的野美青
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カシャン、と虚しい金属音が店内に響く。
ゆめ「ぁあ!あと少しなのにぃい!」
ゆめは思わず両手で頭を抱え、クレーンゲームのガラス面に額を押し付けた。
アームが持ち上げたのは、大好きな推しのぬいぐるみ。
しかし、出口の手前で無情にもアームが緩み、ぬいぐるみは坂の途中で引っかかるようにして止まってしまった。
あと1センチ、右にズレていれば落ちたのに。
財布の中を確認すると、入っているのは100円玉が2枚と、崩したくない千円札が1枚。
「ふっ、笑」
落胆するゆめの背中に、低くて心地のいい笑い声が降ってきた。
ビクッとして振り返る。
そこにいたのは、艶やかな黒髪を肩に揺らし、ブレザーを少し着崩した端正な美少女だった。
ゆめ(……えっ、的野美青先輩……!?)
同じ学校の制服。
そして、その圧倒的なオーラ。
全校生徒が一度は噂する「学校一のモテ先輩」が、なぜか自分のすぐ後ろに立って微笑んでいる。
ゆめ「…………。」
緊張のあまり声も出ないゆめに、美青は少し目を細めた。
みお「あ、ごめんね。一生懸命でかわいくてつい。邪魔しちゃった?」
ゆめ(か、かわいい???初対面だよね!?)
心臓がドクンと跳ね上がる。少女漫画のヒーローのようなセリフをサラッと言ってのけるその姿に、ゆめは「これが全校生徒を狂わせる理由か……」と身をもって理解した。
みお「同じ学校の子だよね?何年生?」
ゆめ「1、1年生です……!」
みお「じゃ、後輩か〜。それ、すきなの?」
美青はガラスの向こうのぬいぐるみを指差した。
ゆめ「あ、はい。ずっと推しで……今日から入荷だったんです」
みお「ふーん……」
美青はそう呟くと、迷いのない足取りでゆめの隣に滑り込んできた。
そして、自分の財布から100円玉を取り出すと、無言でスロットに投入した。
ゆめ「えっ、先輩!?」
みお「見てて」
美青は楽しそうにウインクすると、慣れた手つきでレバーを握った。
さっきまでゆめが苦戦していたのが嘘のように、アームは的確にぬいぐるみの重心を捉え、ガサリと小気味いい音を立てて出口へと落とした。
みお「はい、あげる」
美青は取り出し口からぬいぐるみを取り出すと、ゆめの胸元にぽんと押し付けた。
ゆめ「え!?!?い、いいんですか!?」
みお「いいよ。頑張ってたご褒美」
美青はそう言って満足げに微笑むと、「じゃあね」と手を振ってゲーセンの雑踏へと消えていった。
残されたゆめは、腕の中のぬいぐるみと、先輩の残していった甘い香水の香りに、しばらく呆然とするしかなかった。
あの放課後を境に、ゆめの平凡な高校生活は一変した。
翌日の昼休み、1年の教室の入り口がにわかに騒がしくなった。
女子生徒たちの黄色い悲鳴の向こうから、美青がひょっこりと顔を出した。
みお「あ、見つけた。ゆめちゃん、ちょっといい?」
クラスメイトの視線が一斉に突き刺さる中、ゆめはおずおずと廊下へ出た。
ゆめ「先輩、どうして私の教室を……っていうか、なんで名前……」
みお「ん?昨日名札見たから。可愛い後輩の名前は一瞬で覚えるよ」
美青はそう言って、ポケットから小さなキーホルダーを取り出した。
みお「これ、昨日の推しの別バージョンのやつ。さっき売店で見つけてさ、ゆめちゃんにあげようと思って」
ゆめ「えっ、でも、悪いですよ!」
みお「いいの。私がゆめちゃんにあげたいだけだから」
美青の距離感は、とにかく近かった。
廊下で会えば必ず「ゆめちゃん!」と嬉しそうに駆け寄ってくるし、放課後は「一緒に帰ろ」と下駄箱で待っている。
一緒に歩いている時は、車の通り側をさりげなく歩いてくれたり、購買で買った限定のメロンパンを「はい、半分こ」と口元に運んできたりする。
ゆめ(先輩は、誰にでもこうなのかな……)
学校一のモテ女だ。
