外殻大地編
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「……ルギア、サーナイト」
紫音が控え目にボールに声を掛けると、続きを促すようにカタカタと揺れた。
街はもうすぐそこ。早く街に着きたいがためか、一行のペースは普段よりも少し速い。そんな一行の最後尾を歩きながら、紫音は周りに聞こえないように小声で言葉を続ける。
「……私がいいって言うまでまで大人しくしていること。特にルギア。これからしばらく喋るの禁止」
『……へーいへい。後でちゃんと理由教えろよ』
ルギアの言葉に、ボールを撫でて応えた紫音は、仲間に取り残されては堪らないと歩みを早めた。
「あれアニスじゃないか?」
「間違いなくアニスだね」
カイツールに到着した一行は、国境の検問所で押し問答をしている見知ったツインテールを発見した。可愛らしく旅券を無くした旨を伝えているようだが、冷たくあしらわれている。
「……ちっ。月夜ばかりと思うなよ」
「名言頂きました〜!」
「アニス、ルークに聞かれてしまいますよ」
「ぁん? ……きゃわーんアニスの王子様!」
声を掛けたイオンと紫音にはやる気の無い視線を向けておいて、視界の端にルークを捉えたアニスは面白いほどに態度を一変させた。
ルンルンでルークに駆け寄り、これでもかと言うくらい擦り寄った。
「女って……」
「ちょっとガイ、一括りにしないで~」
ドン引きしているガイに一応紫音が釘を差す。
アニスのようなタイプが世の女性全てではない。他より少し、アニスが分かりやすいだけだ。
「ルーク様、ご無事で何よりですー! もう、心配してたんですよ!」
「タルタロスから墜落したんだろ? そっちこそ大丈夫だったのかよ?」
「きゃわーんっ! ルーク様に心配して貰えるなんて……!」
「凄い悲鳴でしたからね。『やろーてめぇぶっ殺……」
「い、イオン様は黙っててください!」
アニスが慌ててイオンの口を塞いだものの、時すでに遅し。彼はほとんどの台詞を言い終わってしまっていた。
取り繕うように親書だけは守ったと胸を張るアニスに、ジェイドがにっこりと笑う。
「それを聞いてひと安心です。親書がなければ始まりませんから」
「ふみゅぅぅう……、アニスちゃんの心配はしてくれないんですかー?」
「えぇ、心配で昨夜は眠れませんでしたよ」
心にも無いジェイドの言葉に、全員が呆れた視線を向けたのは言うまでもない。
「……と、ところでどうやって検問所を越えましょうか? 私もルークも旅券を持っていません」
微妙な空気の中、ティアが恐る恐る当座の問題を口にする。むしろ二人だけではなく、アニス然りジェイド然り。この場にいる全員が旅券を持っていないのだ。ピオニーに連絡を取ればどうにかなるのだろうが、今はそんな時間も惜しい。
どうしたものかと悩んでいたその時、頭上から怒鳴り声が降ってきた。
「お前らはここで死ぬんだ。旅券なんざいらねぇよ!」
「……っ、危ないルーク!」
咄嗟にルークを背に庇い、襲い来る刃を双剣で弾く。
紫音の目の前には紅。チラリと後ろを見れば、バランスを崩したらしいルークは後ろで倒れ込んでいる。
「……ぐ……っ! 剣を引いてください……。これ以上は、あなたから彼への攻撃ではなく、信託の盾騎士団からマルクトへの攻撃と見なします!」
「……ちっ」
「彼女の言う通りだ。退け、アッシュ!」
睨み合う紫音の耳に届いたのは、ルークより更に後ろからの声。
振り向かなくても分かる。この渋い声はヴァンのものだ。その声にもう一度苦々しく舌打ちした紅は、そのまま姿をくらました。
「……師匠!」
「ぅわ!?」
