外殻大地編
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「ミズゴロウ、頼みたいことがあるんだ」
「……ごろ?」
ルーク達の協力を取り付けた紫音は、艦内に与えられた自室で膝の上に乗せたミズゴロウに話しかける。
「ジェイドの近くにいて、守ってやって欲しいんだけど……」
紫音の言葉に、ミズゴロウは嫌だと首を振った。自分と離れたくないと甘えるミズゴロウに決心が揺らぎそうになるが、必死にそれを押さえつけてもう一度頼む。
「ミズゴロウにしか頼めないことなんだ。お願いできる?」
その強い言葉に、ミズゴロウは仕方ないとばかりに扉の方へ歩き始めた。
引き止めてくれることを期待して最後にこちらを振り返るが、期待に反して紫音が手を振っているのを見て今後こそ悲しそうに部屋を出て行った。
§ §
「……おや、あなたは」
「……ごろ」
視界の端に動くものを捉えたジェイドがそちらに目を向けると、ミズゴロウがふて腐れた様子でこちらに歩いて来るのが見えた。それと同時に、反対側からルーク達もやって来る。
「おや、皆さまお揃いで。私に何かご用ですか?」
ジェイドがそう言った時、彼の声をかき消すかのように警報が響き渡った。
──ウウーッ!
「まさか、敵襲!?」
「ルーク様っ、どうしよう!」
鳴り響く警報に警戒の構えを取るティアの横で、アニスがここぞとばかりにルークに抱き着いた。
今が紫音の言っていた時。そう判断したミズゴロウは、ジェイドが艦内の連絡を取り合う足元で頭のセンサーをフルに使って索敵する。
「三人とも、船室に戻りなさい」
「何だ? 魔物が襲ってきたくらいで……」
「……っ! ごろ!」
ルークが言い終わる前に、戦艦が大きく揺れた。同時に、ミズゴロウは敵の存在を察知していた。
扉の向こうに、何か大きなものがある!
「艦橋! 応答せよ、艦橋!!」
「冗談じゃねぇ! 俺は降りるからな!」
「待って、今外に出たら危険よ!」
「……ごぉぉろぉぉぉっ!」
「その通りだ……、ぐわっ!?」
襲撃者の大男に、ミズゴロウのハイドロポンプが決まった。予想外の攻撃に、大男がわずかに後退する。
「ご主人様!」
「いい働きです、ミズゴロウ!」
直後、ジェイドが放った譜術により敵のお供が消えた。だが、大男自身はジェイドの攻撃を跳ね返し、勢いのままルークを人質としてジェイドの動きを封じる。
「さすが、と言うところだが、大人しくしてもらおうか。ジェイド・カーティス大佐。……いや、死霊使いジェイド」
ティアが息を呑む音が響く。
何でもないことのように彼女の前を通り過ぎ、ジェイドはやれやれと肩を竦めた。
「これはこれは。私もずいぶんと有名になったものですね」
「戦乱の度に骸を漁るお前の噂、世界に響いているようだな」
「あなたほどでありませんよ。……信託の盾騎士団六神将、黒獅子ラルゴ」
ジェイドの言葉に、ふっと笑みを浮かべた大男。
一度手合わせしたいが、今はイオンが先だと言う彼に、ジェイドが放つ殺気が増した。
「イオン様を渡すわけにはいきませんね」
ジェイドの後ろでティアがナイフを構えるが、その手はラルゴの脅しによって素直に下がる。
「死霊使いジェイド。お前を自由にすると、いろいろと面倒なのでな」
「……あなた一人で、私を殺せるとでも?」
「お前の譜術を封じればな!」
そう言うと、ラルゴは手にあった箱をジェイドの頭上目がけて放り投げた。
『ミズゴロウにしか頼めないんだ。お願いできる?』
「ごろ!」
ミズゴロウの脳裏に響く紫音の声。彼にしか聞こえない声に答えたミズゴロウは、装置が作動する寸前にハイドロポンプを放ち、見事壁に叩き付けた。
「……いつの間にか、死霊使いから魔物使いに呼び名を変えていたとは! この魔物風情が!」
「……ごろ!?」
ことごとく予定を狂わせるミズゴロウに激昂したラルゴの大鎌が、小さなミズゴロウに振り落ろされる。
「わぁっ、危ない!」
「ミズゴロウ、逃げて!」
ミズゴロウの目の前には鎌の切っ先。思わず目を閉じてしまったミズゴロウは、ひょいっと抱えられたことに驚いた。
