立花仙蔵は後輩くのたまが気になって仕方がない
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「立花先輩!私、得意武器を焙烙火矢にしようと思うのですが、作り方を教えていただけませんか?」
「あ〜、ずるい!私も!立花先輩、お願いします!」
またこの季節がきたか、と立花仙蔵は心の中で溜め息をついた。
無論、内心うんざりしていることなど態度には一切出さず、表には女子顔負けの美しい作り笑顔を浮かべている。
「あぁ、構わないよ。ただ、今は実習で忙しいから、次の休日でも良いかな」
私の返事に、くのたま達がきゃあきゃあと喜びの声を上げている。じゃあ次の休日に、と早々に会話を切り上げ、当初の目的地である医務室へと向かった。
仙蔵の言う、この季節とは、くのたま達が自分の得意武器を考え始める時期のことであった。
教科、実技ともに忍者の基礎授業を終えた後、早い者は一年生から、遅くとも四年生の間に、生徒達は各々得意武器を決める。決まった者から順に鍛錬に移り、卒業までひたすらに腕を磨いていく。
苦無か、手裏剣か、あるいは石火矢か。
女子はどう足掻いても男に腕力では敵わない。そのため、寸鉄のような接近戦用の武器よりも、距離をとって相手と戦える遠戦用の武器を選ぶ者が圧倒的に多い。そう、仙蔵の得意とする、焙烙火矢のような。
焙烙火矢について教えて下さい!
仙蔵にそう頼み込む女子は、彼が三年生の頃からあとを絶たない。
その度に、焙烙火矢の作り方や、実践での活用方法を説明しているのだが、くのたま達は頬を朱に染め、ろくに私の話を聞いていない。そして、最終的にはいつも「お慕いしています」「私と恋仲になって下さい」などとせがまれ、彼を辟易させるのであった。
もういっそ、くのたまからの頼み事は断ってしまいたい。が、下級生の成長を応援するのは上級生の務めだと、先生方にきつく指導されては敵わない。まして、私自身も諸先輩方の助けがあって今の自分があると思うと、笑顔を作ってでも対応せざるを得なかった。
「伊作、いるか?」
医務室の障子を引くと、彼は一人ではなかった。桃色の忍装束を着たくのたまの手を握り、指の手当てをしているらしい。くのたまは障子に背を向けて座っていて、こちらからは顔が見えない。
「仙蔵、何かあった?」
「実習のことで確認したいことがあるのだが…後にした方が良いか?」
「いや、もうすぐ終わるから、大丈夫だよ。……これでよし、っと。」
「伊作先輩、ありがとうございます」
「あまり無茶するなよ」
「はい」
立ち上がり、振り返った彼女は、右手の親指と左手の人差し指に包帯を巻いていた。
「立花先輩、こんにちは」
「あぁ、こんにちは」
礼儀正しく頭を下げると、私の隣を通り過ぎていった。ふわりと、髪から火薬の匂いがする。障子を閉めた彼女の足音は、医務室から遠ざかって行った。
「今のくのたまは…」
「四年生の六花だよ。最近よく怪我をして医務室に来るんだ」
そうか、四年生の…。
仙蔵は全生徒の顔と名前を覚えてはいたが、いかんせん接点のない生徒のことは、中々特徴を思い出せない。しかし、四年生と言われてはっとした。
校庭で、同級生の平滝夜叉丸や田村三木ヱ門の自慢話を、にこにこと笑顔を浮かべて聞き役に徹している生徒を何度か見かけたことがある。よく飽きもせずに聞けるものだと思っていたが、それが彼女だったのか。
「彼女、得意武器を焙烙火矢にしようと、毎日自主練しては小さな火傷をしているんだ」
「焙烙火矢を?」
仙蔵は片眉を眉間に寄せた。
ここ最近、私を取り囲むくのたまの中に、彼女の姿はなかったはずだ。
「彼女、仙蔵の所に相談に来ないだろ?」
「っ、あぁ…」
まるで仙蔵の心の中を読んだかのような発言に、はっとする。いや、実際心を読んだのだろう。怪我や体調不良の者を即座に見抜く観察力。伊作にはそれがある。
「ふふっ、どうしてだろうね」
私にはわからぬ理由を、どうやら伊作は知っているらしい。全てを見透かしているかのような伊作の笑みが、なんだか無性に腹立たしかった。
