森田ひかる
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それは、よく晴れた日の午後。
大学生の私は、リビングのソファでゴロゴロしながら、1本のLINEを今か今かと待っていた。
ゆめ「あー……かりん、そろそろ大学終わる頃かな。今日も一緒にアイス食べよって言ったら怒られるかなぁ……。でも怒った顔も可愛いんだよねぇ」
私が重度のシスコンであることは、我が家では周知の事実である。
2個下の妹・夏鈴は、私の溢れんばかりの愛情をいつもうざいの一言で片付ける。
だが、それがいい。
ガチャ、と玄関の鍵が開く音がした。
ゆめ「かりん! おかえりー!! 今日ね、美味しそうなアイス買っておいた——」
勢いよくリビングの扉を開けた私は、言葉を失った。
そこには、夏鈴の後ろからちょこんと顔を覗かせる、見慣れない女の子の姿があったからだ。
かりん「ただいま。……っていうか、うるさい。入るなり大声出さんといて」
ひかる「あ……こんにちは」
その子は、少し緊張したようにペコリとお辞儀をした。
小柄な体型、くりくりとした大きな瞳そして少し人見知りそうな照れた笑顔。
その瞬間、私の胸の奥で、カランと何かが音を立てて落ちたような気がした。
ゆめ(……え。な、にこの可愛い生き物……。天使?)
かりん「何固まってんの。こっち、大学の友達の森田ひかる。今日、一緒に課題やるから連れてきた」
ひかる「森田ひかるです。かりんちゃんから、よくお姉さんのお話は聞いてます……!」
ゆめ「あ、え、えっと……! ゆめです! よ、よろしくね、ひかるちゃん!」
いつもなら「かりんに友達!? 姉に紹介しなさい!」とそっちの意味で騒ぐはずの私が、完全に挙動不審になっていた。
心臓がうるさいくらいにバクバクと鳴っている。
かりん「ゆめ、顔赤い。熱でもあるん?」
夏鈴が怪訝そうな顔で私の額に手を当てようとする。
いつもなら大喜びするシチュエーションなのに、今の私はそれどころではなかった。
ひかるちゃんの視線が私に集まっているだけで、爆発しそうだった。
ゆめ「な、なんでもない! ちょっと部屋の温度が高いだけ! 二人とも、お茶淹れるから座って!」
キッチンへ逃げ込むように移動し冷たい水を一気に飲み干す。
手元が少し震えていた。
ゆめ(どうしよう……。かりんが可愛いのはもちろんだけど……今の、何……?)
リビングからは、夏鈴とひかるちゃんが楽しそうに話す声が聞こえてくる。
妹への溺愛とは明らかに違う、胸が締め付けられるようなこの感情。
シスコンな私の大学生活に、まさかの一目惚れという嵐が吹き荒れようとしていた。
キッチンでなんとか呼吸を整えた私は、トレイに麦茶とお徳用パックのちょっといいクッキーを載せてリビングへと戻った。
テーブルの上には大学の分厚いテキストが広げられていて、二人は真面目な顔でノートに向き合っている。
ゆめ「はい、お茶とクッキーどうぞ。お邪魔じゃなければ、食べてね」
ひかる「わぁ、ありがとうございます……! 美味しそう」
ひかるちゃんが嬉しそうに目を細めてクッキーを手に取る。
その小さな手、サクッと音を立てて食べる仕草、すべてが小動物のようで愛おしい。
かりん「ゆめ、ずっとそこに居るつもり? 課題集中できへんのやけど」
夏鈴がじろりと私を睨んできた。
いつもなら「えー!かりん冷たい!お姉ちゃん寂しい!」と抱きつきにいくところだけど、今の私にはひかるちゃんというギャラリーがいる。
