山下瞳月
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その日、櫻坂46のオンラインミート&グリート
――ある一人のメンバーの絶叫によって一時騒然となった。
「そういえばさー! しづき最近めっちゃ幸せそうなんよね!だって、ゆめちゃんと付き合っ……あ、やばッ!! 今のナシ! 忘れてぇぇぇ!!」
向井純葉の、あまりにも純粋で、あまりにも致命的な誤爆だった。
ファンへ近況報告をするだけのつもりが、テンションが上がりすぎて口が滑ってしまったのだ。
スタッフが慌てて通信を切ったものの、時すでに遅し。画面の向こうのファンは完璧に聞き届けていた。
『純葉がミーグリで大誤爆』
『山下瞳月とゆめ、本当に付き合ってる!?』
SNSのトレンドは一瞬でその話題に染まった。
ファンは騒然となり、「ただの冗談だろ」「いや、純葉のあの焦り方はガチ」「アイドルとしてどうなの?」と、真偽を巡ってネット上は大荒れ、お祭り騒ぎの様相を呈していた。
当の純葉はといえば、楽屋の隅で「どうしよう、うちのせいで二人の仲が……」と大号泣。
そんな純葉の頭を、瞳月は「大丈夫だよ」と静かに撫でていた。
その瞳の奥に、ある種の『決意』を宿していることには、誰も気づいておらず――。
そして翌日。
瞳月は、事務所の許可を取り、一人でSHOWROOMの配信カメラの前に立っていた。
画面が切り替わると同時に、コメント欄が猛烈なスピードで流れ始めた。
画面に映る瞳月の表情は、どこか硬い。
しづき「……。あ、お疲れ様です。櫻坂46の山下瞳月です。……うん、声聞こえてますか? よかった」
画面の向こうのファンたちは、挨拶もそこそこに、昨日からくすぶり続けている“爆弾”について容赦なく突っ込んでくる。
『しーちゃん、昨日の純葉の配信のやつ何!?』
『ゆめちゃんと付き合ってるって本当?』
『嘘って言って、信じてるから』
『ガッカリしました』
しづき「……なんか、コメント欄すごいことになってますね。まぁ、そりゃそうか」
瞳月はふぅ、と小さく息を吐くと、カメラを真っ直ぐに見据えた。
しづき「えっと、何から話せばいいんやろ。とりあえず、最初に言っておきたいんですけど、いとはのことは怒らないであげてください。あの子、本当に焦って裏でめちゃくちゃ泣いてたんで。私が『大丈夫だよ』って言っても、ずっと『ごめんね、ごめんね』って……。だから、いとはへの批判はナシでお願いします」
まずは、自分のせいで泣きじゃくった後輩を庇う。
それは優しさでもあったが、これからの本題に入るための、彼女なりの『場の手入れ』でもあった。
しづき「で、本題なんですけど。……みなさんが気にしてる、昨日のいとはの発言。あれについて、私からちゃんと言っておこうと思って、今日の配信を決めました」
一瞬、コメントの流れる速度が落ちた。
誰もが彼女の次の言葉を固唾をのんで待っている。
瞳月はトーンを少し落とし、凛とした声で話した。
しづき「……結論から言うと、本当です。私、山下瞳月は、ゆめちゃんと付き合っています」
その瞬間、コメント欄が爆発した。
おめでとうという祝福、信じられないという悲鳴、裏切りだと憤る言葉。
画面が文字で埋め尽くされていく。
荒れる画面を冷静に見つめながら、少し目を細める。
しづき「……うん。いろんな意見があるのは分かってます。応援できないって人がいるのも、アイドルのくせにって怒る人がいるのも、仕方ないと思ってます」
そこまでは、大人の対応だった。
しかし、瞳月の本領はここからだった。
彼女はふっと、挑発するような、どこか歪んだ愛おしさを孕んだ笑みを浮かべた。
しづき「でもね、これだけは言わせてください。……ゆめちゃんは、私のものです」
『え……?』
『しーちゃん!?』
『急に独占欲全開じゃん』
