しょこらぷりーず

 梅の香が鼻腔を擽り、春は近しと心躍る如月の候。思いつく限りの雪遊びをやりつくした本丸は庭に融け残った巨大かまくらだけがその名残だ。
「日が長くなったなぁ」などと言いながら縁側ではいつもの平安刀の面々が茶を啜っている。最近の茶請けはもっぱら甘苦い西洋の菓子だ。
 
 畑仕事を終え「老身には堪える重さだぜ」と軽口をたたきながら背負い篭をおろすと鶴丸国永はやれやれと肩をもんだ。
「しっかし慣れたとはいえ刀が畑仕事をするとはなぁ。見ろよ伽羅坊、この大根。太いだろう! まるでかぶみたいだ」
「さっさと厨へ持っていけ」
 大倶利伽羅は鶴丸の首ほどはあろうかと思われる太さの大根に目をやることもなく去って行った。
「あ、おい! 加羅坊……ってつれないなぁ相変わらず」
 厨へ持っていくといっても今はまだ夕餉の支度には早い刻限だ。それに今行っても大根の出番はおそらくない。今日の八つ刻から半刻ほど、厨はとある面々の貸し切りになっているのだ。
 収穫物を食料貯蔵庫へと運び、今日の畑当番を無事に終えた鶴丸は甘ったるい香りのする本丸内を歩きながら今日は近侍の仕事だけのはずの山姥切国広を探し始めた。山姥切の特徴的な襤褸布姿は存外目立つ。さほど労せず探し人を見つけ出した鶴丸は早速声をかけた。
 
「山姥切、万屋へ行かないか?」
「……なぜ?」
「なぜって言われるとなぁ。今時間ないのか?」
「ないわけではない、が万屋に行く用事もないな」
「えー、ついてきてくれよー」
「伊達の連中にでも頼めばいいだろう」
「それじゃあ意味ないんだよなぁ……」
 最後の鶴丸の呟きは幸か不幸か山姥切の耳には届かなかったようだ。
 
 ──本日は二月十四日である。
 審神者筋の情報によると聖ばれんたいんでーという記念日で、なんでも想い人からちょこれーとなる菓子を貰うと結ばれるのだとか。
 山姥切からあわよくばちょこれーとを貰えないかと思ったのだがどうやら作戦は失敗らしい。万屋へ行ってどさくさ紛れにちょこれーとをおねだりしようと思ったのだ。まさかついてきてもくれないとは。完全に目論見が外れた。
「山姥切のケチ~」
 つい拗ねたような口調になってしまった。
 顕現した当時お世話する側される側だったせいで見た目は鶴丸の方が年上に見えるし刀としても圧倒的に鶴丸の方が年長者なのだが山姥切の方が落ち着いていてしっかりして見える。それは初期刀としての矜持なのか、はたまたその物語故なのか。
「なんなんだ。もうひとりでだって行けるだろう?」
「行ける……けど、行けるけど今日は山姥切と行きたい気分なんだ」
 必死で言い募る。必殺泣き落としも辞さない覚悟だ。
「はぁ」と大仰なため息が聞こえる。これはやはり作戦失敗だろうか。
「わかった。主に提出する書類があるからそれを出してからでよければ、」
「やった!」
 思いのまま飛びつくと勢いがつき過ぎたのか二振りして倒れこんでしまった。ギリギリ山姥切の頭を守った己の右手を褒めてやりたい。
「っ! 何やってる。どけ」
「すまん、怪我はないか?」
 戦闘ではなく本丸内で怪我をして手入れ部屋行きにさせたら以後口を利いてくれなくなるかもしれない。
「平気だ。さっさとどけ」
 鶴丸が布を踏んずけてしまっているので立ち上がるに立ち上がれないのだ。押し倒してしまっている状態で山姥切の顔が近くて動きが止まってしまう。普段は布で見えない瞳が間近で煌めいている。
「……っ」
 つい山姥切にとっては禁句の「き」から始まる褒め言葉が零れ落ちそうになり慌てて口をつぐむ。弱い陽光を受けて乱反射する金の髪と翠の色彩に吸い込まれそうになる。許されるのならもっと近くに──。
「鶴丸」
「あ、すまん。今どく」
「はぁ、なんなんだ。全く。万屋へ行くんだろう? 支度して玄関口集合だ。わかったな」
 
 不可解そうな顔をしながらも約束をして去って行く山姥切の背を呆然と見送る。
 近かった、な。山姥切の体温がまだ鶴丸のその手に残っている。
 そうだ、向こうから何か貰おうとするのが間違いだった。自分が贈ればよいのだ。山姥切は鶴丸からの贈り物は拒まない。口に入れるものならなおさら受け取るだろう。また「なぜ」と問われたらばれんたいんなるものの説明をしてやれば良い。
 俺の想いを受け取ったと言質を取るのだ。その時、あの綺麗な顔はどんな表情を見せてくれるのだろうか。
 驚くのか、照れるのか、もしくは──?
 
「さぁ、大舞台の始まりだ」
 そのためにまずはこの締まりのない口をはやく元に戻さなくてはと鶴丸は思った。
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