外殻大地編
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「おっ、街が見えてきたぞ!」
「信託の盾がいるかも知れない。油断しないで」
「その可能性の方が高いでしょう」
夜営地を出発した一行は、太陽が天頂を少し過ぎた頃には、新たな街の近くまで来ていた。
「早くまともなベッドで寝たいぜ……」
「お坊っちゃまにはちょーっとキツかったかな~? 見た目と違ってヤワなんだね?」
「……んだよ、文句あんのか」
慣れない夜営ではあまり疲れが取れないのか、ルークは力無く肩を落とす。紫音のちょっかいにも、薄い反応が返ってくるだけだ。
呑気な紫音達を見ていたガイは、さすがに呆れたようなため息を吐く。
「……お二人さん、いい加減にしないとこっぴどく叱られるぜ?」
「……ルークに緊張感を求めるのはもう止めてるから」
私は怒らないわ。怒る気も失せた様子のティアのため息に、ガイのため息は深くなるばかり。
こっそりと言ってくれたつもりだろうが、何しろ全員ほとんど離れていない場所にいるのだ。聞こえない訳がない。
「遠目からでも分かるほど緊張感の無い紫音は、後ほどのお楽しみとしておきますので。……それより、困ったことになりました」
この人数で動くと目立つでしょうから。そう言って、先に街の様子を見てきたジェイドが戻ってきた。
この先にある街、セントビナーには、元々マルクトの駐軍基地がある。この街に配属されているマルクト軍以上に、信託の盾騎士団が目立っていると言うのだ。
「……一通り見てきましたが、セントビナーで落ち合う予定だったアニスの姿も見かけませんでした」
「そんな……! ではアニスは……」
「……大丈夫ですよ、イオン様。あなたが信じなくてどうするんですか」
ジェイドの言葉に不安そうな声を上げたイオンに、紫音はにっこり笑う。その笑顔に、彼も少し落ち着きを取り戻してくれたらしく、いつもの微笑みが戻ってきた。
「で? どうするんだよ、ジェイドの旦那」
「十中八九、我々を待ち受けているのでしょう。……ですがこのまま待機していても、遅かれ早かれ発見されるでしょうね」
「いや、欲しいのは分析じゃなくて……」
「ふむ……、ガイは意外とせっかちのようですね」
ジェイドが仕入れてきた情報は、街の様子だけでは無かった。
何でも、今日はエンゲーブから食料などの物資が馬車で運ばれてくる日。その最後の一台が、間もなく到着するらしいのだ。
(……あ、確かそんな方法で侵入したっけ)
一人物思いに耽る紫音をティアが呼ぶ。その馬車を逃せば、街に入る絶好の機会を逃してしまう。一人のために失敗する訳にはいかない。
「紫音、ぐずぐずしないで!」
「分かった今行きますよ〜っ!」
見れば、ちょうどルークが馬車の前に飛び出したところだった。遅くなって、ジェイドにチョップを食らうのは遠慮したい。手を挙げて返事をした紫音は、急いで皆の元に駆け寄った。
「おやおや、大佐に……、少尉まで! そして旅の人は……、ルークだったかい? 飛び出したら危ないじゃないか」
「ローズ婦人!」
最後の馬車に乗っていたのは、エンゲーブでお世話になったローズ婦人だった。
どうしたんだい、と首をかしげていた彼女にこちらの話を聞くと、そういう事ならと快諾してくれた。
「ちょっとばかし狭いけど……、我慢してちょうだいよ」
「いえ、乗せてもらうだけで大助かりですから」
最後に紫音が乗り込むのを確認すると、ローズ婦人は申し訳なさそうに謝る。ジェイドが穏やかに言えば、馬車はゆっくりと進み始めた。
§ §
「エンゲーブの者です。先の馬車が着いているはずですが……」
「話は聞いている。入れ」
先の人から話を聞いているからとは言え、何とも杜撰な検問だ。
「……こんな緩くちゃ、検問設ける意味無いんじゃない?」
「しっ! 静かに」
紫音が思ったことをポツリと漏らせば、すぐ横にいたティアに叱られた。いくら馬車の音が騒々しくても、ふとした拍子に気付かれる可能性があるのだ。目配せでティアに謝罪すれば、彼女は呆れたように笑みを返す。