「……まったく、ミズゴロウに助けられてしまうとはいささか情けないですが」
そう言いながら、ジェイドはどこからか取り出した槍でラルゴをかすめる。
それをかわすためにわずかに鎌の軌道がずれて、ミズゴロウの代わりに壁が犠牲になった。
「ミュウ、第五音素を天井に! 早く!」
「は、はいですの!」
ミュウの炎に反応した譜石が、辺りをまばゆく照らす。一種の目くらましだ。
その隙に、アニスにイオンを託したジェイドは、改めてラルゴと向き直る。
「行かせるか! ……ぐぬぅっ!?」
ティアの譜歌により、その場で動けなくなったラルゴの胸を。ジェイドがその槍で貫いた。
「さ、刺した……」
目の前でそんな光景を見たルークの呟きは、ティアにもジェイドにも届かなかった。
§ §
「イオン様はアニスに任せて、我々は艦橋を奪還しましょう」
「……ですが、さっきの様子ではもう……」
「えぇ、恐らく生き残りはいないでしょう。六神将も、ラルゴ一人とは限りません」
眼鏡を押し上げながら、ジェイドは淡々と続ける。
「ですが、あなたの譜歌とルークの剣術、そして気まぐれでしょうがミズゴロウのサポートがあれば、タルタロス奪還も可能です」
「分かりました。行きましょう、ルーク、ミズゴロウ」
「…………」
「ルーク!」
「……っ! あ、あぁ……」
「…………ごろ……」
ぼんやりとしていたルークは、ティアの声に驚いたように何度か瞬きをすると、戸惑いながらティアを追い掛ける。そんな後ろ姿を見て、ミズゴロウは気遣うように鳴いた。
だがルークには、その声に答える余裕は無い。彼の顔色はずいぶん青白く見えるが、誰もそれに構うこと無く甲板への扉を開けた。
「……魔物だらけじゃねぇか……」
「予想以上ですね……」
ただでさえ多い魔物。極力戦闘を避けるために、敵から発見されにくいアーチ状の甲板経由で艦橋を目指す。
「ごろ!」
その途中、ミズゴロウが何かを発見した。
見付けたそれを大事そうに咥えるミズゴロウに、ジェイドが呆れたようにため息を吐く。
「まったく……、咥えたままでは戦えないでしょう。何ですか、それは」
「ごろ」
手を差し出すと、素直に手のひらの上に発見した物を見せてくれた。銀色に輝く羽根だ。見覚えのある色に、どこで見たんだったかと首を傾げる。
「おーい! お前がちんたらするな!!」
「失礼しました」
そうだ、これは恐らくルギアの羽根。ならば、どこかに紫音もいるはずだ。
部下が全滅していない可能性が出てきた以上、なおのことタルタロスを奪還する必要がある。
ジェイドは遅れた分を取り戻そうとばかりに歩く速度を上げ、半ば小走りに艦橋に向かった。
§ §
「……アホ面して寝てやがる……」
「ティアさん、すごいですの!」
ティアの譜歌によって眠った兵士を覗き込み、ルークがぽつりと呟いた。
そんな言葉を無視して、ジェイドはタルタロスに突入を急いでいた。見張り役として、ルークとお供二匹を選び、軍人二人で突入していったのが数分前。
「けっ、邪魔だってか」
ルークは未だに足元に転がる兵士を眺めている。散歩がてら、周囲に異常が無いか確認するために歩き出したミズゴロウは、数分も経たないうちに聞えてきた悲鳴に慌てて歩いて来た道を戻り始めた。
「ごめんなさいですの~!」
ぶんぶん振り回されるミュウ。悲鳴と一緒に炎が口から飛び出す。
その炎に、眠っていた兵士がわずかに身動きしたが、相変わらず寝息は規則正しかった。
「ごろ……」
「はぁ、驚かせやがって……。一生寝てろ、このタコ!」
「ごろ!?」
安堵のため息を吐いたのも束の間。兵士を蹴りつけることで苛立ちを発散させたルークは、起き上がらないと思っていた兵士が目覚めたことで腰が抜けてしまった。
「や、止めろ! うわぁぁあ!!」
「な、何が起きたの!?」
ルークの悲鳴に驚いたティア達が、艦橋から駆け戻ってきた。彼の手には血に濡れた剣。そして足元には血を流して息絶えている信託の盾兵士。
説明を受けるまでもなく、状況はよく分かった。今の騒ぎで、譜歌の効果が切れ始めていると危惧するジェイドをよそに、ルークはぶつぶつと同じ言葉を繰り返す。