格好悪いところは見せられない。
ゆめ「も、もう戻るよ! ひかるちゃん、かりんが意地悪したらすぐ私に言ってね。お姉ちゃんが叱ってあげるから」
ひかる「ふふ、かりんちゃん、いつもお姉ちゃんのことすっごく優しくて、ちょっと過保護って言ってますよ。仲が良くて羨ましいです」
ゆめ「えっ……! かりん、私のことそんな風に……!?」
かりん「ちょ、ひかる! 余計なこと言わんでいいから!……ゆめ、早く部屋戻って」
夏鈴が耳まで真っ赤にしてノートで顔を隠した。
ツンデレな妹のそんな姿も最高に可愛いけれど、それ以上にひかるちゃんの笑顔をもっと近くで見ていたいという気持ちが勝ってしまう。
ゆめ「あ、あのさ!……もし良かったら、その課題、私教えようか? 一応、私も同じ学部だし、その講義一昨年単位取ったからさ」
少しでも長く一緒にいるための口実だった。
夏鈴は「え、いい」と断ろうとしたけれど、ひかるちゃんがパッと顔を輝かせた。
ひかる「本当ですか!? ここ、教授の説明が難しくて二人で悩んでたんです……! 教えてほしいです!」
かりん「……はぁ。じゃあ、そこだけ。ゆめ、変なこと教えんといてや」
夏鈴はため息をついたけれど、拒否はしなかった。
私は内心でガッツポーズをしながら、ひかるちゃんの隣の席へと滑り込む。
ふわりと、ひかるちゃんからシャンプーのような甘い香りがして、心臓がまた跳ねた。
ゆめ「よし、任せて! どこが分からないのかな?」
ひかる「この、マクロ経済の計算式のところで……」
ひかるちゃんがノートを指さしながら、ぐっと私に顔を近づけてくる。
綺麗な横顔、長い睫毛。
距離が近すぎて、問題の文字が全く頭に入ってこない。
ゆめ「え、えっと、これはね……」
必死に理性を保ちながら説明すると、ひかるちゃんは「なるほど!」と何度も頷いてくれた。
ひかる「すごいです、ゆめ先輩! かりんちゃんの言う通り、本当に優しくて頼りになりますね!」
尊敬の眼差しを向けられて、私の胸は完全に撃ち抜かれた。
ゆめ「そんな……先輩だなんて、ゆめって呼んでいいよ? ひかるちゃん」
ひかる「えっ、じゃあ……ゆめさん、って呼んでもいいですか?」
ゆめ「うんっ! もちろん!」
かりん「……。なんか、私の姉なのにひかるとばっかり仲良くしてない?」
不機嫌そうに頬を膨らませる夏鈴。
いつもなら「かりんちゃんがヤキモチ焼いてるー!」と大喜びするはずなのに今の私はひかるちゃんに名前を呼ばれた喜びで頭がいっぱいだった。
ひかる「あはは、かりんちゃん怒らないで? ゆめさん、本当に教えるの上手だから」
ひかるちゃんはそう言って、私の腕に小さく触れた。
ほんの一瞬の、柔らかな感触。
ゆめ(だめだ……。かりんも可愛いけど、ひかるちゃんは……もう、好きすぎるかもしれない……!)
妹への可愛いとは全く違う独占したくなるような熱い感情が、私の中でどんどん大きくなっていくのを感じていた。
課題がひと段落する頃には、窓の外はうっすらとオレンジ色に染まり始めていた。
ひかる「ゆめさんのおかげで、無事に終わりました……! 本当にありがとうございます」
ゆめ「ううん、全然! 私も久しぶりに復習できて楽しかったし。またいつでも聞いてね」
かりん「……もうこんな時間。ひかる、そろそろ帰る?」
ひかる「あ、本当だ。うん、暗くなる前に帰るね」
帰り支度を始めるひかるちゃんを見て私は内心焦っていた。
ゆめ(待って、このまま帰しちゃったら、次に会えるのはいつ!? かりんがまた家に連れてくる保証なんてないし……!)
