ほのれい
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朝7時28分発。
大園玲は、いつもと同じ位置に立っていた。
車両の真ん中より少し後ろ。
吊り革に手を伸ばせば届くけれど、混みすぎてもいない場所。
窓に映る自分の顔は、少しだけ眠そうで、少しだけ緊張している。
理由は分かっている。
――今日も、あの人は乗ってくるだろうか。
列車が次の駅に滑り込む。
ドアが開いた瞬間、ざわりと空気が変わった気がした。
来た。
制服の上にカーディガン。
少しゆるめにまとめた髪。
周りに自然と笑顔が広がるような、柔らかい雰囲気。
田村保乃。
玲は、その名前を心の中で何度もなぞっていた。
名前を呼んだことも、呼ばれたこともない。
ただ、見ているだけ。
それなのに――
れい「……今日も、かわいい」
思わず小さく呟いてしまい、慌てて口を閉じる。
幸い、周囲の雑音に紛れて誰にも聞かれなかった。
保乃は友達と並んで立っていた。
楽しそうに頷いたり、笑ったり、相手の話を真剣に聞いたり。
その一つひとつが、玲の胸を静かに締めつける。
最初は、ただの一目惚れだった。
最初に気づいたのは、春の終わりだった。
新しいクラスにも慣れて、朝の通学もルーティンになり始めた頃。
玲は、ある日ふと気づいた。
――あの子、毎日同じ駅で降りてる。
列車が減速し、ドアが開く。
保乃は友達に小さく手を振って、降りていく。
玲の最寄り駅は、そのふたつ先。
つまり、毎朝必ず「別れ」を見ることになる。
れい(……寂しい、って思ってる自分、変だよね)
まだ何も始まっていない。
会話もしていない。
なのに、降りていく背中を見るだけで、胸が少し痛む。
列車が再び動き出す。
窓の外に流れていくホームを見ながら、玲は思う。
――明日も、乗ってくるかな。
その期待が、いつの間にか日常になっていた。
勇気が出なかった。
話しかける理由がない。
共通の友達もいない。
名前を知っているだけで、知り合いですらない。
それに――
れい(私なんかが、話しかけていい人じゃない)
保乃は、明るくて、かわいくて、優しそうで。
クラスでも人気者なんだろうな、と容易に想像できた。
一方の玲は、どちらかといえば静かで、目立たない。
本を読むのが好きで、大勢の中にいると疲れてしまう。
同じ列車に乗っているだけの関係。
それが、今の限界。
でも。
ある朝、事件は起きた。
その日は、雨だった。
ホームに入ってきた列車はいつもより混んでいて、
玲は押される形で奥へと移動した。
気づいたときには、すぐ隣に人がいる。
――え。
顔を上げると、そこにいたのは保乃だった。
近い。
思っていたより、ずっと。
柔らかい香り。
濡れた前髪。
目が合ってしまって、玲は完全に固まった。
ほの「あ、ごめんなさい……」
先に声をかけてきたのは、保乃だった。
その声は、想像よりも少し低くて、落ち着いていて、それでいて優しかった。
れい「い、いえ……!」
声が裏返る。
最悪だ。
保乃は少しだけ困ったように笑った。
ほの「混んでますね」
れい「……ですね」
それだけ。
それだけなのに。
心臓が、うるさい。
列車が揺れるたび、肩が触れそうになる。
触れないように、でも離れすぎないように、お互い無意識に距離を調整しているのが分かった。
そして、あの駅。
保乃が降りる駅が近づく。
れい(行かないで)
思ってしまった瞬間、ドアが開いた。
ほの「……じゃあ」
保乃はそう言って、降りていく。
でも、去り際に一度だけ振り返って、玲を見て、にこっと笑った。
それは、偶然かもしれない。
誰にでも向ける笑顔かもしれない。
それでも。
玲の世界は、確かに変わった。
それから数日後。
また同じ車両、同じ時間。
今度は、少しだけ空いていた。
玲が立っていると、隣に来たのは――やっぱり保乃。
偶然なのに、運命みたいで、胸が苦しくなる。
ほの「……この前は、雨の日」
保乃が話しかけてきた。
れい「え?」
ほの「混んでて、大変でしたよね」
覚えててくれた。
それだけで、泣きそうになる。
れい「……はい。でも……」
言葉に詰まる。
すると保乃は、少し首を傾げて言った。
ほの「お名前、聞いてもいいですか?」
一瞬、息が止まった。