戸惑うファンを置き去りにするように、瞳月は画面にじりじりと顔を近づけた。
その目は、本気だった。
しづき「ファンのみなさんがミーグリでゆめちゃんのこと『可愛い』って言うのも、楽しそうに話してるのも、私、本当は…ずーっと嫉妬してました。何なら、他のメンバーが楽屋でゆめちゃんに抱きついてるのを見るだけで、心の底からイライラしてました」
しづき「だから、今回のことでバレちゃって、ショック受けてる人には申し訳ないけど……私はちょっとスッキリしてる部分もあります。これで、誰もゆめちゃんに手を出せなくなるから。世界中の人に『ゆめちゃんは山下瞳月のもの』って分かってもらえたから」
あまりにも重く、あまりにも純度の高い独占欲の告白。
呆気にとられるファン、逆にその執着心に歓喜するファンで、コメント欄は別の意味で大荒れになった。
しづき「あ、ゆめちゃん。この配信、裏で見てるやろ? ……そんなに恥ずかしそうな顔してスマホ見んでええよ笑。楽屋戻ったら、覚悟しといてな? いっぱい甘えさせてもらうから」
しづき「……ということで。荒れるのは私のコメント欄だけにしてください。ゆめちゃんを困らせるようなことは、ファンのみなさんも、絶対にしないでくださいね。私のゆめちゃんなんで」
最後に念を押すようにそう言うと、瞳月はいつものアイドルらしい微笑みに戻り、タワーのギフトにお礼を言い始めた。
しづき「あ、タワーありがとうございます〜。…ふふ、みなさんビックリさせちゃってごめんね? でも、これが私の本音です。じゃあ、バイバイ」
カチリ、と配信終了の音が楽屋に響いた。
配信が切れた瞬間、瞳月はそれまでの凛とした態度から一転、小走りで楽屋の奥へと向かった。
そこには、スマホを握りしめたまま、耳まで真っ赤にして固まっているゆめの姿があった。
しづき「……ゆめちゃん、ただいま」
ゆめ「し、しづき……! もう、配信で何言ってるの!? コメント欄、とんでもないことになってたよ!?」
慌てるゆめの言葉を遮るように、瞳月は後ろからその細い腰に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。
首筋に自分の顔を埋め、その温もりを独り占めするように深く息を吸い込む。
しづき「……だって、本当のことやもん。これでみんな、ゆめちゃんが私のものって分かったはず。もう誰にも渡さへん」
ゆめ「独占欲、出しすぎだよ……。ファンのみんな、びっくりしてたじゃん……」
ゆめが困ったように呟くと、瞳月は体を少し離し、上目遣いでゆめの瞳を見つめた。低く、少し鼻にかかった甘い声で囁く。
しづき「……嫌やった?」
ゆめは視線に耐えかねて目を逸らした。
ゆめ「……嫌じゃ、ないけど……」
瞳月は嬉しそうに満足げな笑みを浮かべ、さらに強く抱きしめた。
しづき「ん、ならよし。これからは堂々と、楽屋でもどこでもイチャイチャしような、ゆめちゃん」
世界中にバレた代償は、決して小さくはないかもしれない。
けれど、腕の中にいる最愛の人の体温を感じながら、瞳月はこれ以上ない幸福感に満たされていた。
「――山下、ゆめ。ちょっと、上の部屋に来て」
楽屋の甘い空気を切り裂いたのは、聞き慣れた女性マネージャーの冷徹な声だった。
いつもは優しい彼女の目が、今は完全に据わっている。
さっきまで瞳月の腕の中で赤くなっていたゆめは、一瞬で顔を青くした。
ゆめ「し、しづき……どうしよう……」
しづき「大丈夫。私が全部勝手にやったことやから。ゆめちゃんは私の後ろにおって」
瞳月はゆめの手をぎゅっと握りしめると、そのままの状態で、重い足取りで運営幹部が待つ会議室へと向かった。
会議室に入ると、そこにはチーフマネージャーと、グループの方向性を決める重鎮の姿があった。
机の上には、すでに今回の件をまとめた報告書と、荒れ狂うSNSのデータが印刷された紙が置かれている。
