小田倉麗奈
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大学の時計が夜の21時を回る。
スマホの画面には、夕方に送った『今日、何時くらいになりそう?』という私のラインが、未だに既読もつかないまま残っていた。
私、小田倉麗奈の恋人であるゆめは、絵に描いたような自由人だ。
とにかく顔が広くて先輩後輩同期を問わず、色んな人から声がかかる。
今日もサークルの集まりだか何だかで、夜遅くまで飲みに行っているのだろう。
ひどい時は、週末に「ちょっと自分を探してくる!」と言って、急に一人で知らない県へ旅に出てしまったりもする。
とにかく、手がかかる人なのだ。
電話をかけてもなかなか出ないし、ラインの返信だっていつも遅い。
今だって、普通の恋人同士ならケンカになってもおかしくないレベルで待たされている。
だけど。
れいな(……そこを除けば、本当に、私って大事にされてるんだけどな)
ため息をつきながら、私は過去のトーク画面をスクロールする。
先週、私が大学の課題で行き詰まって『ゆめに会いたいなぁ』とぽつり、弱音を零したときのこと。
ゆめは別の友達と遊んでいたはずなのに、30分もしないうちに「れいな、お待たせ!」って、息を切らしながら私の家まで飛んできてくれた。
会っているときは、これでもかっていうくらいハグをして、キスをして、私の髪を愛おしそうに撫でてくれる。
言葉でも行動でも、これ以上ないっていうくらいの大きな愛を私だけに注いでくれるのだ。
れいな「……とか思ってる時点で、私もゆめのことが好きでしょうがないんだよね。悔しいけど」
自分の都合のいいときだけ自由になって、私を寂しがらせて。
それなのに、会った瞬間に極上の愛をくれるから、私はいつも怒るタイミングを逃してしまう。
完全にゆめの手のひらの上で転がされている。
そのとき、バッグの中でスマホがぶるぶると震えた。
画面には、待ち侘びていたゆめの名前。慌てて、だけどちょっとだけ怒っている風を装って、通話ボタンを押す。
れいな「……もしもし。遅いよ、ゆめ」
ゆめ「れいな!ごめんっ、今やっと飲み会抜け出してきた!連絡遅くなって本当にごめんなさい……!」
受話器の向こうから聞こえる、焦ったような、でも私と話せて嬉しそうな声。
背景からは夜の街のガヤガヤした音が聞こえる。
きっと、私に電話するためにお店の外まで走ってくれたんだろう。
ゆめ「あのね、今からすぐれいなの家に向かってもいい?れいなの顔見ないと、今日が終われないの。……ダメ、かな?」
少し語尾を細めて、おねだりするように訊いてくる。
もう、ずるい。
そんな風に言われたら、待たされてイライラしていた気持ちなんて一瞬でどこかへ吹き飛んでいってしまう。
れいな「……いいよ。早く来ないと、鍵閉めちゃうからね」
ゆめ「本当!?やった、すぐ行く!世界で一番大好きだよ、れいな!」
嬉しそうに弾ける声を聞きながら、通話を切る。
結局、今夜も私はゆめを許してしまう。
どんなに振り回されても、寂しい思いをさせられても、あのはちみつみたいに甘い愛で満たされる時間を知っているから。
私はスマホを優しく胸に抱きしめると、彼女を迎え入れるために少しだけ部屋の明かりを明るくした。
ゆめ「れいな、お待たせーーっ!」
通話を切ってから二十分もしないうちに、玄関のチャイムが激しく鳴った。
ドアを開けると、そこには少し前髪を乱し肩を上下に揺らしたゆめが立っていた。
夜の街の熱気と、ほんの少しのアルコールの匂い。
それから、私が大好きなゆめの香りが、狭い玄関に一気に流れ込んでくる。
れいな「本当にすぐ来た……。そんなに走らなくても、逃げたりしないのに」
私が呆れたように笑う暇もなく、ゆめは靴を脱ぎ散らかしたまま私の身体をぎゅっと抱きしめてきた。
ゆめ「だって、一秒でも早くれいなに会いたかったんだもん。……寂しかった? ごめんね、連絡遅くなって」
背中に回されたゆめの手から、走ってきた名残の熱い体温が伝ってくる。
耳元で弾む愛おしい声を聞いていると、さっきまでスマホを睨みつけていた自分が嘘みたいに、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