それから約半月経ち、伊作の謎めいた微笑みを忘れかけ、実習も一段落した頃。本を読もうかと図書室に向かうと、そこから出てきた六花に出くわした。本を二冊胸に抱えている。図書室で借りたのだろうか。
彼女の指には、包帯が更に二か所増えていた。
「あ、立花先輩、こんにちは」
失礼します、と言ってすぐに立ち去ろうとする彼女を呼び止めた。
「焙烙火矢について学びたいなら、一度私の所に来ると良い。一人で学んでいると怪我をするぞ」
言われた彼女は、口をぽかんと開けていた。
今までろくに話したことのない、委員会も異なる先輩から突然話しかけられて戸惑っている、そんな様子が手に取るようにわかった。
「伊作に聞いたんだ」
「あ…それで……」
「他のくのたま達も色々と質問しに来ている。だからお前も遠慮をするな」
次の休日は空いているから、と伝えると、六花は目をきょろきょろと泳がせ、気まずそうに顔を伏せた。いつも私をきゃあきゃあと取り囲むくのたま達とは、正反対の反応だった。
「あの、お気持ちは大変有難いのですが…。実は、得意武器を縄鏢に変えようかと悩んでいて…今は毎日縄鏢の練習をしているんです」
「縄鏢…?」
彼女の持つ本の表紙をよく見ると、「縄鏢の扱い方」や、「縄鏢のすべて」と書いてあった。
「はい。ちょうど今、中在家先輩にご指導をお願いしてきたところだったんです」
私には話しかけないのに、長次には頼むのか。
導火線に火をつけた時のような、ちりっとした痛みが胸に走った。
「ですので、立花先輩のお手を煩わせるには及びません。どうか、お気になさらないで下さい」
それでは失礼します、と丁寧に一礼し、彼女はくのたま長屋に向かって歩いて行った。
彼女の背中を見送りながら、今度は仙蔵の方がぽかんと口を開けることになった。
彼女の言う通り、次の休日、校庭で縄鏢の練習をしている二人の姿を見かけた。
確かに縄鏢は攻撃範囲が広く、持ち運びも軽いので、女子でも扱いやすい武器になるだろう。
日暮れまで練習しているのか…。
夕陽に染まり、何度も縄を投げる彼女の横顔は真剣そのもので、しばらく目を離せなかった。
「長次。隣、いいか」
食堂で一人夕食を食べていた長次は、お盆を持つ私の顔を見て、こく、と頷いた。日はとっぷりと暮れ、遅い夕食となった食堂には、私達以外誰もいなかった。
「今日、校庭で六花に縄鏢の使い方を教えていたな」
焼き鯖を口に運んだ長次は、また、こく、と頷いた。
「得意武器を決めかねているそうだが、縄鏢に決めたのか?」
「…いや、まだ迷っているらしい。他にも武器を試してから決めると言っていた」
迷っている、という言葉を聞いて一つ思い出した。彼女が、食堂前に貼ってある貼り紙の前で、Aランチにするか、Bランチにするかと、迷っている姿を度々見かけたことがある。五年生の不破雷蔵と並んで悩む姿は、一種の名物になっていた。
「まだ武器が決まらないのか。彼女はもう四年生だろう。迷い癖は、忍者にとって傷にしかならんというのに」
黙々と食事をしながら少し待ってみたが、長次からそれ以上、六花について語られることはなかった。無口な相手ほど情報を得るのは難しい。こちらから問い続ければ、何の情報を欲しているかがすぐに勘づかれてしまう。
先に食事を終えた私は、長次から聞き出すことを諦め、お盆を下げようと席を立った。
「六花は、心根の優しい女子だ」
「…珍しいな。長次が女子を褒めるのは」
「私に縄鏢指導の依頼をする前、先に千冬の許可を得たと言っていた」
千冬は、長次の許婚の名だ。くのたま五年生で、六花の先輩にもあたる。
いくら後輩指導とはいえ、想い人が他の女子と二人で過ごす様子は、面白くはないだろう。だから六花は、先に彼女の許可を得たのか。
そう考えていたら、長次がもそ、と喋り始めた。
「気配りの出来る後輩だと、千冬も褒めていた。それに、迷い癖があるなら、自分で決断出来るようになるまで、我々上級生が導いてやれば良い」
「…そうだな」
伊作も長次も、六花のことをよく理解している。何故私は、彼女のことを全然知らないのだ。大切な何かを見逃してしまったような、恐怖にも似た焦りに心臓を鷲掴みにされた。
六花……。