チーフ「……山下。配信の許可は出したけど、あんなことまで言っていいとは誰も言ってないぞ」
しづき「すみませんでした。でも、嘘をつくのだけは嫌だったんです」
上層部「嘘をつかないことと、ファンを煽ることは別だ。今回の件で、お前たちのファンの中には深く傷ついた人もいる。それに、グループのイメージや、今後のシングルフォーメーション、タイアップにだって影響が出るかもしれない。そこまで考えての発言か?」
重い沈黙が室内に流れる。
大人の正論は、ぐうの音も出ないほど正しかった。
隣でゆめが小さく震え、今にも泣き出しそうになるのを感じて、瞳月はさらに強くその手を握った。
しづき「……全部、分かってます。どんな処分でも受けます。でも、ゆめちゃんは悪くないです。いとはの誤爆も、私のあの配信も、全部私がゆめちゃんを縛り付けたくてやったことです。だから、ゆめちゃんにだけは、何の処分も下さないでください」
深々と頭を下げる瞳月の姿に、上の人は大きなため息をついた。
上層部「……処分については、上層部で協議する。ただ、現時点で活動休止などの大ごとにすれば、かえって火に油を注ぐことになる。しばらくは、ブログやSNSでの二人の関係性への言及は一切禁止。ミーグリでも、この件についての質問にはマニュアル通りの回答を徹底してもらう」
チーフ「二人とも、しばらくは風当たりが強いと思う。でも、ここから先はパフォーマンスで黙らせるしかないんだよ。そこまでの覚悟はある?」
瞳月は真っ直ぐ顔を上げた。
しづき「……あります。櫻坂のメンバーとして、今まで以上のものをお見せします」
こうして、嵐のようなお説教の時間は幕を閉じた。
数ヶ月後。
あの大騒動から、二人の取り巻く環境は激変した。
運営の言葉通り、しばらくの間、二人はネット上で様々な言葉を浴びせられた。
心無い批判の声に、ゆめが落ち込む夜も一度や二度ではなかった。
けれど、そのたびに瞳月は夜通し寄り添い、「私が守るから」と抱きしめ続けた。
そして迎えた、次の新シングル。
二人に下された処分――それは、ある種のリスクを伴う、運営からの「挑戦状」だった。
『山下瞳月×ゆめ、フロントのシンメに抜擢』
あの一件を逆手に取るような、あまりにもドラマチックなフォーメーション。
「あの二人がシンメとか、運営も攻めすぎ」
「生配信の件があるから、純粋に見られない」
という声もあったが、二人は死に物狂いでレッスンに励んだ。
迎えたMVの公開日。
画面の中で、二人はお互いへの激しい執着と、危ういほどの愛を表現した、鳥肌が立つようなダンスパフォーマンスを披露した。
あの生配信での独占欲すら、すべて「表現」として昇華されたかのような圧倒的なクオリティだった。
『……文句のつけようがない。過去最高のMVだわ』
『しーちゃんとゆめちゃん、お互いしか見てないようなダンスがリアルでエグい』
『アイドルとして賛否はあるかもしれないけど、この二人の絆は本物だ』
パフォーマンスの圧倒的な力によって、批判の声は徐々に「伝説のコンビ」としての称賛へと変わっていった。
夜。すべての仕事を終え、誰もいない楽屋。
窓の外の夜景を見つめるゆめの背中に、いつものように瞳月がそっと抱きついた。
ゆめ「……しづき、MVのコメントすごく好評だよ」
しづき「ん……。知ってる。でも、私にとっては、世界中が味方になるかどうかなんて、どうでもええねん」
ゆめ「もう、またそんなこと言って……。マネージャーさんに怒られたの忘れたの?」
瞳月はゆめの頬に小さくキスをして、悪戯っぽく微笑んだ。
しづき「怒られたなぁ笑。でも、あの時私が言ったこと、何一つ後悔してへんよ。あの配信のおかげで、今はこうして、誰の目も気にせずゆめちゃんを独り占めできてるし」
ゆめは呆れつつも、嬉しそうに体を預けた。
ゆめ「……本当に、独占欲強すぎ」