れいな「……うん、すごく寂しかった。ラインの既読、全然つかないんだもん。またどこか遠くに行っちゃったのかと思った」
少しだけ本音を混ぜて、わざと小さく拗ねてみせる。
すると、ゆめは私の身体をそっと離し、眉を八の字にして私の顔を覗き込んできた。
ゆめ「遠くなんて行かないよ! 行くときは絶対にれいなも連れていく。……ほら、これ、お詫びって言ったらなんだけど、れいなの好きなあのお店のクッキー缶! 夕方、並んで買ってきたんだ。飲み会の間も、潰れないようにずっと大事に抱えてたからライン見るの遅くなっちゃったの」
そう言ってゆめがバッグから取り出したのは、私が前からパッケージも可愛いし食べてみたいと言っていた、いつも行列ができる専門店のクッキー缶だった。
自由人で、自分の世界が広くて、私をヤキモキさせる天才。
だけど、飲み会の席でも賑やかな喧騒の中でも、ゆめの頭の片隅には必ず私がいて私の喜ぶ顔のためにクッキーの缶をずっと守ってくれていたのだ。
そういうずるい優しさを不意打ちで出してくるから、私はいつまで経ってもこの人を嫌いになれない。
れいな「……ずるい。そんなの用意されたら、もう怒れないじゃない。飲み会の席にクッキー缶持っていってるゆめを想像したら、ちょっと可愛いし」
ゆめ「えへへ、許してくれる?」
私の顔色を窺うように、上目遣いで首を傾げるゆめ。
その無防備な表情がたまらなく愛おしくて、私は自分からゆめの頬に両手を添えた。
れいな「いいよ、許してあげる。……でも、その代わり」
ゆめ「うん? なに?」
れいな「今日はもう、どこにも行かないで。明日になるまで、ずっと私の隣で私だけを見てて。一緒にそのクッキー、食べよ?」
私が少し強がって独占欲を滲ませると、ゆめの瞳がぱあっと明るくなって、世界で一番大好きなあの笑顔が咲いた。
ゆめ「もちろん! 今日はもうれいなだけのものだから。何回でも大好きって言うね」
私の手を引いて、リビングへと嬉しそうに歩き出すゆめの後ろ姿を見つめる。
どこまでも自由で手がかかる私の恋人。
これからもたくさん振り回されて、そのたびにヤキモキさせられるんだろう。
だけど、その手を握っているのが私である限り私は何度だってきみを笑顔で許してあげるのだ。
スマホの画面には、夕方に送った『今日、何時くらいになりそう?』という私のラインが、未だに既読もつかないまま残っていた。
私、小田倉麗奈の恋人であるゆめは、絵に描いたような自由人だ。
とにかく顔が広くて先輩後輩同期を問わず、色んな人から声がかかる。
今日もサークルの集まりだか何だかで、夜遅くまで飲みに行っているのだろう。
ひどい時は、週末に「ちょっと自分を探してくる!」と言って、急に一人で知らない県へ旅に出てしまったりもする。
とにかく、手がかかる人なのだ。
電話をかけてもなかなか出ないし、ラインの返信だっていつも遅い。
今だって、普通の恋人同士ならケンカになってもおかしくないレベルで待たされている。
だけど。
れいな(……そこを除けば、本当に、私って大事にされてるんだけどな)
ため息をつきながら、私は過去のトーク画面をスクロールする。
先週、私が大学の課題で行き詰まって『ゆめに会いたいなぁ』とぽつり、弱音を零したときのこと。
ゆめは別の友達と遊んでいたはずなのに、30分もしないうちに「れいな、お待たせ!」って、息を切らしながら私の家まで飛んできてくれた。
会っているときは、これでもかっていうくらいハグをして、キスをして、私の髪を愛おしそうに撫でてくれる。
言葉でも行動でも、これ以上ないっていうくらいの大きな愛を私だけに注いでくれるのだ。
れいな「……とか思ってる時点で、私もゆめのことが好きでしょうがないんだよね。悔しいけど」
自分の都合のいいときだけ自由になって、私を寂しがらせて。
それなのに、会った瞬間に極上の愛をくれるから、私はいつも怒るタイミングを逃してしまう。
完全にゆめの手のひらの上で転がされている。
そのとき、バッグの中でスマホがぶるぶると震えた。
画面には、待ち侘びていたゆめの名前。慌てて、だけどちょっとだけ怒っている風を装って、通話ボタンを押す。
れいな「……もしもし。遅いよ、ゆめ」
