外殻大地編
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「……大分タルタロスから離れましたね」
「…………ごろ」
「……紫音のことは諦めなさい。残念ですが、あの状況で生き延びられるほど彼女は強くない」
「ごろ……」
信託の盾騎士団の襲撃により、ジェイド達はタルタロスから降りることを余儀無くされた。
先に落とされたアニスと合流するためにも、一行はセントビナーへ急ぐ。
その道中、トレーナーの姿を探しては見付けられずに落ち込むことを繰り返していたミズゴロウの様子に、ティアは気遣うような視線を向けた。
「……ごろ……」
「……紫音を探しているのかしら……」
「……死んだと言い聞かせても、理解できないようでした」
見かねたティアが慰めようと腕に抱いても、嫌がってすぐにその腕から逃げ出してしまう。
ただ一人、話題に上がる人物を知らないガイが、そっとジェイドに声をかけた。
「……その紫音って子はどんな子なんだ?」
「……少しばかり訳ありの少尉ですよ。ミズゴロウの他に、魔物を五匹連れている一種の魔物使いです」
「……で、その子はもう……」
「えぇ、死んでいるでしょうね」
あっさりと言い放ったジェイドに、淡白だな……、と半眼で睨み付けたガイは、相手が大袈裟に肩を竦めたのを見てため息を吐く。
「…………ごろっ!」
「あっ、おい待て水色!」
そんな周囲に構わず、再び紫音を探していたミズゴロウが何かに気付いたらしい。何も無いはずの茂みに向かって必死に鳴き始めた。もちろん、茂みから返事はない。
それでも諦めきれないのか、今度は首を突っ込み、ガサガサと音を立て始める。
「ちょっとミズゴロウ!?」
「……ポオオォ」
ティアが慌てて茂みからミズゴロウを抱き上げれば、目の前に見覚えのある白い姿。
「──サーナイト、あなた生きて……」
「ぽおぉぉ……!」
ティアが喜びの声を上げたその傍で、キィィィンという耳鳴りと共に全員の体が宙に浮く。
もがこうにも体の自由が奪われているため、どうすることもできない。
「何なんだよこれは!」
「ルギアも同じことをしていました。これは『サイコキネシス』です! 近くに紫音がいるはずですよ、ミズゴロウ! 探しなさい!」
「ご~ろ~」
普段からこうして遊んでいるのか、ジェイドの言葉に応えずに楽しそうに笑うミズゴロウ。その笑い声に気付いたサーナイトは、警戒を解いてサイコキネシスを止めた。
宙に浮かせていた力が消えれば、重力に従って当然落ちる。
「あいだっ!」
「無様ですね、ルーク」
「うるせぇ!」
「なんか賑やかだね……。サーナイト、どうかし……、ジェイド、みんな!」
突然入り込んだ第三者の声は、体の至る所に傷をつけた紫音だった。まるで幽霊を見るかのように見開かれた仲間達の視線を集めて、紫音はいつものように笑う。
「……紫音、生きていたのですね!」
「死んだかと思いましたか? 勝手に殺さないでくださいよ~」
駆け寄ってきたミズゴロウを抱き抱え、紫音はにこやかに言う。
「何だか久し振りな気がするけど。何か酷い目に遭ったみたいだね?」
紫音の様子に気が抜けたのか、イオンがその場に座り込む。その顔は少しばかり青白い。慌ててイオンに駆け寄ると、大丈夫だと笑いながらも息は荒かった。
「……イオン様、タルタロスでダアト式譜術を使いましたね?」
「ダアト式譜術って、チーグルの所で使ってたアレか?」
「すみません……。僕の体はダアト式譜術を使うようには出来ていなくて」
「んじゃ、休憩にしようよ」
「おや、あなたは今まで休んでいたのでは?」
「……うっ」
紫音の提案に意地悪く返せば、彼女は分かりやすいほどに動揺した。
「まぁ、いいでしょう。このままではイオン様の寿命を縮めかねません。見張りはもちろん紫音にお願いしますね」
「えー!?」
§ §
「……なるほどな、戦争を回避するための使者って訳か。でも、何だってモースは戦争を起こしたがってるんだ?」
「それはローレライ教団の機密事項に属します。お話しできません」
「何だよケチくせぇな……」
ルーク達にした説明を、もう一度ガイに説明する。
こうなった以上、戦力は多い方がいいというジェイドの考えから、ガイにも協力してもらうことになったのだ。
理由はどうあれ、戦争は回避しなければならないのだから。一通り話を聞いたガイは、苦笑いと共にルークを振り返った。