れい「……大園、玲です」
ほの「玲ちゃん」
名前を呼ばれた。
それだけで、世界が明るくなる。
ほの「私は田村保乃。よろしくね」
その笑顔は、毎朝見ていたはずなのに、
こんなにも近くで見ると、破壊力が違った。
れい(……好き)
はっきりと、自覚してしまった。
それから、少しずつ会話が増えた。
天気の話。
テストの話。
好きな音楽や、放課後の過ごし方。
列車の中だけの、限られた時間。
それでも、玲にとっては宝物だった。
でも。
別れの駅は、変わらない。
ほの「じゃあ、また明日」
保乃はそう言って、降りていく。
れい「……また明日」
その背中を見送るたび、胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
れい(このままじゃ、だめだ)
想いが、溢れそうだった。
ある日の放課後。
偶然、校門で保乃を見かけた。
ほの「あ、玲ちゃん」
れい「……保乃」
下の名前を呼ぶのは、まだ少し照れる。
ほの「駅まで一緒に帰らない?」
その一言で、全身の力が抜けた。
並んで歩く道。
傘の中。
肩が触れる距離。
ほの「私ね」
保乃が、ぽつりと言った。
ほの「玲ちゃんのこと、最初から気になってた」
心臓が止まりそうになる。
ほの「毎朝、同じ場所に立ってて。静かで」
少し笑って。
ほの「でも、すごく優しそうで」
玲は、言葉を探して、でも見つからなくて。
れい「……私も」
絞り出すように言った。
れい「保乃のこと、好き」
雨音に紛れて、確かに伝えた。
保乃は、驚いたあと、ゆっくり微笑んだ。
ほの「……嬉しい」
そして、そっと手を伸ばしてくる。
指先が触れて、絡まる。
その温もりは、夢じゃなかった。
翌朝。
いつもの列車。
いつもの時間。
でも、違う。
保乃は、降りなかった。
れい「……あれ?」
玲が言うと、保乃は照れたように笑った。
ほの「今日は、寄り道」
れい「どこに?」
ほの「……玲ちゃんの駅」
胸が、いっぱいになる。
列車が進む。
ふたつ前の駅を、通り過ぎる。
初めて一緒に越えた、その距離は、
今までで一番近かった。
通学の列車は、今日も走る。
でももう、ふたつ前の駅で、ひとりきりになることはない。
隣には、大好きな人がいるから。
大園玲は、いつもと同じ位置に立っていた。
車両の真ん中より少し後ろ。
吊り革に手を伸ばせば届くけれど、混みすぎてもいない場所。
窓に映る自分の顔は、少しだけ眠そうで、少しだけ緊張している。
理由は分かっている。
――今日も、あの人は乗ってくるだろうか。
列車が次の駅に滑り込む。
ドアが開いた瞬間、ざわりと空気が変わった気がした。
来た。
制服の上にカーディガン。
少しゆるめにまとめた髪。
周りに自然と笑顔が広がるような、柔らかい雰囲気。
田村保乃。
玲は、その名前を心の中で何度もなぞっていた。
名前を呼んだことも、呼ばれたこともない。
ただ、見ているだけ。
それなのに――
れい「……今日も、かわいい」
思わず小さく呟いてしまい、慌てて口を閉じる。
幸い、周囲の雑音に紛れて誰にも聞かれなかった。
保乃は友達と並んで立っていた。
楽しそうに頷いたり、笑ったり、相手の話を真剣に聞いたり。
その一つひとつが、玲の胸を静かに締めつける。
最初は、ただの一目惚れだった。
最初に気づいたのは、春の終わりだった。
新しいクラスにも慣れて、朝の通学もルーティンになり始めた頃。
玲は、ある日ふと気づいた。
――あの子、毎日同じ駅で降りてる。
列車が減速し、ドアが開く。
保乃は友達に小さく手を振って、降りていく。
玲の最寄り駅は、そのふたつ先。
つまり、毎朝必ず「別れ」を見ることになる。
れい(……寂しい、って思ってる自分、変だよね)
まだ何も始まっていない。
会話もしていない。
なのに、降りていく背中を見るだけで、胸が少し痛む。
列車が再び動き出す。
窓の外に流れていくホームを見ながら、玲は思う。
――明日も、乗ってくるかな。
その期待が、いつの間にか日常になっていた。
勇気が出なかった。
話しかける理由がない。
共通の友達もいない。
名前を知っているだけで、知り合いですらない。
それに――
れい(私なんかが、話しかけていい人じゃない)
保乃は、明るくて、かわいくて、優しそうで。