頭をフル回転させた私は、思い切ってスマートフォンを取り出した。
ゆめ「あ、あのさ! ひかるちゃん、もしよかったら……LINE、交換しない? その、また課題で分からないところがあったら直接教えられるし!」
かりん「は? なんでゆめがひかるとLINE交換すんの。私経由で聞けばええやん」
妹からの当然のツッコミ。
痛いところを突かれて言葉に詰まる私だったが、ひかるちゃんは小さく首を傾げて上目遣いで私を見た。
ひかる「えっ、私、ゆめさんと交換したいです。……だめ、ですか?」
ゆめ「だっ、だめじゃない! 全然だめじゃない! むしろ大歓迎!!」
かりん「……声でか。もう、勝手にすれば」
呆れたようにそっぽを向く夏鈴の横で、私は震える手でQRコードを表示させた。
ピロンという小気味良い音と共に、私の友達リストにひかるという名前と可愛らしいペンギンのアイコンが追加される。
心の中で、盛大なファンファーレが鳴り響いた。
ゆめ「よし! これでいつでも連絡してね! ご飯とかも、美味しいお店知ってるから連れてくよ!」
ひかる「ふふっ、嬉しいです。ゆめさん、本当に優しいですね。……じゃあかりんちゃん、また明日大学でね」
かりん「ん、気をつけて帰りや」
ゆめ「駅まで送ろうか!?」
ひかる「大丈夫です、すぐそこですから! じゃあ、お邪魔しました。ゆめさんも、また!」
ひかるちゃんはパタパタと手を振り返し、玄関のドアの向こうへと消えていった。
バタンとドアが閉まった瞬間、私はその場にへたり込んだ。
ゆめ「はぁぁぁ……可愛かった……。何あの生き物、妖精……?」
かりん「……ゆめ、わかりやすすぎ。気持ち悪い」
冷ややかな視線を下ろしてくる夏鈴。
いつもなら「かりんに気持ち悪いって言われた! ご褒美!」とふざけるところだが、今の私はひかるちゃんの余韻で胸がいっぱいだった。
ゆめ「だって、仕方ないじゃん! あんな可愛い子がかりんの友達だなんて聞いてないもん!」
かりん「私のことはいつも『かりん〜可愛い〜♡』ってうるさいくせに、今日は全然私に構わんかったやん。ひかるのことばっかりデレデレ見て」
ゆめ「えっ……? かりん、もしかしてヤキモチ焼いてる!?」
かりん「はぁ!? 誰がヤキモチなんか! ほんまにうざい!!」
夏鈴は顔を真っ赤にして、クッションを私に向かって投げつけた。
ポフッと顔面にヒットしたクッションを抱きしめながら、私は慌てて弁解する。
ゆめ「ご、ごめんって! かりんが世界一可愛い妹なのは絶対変わらないから! でも、その……ひかるちゃんは、ちょっと別枠というか……」
かりん「……別枠ってなに」
ゆめ「なんていうか……その、恋愛的な意味で、ドストライクというか……」
私が正直に白状すると、夏鈴は「……へぇ」とだけ言って、少し意地悪そうに口角を上げた。
かりん「まぁ、ひかるもゆめのこと、結構気に入ってたみたいやし? 私の友達に手を出すとか信じられへんけど……どうしてもって言うなら、ちょっとくらい協力したげんこともないけど」
ゆめ「えっ!? 本当!? かりん、神様!! 大好き!!」
かりん「ちょっ、くっつかんでってば! 重い!!」
シスコン全開で抱きつく私と、全力で引き剥がそうとする夏鈴。
こうして、ツンデレな妹の不本意な協力を得ながら、私のひかるちゃんへの猛アタックな日々が幕を開けたのだった。
ひかるちゃんとLINEを交換してから、1ヶ月が経った。
夏鈴のちょっとくらい協力したげんこともないという言葉は伊達ではなく、夏鈴は時々ひかるちゃんを交えた3人でのごはんや私の大学のサークル部屋への案内など自然な口実を作ってくれた。
そのおかげで、私とひかるちゃんは驚くほど一気に距離を縮めることができた。
