初湯
「あ~~~」
「…………」
声が勝手に出るのは見た目はどうあれ中身はジジイなので許して欲しい。新年最初の風呂だから初風呂だ。なんでも初を付ければオメデタイ気がする。隣に恋刀が一緒とくればなおのこと。今年は連隊戦の最中でどうなることかと思ったが日頃の行いが良かったのか年越しは山姥切と二振りで過ごすことが出来た。一番に新年の挨拶を交わし、初……おっとこれは秘密だ。
何か頭に乗っていると安心するのか山姥切の頭には白いタオルが畳んで乗せてある。さすがに襤褸を纏って風呂に入るわけにはいかないらしい。極力誰もいない時を見計らって入浴するようにしているようだがこの本丸も大所帯になってきた。空いている時を見計らうのは至難の業だ。しかし年越しのどんちゃん騒ぎ、粟田口の短刀もこの日だけは夜更かしを許されていることもあって風呂は俺と山姥切の貸切だった。皆とワイワイ入る風呂も良いがこういうのも良い。
桃色に蒸気した頬に意識を向けすぎないようにするには苦心するがそれもまた楽しい。首筋に張り付いた後ろ髪も極力見ないようにしている。更に項や鎖骨の下に付けたての所有印にもだ。俺の涙ぐましい努力をきっとこの恋刀は気付いていない。
手足を伸ばして湯を堪能していると隣の山姥切の口元がふいに緩んだ。
「ん? どうしたんだい?」
「いや、あんたが初めて風呂に入った時のことを思い出して」
「あー、あれは忘れて欲しいんだがなぁ」
✱✱✱
鶴丸が顕現した時、この本丸の初期刀であり近侍でもある山姥切にヒトとしての在り方を色々と教えて貰う事になった。持ち前の好奇心で食事や手合せ、畑仕事などはすぐに順応し、出来るようになったのだが如何せん風呂は苦手だった。刀なんだから水濡れ厳禁は当たり前だ。ヒトが湯に気持ちよさそうに浸かるものだと知ってはいたが自分が浸かるとなるとまた別だ。こちとら年季の入った平安刀なのだ。デリケートなのだ。湯になんて入ったら最悪錆びて折れてしまうかもしれない。今日は疲れきったから、とかそんなに動いてないから、とか体拭いたから、とかあの手この手で逃げていたのだがある時とうとう捕まった。
「怖いなら一緒に入ってやるし俺が全部洗ってやる。あんたは目をつぶってジッとしているだけでいい。湯に浸かるのが嫌なら掛け湯だけでも良いから」
なんてオトコマエな……!
鶴丸のことを考えて用意してくれたらしい浮かべるアヒルさんだとか(どことなく山姥切に似ていて可愛い)粟田口の短刀が使っていたというしゃんぷーはっとだとか(興味はあるがさすがに……)いい匂いのする石鹸だとか。
ここまでされてはさすがに断り切れなくなった。情けなくも手を引かれてこの本丸自慢だという露天風呂付き大浴場にドナドナよろしく連行されたのだ。
「ほら、怖いなら目隠しでもしとくか?」
「い、いやだいじょーぶだ、だいじょう……ぶ」
言葉が思わず途切れた。普段は鶴丸より少しばかり背丈が低い山姥切は常に纏う襤褸布のせいで微かに口元が見える程度。綺麗な髪や瞳は隠されてほぼ見えない。それが今はどうだ。風呂場なのだから当たり前といえば当たり前だが、鮮やかな金糸も翡翠の瞳も今は見え放題だ。もちろんしなやかな身体も。
「? どうかしたか?」
「きれ、い、いやなんでもないっ」
つい禁句を口にしそうになって慌てて誤魔化した。いつもはあんなに隠しているくせに風呂だと前を隠すこともしないのか。繊細なようでいて大胆なやつだ。面白い。
「ほら、髪の毛を洗ってやるから座って後ろを向け……それともゴロンするか」
「? ゴロン?」
「短刀を洗う時はそうしていた。こう頭を俺の太腿に……」
「いやいやいや! 普通で! 普通でたのむ!」
当時の鶴丸は全力でお断りした。今なら逆に全力でお願いする。本当に惜しいことをしたものだ。
✱✱✱
「まぁ誰もが通る道だ」
「まったく黒歴史だぜ」
「今は好きなんだろう? 良かったじゃないか」
笑いを噛み殺せていない山姥切を見て鶴丸は不満を表すように行儀悪く口まで湯に浸かってブクブクと泡を作った。
鶴丸が風呂好きになったのは唯一山姥切の素顔が拝めるからだと知ったらこの刀はどういう顔をするのだろう。
「ま、今は他の場所でも見られるけどな」
「ん? 何か言ったか」
「なんにも。な、山姥切! 風呂から出たら初詣行こうぜ」
「あんたはいつも唐突だな」
「あと書き初めもしよう、初売りもいいな」
「詰め込みすぎだ」
「善は急げだ! 行くぜ山姥切」
「こら、風呂場で走るな」
一緒ならなんだって楽しくなるに違いない。新しい年の始まりに期待しかない。
東の空から眩いオレンジが姿を現して本丸内を照らし始めていた。
「…………」