唐突に彼女の顔を見たくなったが、日はもう暮れている。くのたま長屋に戻っているだろう。
仙蔵は仕方なく、長次に声をかけ、自室へと戻ることにした。
「留三郎!どうしたんだ!」
次に六花を見たのは、廊下を早足で移動する留三郎に背負われている姿だった。近寄ると彼女は気を失い、頭の左側に大きなたんこぶができていた。
「仙蔵か。鉄双節棍の回し方を校庭で教えていたんだがな。持ち手と反対側の先端が六花の頭に当たったんだ」
「それで医務室に向かっているのか」
「あぁ。俺も最初の頃はよくぶつけたが、鉄双節棍は二本に分かれている分、先端の攻撃力が上がってかなり痛いんだよな」
医務室には伊作がいた。畳に寝かせると、六花はすぐに目を覚ました。
「あれ、私……いたっ」
「鉄双節棍の練習中、頭に怪我をして気を失っていたんだ」
「食満先輩…ご迷惑をお掛けしてすみません」
「いや、迷惑などではない。俺の方こそ、防いでやれなくてすまなかった。痛みはどうだ?」
「ずきずき痛みます…。痛みで初めて星が飛ぶのを見てしまいました」
お恥ずかしいです、と言って起き上がろうとする彼女を、伊作が押し戻した。
「しばらく寝てなきゃだめだよ。頭を打ったんだから。無茶をするなと言っただろう?」
「伊作先輩…。はい、すみません…」
「ところで、仙蔵は何故医務室まで来たんだ?」
留三郎の言葉に、三人が私を見た。
「あ、いや…私は……新野先生に用があってな」
「仙蔵が?伊作ならわかるが、仙蔵が新野先生に用があるなんて珍しいな」
「それは…」
「新野先生なら、薬草園にいらっしゃると思うよ」
伊作が助け舟を出してくれた。伊作の目は、やはり全てを見透かしているかのように見える。
「そうか、ありがとう」
六花が心配だからついて来たと素直に言えば良かったのに。しかし、私と彼女に接点はないため、それはやや不自然だろう。彼女に不審がられる恐れがある。
結局私は六花に見舞いの言葉もかけないまま、医務室を後にした。
その日の夜。仙蔵は忍たま長屋の自室で文机の前に座り読書をしていたが、本の内容などまるで頭に入って来なかった。
ここ最近、新たに知った六花のことが、次々と浮かんでは心の中を占めていく。
礼儀正しい、丁寧な所作。先輩達に可愛がられている姿。迷い癖はあるが、得意武器を決めようと日々研鑽する様子。
私が知らないだけで、彼女は同級生や先輩達と親しく付き合っている。私の知らないところで…。言いようのない焦りが、机に零れた水のように広がっていく。
ちら、と衝立を挟んだ隣の男を見る。文次郎は、苦無を磨いていた。就寝前のこいつの日課だ。
鍛錬、実習とせわしなく動き回り、三禁を誰よりも守るこの男は、流石に六花のことを知らないだろう。
「文次郎」
「なんだ」
「くのたま四年生の、六花という女子を知っているか?」
苦無を磨く手がぴた、と止まる。顔を上げた同室は、呆けたような顔をしていた。
名前だけは知っているが、それがどうした。そう答えると確信していた。
「知っているも何も、彼女は会計委員だぞ」
「は…?」
「仙蔵、知らなかったのか」
「いや…そう言えばそうだったな」
忘れていた…そうだ、彼女は会計委員だった。くのたまと忍たまは授業の時間帯が異なり、くのたまは、委員会活動に参加できないことが多い。
会計委員会活動中に彼女を見かけたことがなかったせいか、印象に残っていなかった。しかし、思い返すと予算会議の時、彼女は田村三木ヱ門の隣で正座していた。
「まぁ、くのたまは委員会活動の参加が難しいからな。それでも六花のことは、彼女が一年生の頃からよく知っているぞ。田村から少し遅れてではあるが、彼女も十キロ算盤を持てるようになった時は、みなで喜んだものだ」
腕を組み、懐かしそうにうんうんと頷く文次郎の顔を見て、私は苛立ちと焦りで燃え上がりそうだった。この男は絶対に六花のことを知らないと思ったのに、一年生の頃から知っているどころか、思い出話まであると言う。
六年間も同室で過ごしてきたのに、隣にいる文次郎は六花のことを四年間知っていて、私は彼女のことをほとんど知らない。その事実は、私を打ちのめした。