一直線にヴァンへ駆け寄ろうとしたルークは、立ち上がる反動で紫音を突き飛ばした。紅が立ち去った方をぼんやりと眺めていた紫音は、突然の衝撃に見事によろめく。上手くバランスを取れず、地面からの衝撃に備えて目を瞑るが、いつまで経っても痛みは来ない。
「……あれ?」
「まったく……、世話が焼けますねぇ」
何故か上からジェイドの声が降ってきた。どうやら、倒れる紫音を近くにいたジェイドが支えてくれたらしい。だが、少し距離が近い気がする。ジェイドにそのつもりは無いのだろうが、整った顔が近くにあれば心臓に悪い。
「……あ、ありがとうございます……。あの、離して、いただけます?」
「おや、そんな照れなくても良いではないですか。フーブラス川でも……、ね?」
「きゃわーんっ! そうなんですかぁ? 大佐ったらだいたーん!」
「紫音はどうやら私の顔に弱いらしく。いい玩具になってくれると」
ジェイドの含みのある言葉に、紫音はようやくフーブラス川での出来事を思い出す。あの時はアリエッタが心配で気にならなかったが、よく考えてみれば何があったか。
「…………っ! いやぁぁぁぁあっ!!」
「このように」
一瞬で耳まで赤く染まった紫音の悲鳴が、青い空に響き渡った。脱兎のごとく駆け出した紫音は、ジェイドから逃れてちょうどいい壁の後ろに逃げ込む。
「うぅ……、今なら恥ずか死できる……」
「大佐……。時と場を考えてくださいね?」
「……紫音殿、と呼ばせていただいても構いませんかな? 我が弟子を庇っていただき、ありがとうございます」
「庇ってもらわなくても、俺一人でなんとかできたっつーの!」
ティアの背中に隠れてぶつぶつと訳の分からない事を言い続ける紫音に構わず、ヴァンが歩み寄ってきた。
その後ろで、ルークがふて腐れたような顔をしているが、突然の襲撃に全く反応出来なかった自覚はあるらしい。それ以上強く言ってこなかった。
代わりにティアが前に出た。ナイフを構えた彼女に、ヴァンは小さくため息を吐く。
「ヴァン……!」
「……ティア、武器を収めなさい。お前は誤解している」
「誤解ですって……?」
訝し気に聞き返すティア。そんな彼女の背にいつまでも隠れている訳にもいかなくなって前を覗き込んだ紫音は、思わず目を擦った。
(……え、あれ?)
ヴァンの周囲の景色が歪んでいる。もう一度目をこらすと、その歪みは綺麗さっぱり消えていた。
(気のせい……?)
他の仲間は歪みに対し何も反応しない。紫音が一人で考えている間に、宿屋でヴァンの話を聞く流れになっていた。
「釈然としない……」
答えは出ない。仕方なく仲間の後に続いた紫音は、無意識にもう一度首を捻った。
§ §
「話を聞く気になったか?」
「……何故兄さんは、戦争を回避しようとなさっているイオン様を邪魔するの?」
拗ねた様子の妹から単刀直入に訊ねられて、ヴァンは、やれやれと苦笑いを浮かべた。それはまるで、聞き分けの無い子供に対するそれとよく似ている。
「私は、何故イオン様がここにいるのかすら知らないのだが。つまり、戦争回避の邪魔をしようにもできない訳だ」
「すみません、ヴァン。これは僕の独断です」
「……ご説明いただけますか?」
「連れ出したのは我々です。こちらからご説明しましょう」
イオンが説明しようと口を開くが、その前にジェイドが名乗り出る。イオンは良くも悪くも正直だ。紫音のポケモン達の話もしかねない。それを考えてのことだろう。
ジェイドがこれまでのことを簡単に説明する中、紫音はヴァンをじっと見つめた。
第一印象は『いい人』だ。例えそれが仮面だとしてもいい人、そして妹思い。多分、思っている以上に。
「なるほど、事情は大体分かった。確かに六神将は私の部下だ。それと同時に大詠師派でもある。恐らくは、大詠師の命があったのだろう」
「ほーん、なるほどねぇ……」
