈む青。
歓喜は華やかなピンク。
そして、他者を騙そうとする偽りの涙はすべてを塗りつぶす不浄の黒。
最近も、テレビの向こうで頭を下げる芸能人が「申し訳ありませんでした」と泣いていたが、その頬を伝うラインは真っ黒だった。
SNSは案の定、大炎上している。
ゆめ「……ねぇ、ひかる。もし私の涙に色がついたら、何色だと思う?」
楽屋のソファで、ゆめがふいにそんなことを呟いた。
雑誌を読んでいた森田ひかるは、視線を彼女に向ける。
いつも通りのどこか儚げで、何を考えているか分からない端正な横顔。
ひかる「うーん……ゆめは優しいから、ピンクとか? 誰かのために悲しむ青かも」
ゆめ「そうかな」
ゆめは少しだけ寂しそうに微笑むと、それ以上は何も言わなかった。
櫻坂46のセンターとして、そして表現者として、ひかるは常に感情の揺らぎと戦っている。
感情が色に出るこの世界で、アイドルがステージで流す涙は格好の批評の対象だ。
「あの涙は嘘だ」
「本当に喜んでいる」。
そんな息苦しい世界の中で、ひかるにとってゆめは唯一の救いだった。
彼女の隣にいる時だけは、感情を色で測られない安心感があったから。
だが、ひかるは知らなかった。
ゆめが一度も、みんなの前で涙を見せたことがない理由を。
その日の夜、激しいダンスレッスンの後、誰もいないレッスン場に忘れた水分補給用のボトルを取りに戻ったひかるは、ガラス越しにそれを見てしまった。
静まり返った部屋の真ん中で、ゆめが座り込んでいた。
肩が小さく震えている。彼女は泣いていた。
ひかる(……え?)
ひかるは息を呑んだ。
ゆめの目から溢れ、顎を伝って床に落ちていく雫。
それは、無色透明だった。
赤でも、青でも、ピンクでも、黒でもない。
この世界で、感情を持つ人間なら絶対にあり得ない、ただの綺麗な水。
ひかる「ゆめ……?」
思わず声をかけると、ゆめはびくっと肩を揺らし慌てて袖で顔を拭った。
しかし、拭っても拭っても溢れる雫はどこまでも透明なままだった。
ゆめ「ひかる……見ちゃったんだ」
ひかる「どうして……? なんで色がないの?」
ひかるが駆け寄り、その場にしゃがみ込んでゆめの顔を覗き込む。
ゆめは自嘲気味に、ぽつりと呟いた。
ゆめ「わからないの。ある日突然、世界がこうなった時から、私の涙だけはずっと透明なまま。……ねぇ、ひかる。私には、みんなみたいに豊かな感情がないのかな。誰かを愛することも、怒ることも、本当はできていないのかな。私の心は、空っぽなのかな……」
恐怖に怯えるような声だった。
色がつく世界だからこそ、色がつかない自分は人間ではない異物のように思えてしまうのだろう。
自分の心が信じられなくて、ずっと一人で怯えていたのだ。
ひかるは、透明な雫がゆめの頬を濡らすのを見つめた。
そして、ゆっくりと手を伸ばし、その頬を優しく包み込む。
ひかる「そんなわけないよ」
ひかるの声は、静かだけど確かな熱を持っていた。
ひかる「ゆめのパフォーマンスを見て、ファンの人がどれだけ感動してるか知ってる? 私が隣にいる時、ゆめの優しさにどれだけ救われてるか知ってる? 心が空っぽな人に、あんな表現ができるわけない。……色に分類できないくらい、たくさんの感情が混ざり合ってるだけだよ」
ゆめ「ひかる……」
ひかる「それにね、」
ひかるはゆめの顔に自分の顔を近づけ、おでこをこつんと合わせた。
ひかる「私には見えるよ。ゆめの涙、すっごく綺麗。何色にも染まらない、ゆめだけの特別な色だよ」
その瞬間、ゆめの瞳から大粒の涙が溢れた。
やっぱり色はない。
ただの透明な雫。
だけど、照明を反射してダイヤモンドよりも眩しくきらめいている。
ゆめ「あぁ……ずるいよ、ひかるは」
ゆめは泣き笑いのような表情で、ひかるの背中に腕を回し、ぎゅっと抱きしめた。
ひかるもその背中に手を回し力を込める。
世界がどんなに感情をラベル分けしようとも、この胸の痛みが何色かなんて二人の間だけで分かっていればそれでいい。
透明な涙がひかるの肩を心地よく濡らしていった。