協力してくれたローズ婦人にそのまま馬車を目立たない所で停めてもらった紫音達は、狭い馬車からようやく外に出た。
「それじゃ、私はこれで。皆さんも気を付けてくださいよ」
「ありがとうございます、助かりました」
こうして一行は無事、入り口の検問を越え街の広場までやって来た。アニスが無事なら、ここセントビナーの軍基地に立ち寄る手はずになっている。
「生きていれば、の話ですがね」
「相っ変わらず嫌な奴」
「可能性は否定できませんから」
ジェイドの言葉が気に障ったのか、睨み付けながら言葉を吐くルークに、言われた本人は冷たく返す。
このままでは、延々と同じやり取りが繰り返されるだけだろう。
「行ってみなきゃ分かんない! うだうだ言ってないで基地に行くよ!」
「紫音の言う通りよ。どの道ここにいては、信託の盾に目をつけられるわ」
「わぁーったよ。いちいちうぜーっつの」
女性陣の言葉に、ルークは嫌そうな顔をしながら返事をする。
あまりにがさつなその扱いに、普段から見慣れているガイも溜め息を吐いた。
「これは教育係の人もダメな人みたいだね、ティア」
「そのようね……」
「おいおいルーク。いくら何でもその扱い方は無いだろ。いくら尻に敷かれてるからって……」
「………………」
「……ひぃぃぃぃい……っ!」
ガイの言葉に反応したのは、ルークではなくティア。無言のままガイに近寄り、その腕を掴んだのだ。ガイにとってはこれ以上無いほどのお仕置き。
プルプルと震えているガイに、ティアはそのまま耳打ちする。
「……下らないことを言うのは止めなさい」
「……わわわ分かったから離れてくれぇぇぇえっ!」
「この調子なら、きっとガイの女性恐怖症も克服できますね」
力尽きたようにその場に倒れ込んだガイに、イオンの悪気の無い一言がさらに彼に突き刺さる。
そんな役どころだとは言え、紫音もガイに同情を禁じ得ない。先ほど平気だったからと言って、この状況のガイに手を差し出そうものなら本気で逃げ出してしまいそうだ。
「……それで大佐、これからどうしましょうか」
パンパンと手を叩きながら、ジェイドに声をかけるティア。呼びかけられたジェイドの方も、ガイには目もくれずに考え込んでいる。
「……そうですねぇ……。もう少し情報が欲しい気がしますが、先にアニスの安否を確認する方が先でしょう」
この人数で動き回れば悪目立ちする。
未だにプルプルと震えているガイをルークに任せて、紫音達は一足先に基地へと足を向けた。
紫音にとっては、初めての基地だ。物珍しさに辺りを見渡していると、慌ただしさの中でも一際大きな声が聞こえてくる。
「……父上、信託の盾騎士団は建前上預言士なのです。彼らの行動を制限するには、陛下の勅令が……」
「黙らんか! 奴らの介入で、ホドがどれだけ悲惨なことになったか……、お前も知っておろうが!」
「ですから……っ!」
何やら言い争う声だ。父上、と聞こえてきたことから、ずいぶん賑やかな親子喧嘩だと思われる。
(……マクガヴァンさん、元気そうなお爺ちゃんだったからなぁ……)
紫音がそっと溜め息を吐くのと同時に、ジェイドが思い切り扉を開けた。空気を読まないその行動に、紫音も思わず声が高くなる。
「お取り込み中、失礼します」
「ちょ、ジェ……、じゃなくて大佐! 言葉と行動ミスマッチ!」
突然の乱入者に目を見開いた二人にも、紫音の言葉も聞かずにそのまま部屋に入っていくジェイドに、老マクガヴァンが顔を綻ばせた。
「おぉ、ジェイド坊や!」
「……死霊使いジェイド……!」
嬉しそうな老マクガヴァンに対し、渋い顔を隠そうともしないマクガヴァン将軍。ジェイドは将軍に軽く会釈をし、先に老マクガヴァンに穏やかな笑顔を向けた。
「ご無沙汰しています。マクガヴァン元帥」
「わしはもう退役した身。そんな風に呼んでくれるな。お前さんの方こそ、そろそろ昇進を受け入れたらどうだ?」
ニコニコと和やかに会話する二人の後ろで、ルークはポツリと世間知らずな一言を漏らした。
「……なぁ、紫音。ジェイドって偉かったのか?」
「……師団長って偉いと思うよ」