納得するしかない話だ。部下の動きを把握しきれていなかったことを詫び、最後にティアがこの場にいる理由を問う。
「機密事項です。兄さんにも言えないわ」
「第七譜石か?」
「……何じゃそりゃ?」
兄妹の会話に入り込んだルークの世間知らず具合に、部屋の緊張が一気に緩んだ。
「……はぁ、箱入り過ぎるってのもなぁ。あ、ヴァン謡将、旅券の方は?」
「あぁ、ファブレ公爵から臨時の旅券を預かった。予備も合わせれば、人数分になろう」
旅券をルークに手渡し、ヴァンは船の手配をするため先に宿屋を後にする。
「気付いていたのだろう?」
「…………っ!」
「また会おう」
すれ違い様に紫音に疑念を残して立ち去った。もうここに長居する理由は無い。
「キムラスカ上陸ー!」
「上陸ってお前……」
ルークの呆れた声が呼び止めるが、今はそんな事を気にしている余裕も無くなった。
どうにか早くモヤモヤを振り払いたくて、努めて明るく振る舞う紫音に付き合っていられないと、ルークはガイと話し始めている。
「師匠、まだ腕治んねぇのかな?」
「結構長いよな……。そんだけ重傷なのかもな」
「えー、でも剣術の稽古は包帯巻いてるだけで、普通に出来てたぜ?」
「え、ヴァンって怪我してんの?」
そんな設定あったかと記憶のページを全力で捲るが、残念ながら該当するものは思い当たらない。詳しく聞けば、巨大な魔物討伐の際の後遺症だという。
あのヴァンに後遺症を残すのだから、相当な強さを持っていると言うことだ。
(巨大な魔物……)
そんなイレギュラーな事象について簡単に分かるはずもないだろうが、どこか引っ掛かりを感じる。まさか新たなモヤモヤが追加されようとは。そんな紫音に燻る不満は、アニスの大きな声に掻き消された。
「はぅあ! 燃えてるよ!」
「魔物の鳴き声……!」
一際大きな鳴き声に見上げれば、巨大なグリフォンが頭上を旋回している。
「あれ……、根暗ッタのペットだよ!」
「……根暗ッタ?」
アニス以外には伝わらないその呼び名。伝わらなかったのがもどかしいのか、ポカポカとガイを叩きながら言い方を変える。
「アリエッタ! 妖獣のアリエッタ!」
「わわわ分かったから止めてくれーっ!」
「グリフォンは港から来たよね。大丈夫なのかな……?」
紫音の言葉に、ハッとした一行は慌てて港に走る。未だに殴られているガイの悲痛な悲鳴が聞こえてきたが、アニスならちゃんと手加減をしているはずだ。
「酷い……!」
港は惨状だった。
至るところに整備員やキムラスカ軍人が倒れている。紫音が恐る恐る近付くと、横たわるその人は既に虫の息。そう長くはもたないだろう。
肩を震わせた紫音を見て、ジェイドが無言でその人を終わらせた。もう苦しまなくていいように。
「アリエッタ! 誰の許しを得てこんなことをした!」
「やっぱり根暗ッタ! 人に迷惑かけるなんてサイテー!」
港の端に追い詰められたアリエッタを糾弾する声が救いに聞こえた。意識を逸らすことができたのだから。
そんな紫音を他所に、このままでは分が悪いと感じたアリエッタが手を挙げて魔物を呼ぶ。
「おろ?」
「紫音!」
「船を整備できる整備士さんと、紫音は連れて行きます」
半ば呆然としていた紫音は、死角から飛んできた魔物にあっさりと捕まり空に浮いた。ルギアに乗るときとは違い、足で捕まれているために妙な体勢だ。その上爪が食い込んでくるため地味に痛い。
「返して欲しかったら、イオン様とルークがコーラル城に来い、です!」
「ちょ、アリエッタ待っ……、あっ──!!」
言うだけ言って、アリエッタはコーラル城に向かって移動を始めた。紫音を掴むグリフォンもそれに倣う。
「私は今飛んでいるーっ!」
「紫音っ!」
「飛んでる時にあまり喋ると、舌を噛む、です」