きっと誰にでも優しくて、誰にでもこんな風に接しているに違いない。
そう自分に言い聞かせようとするたびに、胸の奥がチクリと痛んだ。
いつの間にかゆめは、美青先輩のことを、単なる「憧れの先輩」以上の目で追うようになっていた。
梅雨入りを告げるような、激しい雨が降る日の放課後だった。
ゆめは傘を忘れ、図書室の窓際の席で雨宿りをしていた。
雨の音だけが響く静かな空間。
みお「隣、座ってもいい?」
聞き慣れた声に顔を上げると、少し髪の毛を濡らした美青が立っていた。
ゆめ「美青先輩……部活は、お休みですか?」
みお「うん。雨だから自主練になっちゃって。それより、ゆめちゃんに会えてラッキー」
美青は隣の席に座ると、ゆめのスクールバッグに目を留めた。
そこには、あの日のぬいぐるみと、先輩からもらったキーホルダーが並んで揺れていた。
みお「……大事にしてくれてるんだね」
美青の声が、いつもより少し低く、真剣な響きを帯びる。
ゆめ「はい。先輩が取ってくれた、大切なものなので」
ゆめが照れ隠しに俯くと、美青はそっと手を伸ばしゆめの顎を優しく上向かせた。
強制的に視線が交わる。
美青の切れ長の瞳が、真っ直ぐにゆめを見つめていた。
みお「あのさ、ゆめちゃん。私のこと、学校でどう言われてるか知ってる?」
ゆめ「え……?『誰にでも優しい』とか……『思わせぶり』とか、ですか?」
みお「そう。みんな勝手に私を美化して、誰にでもこういうことするって思ってる。……でもね、それ全部誤解だから」
美青の綺麗な顔が、じりじりと近づいてくる。
図書室の静寂の中で、先輩の鼓動が聞こえてきそうなほど近かった。
みお「あの日のゲーセンでさ、ガラスに張り付いて、泣きそうな顔で一喜一憂してるゆめちゃんを見た瞬間、私、頭が真っ白になったんだよね。胸がぎゅーってなって、目が離せなくなって。……私、一目惚れなんてダサいって思ってたのに」
ゆめ「先輩……それって……」
みお「ゆめちゃんにだけだよ。こんなに毎日会いに行って、プレゼント貢いで、必死にアプローチして、気を引こうとしてるの。他の誰でもない、ゆめちゃんじゃなきゃ嫌なんだ」
美青の手が、机の上にあるゆめの手をそっと包み込んだ。
少しだけ震えているその手に、先輩の本気が伝わってくる。
みお「あのクレーンゲームみたいにさ、ゆめちゃんの心も、私の一発で仕留められてたら嬉しいんだけどな。……ううん、仕留められるまで諦めない」
美青は少しだけイタズラっぽく微笑んだあと、これ以上ないほど愛おしそうな瞳でゆめを見つめた。
みお「私の彼女になってくれませんか、ゆめちゃん」
外を叩く雨の音が、まるで二人の鼓動の鼓動のように激しく響いていた。
ゆめは真っ赤な顔のまま、でも確かに、握り返された先輩の手に力を込めたのだった。
ゆめ「ぁあ!あと少しなのにぃい!」
ゆめは思わず両手で頭を抱え、クレーンゲームのガラス面に額を押し付けた。
アームが持ち上げたのは、大好きな推しのぬいぐるみ。
しかし、出口の手前で無情にもアームが緩み、ぬいぐるみは坂の途中で引っかかるようにして止まってしまった。
あと1センチ、右にズレていれば落ちたのに。
財布の中を確認すると、入っているのは100円玉が2枚と、崩したくない千円札が1枚。
「ふっ、笑」
落胆するゆめの背中に、低くて心地のいい笑い声が降ってきた。
ビクッとして振り返る。
そこにいたのは、艶やかな黒髪を肩に揺らし、ブレザーを少し着崩した端正な美少女だった。
ゆめ(……えっ、的野美青先輩……!?)
同じ学校の制服。
そして、その圧倒的なオーラ。
全校生徒が一度は噂する「学校一のモテ先輩」が、なぜか自分のすぐ後ろに立って微笑んでいる。
ゆめ「…………。」
緊張のあまり声も出ないゆめに、美青は少し目を細めた。
みお「あ、ごめんね。一生懸命でかわいくてつい。邪魔しちゃった?」
ゆめ(か、かわいい???初対面だよね!?)