「ルークもえらくややこしい事に巻き込まれたなぁ……」
好きで巻き込まれた訳じゃない、と小鼻を膨らませるルークを宥める彼に、イオンは改めて自己紹介を求める。
今までバタバタしていたため、彼の事を聞けていなかったのだ。
「あぁ、俺はガイ。ファブレ公爵の所でお世話になってる使用人だ」
簡単な自己紹介の後、一人一人と握手を交わしていくガイだったが。
「どぅわっ!?」
「……え?」
ティアが近付いた途端、奇声を上げて凄まじい勢いで後ずさった。驚いたティアが目を丸くしていると、ルークが思い出したように口を開く。
「ガイは女嫌いなんだ」
冷や汗を流しながらプルプルと震えているガイの様子に、ジェイドも考え込みながら頷いた。
「……と、言うよりは女性恐怖症のようですね」
「うぅ、わ、悪い……。君がどうって訳じゃなくて、その……」
女性と思わなくて良い、と言うティアがもう一度近付けば、近付いた分だけ後ずさる。一歩。また一歩。後ずさる先には紫音が座り込んでいた。
危険な場所から生還して甘えてくるミズゴロウに応えるのに一生懸命で、ガイが近付いていることに気付かない。
「あっ、ガイ危ねぇ!」
「紫音! 後ろを見なさい!」
「へ……?」
「ん? ……うわぁ!?」
ルーク達の制止は間に合わず、ガイは見事に紫音に躓いた。そのまま体勢を崩して二人して地面に倒れ込む。
「……いたた……」
「すっ、すまない……!」
『おいこらさっさと紫音の上から退きやがれ。弾き飛ばすぞ』
謝罪を口にしながら、なかなか起き上がれないガイに痺れを切らしたルギアが、ボールの中から脅す。それに賛同するように、他のボールもカタカタと音を立てた。
「触れた……」
なおも動かないガイは、ジェイドに引き剥がされながら自分の手を見つめて呆然と呟く。
一方ティアの手を借りて立ち上がった紫音に視線を移して立ち尽くすガイに、何故か心が晴れないことに戸惑うジェイドは、不意に名前を呼ばれて瞬きをした。
「ありがとうティア。よし、じゃ前から言ってたこと説明しよっかな。いいでしょ? ジェイド」
「……まぁ、知ってもらっていた方が楽でしょうしね」
「はーい。みんな出てきて〜!」
紫音の掛け声と共に空を舞う五つのボール。どういう仕掛けになっているのか、ルーク達には分からない。
だが、その小さな機械に入りきらないはずの大きさの生き物が現れた。
「すっげー……」
「流石にこうして六匹揃うと圧巻ですね」
「……みんな可愛い……っ!」
「どういう仕掛けなんだ……?」
第三師団員へのお披露目の時もしかり、ピオニー達へのお披露目もしかり。呆然とパートナー達に向けられる視線は、あまり気持ちのいいものでは無い。
「……え〜っと、右端からミズゴロウ」
「ごろっ!」
「続いてアブソル」
「ソルっ!」
「そしてサーナイト」
「ぽぉぉぉう」
「真ん中のデカイのがルギア」
「雑だな?」
ルギアの紹介の時にはだいたいざわめく。何せ、魔物が人の言葉を喋るのだ。
「喋った!」
「さっきの脅しは俺だ」
「……えー次、ルギアの足下、ウインディ」
「がう!」
「そして最後にユキメノコ」
「…………」
「注目されてちょっとご機嫌斜めかな?」
好奇の視線が気に入らないのか、そっぽを向いたままのユキメノコの視界に何かが映る。
その何かを確認しようとユキメノコが近付いた時、それは突然動いた。
「でゃぁぁぁあっ!」
「ゆきっ……!?」
「……ユキメノコ危ないっ!」
間一髪でユキメノコへの攻撃を弾いた紫音は、そのまま特技で敵を気絶させた。
「……っ、やれやれ。ゆっくり話している暇は無くなったようですよ」
「に……、人間……!」
「ルーク下がって! あなたじゃ人は斬れないでしょう!」
「逃がすか!」
隊列を組むことさえさえままならないまま、戦いの幕は上がった。
「囲まれた〜っ!」
他と離れた場所で一人戦う紫音は、あっという間に敵に囲まれてしまった。
ルーク達もそれなりの数を相手にしているが、人数が多いためそれほど苦戦はしていないが、こちらに人を回す余裕はない。そんな状況で、撃破は無理でもせめて持ちこたえなくてはならない。
「殺したくなんかないのに!」
「死ねぇ!」
「危なっ、あぁもうっ! ──舞うようにっ!」
