花嵐

 ざぁっと音を立てて強い風が白桃色の花片を攫っていく。春本番のぽかぽか陽気、といいたいところだが吹く風はまだまだ冷たい。纏う襤褸布が飛んでいかないようにおさえて山姥切は前方を見据えた。向かう先には桜の大木がある。
 
 山姥切が部屋の文机の上に結び文を見つけたのは今朝。朝食を終えて自室に戻った時のことだ。いつのまにと訝しく思いながら開いた文には『桜の下で待っている』とだけ。筆跡から驚きを求めるあの白い太刀からだろうと確信をもつ。流麗な筆運びはさすが平安の刀だと思わせた。微かにだが良い匂いもする。香でも焚いたのだろうか。鶴丸のそばにいくと感じる香りと同じだった。文には気づかなかったことにして無視しても良かったのだが後々が面倒だ。
 なぜか折に触れて山姥切にまとわりついてくるのだ。鶴丸国永という真白な太刀は。
「どういうつもりなんだか……」
 じぶんなど構っても何も、鶴丸の期待する驚きなど得られないだろうに。
 
 結局丘の上の桜の木まで行くことにした。せっかくだから花見納めも良いかと思ったのだ。この本丸全体での花見は先週に終えている。花の盛りになんとやらで大層な盛り上がりだった。そろそろ散りだした桜には青葉も散見される。枝から零れ落ちそうに咲き誇る満開の桜も良いが散り際もまた見事だ。
 
「鶴丸? いないのか?」
 山姥切が桜の木の下までたどり着いても件の白い太刀は見当たらない。この本丸で桜といえばここだと思ったのだが。
 ざぁっと突風が吹いて花弁が渦を巻いて上空へと踊るように舞った。空の透き通った青と白に近い花びら。綺麗だと素直に感じる。視界を桜吹雪に奪われてヒラヒラ落ちる花弁に手を伸ばす。
「おいおい、桜に攫われないでくれよ」
 触れる直前に声がかかる。桜の木の後ろ側、花びらが小山を作る中から鶴丸が現れた。
「……」
「あー、驚いた、だろう?」
「…………っ」
 きっと「わっ!」っとでも言いながら登場する予定だったのだろう。わざわざ散った桜の花びらをかき集めた中に潜り込み、山姥切が来るのをいまかいまかと待っていたのだと思うと笑いがこみあげてくる。現れた鶴丸は髪から内番着から桜の花びらまみれだ。明日の洗濯当番は誰だったか……急には思い出せないが同情を禁じ得ない。
「ぷ、くくっ、あんた桜の精にでもなったつもりか」
「そんなに笑うことないだろー」
 随分とバツが悪そうだ。せっかくの仕込みが台無しになったのだからさもありなんだ。
 それに││。
「攫われるというなら俺よりもあんたの方だろう」
 ぽとりと落とした呟きを鶴丸の耳は拾ったらしい。
「きみとなら攫われてみるのも良いかもな」
「……それは、どういう」
 つもりなのか、との問いは再び吹いた花風にかき消されて届かなかった。
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