クラスでも人気者なんだろうな、と容易に想像できた。
一方の玲は、どちらかといえば静かで、目立たない。
本を読むのが好きで、大勢の中にいると疲れてしまう。
同じ列車に乗っているだけの関係。
それが、今の限界。
でも。
ある朝、事件は起きた。
その日は、雨だった。
ホームに入ってきた列車はいつもより混んでいて、
玲は押される形で奥へと移動した。
気づいたときには、すぐ隣に人がいる。
――え。
顔を上げると、そこにいたのは保乃だった。
近い。
思っていたより、ずっと。
柔らかい香り。
濡れた前髪。
目が合ってしまって、玲は完全に固まった。
ほの「あ、ごめんなさい……」
先に声をかけてきたのは、保乃だった。
その声は、想像よりも少し低くて、落ち着いていて、それでいて優しかった。
れい「い、いえ……!」
声が裏返る。
最悪だ。
保乃は少しだけ困ったように笑った。
ほの「混んでますね」
れい「……ですね」
それだけ。
それだけなのに。
心臓が、うるさい。
列車が揺れるたび、肩が触れそうになる。
触れないように、でも離れすぎないように、お互い無意識に距離を調整しているのが分かった。
そして、あの駅。
保乃が降りる駅が近づく。
れい(行かないで)
思ってしまった瞬間、ドアが開いた。
ほの「……じゃあ」
保乃はそう言って、降りていく。
でも、去り際に一度だけ振り返って、玲を見て、にこっと笑った。
それは、偶然かもしれない。
誰にでも向ける笑顔かもしれない。
それでも。
玲の世界は、確かに変わった。
それから数日後。
また同じ車両、同じ時間。
今度は、少しだけ空いていた。
玲が立っていると、隣に来たのは――やっぱり保乃。
偶然なのに、運命みたいで、胸が苦しくなる。
ほの「……この前は、雨の日」
保乃が話しかけてきた。
れい「え?」
ほの「混んでて、大変でしたよね」
覚えててくれた。
それだけで、泣きそうになる。
れい「……はい。でも……」
言葉に詰まる。
すると保乃は、少し首を傾げて言った。
ほの「お名前、聞いてもいいですか?」
一瞬、息が止まった。
れい「……大園、玲です」
ほの「玲ちゃん」
名前を呼ばれた。
それだけで、世界が明るくなる。
ほの「私は田村保乃。よろしくね」
その笑顔は、毎朝見ていたはずなのに、
こんなにも近くで見ると、破壊力が違った。
れい(……好き)
はっきりと、自覚してしまった。
それから、少しずつ会話が増えた。
天気の話。
テストの話。
好きな音楽や、放課後の過ごし方。
列車の中だけの、限られた時間。
それでも、玲にとっては宝物だった。
でも。
別れの駅は、変わらない。
ほの「じゃあ、また明日」
保乃はそう言って、降りていく。
れい「……また明日」
その背中を見送るたび、胸の奥が、ぎゅっと締めつけられる。
れい(このままじゃ、だめだ)
想いが、溢れそうだった。
ある日の放課後。
偶然、校門で保乃を見かけた。
ほの「あ、玲ちゃん」
れい「……保乃」
下の名前を呼ぶのは、まだ少し照れる。
ほの「駅まで一緒に帰らない?」
その一言で、全身の力が抜けた。
並んで歩く道。
傘の中。
肩が触れる距離。
ほの「私ね」
保乃が、ぽつりと言った。
ほの「玲ちゃんのこと、最初から気になってた」
心臓が止まりそうになる。
ほの「毎朝、同じ場所に立ってて。静かで」
少し笑って。
ほの「でも、すごく優しそうで」
玲は、言葉を探して、でも見つからなくて。
れい「……私も」
絞り出すように言った。
れい「保乃のこと、好き」
雨音に紛れて、確かに伝えた。
保乃は、驚いたあと、ゆっくり微笑んだ。
ほの「……嬉しい」
そして、そっと手を伸ばしてくる。
指先が触れて、絡まる。
その温もりは、夢じゃなかった。
翌朝。
いつもの列車。
いつもの時間。
でも、違う。
保乃は、降りなかった。
れい「……あれ?」
玲が言うと、保乃は照れたように笑った。
ほの「今日は、寄り道」
れい「どこに?」
ほの「……玲ちゃんの駅」
胸が、いっぱいになる。
列車が進む。
ふたつ前の駅を、通り過ぎる。
初めて一緒に越えた、その距離は、
今までで一番近かった。
通学の列車は、今日も走る。
でももう、ふたつ前の駅で、ひとりきりになることはない。
隣には、大好きな人がいるから。