ひかる「ゆめさん、今日の服、すっごく似合ってます! いつもオシャレで憧れちゃいます」
ゆめ「本当!? ひかるちゃんにそう言ってもらえると、毎日服選ぶの楽しくなっちゃうな」
かりん「はいはい、ごちそうさま。二人でいちゃつくんやったら、私もう帰っていい?」
ひかる「あ、かりんちゃん怒らないで〜! かりんちゃんの服も可愛いよ?」
かりん「ひかるは良い。ゆめの鼻の下が伸びてんのが気に入らんだけ」
こんな風に、3人で過ごす時間はいつも賑やかで楽しかった。
けれど、LINEでのやり取りが増えるにつれ、ひかるちゃんは夏鈴がいない二人きりの時だけ、少し違う表情を見せるようになっていった。
ある金曜日の夜。
夏鈴がバイトで遅くなる日、ひかるちゃんから相談があるとLINEがきて二人だけでカフェで会うことになった。
ゆめ「ひかるちゃん、お待たせ! 急にどうしたの? 何かあった?」
心配して駆け寄る私に、ひかるちゃんは少し俯きながらカップを両手で包み込むようにして呟いた。
ひかる「……ゆめさん。私、最近ちょっと寂しいんです」
ゆめ「寂しい……? かりんと何かあった?」
ひかる「ううん、かりんちゃんじゃなくて……。ゆめさんが、私の前で『かりんは本当に可愛いなぁ』って言うとき、胸がチクッとするんです」
ゆめ「え……?」
ひかる「私、最初はかりんちゃんのお姉ちゃんとして、ゆめさんのことが大好きだったんです。優しくて、頼りになって……。でも、最近は……それだけじゃ嫌だなって、思うようになって」
ひかるちゃんの綺麗な瞳が、まっすぐに私を捉えた。
少し潤んだその瞳に、私の心臓は破裂しそうなほど脈打つ。
ひかる「ゆめさんにとって、私は妹の友達のままですか……?」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で1ヶ月間ずっと抑え込んできた気持ちが溢れ出して止まらなくなった。
妹の友達だから。
女の子同士だから。
そんなブレーキは、ひかるちゃんの切なそうな表情を前にしてすべて吹き飛んでしまった。
ゆめ「違うよ、ひかるちゃん」
私はテーブル越しに、ひかるちゃんの小さな手をそっと包み込んだ。
少し驚いたように、ひかるちゃんの肩が跳ねる。
ゆめ「最初は、かりんの友達として可愛いなって思った。でも、一緒に過ごすうちに、ひかるちゃんの笑った顔も一生懸命なところも全部が愛おしくてたまらなくなったの」
ひかる「ゆめ、さん……」
ゆめ「かりんへの可愛いは、家族としての愛。でも、ひかるちゃんへの気持ちは……全然違う。一人の女性として、世界で一番、特別な人として大好きなの」
店内に流れる静かなBGMが、やけに遠く感じる。
私はひかるちゃんの手を少しだけ強く握り直して、まっすぐに想いを告げた。
ゆめ「ひかるちゃん。私と、付き合ってくれませんか? 妹の友達じゃなくて、私の恋人として隣にいてほしい」
私の告白を聞いたひかるちゃんは、一瞬ぽかんと目を見開いた。
そして、じわじわと顔を真っ赤に染めると、ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。
ゆめ「えっ!? ひ、ひかるちゃん!? ごめん、困らせちゃった……!?」
焦る私を見て、ひかるちゃんは慌てて首を横に振り涙を拭いながらこれ以上ないくらいのひまわりのような笑顔を咲かせた。
ひかる「ううん……! 嬉しくて……! 私も、ゆめさんが大好きです……! ずっと、ゆめさんの特別になりたかったの……っ」
ゆめ「ひかるちゃん……!」
お互いの気持ちが通じ合った瞬間、世界がパッと明るくなったような気がした。
繋いだ手から伝わる体温が、愛おしくて、あったかい。
その日の夜遅く。