紫音のあまりに緊張感の無い叫びに、ジェイドが後を追おうとするがそこは人間と魔物の差。あっという間に姿を見失ってしまった。
「く……っ!」
「申し訳無い……、私の部下の不手際で……」
ヴァンが頭を下げた。
そんな彼に、油断し切った紫音が悪いのだと言うだけ言ったが、ジェイドは内心苦々しかった。ジェイドの言葉を聞いて、ヴァンがほくそ笑んだのは誰も知らない。
§ §
「……到着、です」
「ルギアの快適さが良く分かった……」
脱力した紫音は、気遣うアリエッタに問題無いと応えながらも起き上がる気力が出ない。
「何余計なの連れてきてる訳?」
第三者の声に振り向けば、仮面を被った緑色の少年。六神将、烈風のシンクがそこにいた。シンクは不機嫌さを隠そうともせずに、紫音の顎を掴み上げる。
「アンタは何?」
「紫音は、アリエッタの友達、です!」
「あ、どうも初めまして」
「友達……? フン、馬鹿じゃないの?」
「まったく、騒がしいですよ!」
空飛ぶ椅子に座って苦々しい顔をしている男も見える。器用に椅子を操って紫音の顔を覗き込むディストは、馬鹿にしたような雰囲気だ。
「ねぇ、アリエッタ」
「……はい」
「……帰っていいかな?」
「……ダメ、です」
(……ですよね!)
深くため息を吐いている間に、アリエッタは紫音の腰から一つのモンスターボールを手に取った。どういう仕組みか気になっていたようで、ボールは迷いなくディストの手に渡る。
「勝手に人のもの取ったら泥棒だよ~」
「ごめんなさい……。貸して、ください……」
「またこれは奇妙な譜業ですね……」
「お~いウインディ。出てきていいよ~」
事後報告してくれたアリエッタとは違い、好き勝手ボールを弄くり回すディストに制裁を下すべく、紫音はボールにいるウインディに指示を出す。
小さなボールに見合わないサイズのモンスターに度肝を抜かれたディストは、為す術もなく床に落下した。
「ぎゃぁぁぁあっ!?」
「さて、サフィールさんお話の相手してよ」
「……っ!?」
落下の衝撃に悶絶していたディストは、紫音の言葉に目を見開く。突然大人しくなったディストに、アリエッタもシンクも怪訝そうだ。
「何故ですか、その名は……!」
「焼かれたくなかったら私の言うことを聞いてください、……ね?」
ニコリと笑う紫音の後ろに控えるウインディに目をやり、全力で頷くディストに満足そうに笑って紫音は言った。
「あの椅子に乗せてください!!」
「…………は?」
目を輝かせた彼女に何を言われるのかと身構えていたディストは、予想外すぎる言葉に目を丸くする。乗せてやるくらいどうという事は無いはずだったのだが。
「……何なんですかあなたは! そもそも何故私の名前を……」
「何で私は動かせないの!?」
「それは私の音素振動数に合わせて……、って勝手に弄るなぁぁあ!」
「乗り心地はルギアが一番だなぁ」
「……ホント何なの、アイツ」
コーラル城の上空で、紫音を椅子に乗せたディストが彼女の希望通りに空を飛んでいる。定員を越えているせいか、はたまた紫音が暴れるせいか、椅子は前後左右にフラフラしている。
「不思議な人、です」
「不思議通り越して変人じゃないか」
シンクが顎を掴んだ時も落ち着いていたし、あんなに騒いでいたディストを一言で黙らせた。そして、彼女がウインディと呼んだ魔物は既に、謎の譜業装置に収められ、今は紫音の腰にぶら下がっている。
「あんな変人が、まさかライガクイーンを移動させた魔物を従えてるなんてね」
「……アリエッタは、紫音とは戦いたくない、です……」
「……フン、アイツはマルクトの人間なんだ。しかも奴等と共にいる。立派な敵じゃないか。」
「でも……っ!」
「もうっ、いい加減にしなさいっ!」