しづき「当たり前。私のゆめちゃんやから。これからもずっと、隣は渡さへんよ」
画面越しの嵐を乗り越えた二人の距離は、もう誰にも、遮ることなんてできなかった。
――ある一人のメンバーの絶叫によって一時騒然となった。
「そういえばさー! しづき最近めっちゃ幸せそうなんよね!だって、ゆめちゃんと付き合っ……あ、やばッ!! 今のナシ! 忘れてぇぇぇ!!」
向井純葉の、あまりにも純粋で、あまりにも致命的な誤爆だった。
ファンへ近況報告をするだけのつもりが、テンションが上がりすぎて口が滑ってしまったのだ。
スタッフが慌てて通信を切ったものの、時すでに遅し。画面の向こうのファンは完璧に聞き届けていた。
『純葉がミーグリで大誤爆』
『山下瞳月とゆめ、本当に付き合ってる!?』
SNSのトレンドは一瞬でその話題に染まった。
ファンは騒然となり、「ただの冗談だろ」「いや、純葉のあの焦り方はガチ」「アイドルとしてどうなの?」と、真偽を巡ってネット上は大荒れ、お祭り騒ぎの様相を呈していた。
当の純葉はといえば、楽屋の隅で「どうしよう、うちのせいで二人の仲が……」と大号泣。
そんな純葉の頭を、瞳月は「大丈夫だよ」と静かに撫でていた。
その瞳の奥に、ある種の『決意』を宿していることには、誰も気づいておらず――。
そして翌日。
瞳月は、事務所の許可を取り、一人でSHOWROOMの配信カメラの前に立っていた。
画面が切り替わると同時に、コメント欄が猛烈なスピードで流れ始めた。
画面に映る瞳月の表情は、どこか硬い。
しづき「……。あ、お疲れ様です。櫻坂46の山下瞳月です。……うん、声聞こえてますか? よかった」
画面の向こうのファンたちは、挨拶もそこそこに、昨日からくすぶり続けている“爆弾”について容赦なく突っ込んでくる。
『しーちゃん、昨日の純葉の配信のやつ何!?』
『ゆめちゃんと付き合ってるって本当?』
『嘘って言って、信じてるから』
『ガッカリしました』
しづき「……なんか、コメント欄すごいことになってますね。まぁ、そりゃそうか」
瞳月はふぅ、と小さく息を吐くと、カメラを真っ直ぐに見据えた。
しづき「えっと、何から話せばいいんやろ。とりあえず、最初に言っておきたいんですけど、いとはのことは怒らないであげてください。あの子、本当に焦って裏でめちゃくちゃ泣いてたんで。私が『大丈夫だよ』って言っても、ずっと『ごめんね、ごめんね』って……。だから、いとはへの批判はナシでお願いします」
まずは、自分のせいで泣きじゃくった後輩を庇う。
それは優しさでもあったが、これからの本題に入るための、彼女なりの『場の手入れ』でもあった。
しづき「で、本題なんですけど。……みなさんが気にしてる、昨日のいとはの発言。あれについて、私からちゃんと言っておこうと思って、今日の配信を決めました」
一瞬、コメントの流れる速度が落ちた。
誰もが彼女の次の言葉を固唾をのんで待っている。
瞳月はトーンを少し落とし、凛とした声で話した。
しづき「……結論から言うと、本当です。私、山下瞳月は、ゆめちゃんと付き合っています」
その瞬間、コメント欄が爆発した。
おめでとうという祝福、信じられないという悲鳴、裏切りだと憤る言葉。
画面が文字で埋め尽くされていく。
荒れる画面を冷静に見つめながら、少し目を細める。
しづき「……うん。いろんな意見があるのは分かってます。応援できないって人がいるのも、アイドルのくせにって怒る人がいるのも、仕方ないと思ってます」
そこまでは、大人の対応だった。
しかし、瞳月の本領はここからだった。
彼女はふっと、挑発するような、どこか歪んだ愛おしさを孕んだ笑みを浮かべた。
しづき「でもね、これだけは言わせてください。……ゆめちゃんは、私のものです」
『え……?』
『しーちゃん!?』
『急に独占欲全開じゃん』
戸惑うファンを置き去りにするように、瞳月は画面にじりじりと顔を近づけた。