何とか抜け道を作り、ユキメノコを抱えてみんなの元へ走る。追いすがる敵へもう一度攻撃を放って牽制した隙に仲間達の元へ戻った。
「……し、死ぬかと思った……!」
「ふむ、上出来です。強くなりましたね」
「……そりゃ、上官が鬼畜ですもん……」
合流さえ出来れば戦闘も楽になる。ジェイドの言葉に睨み付けながら返事をすれば、ユキメノコの冷たい手が頬に添えられた。
申し訳なさそうに俯く彼女の手は、上気した頬にヒンヤリ心地好い。
「よしっ、これで……!」
「ルーク、とどめを!」
ジェイドの声に従い、息も絶え絶えな兵に向かって剣を振り上げたルーク。
だが、これから何を斬るのか。
それを考えたルークの手がそのままの位置で止まった。闇雲に降り下ろしたが、相手は訓練された兵士。
呆気なく弾かれた剣は宙を舞い、離れた場所に突き刺さった。
「……あ、……?」
「ボーッとすんな、ルーク!」
呆然としたルークに、兵士が剣を振り上げる。その刃は、確実にルークの命を奪うために。
「……く……っ!」
「……ルーク!」
剣がルークを捉える寸前、ガイが兵士を斬り捨てた。
遅れて駆け寄ってきたティアがルークを庇う。
目の前で、自分を庇って切られた女の子。斬られた痛みに呻くティアを前にして、ルークは何もすることができなかった。
§ §
静かな夜に、焚き火の音が響く。
あの後、気を失ったティアの容態も考えて、今夜は野宿をすることになった。
その原因を作ったルークは、居心地が悪そうに仲間と何やら話している。一人一人と話して、その順番がやがて紫音にも回ってきた。
「……なぁ、紫音。紫音はどうして……」
「『紫音はどうして軍人になったのか』、って?」
不安そうな彼の問いに被せてそう言えば、ルークはお見通しかよ……、と顔をしかめた。
そんな事、ゲームでもしっかりと描写されていた上、実際のルークの様子を見ていれば簡単に分かる。
「……私が軍人になったのはね、私がマルクトの重要機密だからだよ。監視役がジェイド。私も生活の場が手に入る。そういう取引をしたんだ」
「重要機密って、お前……!」
「お察しの通り、私が連れてるポケモン達。……私自身は、ついこの間まで戦う力なんて無いただの一般人だった」
「……一般人……」
紫音の言葉を繰り返したルークは、遅れてやってきた驚きの感情そのままに詰め寄った。
「じゃあ……、じゃあ何でためらわないんだよ!?」
「ためらうよ。人間に限らず、生き物を殺した事なんて……、いや虫は殺したことあるか。ともかく、パートナー達を道具にさせないために代わりに私が戦うの」
静かに言い切った紫音は忘れていない。
研究所を壊滅させたポケモン達の怒りの瞳を。道具のように扱おうとした張本人が、自分の上官であることを。
「……私がやらなきゃ、みんながひどい目に遭う。そんなの嫌だから」
「……そんなにあいつらが大事か?」
「もっちろん! 手間暇かけて育て上げたんだもん!」
紫音の満面の笑みに、ルークは呆れた溜め息を返すだけ。どうやら、紫音の話は彼を決心させる決定打にはならなかったらしい。
一通り話して、寝ると言い残した彼は、ティアの側に戻って行った。
「……それがあなたの戦う理由ですか」
「聞いてたんですか。盗み聞きって、趣味悪いですよ」
降ってきた声に振り向けば、そこにいたのはジェイド。眼鏡を押し上げ、呆れたように笑っていた。
「聞こえてしまったんですよ。あなたとポケモンの絆、侮りがたい」
「……どういう意味ですか?」
怪訝に思って聞き返せば、ジェイドは溜め息を返してきた。
「あのタルタロス襲撃、我々と共にいたのならいざ知らず、私はあなたもタルタロスの中で死んだと思っていました」
「……まぁ、死ぬ思いしましたけどね」
「しかし、ミズゴロウだけはあなたが生きていると信じていたようです。……単に死が理解できなかっただけかも知れませんが」
そう言って黙り込んだジェイドに、紫音は困惑の視線を送るだけ。
「……つまり、どういう……?」
「……そのままの意味ですよ」
未だ疑問符を浮かべている紫音をそのまま放置して、ジェイドは仮眠をとる為に体を横たえた。
(自由に使役できる魔物。その考えがいかに浅ましかったか……)
今日の紫音とポケモン達の様子を見て、それは嫌と言うほど分かった。いや、研究所を壊滅させた時点で分かっていたはずだった。
「……ジェイド」
「……何でしょう」