シンクとアリエッタが話し込んでいると、堪忍袋の緒が切れたらしいディストが、遂に紫音を椅子から突き落とし、そのまま彼女の手が届かない上空まで避難した。
「ぜぇ、はぁ……っ! 私は! あなたのように!! 暇じゃないんですよっ!?」
ディストは心なしか息が荒い。反省する様子も無くまた乗せてとのたまう紫音に、椅子に座ったまま地団駄を踏むと言う芸当を見せたディストは、そのまま飛び去ってしまった。
「あーぁ、残念」
「おい、変人。アンタの遊びも終わりだ」
「……へ?」
去っていくディストを見送っていた紫音の背後から近付いて、シンクはその無防備な首を後ろから叩いてやると、彼女は呆気なく崩れ落ちる。
声を出す間も無く転がされた紫音に驚いたのか、おろおろしているアリエッタにそれを押し付けながらシンクは淡々と言った。
「そいつと戦いたくないなら、奴等を打ち負かせばいい。そうすれば、そいつの強い魔物とも戦わなくていいだろ?」
シンクの言葉に、アリエッタはぬいぐるみをきつく抱き締め、力強く頷いた。
ライガの背中に人質を乗せて、向かうは広い屋上だ。
「……うぅ、いったた……」
痛む体に鞭打って起き上がろうとした紫音は、腕の自由が利かないことに気付いた。呻き声に気付いたアリエッタが申し訳なさそうな顔をしているが、腕の拘束を解いてくれるつもりは無いらしい。
「……ごめんなさい、です。でも、直ぐに紫音を勝ち取って見せる、です!」
「……勝ち取るって……?」
そんな戦利品みたいな扱いされるとは。紫音の疑問に答えること無く、目の前の彼女は階段を睨み付けた。階下のざわめきが近付いてくるのだ。
助けに来てくれたのだ、と喜ぶのと同時に、ルークへの警告も忘れない。
「危ないルークっ!」
「……あ? うわっ!?」
紫音の叫び空しく、真っ先に階段を登りきったルークがあっさり魔物に攫われる。そして、イオンを庇ったアニスも共に空を舞うが、アリエッタの指示で彼女だけが堅い床に落とされた。
「ふぎゃっ!」
「痛そう……。アリエッタ、もう少し優しくしようよ……」
「アニスは酷いから良いんだもん……! アリエッタのイオン様を取っちゃったの、アニスだもん!」
口喧嘩を始めた少女達を宥めようと、イオンがおろおろと二人を見比べているが、うまい言葉が見付からなかったらしい。やがて小さく「違うんです……」と呟いてうつむいてしまった。
「あっ、ご主人様が!」
ミュウの言葉に慌ててガイがルークの姿を追い掛けるも、彼は既に、ディストの椅子に乗せられて連れ去られる所だった。
「もう……! ドジね!」
「追い掛けましょう!」
「だが紫音は……!」
「ルークは和平に必要なんだから、早く行きなさーい!」
紫音を気にかけてガイがわずかに渋るが、全員行かなくては話が進まない。紫音の言葉に後押しされて、一行は元来た道を走って引き返していく。
これからの一波乱の事を考えれば一緒にいたい。だが、満足に動けないこんな状態で走れる訳もなく。
「……アリエッタは気にならないの? アッシュが何をしようとしてるのか」
暇潰しにアリエッタに声を掛ければ、彼女は小さく首を振った。尋ねてみても答えてくれなかった、と。
つまり、他の六神将にも秘密なのだろう。一人でやろうとしても無理があるだろうに。
「アッシュって意外とお馬鹿さん?」
「……紫音に言われたらおしまい、です」
誰に聞かせるでもない紫音の呟きは、すぐ近くにいたアリエッタの返事で緊迫した空気を消し飛ばすのに充分だった。
馬鹿、馬鹿じゃない、と小さな言い合いを繰り返していた紫音達の耳に、再びドタドタとした足音が複数聞こえて来た。
タイミングを見計らい、アリエッタが魔物に襲撃させるが、直情型のルークでも同じ手には引っ掛からなかった。
「おらぁ、火ぃ吹きやがれ!」