「そういえば、最近武器のことで悩んでいると言っていたな…。それで、彼女がどうしたんだ?」
「…いや、何でもない。私はもう寝る」
なんだ急に、と文句を言う文次郎を無視して、私は寝床に入った。
もやもやと渦巻く感情が煩わしい。いっそ小平太にも、彼女を知っているか聞いてみようか。…いや、やはり止めておこう。小平太まで知っていたら、我慢ならない。
何故六花は、私に焙烙火矢について聞きに来なかったのだ。
早々に床に入ったものの、その日はほとんど眠れなかった。
それ以来、湯浴みをしていても、読書をしていても、彼女のことばかり考えるようになった。彼女は今どこで何をしているのだろう。あの餅のような頬でにこっと笑い、誰かと話しているのだろうか。
しかし、彼女を思う時間の増加と反比例するように、彼女と会う機会は減っていった。いや、本当は減ってなどいない。私がどこかで偶然会えないかと期待しているだけで、これが元々彼女に遭遇する頻度だったのだ。
懸想とまではいっていない。ならば意識せず、自分から話しかけて彼女のことを知れば良い…それだけだ。
休日、やはり読書に集中できずにいたら、私と文次郎の自室の障子を、がらっ、と誰かが勢いよく開けた。一気に太陽の光が部屋に差し込み、私は目を細めた。
「仙蔵、文次郎、いるか!」
太陽に負けない笑顔を浮かべる小平太が、とかどかと部屋に入り込んできた。
「なんだ、小平太」
隣で同じく読書をしていた文次郎は、本を閉じた。
「みなで団子を食べよう!私と長次の部屋に集合だ!」
ろ組の部屋には、既に伊作と留三郎も集まっていた。
小平太が団子の包みを全て開くと、醤油の香ばしい匂いが広がった。少し焼き目のついた団子は醤油の味が染み込んでいて、皆一様に上手い上手いと頬張っている。
丸よりも楕円に近い団子は柔らかく、仙蔵はふいに六花のもちもちの頬を思い出した。これを共に食べたら、彼女は美味しいと言って隣で笑うだろうか。
「ところで小平太、この団子どうしたんだい?」
伊作の問いかけに、あぁ、これはな、と語りだした。
「くのたま四年生の六花にもらったのだ」
思わずむせてしまった。彼女のことを考えていた矢先に、小平太から彼女の名前が出てくるとは…。
私が団子にむせたと思ったらしく、隣に座っていた文次郎に、「何をやっているんだ」と、背中を叩かれた。動揺していて、いつもなら言うであろう「痛い、加減をしろ」という悪態も出てこなかった。
「彼女から?何故だ?」
私が知りたがっていることを、代わりに留三郎が聞いていた。
「先日の単独実習は、忍術学園付近の領地の動向を探るものだったのだが、帰りに寄った甘味処の団子が上手くてな」
もう一皿、と注文したら、店の奥から彼女が出てきたのだと言う。
「忍たまであることを覚られぬよう、お互いその場では名乗らなかったのだが、忍術学園に戻ってから、六花に話しかけられたのだ」
偶然にも、その甘味処は彼女の両親がやっている店で、休日だからと手伝いに帰っていたらしい。
小平太があまりに上手いと言いながら食べてくれたから両親も喜んでいたと、嬉しそうに伝えてくれた。
「そうしたら今日、六花が私にこの団子をくれた。六年生の他の先輩方にも、いつもお世話になっているのでご一緒にどうぞ、と言っていた」
「へぇ。よく気が回るところが六花らしいね」
「もそ」
「ははっ、伊作も長次もそう思うか」
すっ、と突然立ち上がった仙蔵を、全員が見上げた。そのまま誰とも目を合わさず、何も言わずに部屋を走り去っていく背中を見て、いつも以上に目を丸く見開いた小平太の野生の勘がぴんとはたらいた。
「なぁ、もしや仙蔵は六花のこと――」
言いかけていた口を、隣にいる長次が手で覆う。
「小平太、それはまだ言ってはいけないよ」
諭す伊作の言葉に、長次も、もそ、と同意した。
「お前達一体何の話をしているんだ?」
「気づいていないのはお前だけだ、文次郎」
「なんだと?留三郎!」
「こらこら、二人とも!食べ物の前で喧嘩をしちゃだめだよ!埃がたつだろ!」
睨み合う両者の間に座る小平太は、なはは、そうだったのかー!と豪快に笑っていた。
何処だ。何処にいる。