思考の海に沈む寸前、紫音に呼ばれたジェイドが目を開ければ、月を背負った不機嫌そうな顔がある。
「……ルギア達を道具扱いすることは認めません」
「ポケモンが協力的なのは、あなたがいるからだと分かりました。そんな心配は無用です。……少し、惜しい気もしますが」
そう言って肩をすくめて見せれば、まだ不機嫌そうな顔のままだが、紫音はそれで納得したようだった。
(……私が戦う理由……、研究していたフォミクリーを棄てた今、私は何故戦っているのか……」
戦う理由、軍人だから。ならば、軍人である理由は。
そこまで考えて、ジェイドは思考を止めた。
「……やれやれ、何馬鹿なことを……」
そう自嘲気味に呟くと、ジェイドは今度こそ瞼を閉じた。
§ §
「……眠い」
「軍人たる貴方が、民間人より起きるのが遅いのはいかがなものかと思いますが」
「……そうは言われても~……、っくしゅえ!!」
夜が明けた。いや、夜はとっくに明けている。
ティアに起こされたルークは今だ眠そうだが、その横にいる紫音は、ジェイドにけしかけられたミズゴロウのハイドロポンプのおかげで全身ずぶ濡れだ。
「……紫音、風邪引かないでね……」
「……善処する……」
「さて、皆さんお目覚めですね」
ルークの準備が整ったのを見て、ジェイドが少し声を張る。内容はこれからの移動陣形だ。
「私と紫音、そしてティアとガイの四人で四角い陣形を取ります。ルーク、あなたはイオン様と一緒に中心にいて、もしもの時には身を守ってください」
「それでも危ないようなら、サーナイトにリフレクター作ってもらうから安心してね!」
紫音は、ルークが戦う決心をするであろうことは知っている。だが、その決意が見えない今は、そう言うしかない。今は、ジェイドの言葉が決定事項なのだ。
(……頑張れ、ルーク)
内心応援しつつも、先を歩き始めたジェイドを追う紫音は、ルークの言葉を今か今かと待っていた。
「ま……、待ってくれ」
「……。どうしたんですか?」
イオンがルークに一歩歩み寄る。
紫音も振り返ってルークを見れば、彼は握り締めた拳を見つめていた。
「……俺も、戦う」
「人を殺すのが怖いんでしょう?」
「……怖くなんかねぇ」
「無理しない方がいいわ」
ルークが戦う決意したいことは立派なものだ。
軍人である二人から見れば、虚勢を張っているようにしか見えないのだとしても、だ。
「……そんな全否定しなくても……、ねっ?」
「……無理しているようにしか見えないもの」
「……無理なんかしてねぇ! そりゃ……、やっぱちっとは怖ぇとかあるけど……。戦わなきゃ身を守れないなら戦うしかねぇだろ。俺だけ、隠れてなんかいられるか!」
「ご主人様、偉いですの!」
突然褒められた照れ隠しなのかミュウを足元に叩き付けたルークは、迷いながら言葉を続ける。
「……紫音も……、紫音だって、ついこの間まで、戦うことも知らない一般人だったんだろ? その紫音も戦うんだ。それに、剣の腕なら、ヴァン師匠にずっと習ってた俺の方が強い!」
「確かに……! ルークには私の分も頑張って欲し痛っ」
最後の言葉に大真面目に頷いていた紫音には、ジェイドの無言の鉄槌が下された。
「──俺も、戦う」
最初の迷いはもう無い。
紫音は拍手喝采したい気持ちだったが、他は違う。未だ厳しい面持ちで、ルークを見ている。
「……人を殺すと言うことは、相手の可能性を奪うことよ。それが身を守るためでも」
「……恨みを買うことだってある」
「……あなたは、それを受け止められますか?」
「逃げ出さず、言い訳せず、自分の責任を見つめることが出来る?」
三人の言葉は容赦無い。
もちろんそれは、ルークだけではなく紫音にも言えること。ティアと問答しているルークを見ながら、ジェイドは紫音にも同じ言葉を投げ掛けた。
「……紫音、貴方はどうですか?」
「……殺しません」
「……ではここに置いて行きます」
「えぇっ!? うぅ、その分花を植えます……」
「零点です」
「にゃーっ!!」
眼鏡を押し上げながら、ジェイドは呆れたように言う。殺すより、殺さずに無力化させる方が遥かに難易度が高いという事を分かって言っているのか。
おろおろしている紫音の様子に大げさなため息を吐いていると、ルークの問答も終わったようだ。
「……さて、あなた方の決心、見せていただきますよ」
そう言うジェイドの瞳は、値踏みをする者の冷たさだった。