ミュウの炎に怯んだ魔物が、慌ててアリエッタの所まで後退する。作戦が上手く行ったルークは、遠目に見ても自慢気な顔だ。
対してアリエッタは怒り心頭。抱き締めていたぬいぐるみを振り上げて叫ぶ。
「もう許しません! 意地悪なあなた達を倒してから、イオン様と紫音を連れて帰ります!!」
「えっ! そうなの!?」
それが戦闘開始の合図だった。
「くっ、やはり見逃したのが仇になりましたか!」
「根暗ッタ、紫音を返して!」
人数で言えばルーク達の方が有利。だが、数の不利を感じさせないのはさすが六神将と言ったところか。
「うわぁ! こんな近くでドンパチしないで~!」
起き上がれないため、紫音は転がって戦闘から距離を取る。流れ技が当たらないとも限らないのだ。実際、先ほどまで紫音が転がっていた場所にジェイドのグランドダッシャーが炸裂している。
「紫音は私の部下です。返していただきましょう」
「嫌です! イオン様と紫音は、アリエッタと一緒にダアトに帰ります!」
従えていた魔物も倒され、後はアリエッタが残るだけ。冷たい瞳で槍を出し、今度こそアリエッタを殺そうとジェイドが一歩前に出る。
「ま、待ってください!」
「待ってジェイド!」
「……イオン様が止めに入られるのは分かりますが。紫音、何故あなたも止めるんです?」
ジェイドは、アリエッタから目を逸らさずに冷たく問う。
「まさか情が湧いた、等言いませんよね?」
「聞いてなかったんですか? アリエッタは、アッシュに頼まれてやったんですよ?」
シンクも、ディストも、アリエッタも。今回はアッシュに協力しただけで、責めるのならばアッシュになるはずだ。
「彼らも一緒に査問会にかけます! だからここは……!」
紫音の言葉に上乗せで、イオンも必死に懇願する。二人に……、いやイオンにここまで頼みこまれてしまっては、さすがのジェイドも折れるしかない。ジェイドは疲れたように深い溜め息を吐き、槍をしまった。
「……三度目はありません」
「……!」
「ありがとうジェイド!」
「まったく……、行く必要は無いと申し上げたはずですが?」
呆れたような声に視線を向ければ、ヴァンが姿を現す所だった。一行が国境に戻っていないことを知り、追ってきたのだと言う。
「すみません、僕のわがままです……」
「過ぎたことを言っても仕方ありません。アリエッタは私が保護する形でよろしいですかな?」
「お願いします……」
キムラスカの兵を殺し、船まで破壊したアリエッタの罪は重い。教団の規則で罰せられるだけで済むのか、と。紫音は港の惨状を思い出して顔をしかめる。
それを怪我の痛みだと思ったのか、ティアが心配そうな顔で手を差し伸べた。
「大丈夫? 怪我があるなら言いなさい」
「うぅ、ティア……! 痛かったよぉ……」
「うわぁ、縛られた跡くっきり! 痛そう……」
ようやく腕の拘束を解かれグローブを外してみると、そこには赤く腫れた跡が残っている。出口に歩きながら、紫音は攫われたことを謝った。
「すいません、油断しました……」
「……えぇ、あなたが油断しているのはいつものことですから」
もう慣れました、と肩をすくめるジェイドに、紫音は苦笑いをするしか無かった。
後ろから走ってきたアニスに体当たりを食らったり、ルークに不器用ながら心配されたりしている内に、もうすぐコーラル城の出口だ。出口が見えたことにテンションが上がったのか、アニスとルークが走っていく。それを見たガイとティアが慌てて追いかけるさまを、イオンがにこやかに眺めていた。
「……元気だなぁ」
「ところで紫音」
「はい?」
無事で何よりです。
そう言って立ち竦む紫音を残し、ジェイドもゆったりと彼らを追う。慣れない優しさに凍り付いた紫音は、自分を呼ぶルークの声が聞こえるまで動けなかった。