ゆく年をあんたとくる年ときみと
遠くからゴーン、ゴーンと音が聞こえる。新年を迎えるための除夜の鐘の音だ。
降り続いていた雪も止んだし、鐘をつきに行った粟田口の刀たちも大広間で飲んでいる刀たちも楽しめることだろう。羽目を外し過ぎなければ良いがと心配になる刀も何振りかいるが新年を迎えるための祝いの席だ。多少の無礼講は許されるはずだ。
今回は新しく来た三郎国宗の歓迎会も兼ねている。何やらお祭り好きの刀らしいし、さぞ盛大に祝われているに違いない。
「ケホ、山姥切?」
「……目が覚めたのか」
声をかけられて読んでいた書物から顔を上げる。主に借りたものだがなかなか面白い。異世界に飛ばされた主人公が現代の知識を利用して無双するという内容の『らいとのべる』というジャンルらしい。
「すまんなあ。きみも本当なら兄弟たちと初詣に行く予定じゃあなかったのかい?」
普段より気弱そうな声の鶴丸国永が言う。
そんなこと気にしなくても良いのに。
大胆不敵で山姥切の都合などお構いなしに振り回すくせにこういうときは遠慮しいなのだ。
「気にするな、俺の意思だ」
「そうは言ってもなあ。ケホ、グ、ゴホッ」
起き上がろうとする鶴丸に手を貸す。
触れた背中はまだ熱い。おでこから落ちそうになった手拭いを受け止めて氷水を入れた湯桶に沈めた。羽織を肩にかけてやる。息も荒いし辛そうだ。
「そうだ、宴会はまだしているんだろう? きみもそっちへ」
「鶴丸」
「……だってつまらないだろう」
「あんたの傍にいたいと言わないとわからないのか?」
「…………すまん」
やれやれだ。山姥切は酒好きというわけではないし、騒がしい場所も得意ではない。どちらかといえば苦手だ。鶴丸がいないのなら猶のこと。やはり風邪をひいて気が弱っているらしい。
「謝ってほしいわけじゃない。……何か食べられそうか?」
「いや、……っ、コホッ」
咳き込む鶴丸の背を擦る。
そもそも宴会だ、歓迎会だと張り切って準備していたのは鶴丸の方だった。
吹雪く中、昔馴染みらしい三郎にかまくらを見せてやるぜと率先してシャベルを握っていたし、宴会芸の仕込みだなんだと出歩き、買い出しにも行っていた。そうしていざ大晦日、となった途端に熱を出した。さぞかし無念だったに違いない。
それでも鶴丸はこれくらい大丈夫だ、と言い張ったが誤魔化される山姥切ではなかった。短い付き合いではないのだ。
「ほら、もう少し寝ろ」
「もう眠くない」
暇なのは確かだろう。宴もたけなわ盛り上がっているはずだったのに今は離れで二振りきりだ。
聞こえるのは微かな除夜の鐘の音と、遠く誰のものかも判別できない歓声。
「何か話してくれよ」
「何を?」
「楽しそうな話」
「そういわれてもな……」
山姥切にそんな話術がないことくらいわかりきっているだろうに。
「そうさなあ……年の瀬らしく今年の振り返り、とか?」
「振り返り、か……今年も色々あった。十周年の祝賀行事は盛大だったな」
「ああ、政府主催の宴もあったしな」
「祝装を誂えたり」
「あれは驚きだったなあ。きみの髪型で会場がどよめいていたもんな」
「……あれは、忘れてくれ」
お祝いだから! 似合ってる! 大丈夫大丈夫! と兄弟に乗せられてああなったが思い返せば布にくるまって引きこもってしまいたいくらい恥ずかしかった。
「忘れるものか、また見せてくれよ。俺の前だけでも良いから」
「……あんたも、あの衣装を着てくれるなら」
「ふ、俺の祝装そんなに気に入ってたのかい?」
「……そうだな、新鮮だった。あんた風に言うなら驚き、だ」
「たまには俺も洋装にするかな、きみのそんな可愛い顔が見られるんなら」
どんな顔なんだ。鶴丸はたまに理解できないことを言う。
「可愛いとか言うな」
「そう思うんだから仕方ないだろう? 綺麗がダメだって言うなら可愛いくらい許してくれよ」
どんな理屈なんだそれは。まあ単に気恥ずかしいだけだというのは鶴丸にはとっくの昔にバレてしまっているので。
「…………ほかの刀がいない時なら」
「! 了解した。お、まさに今なんじゃないか⁉ 山姥切、可愛い、綺麗だ、好き!」
「ちょ、熱でどうかしたんじゃないか⁉」
他に誰もいないのはわかっているのにキョロキョロとあたりを伺ってしまう。
「そういうなよ、こんなチャンスめったとないんだから。たっぷり俺の気持ちを伝えとかないとな。あー、こんな体調じゃなければ今すぐ……」
それ以上は言わせないと手で口を塞いだ。不服そうな鶴丸がじとりとこちらを見てくる。言ったってできないものはできないんだから仕方がないだろう。ただでは引き下がらない鶴丸が手のひらをペロッと舐めてくる。慌てて手を引っ込めた。全く、油断も隙も無い。体を起こして話しているだけでもしんどいくせに。