心臓がドクンと跳ね上がる。少女漫画のヒーローのようなセリフをサラッと言ってのけるその姿に、ゆめは「これが全校生徒を狂わせる理由か……」と身をもって理解した。
みお「同じ学校の子だよね?何年生?」
ゆめ「1、1年生です……!」
みお「じゃ、後輩か〜。それ、すきなの?」
美青はガラスの向こうのぬいぐるみを指差した。
ゆめ「あ、はい。ずっと推しで……今日から入荷だったんです」
みお「ふーん……」
美青はそう呟くと、迷いのない足取りでゆめの隣に滑り込んできた。
そして、自分の財布から100円玉を取り出すと、無言でスロットに投入した。
ゆめ「えっ、先輩!?」
みお「見てて」
美青は楽しそうにウインクすると、慣れた手つきでレバーを握った。
さっきまでゆめが苦戦していたのが嘘のように、アームは的確にぬいぐるみの重心を捉え、ガサリと小気味いい音を立てて出口へと落とした。
みお「はい、あげる」
美青は取り出し口からぬいぐるみを取り出すと、ゆめの胸元にぽんと押し付けた。
ゆめ「え!?!?い、いいんですか!?」
みお「いいよ。頑張ってたご褒美」
美青はそう言って満足げに微笑むと、「じゃあね」と手を振ってゲーセンの雑踏へと消えていった。
残されたゆめは、腕の中のぬいぐるみと、先輩の残していった甘い香水の香りに、しばらく呆然とするしかなかった。
あの放課後を境に、ゆめの平凡な高校生活は一変した。
翌日の昼休み、1年の教室の入り口がにわかに騒がしくなった。
女子生徒たちの黄色い悲鳴の向こうから、美青がひょっこりと顔を出した。
みお「あ、見つけた。ゆめちゃん、ちょっといい?」
クラスメイトの視線が一斉に突き刺さる中、ゆめはおずおずと廊下へ出た。
ゆめ「先輩、どうして私の教室を……っていうか、なんで名前……」
みお「ん?昨日名札見たから。可愛い後輩の名前は一瞬で覚えるよ」
美青はそう言って、ポケットから小さなキーホルダーを取り出した。
みお「これ、昨日の推しの別バージョンのやつ。さっき売店で見つけてさ、ゆめちゃんにあげようと思って」
ゆめ「えっ、でも、悪いですよ!」
みお「いいの。私がゆめちゃんにあげたいだけだから」
美青の距離感は、とにかく近かった。
廊下で会えば必ず「ゆめちゃん!」と嬉しそうに駆け寄ってくるし、放課後は「一緒に帰ろ」と下駄箱で待っている。
一緒に歩いている時は、車の通り側をさりげなく歩いてくれたり、購買で買った限定のメロンパンを「はい、半分こ」と口元に運んできたりする。
ゆめ(先輩は、誰にでもこうなのかな……)
学校一のモテ女だ。
きっと誰にでも優しくて、誰にでもこんな風に接しているに違いない。
そう自分に言い聞かせようとするたびに、胸の奥がチクリと痛んだ。
いつの間にかゆめは、美青先輩のことを、単なる「憧れの先輩」以上の目で追うようになっていた。
梅雨入りを告げるような、激しい雨が降る日の放課後だった。
ゆめは傘を忘れ、図書室の窓際の席で雨宿りをしていた。
雨の音だけが響く静かな空間。
みお「隣、座ってもいい?」
聞き慣れた声に顔を上げると、少し髪の毛を濡らした美青が立っていた。
ゆめ「美青先輩……部活は、お休みですか?」
みお「うん。雨だから自主練になっちゃって。それより、ゆめちゃんに会えてラッキー」
美青は隣の席に座ると、ゆめのスクールバッグに目を留めた。
そこには、あの日のぬいぐるみと、先輩からもらったキーホルダーが並んで揺れていた。
みお「……大事にしてくれてるんだね」
美青の声が、いつもより少し低く、真剣な響きを帯びる。
ゆめ「はい。先輩が取ってくれた、大切なものなので」
ゆめが照れ隠しに俯くと、美青はそっと手を伸ばしゆめの顎を優しく上向かせた。
強制的に視線が交わる。
美青の切れ長の瞳が、真っ直ぐにゆめを見つめていた。
みお「あのさ、ゆめちゃん。私のこと、学校でどう言われてるか知ってる?」
ゆめ「え……?『誰にでも優しい』とか……『思わせぶり』とか、ですか?」
みお「そう。みんな勝手に私を美化して、誰にでもこういうことするって思ってる。……でもね、それ全部誤解だから」
美青の綺麗な顔が、じりじりと近づいてくる。
図書室の静寂の中で、先輩の鼓動が聞こえてきそうなほど近かった。
みお「あの日のゲーセンでさ、ガラスに張り付いて、泣きそうな顔で一喜一憂してるゆめちゃんを見た瞬間、私、頭が真っ白になったんだよね。胸がぎゅーってなって、目が離せなくなって。……私、一目惚れなんてダサいって思ってたのに」
ゆめ「先輩……それって……」
みお「ゆめちゃんにだけだよ。こんなに毎日会いに行って、プレゼント貢いで、必死にアプローチして、気を引こうとしてるの。他の誰でもない、ゆめちゃんじゃなきゃ嫌なんだ」
美青の手が、机の上にあるゆめの手をそっと包み込んだ。
少しだけ震えているその手に、先輩の本気が伝わってくる。
みお「あのクレーンゲームみたいにさ、ゆめちゃんの心も、私の一発で仕留められてたら嬉しいんだけどな。……ううん、仕留められるまで諦めない」
美青は少しだけイタズラっぽく微笑んだあと、これ以上ないほど愛おしそうな瞳でゆめを見つめた。
みお「私の彼女になってくれませんか、ゆめちゃん」
外を叩く雨の音が、まるで二人の鼓動の鼓動のように激しく響いていた。
ゆめは真っ赤な顔のまま、でも確かに、握り返された先輩の手に力を込めたのだった。