山下瞳月
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瞳月 side.
山下瞳月は、自分の心の重さを持て余していた。
ゆめのことは、同期の中でも一番と言っていいほど頼りにしていたし、付き合い始めてからは、彼女のすべてが欲しかった。
けれど、ゆめは常に一定の温度を保っている。
どれだけ瞳月が熱を注いでも、氷のように涼しい顔で、ただ隣に座っている。
しづき「……ねぇ、聞いてる?」
ゆめ「……ん。聞いてるよ。」
スマホを見たままの返事。
たぶん、ゆめに悪気はない。
でも、瞳月の胸の奥には、少しずつ泥のような不安が溜まっていった。
「私だけが必死で、ゆめは別に私じゃなくてもいいんじゃないか」
その被害妄想がピークに達した夜、瞳月はリハーサル後の暗い廊下で、突き放すような言葉を選んだ。
しづき「もうさ、付き合ってる意味なくない? 終わりにしよ、私たち。」
本当は、心臓が口から出るほどバクバクしていた。
「ふざけんな」でも「嫌だ」でもいい。感情を剥き出しにした彼女が見たかった。
しかし、ゆめは一瞬だけ足を止め、暗がりのなかで低く呟いた。
ゆめ「……そっか。わかった。瞳月がそうしたいなら、それが一番だね。」
背中を向けたままの返事。そのまま、ゆめは一度も振り返らずに夜の闇へ消えていった。
ゆめ side.
ゆめは、器用に見えて、実はとんでもなく不器用だった。
感情が高ぶると言葉が出なくなる。
大好きな瞳月を前にすると、嫌われないように、変なことを言わないようにと自分を律するあまり、結果として「無関心」に見える壁を作ってしまっていた。
ゆめ「……。」
瞳月から別れを告げられたあの瞬間、心臓が止まるかと思った。
でも、彼女の震える声を聞いて「自分のせいで、瞳月をこんなに追い詰めていたんだ」と激しい自己嫌悪に陥った。
引き止める資格なんて、自分にはない。
アパートのドアを開け、鍵をかける。
そのまま、鞄も置かずに玄関に座り込んだ。
いつもはクールだと言われる瞳から、熱くて汚い涙が溢れ出す。
ゆめ「……っ、しづき……っ。」
嗚咽が止まらない。
普段、人前では絶対に泣かないゆめが、子供のように声を上げて、床に突っ伏して泣いた。
一晩中、自分がいかに彼女を愛していたか、いかにその愛を伝えるのが下手だったかを思い知らされ、呼吸すら苦しい夜を過ごした。
それから2週間程、二人の間には厚い氷の壁ができた。
瞳月は、突き放した自分を呪いながら、ゆめが普段通りに振る舞っている姿を見て、さらに意地を張った。
ゆめは、瞳月の冷たい視線に耐えながら、彼女の幸せを邪魔しないようにと必死に距離を置いていた。
そんなある日の夜、レッスン場の隅。
最後まで残って自主練をしていた瞳月のもとに、ゆめが忘れ物を取りに戻ってきた。
しづき「……まだいたんだ。」
ゆめ「……うん。忘れ物したから。」
気まずい沈黙。
ゆめが逃げるようにドアへ向かおうとしたとき、瞳月が立ち塞がった。
しづき「ねぇ。」
ゆめ「……。」
しづき「なんで、あんなにあっさり納得したわけ? 私のこと、どうでもよかったからでしょ。」
瞳月の声は、怒りと悲しみで尖っていた。
ゆめ「……どうでもよくないよ。」
しづき「嘘。あの時、一言も引き止めなかったじゃん。行くなよって、言ってくれればよかったのに。」
ゆめは、俯いていた顔をゆっくりと上げた。その目は、少し赤く腫れている。
ゆめ「言えるわけないじゃん。……しづきが、あんなに辛そうな顔してたのに。嫌だなんて、自分のワガママ押し通せるわけない。」
しづき「辛そうだったのは、ゆめが何も言ってくれないからだよ。」
ゆめ「……私だって、ずっと言いたかったよ。毎日、家で死ぬほど泣いて、瞳月のことばっかり考えて……でも、私がそばにいると瞳月をダメにするんだって、そう思うしかなかったんだよ。」
ゆめの声が、初めて大きく震えた。
いつも余裕そうだった彼女の、なりふり構わない本音。
ゆめ「……好きだよ。瞳月が思ってる何倍も、ずっと前から。言葉にするのが怖かっただけ。」
ゆめが瞳月の腕を、壊れそうなほど強く掴んだ。
ゆめ「ねえ、もう一回だけチャンスちょうだい。次は、嫌われるくらい好きって言うから。」
しづき「……遅いよ。」
ゆめ「……。」
しづき「……遅すぎるけど。でも、ゆめが泣くなんて思わなかったから、許してあげる。」
瞳月はゆめの胸に顔を埋め、その服をぎゅっと掴んだ。
ゆめは、今度は迷うことなく、愛しい人をその腕の中に閉じ込めた。
ゆめ「……もう、絶対離さない。」
しづき「当たり前。次、わかったなんて言ったら、本当に怒るからね。」
鏡張りのレッスン場で、重なり合う二人の体温。
遠回りした分だけ、その抱擁はこれまでのどんな瞬間よりも深く、切実だった。
山下瞳月は、自分の心の重さを持て余していた。
ゆめのことは、同期の中でも一番と言っていいほど頼りにしていたし、付き合い始めてからは、彼女のすべてが欲しかった。
けれど、ゆめは常に一定の温度を保っている。
どれだけ瞳月が熱を注いでも、氷のように涼しい顔で、ただ隣に座っている。
しづき「……ねぇ、聞いてる?」
ゆめ「……ん。聞いてるよ。」
スマホを見たままの返事。
たぶん、ゆめに悪気はない。
でも、瞳月の胸の奥には、少しずつ泥のような不安が溜まっていった。
「私だけが必死で、ゆめは別に私じゃなくてもいいんじゃないか」
その被害妄想がピークに達した夜、瞳月はリハーサル後の暗い廊下で、突き放すような言葉を選んだ。
しづき「もうさ、付き合ってる意味なくない? 終わりにしよ、私たち。」
本当は、心臓が口から出るほどバクバクしていた。
「ふざけんな」でも「嫌だ」でもいい。感情を剥き出しにした彼女が見たかった。
しかし、ゆめは一瞬だけ足を止め、暗がりのなかで低く呟いた。
ゆめ「……そっか。わかった。瞳月がそうしたいなら、それが一番だね。」
背中を向けたままの返事。そのまま、ゆめは一度も振り返らずに夜の闇へ消えていった。
ゆめ side.