付き合うことになった報告を恐る恐るLINEですると、夏鈴からすぐに1通のメッセージが返ってきた。
『かりん:おめでとう。これでやっと、私の前での惚気話が減ると思って安心したわ。ひかるを泣かせたら、お姉ちゃんでも絶対許さんからね』
口は悪いけれど、そこには夏鈴なりの祝福が詰まっていた。
ゆめ「ふふ……ありがとね、かりん」
スマートフォンの画面を閉じ、今日から彼女になったひかるちゃんからの【家に着きました! ゆめさん大好きです】というメッセージを眺める。
シスコンだった私の日常は最高の妹と世界一可愛い恋人の存在によって、これ以上ないほど幸せな色に染まっていった。
大学生の私は、リビングのソファでゴロゴロしながら、1本のLINEを今か今かと待っていた。
ゆめ「あー……かりん、そろそろ大学終わる頃かな。今日も一緒にアイス食べよって言ったら怒られるかなぁ……。でも怒った顔も可愛いんだよねぇ」
私が重度のシスコンであることは、我が家では周知の事実である。
2個下の妹・夏鈴は、私の溢れんばかりの愛情をいつもうざいの一言で片付ける。
だが、それがいい。
ガチャ、と玄関の鍵が開く音がした。
ゆめ「かりん! おかえりー!! 今日ね、美味しそうなアイス買っておいた——」
勢いよくリビングの扉を開けた私は、言葉を失った。
そこには、夏鈴の後ろからちょこんと顔を覗かせる、見慣れない女の子の姿があったからだ。
かりん「ただいま。……っていうか、うるさい。入るなり大声出さんといて」
ひかる「あ……こんにちは」
その子は、少し緊張したようにペコリとお辞儀をした。
小柄な体型、くりくりとした大きな瞳そして少し人見知りそうな照れた笑顔。
その瞬間、私の胸の奥で、カランと何かが音を立てて落ちたような気がした。
ゆめ(……え。な、にこの可愛い生き物……。天使?)
かりん「何固まってんの。こっち、大学の友達の森田ひかる。今日、一緒に課題やるから連れてきた」
ひかる「森田ひかるです。かりんちゃんから、よくお姉さんのお話は聞いてます……!」
ゆめ「あ、え、えっと……! ゆめです! よ、よろしくね、ひかるちゃん!」
いつもなら「かりんに友達!? 姉に紹介しなさい!」とそっちの意味で騒ぐはずの私が、完全に挙動不審になっていた。
心臓がうるさいくらいにバクバクと鳴っている。
かりん「ゆめ、顔赤い。熱でもあるん?」
夏鈴が怪訝そうな顔で私の額に手を当てようとする。
いつもなら大喜びするシチュエーションなのに、今の私はそれどころではなかった。
ひかるちゃんの視線が私に集まっているだけで、爆発しそうだった。
ゆめ「な、なんでもない! ちょっと部屋の温度が高いだけ! 二人とも、お茶淹れるから座って!」
キッチンへ逃げ込むように移動し冷たい水を一気に飲み干す。
手元が少し震えていた。
ゆめ(どうしよう……。かりんが可愛いのはもちろんだけど……今の、何……?)
リビングからは、夏鈴とひかるちゃんが楽しそうに話す声が聞こえてくる。
妹への溺愛とは明らかに違う、胸が締め付けられるようなこの感情。
シスコンな私の大学生活に、まさかの一目惚れという嵐が吹き荒れようとしていた。
キッチンでなんとか呼吸を整えた私は、トレイに麦茶とお徳用パックのちょっといいクッキーを載せてリビングへと戻った。
テーブルの上には大学の分厚いテキストが広げられていて、二人は真面目な顔でノートに向き合っている。
ゆめ「はい、お茶とクッキーどうぞ。お邪魔じゃなければ、食べてね」
ひかる「わぁ、ありがとうございます……! 美味しそう」
ひかるちゃんが嬉しそうに目を細めてクッキーを手に取る。
その小さな手、サクッと音を立てて食べる仕草、すべてが小動物のようで愛おしい。
かりん「ゆめ、ずっとそこに居るつもり? 課題集中できへんのやけど」