その目は、本気だった。
しづき「ファンのみなさんがミーグリでゆめちゃんのこと『可愛い』って言うのも、楽しそうに話してるのも、私、本当は…ずーっと嫉妬してました。何なら、他のメンバーが楽屋でゆめちゃんに抱きついてるのを見るだけで、心の底からイライラしてました」
しづき「だから、今回のことでバレちゃって、ショック受けてる人には申し訳ないけど……私はちょっとスッキリしてる部分もあります。これで、誰もゆめちゃんに手を出せなくなるから。世界中の人に『ゆめちゃんは山下瞳月のもの』って分かってもらえたから」
あまりにも重く、あまりにも純度の高い独占欲の告白。
呆気にとられるファン、逆にその執着心に歓喜するファンで、コメント欄は別の意味で大荒れになった。
しづき「あ、ゆめちゃん。この配信、裏で見てるやろ? ……そんなに恥ずかしそうな顔してスマホ見んでええよ笑。楽屋戻ったら、覚悟しといてな? いっぱい甘えさせてもらうから」
しづき「……ということで。荒れるのは私のコメント欄だけにしてください。ゆめちゃんを困らせるようなことは、ファンのみなさんも、絶対にしないでくださいね。私のゆめちゃんなんで」
最後に念を押すようにそう言うと、瞳月はいつものアイドルらしい微笑みに戻り、タワーのギフトにお礼を言い始めた。
しづき「あ、タワーありがとうございます〜。…ふふ、みなさんビックリさせちゃってごめんね? でも、これが私の本音です。じゃあ、バイバイ」
カチリ、と配信終了の音が楽屋に響いた。
配信が切れた瞬間、瞳月はそれまでの凛とした態度から一転、小走りで楽屋の奥へと向かった。
そこには、スマホを握りしめたまま、耳まで真っ赤にして固まっているゆめの姿があった。
しづき「……ゆめちゃん、ただいま」
ゆめ「し、しづき……! もう、配信で何言ってるの!? コメント欄、とんでもないことになってたよ!?」
慌てるゆめの言葉を遮るように、瞳月は後ろからその細い腰に腕を回し、ぎゅっと抱きついた。
首筋に自分の顔を埋め、その温もりを独り占めするように深く息を吸い込む。
しづき「……だって、本当のことやもん。これでみんな、ゆめちゃんが私のものって分かったはず。もう誰にも渡さへん」
ゆめ「独占欲、出しすぎだよ……。ファンのみんな、びっくりしてたじゃん……」
ゆめが困ったように呟くと、瞳月は体を少し離し、上目遣いでゆめの瞳を見つめた。低く、少し鼻にかかった甘い声で囁く。
しづき「……嫌やった?」
ゆめは視線に耐えかねて目を逸らした。
ゆめ「……嫌じゃ、ないけど……」
瞳月は嬉しそうに満足げな笑みを浮かべ、さらに強く抱きしめた。
しづき「ん、ならよし。これからは堂々と、楽屋でもどこでもイチャイチャしような、ゆめちゃん」
世界中にバレた代償は、決して小さくはないかもしれない。
けれど、腕の中にいる最愛の人の体温を感じながら、瞳月はこれ以上ない幸福感に満たされていた。
「――山下、ゆめ。ちょっと、上の部屋に来て」
楽屋の甘い空気を切り裂いたのは、聞き慣れた女性マネージャーの冷徹な声だった。
いつもは優しい彼女の目が、今は完全に据わっている。
さっきまで瞳月の腕の中で赤くなっていたゆめは、一瞬で顔を青くした。
ゆめ「し、しづき……どうしよう……」
しづき「大丈夫。私が全部勝手にやったことやから。ゆめちゃんは私の後ろにおって」
瞳月はゆめの手をぎゅっと握りしめると、そのままの状態で、重い足取りで運営幹部が待つ会議室へと向かった。
会議室に入ると、そこにはチーフマネージャーと、グループの方向性を決める重鎮の姿があった。
机の上には、すでに今回の件をまとめた報告書と、荒れ狂うSNSのデータが印刷された紙が置かれている。
チーフ「……山下。配信の許可は出したけど、あんなことまで言っていいとは誰も言ってないぞ」
しづき「すみませんでした。でも、嘘をつくのだけは嫌だったんです」