ゆめは、器用に見えて、実はとんでもなく不器用だった。
感情が高ぶると言葉が出なくなる。
大好きな瞳月を前にすると、嫌われないように、変なことを言わないようにと自分を律するあまり、結果として「無関心」に見える壁を作ってしまっていた。
ゆめ「……。」
瞳月から別れを告げられたあの瞬間、心臓が止まるかと思った。
でも、彼女の震える声を聞いて「自分のせいで、瞳月をこんなに追い詰めていたんだ」と激しい自己嫌悪に陥った。
引き止める資格なんて、自分にはない。
アパートのドアを開け、鍵をかける。
そのまま、鞄も置かずに玄関に座り込んだ。
いつもはクールだと言われる瞳から、熱くて汚い涙が溢れ出す。
ゆめ「……っ、しづき……っ。」
嗚咽が止まらない。
普段、人前では絶対に泣かないゆめが、子供のように声を上げて、床に突っ伏して泣いた。
一晩中、自分がいかに彼女を愛していたか、いかにその愛を伝えるのが下手だったかを思い知らされ、呼吸すら苦しい夜を過ごした。
それから2週間程、二人の間には厚い氷の壁ができた。
瞳月は、突き放した自分を呪いながら、ゆめが普段通りに振る舞っている姿を見て、さらに意地を張った。
ゆめは、瞳月の冷たい視線に耐えながら、彼女の幸せを邪魔しないようにと必死に距離を置いていた。
そんなある日の夜、レッスン場の隅。
最後まで残って自主練をしていた瞳月のもとに、ゆめが忘れ物を取りに戻ってきた。
しづき「……まだいたんだ。」
ゆめ「……うん。忘れ物したから。」
気まずい沈黙。
ゆめが逃げるようにドアへ向かおうとしたとき、瞳月が立ち塞がった。
しづき「ねぇ。」
ゆめ「……。」
しづき「なんで、あんなにあっさり納得したわけ? 私のこと、どうでもよかったからでしょ。」
瞳月の声は、怒りと悲しみで尖っていた。
ゆめ「……どうでもよくないよ。」
しづき「嘘。あの時、一言も引き止めなかったじゃん。行くなよって、言ってくれればよかったのに。」
ゆめは、俯いていた顔をゆっくりと上げた。その目は、少し赤く腫れている。
ゆめ「言えるわけないじゃん。……しづきが、あんなに辛そうな顔してたのに。嫌だなんて、自分のワガママ押し通せるわけない。」
しづき「辛そうだったのは、ゆめが何も言ってくれないからだよ。」
ゆめ「……私だって、ずっと言いたかったよ。毎日、家で死ぬほど泣いて、瞳月のことばっかり考えて……でも、私がそばにいると瞳月をダメにするんだって、そう思うしかなかったんだよ。」
ゆめの声が、初めて大きく震えた。
いつも余裕そうだった彼女の、なりふり構わない本音。
ゆめ「……好きだよ。瞳月が思ってる何倍も、ずっと前から。言葉にするのが怖かっただけ。」
ゆめが瞳月の腕を、壊れそうなほど強く掴んだ。
ゆめ「ねえ、もう一回だけチャンスちょうだい。次は、嫌われるくらい好きって言うから。」
しづき「……遅いよ。」
ゆめ「……。」
しづき「……遅すぎるけど。でも、ゆめが泣くなんて思わなかったから、許してあげる。」
瞳月はゆめの胸に顔を埋め、その服をぎゅっと掴んだ。
ゆめは、今度は迷うことなく、愛しい人をその腕の中に閉じ込めた。
ゆめ「……もう、絶対離さない。」
しづき「当たり前。次、わかったなんて言ったら、本当に怒るからね。」
鏡張りのレッスン場で、重なり合う二人の体温。
遠回りした分だけ、その抱擁はこれまでのどんな瞬間よりも深く、切実だった。