ゆめ「れいな!ごめんっ、今やっと飲み会抜け出してきた!連絡遅くなって本当にごめんなさい……!」
受話器の向こうから聞こえる、焦ったような、でも私と話せて嬉しそうな声。
背景からは夜の街のガヤガヤした音が聞こえる。
きっと、私に電話するためにお店の外まで走ってくれたんだろう。
ゆめ「あのね、今からすぐれいなの家に向かってもいい?れいなの顔見ないと、今日が終われないの。……ダメ、かな?」
少し語尾を細めて、おねだりするように訊いてくる。
もう、ずるい。
そんな風に言われたら、待たされてイライラしていた気持ちなんて一瞬でどこかへ吹き飛んでいってしまう。
れいな「……いいよ。早く来ないと、鍵閉めちゃうからね」
ゆめ「本当!?やった、すぐ行く!世界で一番大好きだよ、れいな!」
嬉しそうに弾ける声を聞きながら、通話を切る。
結局、今夜も私はゆめを許してしまう。
どんなに振り回されても、寂しい思いをさせられても、あのはちみつみたいに甘い愛で満たされる時間を知っているから。
私はスマホを優しく胸に抱きしめると、彼女を迎え入れるために少しだけ部屋の明かりを明るくした。
ゆめ「れいな、お待たせーーっ!」
通話を切ってから二十分もしないうちに、玄関のチャイムが激しく鳴った。
ドアを開けると、そこには少し前髪を乱し肩を上下に揺らしたゆめが立っていた。
夜の街の熱気と、ほんの少しのアルコールの匂い。
それから、私が大好きなゆめの香りが、狭い玄関に一気に流れ込んでくる。
れいな「本当にすぐ来た……。そんなに走らなくても、逃げたりしないのに」
私が呆れたように笑う暇もなく、ゆめは靴を脱ぎ散らかしたまま私の身体をぎゅっと抱きしめてきた。
ゆめ「だって、一秒でも早くれいなに会いたかったんだもん。……寂しかった? ごめんね、連絡遅くなって」
背中に回されたゆめの手から、走ってきた名残の熱い体温が伝ってくる。
耳元で弾む愛おしい声を聞いていると、さっきまでスマホを睨みつけていた自分が嘘みたいに、胸の奥がじんわりと温かくなっていく。
れいな「……うん、すごく寂しかった。ラインの既読、全然つかないんだもん。またどこか遠くに行っちゃったのかと思った」
少しだけ本音を混ぜて、わざと小さく拗ねてみせる。
すると、ゆめは私の身体をそっと離し、眉を八の字にして私の顔を覗き込んできた。
ゆめ「遠くなんて行かないよ! 行くときは絶対にれいなも連れていく。……ほら、これ、お詫びって言ったらなんだけど、れいなの好きなあのお店のクッキー缶! 夕方、並んで買ってきたんだ。飲み会の間も、潰れないようにずっと大事に抱えてたからライン見るの遅くなっちゃったの」
そう言ってゆめがバッグから取り出したのは、私が前からパッケージも可愛いし食べてみたいと言っていた、いつも行列ができる専門店のクッキー缶だった。
自由人で、自分の世界が広くて、私をヤキモキさせる天才。
だけど、飲み会の席でも賑やかな喧騒の中でも、ゆめの頭の片隅には必ず私がいて私の喜ぶ顔のためにクッキーの缶をずっと守ってくれていたのだ。
そういうずるい優しさを不意打ちで出してくるから、私はいつまで経ってもこの人を嫌いになれない。
れいな「……ずるい。そんなの用意されたら、もう怒れないじゃない。飲み会の席にクッキー缶持っていってるゆめを想像したら、ちょっと可愛いし」
ゆめ「えへへ、許してくれる?」
私の顔色を窺うように、上目遣いで首を傾げるゆめ。
その無防備な表情がたまらなく愛おしくて、私は自分からゆめの頬に両手を添えた。
れいな「いいよ、許してあげる。……でも、その代わり」
ゆめ「うん? なに?」
れいな「今日はもう、どこにも行かないで。明日になるまで、ずっと私の隣で私だけを見てて。一緒にそのクッキー、食べよ?」
私が少し強がって独占欲を滲ませると、ゆめの瞳がぱあっと明るくなって、世界で一番大好きなあの笑顔が咲いた。
ゆめ「もちろん! 今日はもうれいなだけのものだから。何回でも大好きって言うね」
私の手を引いて、リビングへと嬉しそうに歩き出すゆめの後ろ姿を見つめる。
どこまでも自由で手がかかる私の恋人。
これからもたくさん振り回されて、そのたびにヤキモキさせられるんだろう。
だけど、その手を握っているのが私である限り私は何度だってきみを笑顔で許してあげるのだ。