図書室にも、食堂にもいない。
何処を探していいか分からない。改めて自分が如何に六花のことを知らないのかと思い知らされ、仙蔵はぎり、と奥歯を噛んだ。
縄鏢の練習をしていた校庭にもいない。小平太は、ついさっき団子をもらったと言っていた。それならば村から帰って来て、学園内にいるはずだ。
くのたま長屋にいるのなら、探しても意味はない。そう思いながらも諦めきれず、仙蔵は学園内を走り回った。
いた……。
ようやく見つけた彼女は、手裏剣練習場で一人、四方手裏剣の練習をしていた。
「立花先輩、こんにちは。先輩も手裏剣の練習ですか?」
「いや、お前を探していた」
「私を、ですか?」
「あぁ。小平太から、お前の両親が作ったという団子をもらった」
探されていた理由がわからず、ぽかんと口を開けていた六花が、納得したようにふわりと微笑んだ。
「ありがとう、美味しかったよ」
「喜んでいただけて良かったです。最近、武器のことで悩んでいて、六年生の先輩方には特にお世話になっていますので…。せめてものお礼に、と」
「私は何もしていない」
「え?」
「焙烙火矢の勉強をしている時、何故私の元へ来なかった」
彼女の顔からさっと血の気が引いた。きょろきょろと目線を泳がせている。言う気はないのだろうか。しかし、ここで引き下がるわけにはいかない。
今日こそ六花のことを知ろうと決心してここに来たのだ。
「頼む、教えて欲しい」
懇願する私の声色を聞いて、六花は恐る恐る私の顔を見上げた。薄茶色の瞳と目が合う。きらきらと濡れる目と見つめ合った時、初めて彼女の道と、私の道が交差した、と思った。
まだ迷いの色が見てとれる彼女に、もう一度、頼む、と訴えかける。六花は観念したように、おずおずと口を開いた。
「あの、失礼にあたったら申し訳ないのですが…。以前、くのたま達が立花先輩に指導の依頼をしているところをお見かけしたんです。その時、その、気のせいかもしれませんが…先輩が、本当は嫌がっているような気配を感じたので……」
仙蔵は目を見開いた。
確かに内心うんざりしていたが、あの時、私は笑顔で対応していたはずだ。
「私、両親が客商売をしているので、幼い頃から手伝いで毎日沢山の人を見てきました。そのせいか、人の表情とか、気配を読む癖がついてしまったみたいで…」
間違えることもよくあるんですけどね。そう言って六花は申し訳なさそうに笑っていた。
「そう、だったのか」
だから私の所へ六花だけ来なかったのか。本当は指導に嫌気がさしている私に、迷惑がかかると思って…。
長次が言っていた、心根の優しい女子、という言葉が染みた。
「医務室で手当てを受けている時、伊作先輩には、遠慮せずに立花先輩を頼って良い、と言われたのですが…」
「伊作の言う通りだ。これからは私が武器のことを色々と教えよう」
「でも、立花先輩は他のくのたま達の指導もあるからお忙しいのでは…」
「いや、他のくのたま達からの相談は断ったから大丈夫だ」
正確には、このあとで断るのだが…まぁ良いだろう。
「今は手裏剣の練習をしているのか?」
「はい。まだ武器が決まらなくて、一度基本に立ち返ろうかと。あ、でも、手裏剣は明日、滝に…いえ、同級生の平滝夜叉丸に教わろうと思っているので、ご心配には及びません。彼は戦輪の使い手ですが、他の手裏剣も上手なんですよ」
「それは必要ない。私が教えよう」
「え、でも…」
「ならばこれは、団子の礼だと思ってくれ。美味しい団子をもらったのに、私だけ何の手助けもしていないから、そのお礼だ」
ここまで押しても彼女はまだうーんと悩んでいたが、やがて、宜しくお願いします、と頭を下げた。
「決まりだな」
「先輩は、後輩思いなのですね」
六花は、無垢な笑顔を浮かべていた。
人を見抜く洞察力はあるのに、色恋のこととなると疎いんだな、と苦笑してしまう。
後輩思いか。まぁ、今はそれで良い。これでようやく私と彼女との道が繋がったのだから。
その細々とした道が途切れてしまわぬように、私は大地を踏みしめて彼女の隣を歩いた。
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