昔も今もこの先も

 鶴丸国永がこれはおかしい、と気づいたのは山姥切の姿を見かけなくなってから二日後だった。常なら「おはよう」の挨拶からはじまり一日のうち少なくとも数回は会う機会があるのに。当番表の前でうーんと考え込む。遠征も入っていないし確実に本丸内にはいるはずだ。
 修行の旅から帰り、極となった山姥切は顔を隠すことはなくなったが内番着に襤褸布を纏う姿は健在で、本人は気づいていなさそうだが黙っていても目立つのだ。
 これは……確実に避けられている。打刀に隠れられると太刀である鶴丸は文字通り太刀打ち出来ない。しかしそこは人海戦術でどうとでもなる。粟田口の短刀か山姥切の兄弟刀にあたってみるかと鶴丸は踵を返した。

「え、山姥切さんですか? 今日は見てないです」
「あ、僕見ましたよ! 畑当番の桑名さんに肥料を届けに行くって言ってました」
「さんきゅー、前田、秋田。恩に着るぜ」
「どういたしまして」
 なるほど、畑か。畑当番でなければ鶴丸がいるのはまれな場所だ。
 その畑からさらに奥、休閑地に座り込む黄色頭に襤褸布姿の山姥切が見えた。普段と違い、驚いて逃げてしまわないように慎重に近付く。
「やっと見つけたぞ」
「……っ、なんだ」
「なんだじゃないだろう、きみ。なんで俺を避けるんだ」
「避けてない」
「下手な嘘をつくもんじゃないぞ」
「……ついてくるな! このっ、浮気丸国永っ!」
「えぇっ!?」
 鶴丸の手を振りほどいて駆け出してしまった山姥切の姿はもう視界の先、小さくなっている。
「は!? ちょ、なんだって!?」
 うわきまる? くになが? 浮気丸国永だって!?
 もちろん鶴丸に浮気なんてした覚えは全くない。天地の神に誓っても良い。こうなる以前は空き時間はほぼほぼ山姥切のところへ行っていて「あんた、他にすることがないのか」と鬱陶しがられていたくらいなのだ。浮気をするヒマなんてありはしない。何か、山姥切がそう誤解するような出来事があったはず。
 鶴丸は山姥切に避けられだしたここ二日の行動を思い返した。
 
 えっと確か二日前は演練に参加したな。第一部隊、山姥切と同じ部隊で隊長も山姥切だった。はじめて対戦する本丸だったが危なげなく、向こうの本丸の練度が低めだったこともあり難なく勝利したはずだ。その時は普通だった。陣形の相談も戦略を立てるのも一緒にしたし。
 相手の部隊には極ていない山姥切国広がいて、目が合うと慌てて襤褸布を引き下げる姿に懐かしさを覚えたものだ。そう、修行に行く前はうちの山姥切も目が合うことはまれだった。綺麗な金の髪も翡翠の瞳も布に阻まれてめったに見られない貴重なものだったのだ。懐かしいな……。そう思って見ていると向こうから話しかけてきた。
「鶴丸、国永。何か用なのか?」
「ん? あぁ、不躾に見てすまない。懐かしいなと思ってな。うちの山姥切はもうその布は被ってないからな」
「! 修行の成果か」
「まぁ、そうだな」
「俺も修行に行けば……」
 この山姥切も戦闘になるとギラギラした好戦的な瞳を向けてきていたのに今はオドオドと鶴丸とは視線を合わせない。
 
 昔は山姥切とあまりに視線が合わないものだから嫌われているのかと勘違いしたこともあった。ほぼ誰にでもそうだと分かってからはどうにかして山姥切の特別になりたいと日々の努力が実を結んで今がある。この山姥切にもいつか自分を理解してくれる一振りが現れると良い。そう願わずにはいられない。

「まぁ、無理はし過ぎず自分のペースで頑張りな」
 どうやら山姥切国広という刀は真面目で努力家で限界把握が苦手な個体が多いみたいだから。コクリと頷いた襤褸布頭をポンポンと叩いて自陣に戻った。
 まさかあの時か──!?
 
 そういえば戻った鶴丸と目を合わせようとしなかったような……普段なら健闘をたたえ合いながら演練の総括をするのに本丸に帰城してからそそくさと審神者に報告に向かったような……更に更にその後汗を流したあと鶴丸の部屋に来る予定だったはずがすっぽかされたような……あの時は疲れて寝てしまったんだろうとあまり気にとめなかったのだが。
 絶対これだ──!
 
「はぁ、はぁ、やっと、捕まえ、っ、ちょ、と待て。逃げるなよ?」
 追いかけっこの末、なんとか馬小屋の奥に山姥切を追い詰めた。山姥切は初期刀かつ皆に慕われているので全力で逃げようとすればなかなか捕まらないのだ。今回は必死に探す鶴丸の姿に協力してくれた刀たちのおかげでなんとか見つけ出すことができた。広い本丸内での鬼ごっこはいい加減に勘弁して欲しい。ようやっと息を整えて話し出す。
「山姥切、浮気まる? だなんて誤解だ。俺は山姥切、きみしかいないしきみが全てだ」
「…………」
「違う本丸の山姥切に触れたから怒っているんだろう? 別に他意はなかったんだ。もう二度としないから」
「……なら」
「ん?」
「あんた、山姥切国広なら誰でも良いんだろう」
「そんなわけないだろう!?」
 何を言い出すのだこの恋刀は。思わず声を荒らげてしまった鶴丸の剣幕に驚いたように固まった山姥切。
 普段から言葉を尽くしているつもりだったのにこんなにも伝わっていないのか。いや、恋仲になれたことが嬉しくて少し安心して言わなくてもわかるだろうと思ってしまっていたのかもしれない。人一倍自己肯定感の低い刀だと分かっていたはずなのに。
「なぁ、山姥切。俺の言葉はそんなに信じられないか? きみが好きだ。足りないなら何度だって言葉にする」
「……もういい。その、俺も変に考え過ぎた。鶴丸が愛おしそうに別の本丸のやつを見ていた気がして」
「それは違うぞ。俺が見ていたのはきみだ」
「? どういう意味だ?」
「だから、その。以前のきみを思い出してだな。懐かしいな、と」
「……前の俺の方がよかったと」
「なわけないだろ!」
「冗談だ」
「分かりにくい上に心臓に悪い!」
 鶴丸はクスと笑顔が零れた山姥切の頭に手を置いた。そのままヨシヨシと撫でる。
「じゃ、仲直りってことで」
「別に喧嘩してはいない。俺が勝手に拗ねていただけだ」
「……でも俺の軽率な行動が原因だったんだからな。そうだ、何か埋め合わせをしよう」
「埋め合わせ……」
「何でも良いぜ」
「何でも……」
 この後何を言われるのかとドキドキしていた鶴丸が山姥切からのお願いに愛おしさが爆発するのだがそれは蛇足というものだろう。
1/1ページ
    スキ