自分で聞いておいて、さほど興味無さそうな返事をしたルークは、再び老マクガヴァンとジェイドに目を向ける。視線の先では、ジェイドに皇帝への取り次ぎを頼めないか、と話しているところだ。
「ご心配なく。彼らの狙いは我々です。私達がこの街を去れば、彼らもまた立ち去るはずです」
「……それはどういう事じゃ?」
怪訝な顔をした老マクガヴァンに、ジェイドが説明しようとしたとき、部屋に咳払いが響いた。
話が長くなりそうだと思ったのか、それとも他の理由があるのか。会話を中断させたマクガヴァン将軍は、ジェイドに冷たい視線を向けた。
「……カーティス大佐。御用向きは?」
「……おや、これは失礼しました」
途端に部屋に緊張感が満ちる。思わず姿勢も伸びるというものだ。
「用が無いのなら……」
「いえ、大切な用があって伺いました。こちらに、信託の盾の導師守護役から、手紙が届いていませんか?」
「……えぇ、届いていますよ。念のため、開封して中身を確認しましたが」
相変わらず渋面のまま、机に置いてあった手紙をジェイドに渡すと、マクガヴァン将軍は父親の横に戻り、小さく溜め息を吐いた。
「……ふむ、半分以上はあなた宛のようですね」
「あ? 何で俺に……?」
ジェイドが目を通した手紙はすぐにルークへと回ってきた。戸惑いながらも手紙を受け取ったルークの肩から覗き込ませて貰って、紫音達もその手紙を読み始めた。
『親愛なるジェイド大佐へ』という一文から始まった手紙は、後半になるに従って、明らかにルークに向けての手紙になっている。
「……め、目が滑る……」
「モテモテだな、ルークさんよ」
「さすがはアニスだね」
「大佐、第二地点というのは?」
カイツールの事ですよ、と言葉を返すジェイドに、老マクガヴァンが渋い顔をした。
「カイツールか……。今はフーブラス川の橋もローテルロー橋も落ちておる。だいぶ遠回りするか、危険な道を通るか、どちらかになるぞ」
行くならば、この街でしっかり準備して行くといい。そう言って老マクガヴァンは、紫音達を部屋から送り出す。
険しい道を進むことになる。目立たない為にも、各々分かれて準備をするべきだと言うジェイドの提案に頷いてこの場は解散となった。
「グミ良し、アイテム良し、食料良し……、と。補充はこのくらいかな」
紫音の担当は戦闘にも使う消耗品。大荷物になったと思っていた時、思いっきり腕を引っ張られた。
「紫音、隠れなさい! 信託の盾です!」
「いてて、えっジェイド!?」
ジェイドの警告通り、街の入り口に信託の盾がいた。しかも、六神将だ。さらに言うと、紫音と近い場所にいる。ジェイドに引っ張られなかったら見付かっていただろう。
漏れ聞こえる会話を聞くに、どうやらまだイオンを探しているらしい。
(諦め悪いなぁ……)
(それだけ、イオン様の存在が大きいと言うことですよ)
小声でやり取りしていた紫音達は、続々と集まってくる六神将に冷や汗を流した。
(くっ……。やはりラルゴを殺り損ねましたか……!)
(そう簡単に死んだら六神将やってないでしょ)
仕留め損ねた、と歯噛みするジェイドを、紫音が慌てて宥める。ここで紫音達の存在がバレたら、イオンがいるも同然だ。
分かっていますよ、と一つ息を吐いたジェイドは、情報を集める為に再び六神将に意識を向けた。
「セントビナーには立ち寄っていないのか……?」
「……イオン様の近くにいる黒髪の人、ママを連れ去った。この仔達が教えてくれた。どこに連れて行ったのか、危ないところに連れて行ったのか、凄く心配……」
怪訝そうなリグレットと、ぬいぐるみを抱き締めて俯くアリエッタ。
紫音は内心アリエッタに謝った。ダアトに戻ればすぐ会えるよ、と伝えたい。だからといって、今出て行くわけにはいかない。
この身動きがとれない状態が歯痒かった。
「……導師守護役は?」
「マルクト軍と接触していたようです」
「俺が死霊使いと妙な魔物に遅れを取らなければ……」
「ハーッハッハッハッ! だーかーらー言ったのです!」
状況を整理していたであろう四人の上から、五人目の声が降ってきた。
現れたのは空飛ぶ椅子に座った男。
(……出たっ! ディスト!!)