「~っ、っ、もう寝ろっ」
「今朝からさんざ寝てるんだぜ? もう少しいいだろう。それともきみが眠い?」
「はあ、熱が下がらなくても知らないぞ。せめて横になれ」
治りが遅くなってはたまらないと思ったのか、もしくは体が限界だったのか鶴丸は大人しく寝転がった。
絞った手拭いを額に乗せてやる。気持ちよさそうに目を細める鶴丸はまるで猫の様。
「……そろそろ年明けだな」
部屋の時計は二十三時五十九分を指している。
「お、もうそんな刻限なのか。カウントダウンするかい?」
「残りあと八秒だ」
「何っ⁉ 六、五」
「四、三、二、いーち!」
「ぜろ!」
声が重なって、新年の幕が明けた。
「新年あけましておめでとう、山姥切。今年もよろしくな」
「ああ、おめでとう鶴丸。今年もよろしく頼む」
「あー、格好はつかないが、きみと二振りだけで年越しなんて初めてだったな」
「……確かに普段ならないことだな」
「寝込んでてつまらんと思っていたがこれはこれで良いな。だが来年は宴会も初詣もしてやるぜ」
「もう来年の話か? 鬼が笑いそうだ」
「鬼が出たらいくらでも退治してくれる刀がいるから大丈夫さ」
「違いない」
頼もしい本丸の面々と、来年も一緒にいることを疑いもしない鶴丸に面映ゆい気持ちになる。そのためにこれからも精進しなくては、そう決意を新たにした。
湯桶の氷がすっかり溶けてしまった。そろそろ宴会も落ち着いてきただろうし、今なら厨に行っても大丈夫だろう。そう思って立ち上がった。
「水を取り替えてくる。……鶴丸? ……寝たのか?」
まだ頬が赤い、汗もかいただろうし次に目が覚めたら汗を拭いて着替えさせてやらないと。何か食べられそうなら腹に入れて、薬研から処方された薬も飲ませないと。
いつも煩い鶴丸が静かだと調子が狂う。素気無い態度をとってしまうことも多いが鶴丸に構われ、励まされて前を向けているのだ。
誰もいないのがわかっていながらまたキョロキョロとあたりを見回す。
持ち上げた湯桶を足元に置き、鶴丸の寝顔に忍び寄る。
見慣れた色より濃い鶴丸の唇に己のそれを重ねる。
「早く元気になれ。……俺に移しても良いから」
ハッと我に返って足早に部屋を出た。
実は起きていた鶴丸が更に熱を上げていたことなど知る由もなく──。
降り続いていた雪も止んだし、鐘をつきに行った粟田口の刀たちも大広間で飲んでいる刀たちも楽しめることだろう。羽目を外し過ぎなければ良いがと心配になる刀も何振りかいるが新年を迎えるための祝いの席だ。多少の無礼講は許されるはずだ。
今回は新しく来た三郎国宗の歓迎会も兼ねている。何やらお祭り好きの刀らしいし、さぞ盛大に祝われているに違いない。
「ケホ、山姥切?」
「……目が覚めたのか」
声をかけられて読んでいた書物から顔を上げる。主に借りたものだがなかなか面白い。異世界に飛ばされた主人公が現代の知識を利用して無双するという内容の『らいとのべる』というジャンルらしい。
「すまんなあ。きみも本当なら兄弟たちと初詣に行く予定じゃあなかったのかい?」
普段より気弱そうな声の鶴丸国永が言う。
そんなこと気にしなくても良いのに。
大胆不敵で山姥切の都合などお構いなしに振り回すくせにこういうときは遠慮しいなのだ。
「気にするな、俺の意思だ」
「そうは言ってもなあ。ケホ、グ、ゴホッ」
起き上がろうとする鶴丸に手を貸す。
触れた背中はまだ熱い。おでこから落ちそうになった手拭いを受け止めて氷水を入れた湯桶に沈めた。羽織を肩にかけてやる。息も荒いし辛そうだ。
「そうだ、宴会はまだしているんだろう? きみもそっちへ」
「鶴丸」
「……だってつまらないだろう」
「あんたの傍にいたいと言わないとわからないのか?」
「…………すまん」
やれやれだ。山姥切は酒好きというわけではないし、騒がしい場所も得意ではない。どちらかといえば苦手だ。鶴丸がいないのなら猶のこと。やはり風邪をひいて気が弱っているらしい。
「謝ってほしいわけじゃない。……何か食べられそうか?」
「いや、……っ、コホッ」
咳き込む鶴丸の背を擦る。
そもそも宴会だ、歓迎会だと張り切って準備していたのは鶴丸の方だった。
吹雪く中、昔馴染みらしい三郎にかまくらを見せてやるぜと率先してシャベルを握っていたし、宴会芸の仕込みだなんだと出歩き、買い出しにも行っていた。そうしていざ大晦日、となった途端に熱を出した。さぞかし無念だったに違いない。
それでも鶴丸はこれくらい大丈夫だ、と言い張ったが誤魔化される山姥切ではなかった。短い付き合いではないのだ。
