日焼けの理由
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鍛錬を終えて館に戻って来た六花は、廊下を忍び足で歩いていた。
「どうしてコソコソしてるんだい」
「っ!」
六花の背筋がぴんと伸びる。背後から声をかけたのは、ほかでもない組頭だった。彼女にとって今最も会いたくない人物である。
「組頭、あの、コソコソしていたわけでは…」
「このあと私の部屋に来なさい。いいね」
「……はい」
昆奈門が廊下の角を曲がり、姿が見えなくなってから、六花は自分のうなじを触った。
頭巾で隠したのに、見えたのかな。
ふう、と息を吐く。六花は重い足取りで昆奈門の自室へと向かった。
*
黒鷲隊にくのいちとして所属する六花の直属の上司は押都長烈である。しかし、その彼をも統括する忍組頭、雑渡昆奈門の命とあらば、下っ端の六花が従わないわけにはいかない。それゆえ彼女は、昆奈門の自室で彼と向かい合い、正座をしていた。
「で、その背中の日焼けはどうしたの」
やっぱり気づかれてた、と六花は思った。きっと組頭は長身だから、上からうなじを見下ろした時、忍び装束の奥まで日焼けが続いているのが見えたんだろう。
「これは…今日は鍛錬の日でしたので、山の頂上で鶉隠れの術の練習をしていました」
「いや、鶉隠れの術に鍛錬とか必要ないでしょ」
「……はい」
「仮に鶉隠れをしていたんだとしても、忍び装束を着てたら、そんな風に日焼けするわけないよね」
「仰るとおりです…」
「じゃあ、どうして山の頂上で忍び装束を脱いだんだい?」
「…………」
俯き、沈黙を続ける部下のつむじを見て、昆奈門は先に口を開いた。
「そんなに火傷を経験してみたかったの?」
顔を上げた六花の頬に、さっと赤みが増した。
「どうしてそれを…っ」
という問いかけは愚問だった。忍者は人心掌握術に長けている。それが組頭ほどの実力者なら尚更だ。
「大方、私の火傷の苦痛を知ってみたくて、わざと日焼けしたってところかな」
「……すみません、組頭に失礼なことをしました」
四六時中、皮膚に痛みを伴いながら生きるということは、どのような時につらく、どのような時に不便を感じるのか。
たとえ一日日焼けをしてみたところで、全身大火傷を経験した彼の苦痛など、到底理解できるはずがない。そんなことは六花にもわかっていた。浅はかな体験談など、本物の苦痛を知る者にとっては馬鹿にする行為にもなりかねない。
「別に失礼だとは思っていないよ」
「…………」
「忍び装束を脱いで、背中を向けて」
「え…?」
「私が使っている火傷用の軟膏を塗るから」
「組頭にそんなことをさせるわけには…っ」
「六花」
「……はい」
有無を言わさぬ気配を感じ、六花は大人しく彼に背を向け、忍び装束を脱ぎ、さらしを解いた。
左の肩甲骨に昆奈門の指が触れる。軟膏は思いのほか冷たくて、六花の肩がぴくっと震えた。彼は構わず、ひりひりと痛むであろう赤い皮膚に軟膏を塗り続けた。
「背中全部真っ赤じゃないか」
「私のは、元に戻りますから…」
いくら鍛えていると言っても、男性と比べると細い肩を、昆奈門は軟膏を塗りながらじっと見つめた。
「それにしても…」
「はい」
「まさか私は六花に、そこまで想われてたなんてねぇ」
六花の肩が再びぴくっと震えた。今度は軟膏のせいではないと、昆奈門は見抜いていた。
相手を理解したいがために、こんな日焼け、もとい火傷までするなんて。その理由がわからぬほど昆奈門は初心ではない。昆奈門は彼女の耳に唇を寄せた。
「六花、耳まで真っ赤」
「…っ!」
「顔、見えないけど、頬も赤いんじゃない?それは、日焼けのせい?」
六花は体を前屈みに倒し、慌ててさらしを巻き始めた。
「あの、軟膏はもう大丈夫です!ありがとうございました!」
そして急いで忍び装束を羽織ると、勢いよく立ち上がった。
「それでは失礼します…!」
ろくに目も合わせず、ばたばたと六花は部屋を去っていった。彼女の動揺ぶりを見た昆奈門は、くつくつと喉を鳴らした。
「ちょっとからかい過ぎちゃったかな」
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