(……六神将集結とは……。はぁ、嫌な予感はしていたんですよ)
隠れていることを忘れて身を乗り出そうとしている紫音の頭を押さえ付けながら、ジェイドは深く溜め息を吐く。
またか……。と言いたげに、六神将も嫌そうな顔をしながらその男を振り返った。
「あの性悪ジェイドを倒せるのは、この華麗なる神の使者」
(性悪ジェイドだって)
(華麗だそうですよ)
クスクスと笑い出しそうなのを堪えながら、男の口上を聞く。
「信託の盾六神将、薔薇のディスト様だけだと……」
「薔薇じゃなくて、死神だろ」
ディストが長い自己紹介を言い終わる前に、シンクが冷たく訂正する。
それが気に入らなかったのか、ディストは椅子に座ったまま器用に地団駄を踏み始めた。他の四人は、既に彼の存在を無視している。
「……これ以上兵を置くと、マルクトと戦争になりかねない。エンゲーブ、セントビナーの兵は撤退だ」
さすが六神将の参謀役。シンクはてきぱきと指示を出していく。撤退の伝令と共に、セントビナーにいた信託の盾騎士団が次々と街から減って行く。
これで、身動きが取れない状況も少しは改善するだろう。
(……)
(…………)
「……きぃぃぃいっ! 覚えてらっしゃい! 復讐日記に付けておきますからね!」
同僚達がいなくなる中、ディストの叫びが空によく響いた。最後にディストが空の向こうに消えて行くのを確認して物陰から出ると、ちょうどルーク達が近付いて来るのが見える。
「ジェイド、それに紫音も! 彼らに見付からなくて良かったです!」
少し離れた場所に隠れていたらしいイオンが駆け寄ってきた。その後ろにルーク達も続く。
「ちょっと焦ったけどね」
「紫音は油断し過ぎです」
呆れた声と共にジェイドの手刀が降ってきた。紫音がその痛みに悶絶していると、六神将を初めて見たらしいガイが、あれが噂の六神将かと目を丸くしている。
六神将という言葉も知らないルークの為に、イオンによる簡単な解説によると、信託の盾騎士団幹部にして、ヴァン直属の部下だと。
六神将が動いているのなら、戦争を起こそうとしているのはヴァンでは無いのか。しかし大詠士派でもある彼らは、モースの命令で動いていてもおかしくない。
再び答えが見えない問答が始まりかねない空気だ。今そんな事をしても、何の意味もない。
「ねぇティア、それ今考えなきゃいけないこと?」
「……そんなこと無いけど……」
「ルークも」
「ちっ、わぁーってるって……」
紫音が軽く叱れば、二人は素直に口論を止めた。
本来、この場を収めるべき年長者はニコニコと楽しそうにその様を眺めている。
「おや、終わったようですね。では、行きましょうか」
「あんた、いい性格してるよな……」
ガイの呆れた顔もどこ吹く風、飄々とした態度を崩さないジェイドに、イオンは申し訳無さそうに声をかけた。
「わがままだとは百も承知です。少し、休ませてください。」
「……ぁん? ……何だ、また顔色悪いな」
ルークの言葉に更に俯いたイオンに、ルークは苦笑しながら宿に行こうと提案したのだった。
「……ありがとうございます。ルークは、やっぱり優しいですね」
「それが、ルークのいいところって奴さ」
ガイの言葉に、そんな事は無いと大騒ぎするルークに笑みを漏らしながら、紫音達も彼らの後を追った。
§ §
その日の宿は、大部屋一つしか取れなかった。しかし、数日ぶりにまともなベッドに横たわり、ジェイド以外それぞれ自由にリラックスしている。
「そう言えばイオン様。タルタロスから連れ出されていたようですが、どちらへ?」
「セフィロトです」
(また小難しい話が始まった)
紫音もプレイ中は流し読みしただけで、セフィロトについてしっかりと理解しているわけではない。この物語に関わっていく以上、理解しなければならないことだ。
この世界に十箇所ある星のツボ。音素が集まりやすい場所。だがジェイドにとって、それは既に知識として知っている。彼が気になるのは、何故セフィロトに行ったのか、だ。
だが、その疑問にも【教団の機密事項】の壁が立ちはだかる。
「宗教団体って、そんなややこしいの?」
「ホントだよ。ムカつくっつーの」
「すみません……」
紫音の疑問、そしてルークの言葉にイオンはただ俯くだけ。この問題には触れない方がいいと感じたのか、ルークは慌てて話を変えた。
「あー、えっと……、紫音は俺達と離れて何してたんだよ?」
「……えっ」