上層部「嘘をつかないことと、ファンを煽ることは別だ。今回の件で、お前たちのファンの中には深く傷ついた人もいる。それに、グループのイメージや、今後のシングルフォーメーション、タイアップにだって影響が出るかもしれない。そこまで考えての発言か?」
重い沈黙が室内に流れる。
大人の正論は、ぐうの音も出ないほど正しかった。
隣でゆめが小さく震え、今にも泣き出しそうになるのを感じて、瞳月はさらに強くその手を握った。
しづき「……全部、分かってます。どんな処分でも受けます。でも、ゆめちゃんは悪くないです。いとはの誤爆も、私のあの配信も、全部私がゆめちゃんを縛り付けたくてやったことです。だから、ゆめちゃんにだけは、何の処分も下さないでください」
深々と頭を下げる瞳月の姿に、上の人は大きなため息をついた。
上層部「……処分については、上層部で協議する。ただ、現時点で活動休止などの大ごとにすれば、かえって火に油を注ぐことになる。しばらくは、ブログやSNSでの二人の関係性への言及は一切禁止。ミーグリでも、この件についての質問にはマニュアル通りの回答を徹底してもらう」
チーフ「二人とも、しばらくは風当たりが強いと思う。でも、ここから先はパフォーマンスで黙らせるしかないんだよ。そこまでの覚悟はある?」
瞳月は真っ直ぐ顔を上げた。
しづき「……あります。櫻坂のメンバーとして、今まで以上のものをお見せします」
こうして、嵐のようなお説教の時間は幕を閉じた。
数ヶ月後。
あの大騒動から、二人の取り巻く環境は激変した。
運営の言葉通り、しばらくの間、二人はネット上で様々な言葉を浴びせられた。
心無い批判の声に、ゆめが落ち込む夜も一度や二度ではなかった。
けれど、そのたびに瞳月は夜通し寄り添い、「私が守るから」と抱きしめ続けた。
そして迎えた、次の新シングル。
二人に下された処分――それは、ある種のリスクを伴う、運営からの「挑戦状」だった。
『山下瞳月×ゆめ、フロントのシンメに抜擢』
あの一件を逆手に取るような、あまりにもドラマチックなフォーメーション。
「あの二人がシンメとか、運営も攻めすぎ」
「生配信の件があるから、純粋に見られない」
という声もあったが、二人は死に物狂いでレッスンに励んだ。
迎えたMVの公開日。
画面の中で、二人はお互いへの激しい執着と、危ういほどの愛を表現した、鳥肌が立つようなダンスパフォーマンスを披露した。
あの生配信での独占欲すら、すべて「表現」として昇華されたかのような圧倒的なクオリティだった。
『……文句のつけようがない。過去最高のMVだわ』
『しーちゃんとゆめちゃん、お互いしか見てないようなダンスがリアルでエグい』
『アイドルとして賛否はあるかもしれないけど、この二人の絆は本物だ』
パフォーマンスの圧倒的な力によって、批判の声は徐々に「伝説のコンビ」としての称賛へと変わっていった。
夜。すべての仕事を終え、誰もいない楽屋。
窓の外の夜景を見つめるゆめの背中に、いつものように瞳月がそっと抱きついた。
ゆめ「……しづき、MVのコメントすごく好評だよ」
しづき「ん……。知ってる。でも、私にとっては、世界中が味方になるかどうかなんて、どうでもええねん」
ゆめ「もう、またそんなこと言って……。マネージャーさんに怒られたの忘れたの?」
瞳月はゆめの頬に小さくキスをして、悪戯っぽく微笑んだ。
しづき「怒られたなぁ笑。でも、あの時私が言ったこと、何一つ後悔してへんよ。あの配信のおかげで、今はこうして、誰の目も気にせずゆめちゃんを独り占めできてるし」
ゆめは呆れつつも、嬉しそうに体を預けた。
ゆめ「……本当に、独占欲強すぎ」
しづき「当たり前。私のゆめちゃんやから。これからもずっと、隣は渡さへんよ」
画面越しの嵐を乗り越えた二人の距離は、もう誰にも、遮ることなんてできなかった。