声が勝手に出るのは見た目はどうあれ中身はジジイなので許して欲しい。新年最初の風呂だから初風呂だ。なんでも初を付ければオメデタイ気がする。隣に恋刀が一緒とくればなおのこと。今年は連隊戦の最中でどうなることかと思ったが日頃の行いが良かったのか年越しは山姥切と二振りで過ごすことが出来た。一番に新年の挨拶を交わし、初……おっとこれは秘密だ。
何か頭に乗っていると安心するのか山姥切の頭には白いタオルが畳んで乗せてある。さすがに襤褸を纏って風呂に入るわけにはいかないらしい。極力誰もいない時を見計らって入浴するようにしているようだがこの本丸も大所帯になってきた。空いている時を見計らうのは至難の業だ。しかし年越しのどんちゃん騒ぎ、粟田口の短刀もこの日だけは夜更かしを許されていることもあって風呂は俺と山姥切の貸切だった。皆とワイワイ入る風呂も良いがこういうのも良い。
桃色に蒸気した頬に意識を向けすぎないようにするには苦心するがそれもまた楽しい。首筋に張り付いた後ろ髪も極力見ないようにしている。更に項や鎖骨の下に付けたての所有印にもだ。俺の涙ぐましい努力をきっとこの恋刀は気付いていない。
手足を伸ばして湯を堪能していると隣の山姥切の口元がふいに緩んだ。
「ん? どうしたんだい?」
「いや、あんたが初めて風呂に入った時のことを思い出して」
「あー、あれは忘れて欲しいんだがなぁ」
✱✱✱
鶴丸が顕現した時、この本丸の初期刀であり近侍でもある山姥切にヒトとしての在り方を色々と教えて貰う事になった。持ち前の好奇心で食事や手合せ、畑仕事などはすぐに順応し、出来るようになったのだが如何せん風呂は苦手だった。刀なんだから水濡れ厳禁は当たり前だ。ヒトが湯に気持ちよさそうに浸かるものだと知ってはいたが自分が浸かるとなるとまた別だ。こちとら年季の入った平安刀なのだ。デリケートなのだ。湯になんて入ったら最悪錆びて折れてしまうかもしれない。今日は疲れきったから、とかそんなに動いてないから、とか体拭いたから、とかあの手この手で逃げていたのだがある時とうとう捕まった。
「怖いなら一緒に入ってやるし俺が全部洗ってやる。あんたは目をつぶってジッとしているだけでいい。湯に浸かるのが嫌なら掛け湯だけでも良いから」
なんてオトコマエな……!
鶴丸のことを考えて用意してくれたらしい浮かべるアヒルさんだとか(どことなく山姥切に似ていて可愛い)粟田口の短刀が使っていたというしゃんぷーはっとだとか(興味はあるがさすがに……)いい匂いのする石鹸だとか。
ここまでされてはさすがに断り切れなくなった。情けなくも手を引かれてこの本丸自慢だという露天風呂付き大浴場にドナドナよろしく連行されたのだ。
「ほら、怖いなら目隠しでもしとくか?」
「い、いやだいじょーぶだ、だいじょう……ぶ」
言葉が思わず途切れた。普段は鶴丸より少しばかり背丈が低い山姥切は常に纏う襤褸布のせいで微かに口元が見える程度。綺麗な髪や瞳は隠されてほぼ見えない。それが今はどうだ。風呂場なのだから当たり前といえば当たり前だが、鮮やかな金糸も翡翠の瞳も今は見え放題だ。もちろんしなやかな身体も。
「? どうかしたか?」
「きれ、い、いやなんでもないっ」
つい禁句を口にしそうになって慌てて誤魔化した。いつもはあんなに隠しているくせに風呂だと前を隠すこともしないのか。繊細なようでいて大胆なやつだ。面白い。
「ほら、髪の毛を洗ってやるから座って後ろを向け……それともゴロンするか」
「? ゴロン?」
「短刀を洗う時はそうしていた。こう頭を俺の太腿に……」
「いやいやいや! 普通で! 普通でたのむ!」
当時の鶴丸は全力でお断りした。今なら逆に全力でお願いする。本当に惜しいことをしたものだ。
✱✱✱
「まぁ誰もが通る道だ」
「まったく黒歴史だぜ」
「今は好きなんだろう? 良かったじゃないか」
笑いを噛み殺せていない山姥切を見て鶴丸は不満を表すように行儀悪く口まで湯に浸かってブクブクと泡を作った。
鶴丸が風呂好きになったのは唯一山姥切の素顔が拝めるからだと知ったらこの刀はどういう顔をするのだろう。
「ま、今は他の場所でも見られるけどな」
「ん? 何か言ったか」
「なんにも。な、山姥切! 風呂から出たら初詣行こうぜ」
「あんたはいつも唐突だな」
「あと書き初めもしよう、初売りもいいな」
「詰め込みすぎだ」
「善は急げだ! 行くぜ山姥切」
「こら、風呂場で走るな」
一緒ならなんだって楽しくなるに違いない。新しい年の始まりに期待しかない。
東の空から眩いオレンジが姿を現して本丸内を照らし始めていた。
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