「ほら、もう少し寝ろ」
「もう眠くない」
暇なのは確かだろう。宴もたけなわ盛り上がっているはずだったのに今は離れで二振りきりだ。
聞こえるのは微かな除夜の鐘の音と、遠く誰のものかも判別できない歓声。
「何か話してくれよ」
「何を?」
「楽しそうな話」
「そういわれてもな……」
山姥切にそんな話術がないことくらいわかりきっているだろうに。
「そうさなあ……年の瀬らしく今年の振り返り、とか?」
「振り返り、か……今年も色々あった。十周年の祝賀行事は盛大だったな」
「ああ、政府主催の宴もあったしな」
「祝装を誂えたり」
「あれは驚きだったなあ。きみの髪型で会場がどよめいていたもんな」
「……あれは、忘れてくれ」
お祝いだから! 似合ってる! 大丈夫大丈夫! と兄弟に乗せられてああなったが思い返せば布にくるまって引きこもってしまいたいくらい恥ずかしかった。
「忘れるものか、また見せてくれよ。俺の前だけでも良いから」
「……あんたも、あの衣装を着てくれるなら」
「ふ、俺の祝装そんなに気に入ってたのかい?」
「……そうだな、新鮮だった。あんた風に言うなら驚き、だ」
「たまには俺も洋装にするかな、きみのそんな可愛い顔が見られるんなら」
どんな顔なんだ。鶴丸はたまに理解できないことを言う。
「可愛いとか言うな」
「そう思うんだから仕方ないだろう? 綺麗がダメだって言うなら可愛いくらい許してくれよ」
どんな理屈なんだそれは。まあ単に気恥ずかしいだけだというのは鶴丸にはとっくの昔にバレてしまっているので。
「…………ほかの刀がいない時なら」
「! 了解した。お、まさに今なんじゃないか⁉ 山姥切、可愛い、綺麗だ、好き!」
「ちょ、熱でどうかしたんじゃないか⁉」
他に誰もいないのはわかっているのにキョロキョロとあたりを伺ってしまう。
「そういうなよ、こんなチャンスめったとないんだから。たっぷり俺の気持ちを伝えとかないとな。あー、こんな体調じゃなければ今すぐ……」
それ以上は言わせないと手で口を塞いだ。不服そうな鶴丸がじとりとこちらを見てくる。言ったってできないものはできないんだから仕方がないだろう。ただでは引き下がらない鶴丸が手のひらをペロッと舐めてくる。慌てて手を引っ込めた。全く、油断も隙も無い。体を起こして話しているだけでもしんどいくせに。
「~っ、っ、もう寝ろっ」
「今朝からさんざ寝てるんだぜ? もう少しいいだろう。それともきみが眠い?」
「はあ、熱が下がらなくても知らないぞ。せめて横になれ」
治りが遅くなってはたまらないと思ったのか、もしくは体が限界だったのか鶴丸は大人しく寝転がった。
絞った手拭いを額に乗せてやる。気持ちよさそうに目を細める鶴丸はまるで猫の様。
「……そろそろ年明けだな」
部屋の時計は二十三時五十九分を指している。
「お、もうそんな刻限なのか。カウントダウンするかい?」
「残りあと八秒だ」
「何っ⁉ 六、五」
「四、三、二、いーち!」
「ぜろ!」
声が重なって、新年の幕が明けた。
「新年あけましておめでとう、山姥切。今年もよろしくな」
「ああ、おめでとう鶴丸。今年もよろしく頼む」
「あー、格好はつかないが、きみと二振りだけで年越しなんて初めてだったな」
「……確かに普段ならないことだな」
「寝込んでてつまらんと思っていたがこれはこれで良いな。だが来年は宴会も初詣もしてやるぜ」
「もう来年の話か? 鬼が笑いそうだ」
「鬼が出たらいくらでも退治してくれる刀がいるから大丈夫さ」
「違いない」
頼もしい本丸の面々と、来年も一緒にいることを疑いもしない鶴丸に面映ゆい気持ちになる。そのためにこれからも精進しなくては、そう決意を新たにした。
湯桶の氷がすっかり溶けてしまった。そろそろ宴会も落ち着いてきただろうし、今なら厨に行っても大丈夫だろう。そう思って立ち上がった。
「水を取り替えてくる。……鶴丸? ……寝たのか?」
まだ頬が赤い、汗もかいただろうし次に目が覚めたら汗を拭いて着替えさせてやらないと。何か食べられそうなら腹に入れて、薬研から処方された薬も飲ませないと。
いつも煩い鶴丸が静かだと調子が狂う。素気無い態度をとってしまうことも多いが鶴丸に構われ、励まされて前を向けているのだ。
誰もいないのがわかっていながらまたキョロキョロとあたりを見回す。
持ち上げた湯桶を足元に置き、鶴丸の寝顔に忍び寄る。
見慣れた色より濃い鶴丸の唇に己のそれを重ねる。
「早く元気になれ。……俺に移しても良いから」
ハッと我に返って足早に部屋を出た。
実は起きていた鶴丸が更に熱を上げていたことなど知る由もなく──。
1/1ページ