夏鈴がじろりと私を睨んできた。
いつもなら「えー!かりん冷たい!お姉ちゃん寂しい!」と抱きつきにいくところだけど、今の私にはひかるちゃんというギャラリーがいる。
格好悪いところは見せられない。
ゆめ「も、もう戻るよ! ひかるちゃん、かりんが意地悪したらすぐ私に言ってね。お姉ちゃんが叱ってあげるから」
ひかる「ふふ、かりんちゃん、いつもお姉ちゃんのことすっごく優しくて、ちょっと過保護って言ってますよ。仲が良くて羨ましいです」
ゆめ「えっ……! かりん、私のことそんな風に……!?」
かりん「ちょ、ひかる! 余計なこと言わんでいいから!……ゆめ、早く部屋戻って」
夏鈴が耳まで真っ赤にしてノートで顔を隠した。
ツンデレな妹のそんな姿も最高に可愛いけれど、それ以上にひかるちゃんの笑顔をもっと近くで見ていたいという気持ちが勝ってしまう。
ゆめ「あ、あのさ!……もし良かったら、その課題、私教えようか? 一応、私も同じ学部だし、その講義一昨年単位取ったからさ」
少しでも長く一緒にいるための口実だった。
夏鈴は「え、いい」と断ろうとしたけれど、ひかるちゃんがパッと顔を輝かせた。
ひかる「本当ですか!? ここ、教授の説明が難しくて二人で悩んでたんです……! 教えてほしいです!」
かりん「……はぁ。じゃあ、そこだけ。ゆめ、変なこと教えんといてや」
夏鈴はため息をついたけれど、拒否はしなかった。
私は内心でガッツポーズをしながら、ひかるちゃんの隣の席へと滑り込む。
ふわりと、ひかるちゃんからシャンプーのような甘い香りがして、心臓がまた跳ねた。
ゆめ「よし、任せて! どこが分からないのかな?」
ひかる「この、マクロ経済の計算式のところで……」
ひかるちゃんがノートを指さしながら、ぐっと私に顔を近づけてくる。
綺麗な横顔、長い睫毛。
距離が近すぎて、問題の文字が全く頭に入ってこない。
ゆめ「え、えっと、これはね……」
必死に理性を保ちながら説明すると、ひかるちゃんは「なるほど!」と何度も頷いてくれた。
ひかる「すごいです、ゆめ先輩! かりんちゃんの言う通り、本当に優しくて頼りになりますね!」
尊敬の眼差しを向けられて、私の胸は完全に撃ち抜かれた。
ゆめ「そんな……先輩だなんて、ゆめって呼んでいいよ? ひかるちゃん」
ひかる「えっ、じゃあ……ゆめさん、って呼んでもいいですか?」
ゆめ「うんっ! もちろん!」
かりん「……。なんか、私の姉なのにひかるとばっかり仲良くしてない?」
不機嫌そうに頬を膨らませる夏鈴。
いつもなら「かりんちゃんがヤキモチ焼いてるー!」と大喜びするはずなのに今の私はひかるちゃんに名前を呼ばれた喜びで頭がいっぱいだった。
ひかる「あはは、かりんちゃん怒らないで? ゆめさん、本当に教えるの上手だから」
ひかるちゃんはそう言って、私の腕に小さく触れた。
ほんの一瞬の、柔らかな感触。
ゆめ(だめだ……。かりんも可愛いけど、ひかるちゃんは……もう、好きすぎるかもしれない……!)
妹への可愛いとは全く違う独占したくなるような熱い感情が、私の中でどんどん大きくなっていくのを感じていた。
課題がひと段落する頃には、窓の外はうっすらとオレンジ色に染まり始めていた。
ひかる「ゆめさんのおかげで、無事に終わりました……! 本当にありがとうございます」
ゆめ「ううん、全然! 私も久しぶりに復習できて楽しかったし。またいつでも聞いてね」
かりん「……もうこんな時間。ひかる、そろそろ帰る?」
ひかる「あ、本当だ。うん、暗くなる前に帰るね」
帰り支度を始めるひかるちゃんを見て私は内心焦っていた。
ゆめ(待って、このまま帰しちゃったら、次に会えるのはいつ!? かりんがまた家に連れてくる保証なんてないし……!)