「それは私も気になっていました」
今度は、まさか矛先が自分に向くとは微塵も思っていなかった紫音がうろたえた。眼鏡を押し上げて、ジェイドが冷たい目を向ける。
これは言い逃れできそうにない。全員の視線を受けながら、ひきつった笑みを浮かべた紫音は渋々説明を始めた。
「えっと……、嫌な予感がしたからタルタロスの甲板に……」
「総員第一戦闘配備、と指示があったはずですが?」
「……それはぁ……、えーっと……」
「……紫音」
ぐぅの音も出ない紫音。わざとらしく溜め息を吐いたジェイドは、その日二度目の手刀を見舞わせた。
「いったー!」
「大方、ポケモン達を使って魔物の大群をどうにかしようと思ったのでしょう」
「……うぅ、戦争の道具にはさせてないもん……」
「そういう問題ではありません」
ジェイドが何を言いたいのかがよく分からない。紫音の頭上には、大量の疑問符が浮いている。
「……要は、無理すんなってことじゃないか?」
「いいえ。勝手な行動は慎むように、と言うことです」
「はい……」
「分かればよろしい、返事は短く」
フッと微笑んだジェイドは、先ほど手刀を見舞わせた紫音の頭を撫で、でかけてきます、と一言残して宿を後にした。
「何だ、あれ……」
「さぁ……? 髪の毛ボサボサなのが気に入らないとか?」
「自分でボサボサにしたんじゃねーか」
「考えても分からない事は考えなくていいんじゃないかしら……」
「知り合いになって日の浅い僕達には、分からないこだわりなのかも知れませんね……」
部屋に残ったメンバーを、微妙な空気にしたまま。
§ §
「うーん、いい夜だ」
日は沈み、時は深夜。
セントビナーの象徴とも言える木の上に紫音はいた。夜中に目が覚めた後、眠れなくなったため部屋を抜け出したのだ。
「静かな夜だね、アブソル」
「ソル」
傍らに控えるアブソルを撫でれば、気持ち良さそうに鳴く。
お団子があれば月見出来たのにね、と一人呟けば、後ろから予想外の声が返ってきた。
「こんな夜更けに一人で月見ですか」
「だから、盗み聞きは趣味悪いですよ」
睨み付けてやれば、その相手は悪びれもせずに近寄ってきた。警戒したアブソルが行く手を阻むが、紫音が止めれば大人しく傍らに戻ってくる。
「おや、近付いても良いんですか?」
「止めた所で近付いて来るでしょ」
再度睨み付ければ、ジェイドは笑みを引っ込めた。
どうやら、からかうために来た訳では無いらしい。となれば、聞きたいことの見当は付く。
「一つ聞いておきます」
「……ガイの事ですか?」
「おや、お分かりですか」
紫音には敵いませんねぇ、と口は笑っているが目が笑わない。
貼り付けられたジェイドの笑顔ほど怖いものは無いと改めて思いながら、誤魔化せないと理解している紫音は大人しく口を開いた。
「……ガイは敵じゃないですよ」
「では、なぜマルクトに詳しいんですか?」
「……ガイの名誉に関わるので黙秘します」
「…………」
納得していない、という空気がひしひしと伝わってくる。そんな不穏な空気に、サーナイトが入ったボールが震え始めた。大丈夫、という意味も込めて優しく撫でれば、サーナイトと同時に紫音の気持ちも落ち着く。
「"今"、ダアトと繋がっているスパイはいませんよ」
「そのようですね。紫音、あなたの様子を見る限り、他の者も問題無いでしょう」
ジェイドはそこで言葉を切る。
頭に過るのは、あの早すぎるタルタロス襲撃。陸艦の中で死んだ者が、外部に情報を漏らしたのか。
「……今は言えません」
悶々と考えるジェイドに、紫音は明確な答えを渡さなかった。昼間のイオンと同じように、申し訳なさそうに眉尻が下がっている。
「何もかも言ったら、それは預言と何も変わりません」
だがしかし、言葉はしっかりと。その言葉で、ジェイドは無自覚のうちに紫音の言葉を預言のように扱おうとしていることに気付いた。
「……すみません」
「前もって分かってれば、覚悟ができるかもしれないけど、私は預言が嫌いですから」
この世界では異質なものだとしても。私は預言に異を唱える。
「それに、試験の問題を先に知ろうなんてカンニングですよ」
そう言って、アブソルをボールに戻した紫音を見送りながら、ジェイドは何度目か分からない溜め息を吐いた。
「かんにんぐ……?」
紫音の真っ直ぐな瞳。
意味の分からない言葉はさておき、彼女の瞳はポケモン達を道具にさせないと言ったときと同じ瞳だった。