頭をフル回転させた私は、思い切ってスマートフォンを取り出した。
ゆめ「あ、あのさ! ひかるちゃん、もしよかったら……LINE、交換しない? その、また課題で分からないところがあったら直接教えられるし!」
かりん「は? なんでゆめがひかるとLINE交換すんの。私経由で聞けばええやん」
妹からの当然のツッコミ。
痛いところを突かれて言葉に詰まる私だったが、ひかるちゃんは小さく首を傾げて上目遣いで私を見た。
ひかる「えっ、私、ゆめさんと交換したいです。……だめ、ですか?」
ゆめ「だっ、だめじゃない! 全然だめじゃない! むしろ大歓迎!!」
かりん「……声でか。もう、勝手にすれば」
呆れたようにそっぽを向く夏鈴の横で、私は震える手でQRコードを表示させた。
ピロンという小気味良い音と共に、私の友達リストにひかるという名前と可愛らしいペンギンのアイコンが追加される。
心の中で、盛大なファンファーレが鳴り響いた。
ゆめ「よし! これでいつでも連絡してね! ご飯とかも、美味しいお店知ってるから連れてくよ!」
ひかる「ふふっ、嬉しいです。ゆめさん、本当に優しいですね。……じゃあかりんちゃん、また明日大学でね」
かりん「ん、気をつけて帰りや」
ゆめ「駅まで送ろうか!?」
ひかる「大丈夫です、すぐそこですから! じゃあ、お邪魔しました。ゆめさんも、また!」
ひかるちゃんはパタパタと手を振り返し、玄関のドアの向こうへと消えていった。
バタンとドアが閉まった瞬間、私はその場にへたり込んだ。
ゆめ「はぁぁぁ……可愛かった……。何あの生き物、妖精……?」
かりん「……ゆめ、わかりやすすぎ。気持ち悪い」
冷ややかな視線を下ろしてくる夏鈴。
いつもなら「かりんに気持ち悪いって言われた! ご褒美!」とふざけるところだが、今の私はひかるちゃんの余韻で胸がいっぱいだった。
ゆめ「だって、仕方ないじゃん! あんな可愛い子がかりんの友達だなんて聞いてないもん!」
かりん「私のことはいつも『かりん〜可愛い〜♡』ってうるさいくせに、今日は全然私に構わんかったやん。ひかるのことばっかりデレデレ見て」
ゆめ「えっ……? かりん、もしかしてヤキモチ焼いてる!?」
かりん「はぁ!? 誰がヤキモチなんか! ほんまにうざい!!」
夏鈴は顔を真っ赤にして、クッションを私に向かって投げつけた。
ポフッと顔面にヒットしたクッションを抱きしめながら、私は慌てて弁解する。
ゆめ「ご、ごめんって! かりんが世界一可愛い妹なのは絶対変わらないから! でも、その……ひかるちゃんは、ちょっと別枠というか……」
かりん「……別枠ってなに」
ゆめ「なんていうか……その、恋愛的な意味で、ドストライクというか……」
私が正直に白状すると、夏鈴は「……へぇ」とだけ言って、少し意地悪そうに口角を上げた。
かりん「まぁ、ひかるもゆめのこと、結構気に入ってたみたいやし? 私の友達に手を出すとか信じられへんけど……どうしてもって言うなら、ちょっとくらい協力したげんこともないけど」
ゆめ「えっ!? 本当!? かりん、神様!! 大好き!!」
かりん「ちょっ、くっつかんでってば! 重い!!」
シスコン全開で抱きつく私と、全力で引き剥がそうとする夏鈴。
こうして、ツンデレな妹の不本意な協力を得ながら、私のひかるちゃんへの猛アタックな日々が幕を開けたのだった。
ひかるちゃんとLINEを交換してから、1ヶ月が経った。
夏鈴のちょっとくらい協力したげんこともないという言葉は伊達ではなく、夏鈴は時々ひかるちゃんを交えた3人でのごはんや私の大学のサークル部屋への案内など自然な口実を作ってくれた。
そのおかげで、私とひかるちゃんは驚くほど一気に距離を縮めることができた。
ひかる「ゆめさん、今日の服、すっごく似合ってます! いつもオシャレで憧れちゃいます」
ゆめ「本当!? ひかるちゃんにそう言ってもらえると、毎日服選ぶの楽しくなっちゃうな」
かりん「はいはい、ごちそうさま。二人でいちゃつくんやったら、私もう帰っていい?」
ひかる「あ、かりんちゃん怒らないで〜! かりんちゃんの服も可愛いよ?」
かりん「ひかるは良い。ゆめの鼻の下が伸びてんのが気に入らんだけ」
こんな風に、3人で過ごす時間はいつも賑やかで楽しかった。
けれど、LINEでのやり取りが増えるにつれ、ひかるちゃんは夏鈴がいない二人きりの時だけ、少し違う表情を見せるようになっていった。
ある金曜日の夜。
夏鈴がバイトで遅くなる日、ひかるちゃんから相談があるとLINEがきて二人だけでカフェで会うことになった。
ゆめ「ひかるちゃん、お待たせ! 急にどうしたの? 何かあった?」
心配して駆け寄る私に、ひかるちゃんは少し俯きながらカップを両手で包み込むようにして呟いた。
ひかる「……ゆめさん。私、最近ちょっと寂しいんです」
ゆめ「寂しい……? かりんと何かあった?」
ひかる「ううん、かりんちゃんじゃなくて……。ゆめさんが、私の前で『かりんは本当に可愛いなぁ』って言うとき、胸がチクッとするんです」
ゆめ「え……?」
ひかる「私、最初はかりんちゃんのお姉ちゃんとして、ゆめさんのことが大好きだったんです。優しくて、頼りになって……。でも、最近は……それだけじゃ嫌だなって、思うようになって」
ひかるちゃんの綺麗な瞳が、まっすぐに私を捉えた。
少し潤んだその瞳に、私の心臓は破裂しそうなほど脈打つ。
ひかる「ゆめさんにとって、私は妹の友達のままですか……?」
その言葉を聞いた瞬間、私の中で1ヶ月間ずっと抑え込んできた気持ちが溢れ出して止まらなくなった。
妹の友達だから。
女の子同士だから。
そんなブレーキは、ひかるちゃんの切なそうな表情を前にしてすべて吹き飛んでしまった。
ゆめ「違うよ、ひかるちゃん」
私はテーブル越しに、ひかるちゃんの小さな手をそっと包み込んだ。
少し驚いたように、ひかるちゃんの肩が跳ねる。
ゆめ「最初は、かりんの友達として可愛いなって思った。でも、一緒に過ごすうちに、ひかるちゃんの笑った顔も一生懸命なところも全部が愛おしくてたまらなくなったの」
ひかる「ゆめ、さん……」
ゆめ「かりんへの可愛いは、家族としての愛。でも、ひかるちゃんへの気持ちは……全然違う。一人の女性として、世界で一番、特別な人として大好きなの」
店内に流れる静かなBGMが、やけに遠く感じる。
私はひかるちゃんの手を少しだけ強く握り直して、まっすぐに想いを告げた。
ゆめ「ひかるちゃん。私と、付き合ってくれませんか? 妹の友達じゃなくて、私の恋人として隣にいてほしい」
私の告白を聞いたひかるちゃんは、一瞬ぽかんと目を見開いた。
そして、じわじわと顔を真っ赤に染めると、ぽろぽろと大粒の涙をこぼし始めた。
ゆめ「えっ!? ひ、ひかるちゃん!? ごめん、困らせちゃった……!?」
焦る私を見て、ひかるちゃんは慌てて首を横に振り涙を拭いながらこれ以上ないくらいのひまわりのような笑顔を咲かせた。
ひかる「ううん……! 嬉しくて……! 私も、ゆめさんが大好きです……! ずっと、ゆめさんの特別になりたかったの……っ」
ゆめ「ひかるちゃん……!」
お互いの気持ちが通じ合った瞬間、世界がパッと明るくなったような気がした。
繋いだ手から伝わる体温が、愛おしくて、あったかい。
その日の夜遅く。
付き合うことになった報告を恐る恐るLINEですると、夏鈴からすぐに1通のメッセージが返ってきた。
『かりん:おめでとう。これでやっと、私の前での惚気話が減ると思って安心したわ。ひかるを泣かせたら、お姉ちゃんでも絶対許さんからね』
口は悪いけれど、そこには夏鈴なりの祝福が詰まっていた。
ゆめ「ふふ……ありがとね、かりん」
スマートフォンの画面を閉じ、今日から彼女になったひかるちゃんからの【家に着きました! ゆめさん大好きです】というメッセージを眺める。
シスコンだった私の日常は最高の妹と世界一可愛い恋人の存在によって、これ以上ないほど幸せな色に染まっていった。