「人を殺すことが怖いなら、剣なんて捨てちまいな、この出来損ないが!」
放心していたルークに向けて突然譜術が放たれ、彼を庇ったティアもその場に倒れた。
「さすがは死霊使い殿だ。しぶとくていらっしゃる」
「…………」
「隊長、こいつらはいかがしますか」
「殺せ」
「アッシュ、閣下のご命令を忘れたのか? それとも我を通すつもりか?」
殺せと言う命令に、アッシュと呼ばれた男のさらに上の立場らしい女がそれを咎める。
憎々しげに舌打ちしたアッシュは、渋々命令を変えた。
どこかの船室にでも閉じ込めておくように、と。
こちらには気絶した仲間が二人。彼らを抱えて戦うなど、考えるまでも無く圧倒的に不利。
大人しく拘束されたジェイドは、あと一歩及ばなかったと苦々しく顔をしかめた。
§ §
「……ルーク!」
幾度目かのティアの呼び掛けに、ようやくルークは目覚めた。ティアは安心したように微笑んだが、ルークは状況を把握しきれていない。
ジェイドが船室に閉じ込められていることを説明すると、何となく状況を把握したらしい。
だが今度は、頭を抱えて震え始めた。
イオン救出の作戦を練る二人に、堪らず声を上げた。
「そんなことしたら、また戦いになるぞ!」
「それがどうしたの?」
ティアは、彼が怯えている理由が分からないようだ。
また人を殺してしまう。そう危惧するルークに、ティアは冷たく告げた。
「……それも仕方無いわ」
「……!」
「殺らなければ殺られるもの」
「な……、何言ってんだ! 人の命をなんだと思って……」
言い募るルークに、ティアは困ったような顔をした。
更に言葉を繋げようとしたルークに、ジェイドは静かに同意する。
「そうですね。人の命は大切なものです。ですが、このまま大人しくしていれば、戦争が始まってより多くの人が死ぬんですよ」
「今はここが私たちの戦場よ。戦場に正義も悪も無いわ。生か死か、ただそれだけ」
「……っ!」
二人に諭されて、やっとルークは自分の立場を理解した。
何も知らない、好き好んでこの場に居るわけでは無いにしろ、ここにいる限り戦わなければならないのだ。
戦う意思を確認したジェイドは、通信機に向かって声を張る。
「死霊使いの名によって命じる。作戦名、『骸狩り』始動せよ!」
その声を合図に、タルタロスの動きが止まった。
どの扉も開かなくなり、廊下を塞ぐ障壁も現れた。
「すげぇ……!」
「さぁ、奴らが戻る前に、左舷ハッチへ急ぎますよ!」
閉じ込められていた部屋を飛び出して、ルーク達はジェイドの指示に従ってタルタロスを走る。
「あぁ、ここです。ここの貨物を退けると、奥に『イイモノ』があります」
「貨物を動かせばいいんですね」
艦内を動き回るのは得策ではない。そう判断したジェイドの提案により、一行は『イイモノ』があるという部屋にやって来た。
ジェイドの言葉に頷いたティアが貨物に手をかける。
「……ごろっ!」
「きゃっ! ……ミズゴロウ?」
「……ご、ろっ!」
バキバキっ!
「ひょえー、すんげぇ力」
「……その代わり、疲れて弱体化しますがね。誰かさんと違って、女性の手を煩わせたくなかったのでは?」
「……。……わーったよ、やってやる。ほら退け、俺がやっから」
「……あ、ありがとう……」
力を使い果たしたミズゴロウを腕に抱いたティアが、照れながら礼を言った。その様子を見ながら、ジェイドの頭にふとこの場にいない部下がよぎる。
(……彼女に、彼女個人の礼を言われたことがあったでしょうか……?)
恐らく、他の部下と共にもうこの世にいない彼女が何故気にかかるのか、ジェイドには全く理解できない。
はて、と考え込んでいたジェイドは、自分を呼ぶ声に我に返った。
「……さん、おいおっさん!」
「そんな何度も呼ばなくても聞こえています」
「なら返事しやがれ。コレが『イイモノ』か?」
「えぇ、これです。さぁミュウ。出番ですよ」
「みゅ?」
首を傾げるミュウに、ジェイドはニッコリと説明する。
「あれは爆薬です。ミュウの炎で、あれに点火してください。」
「はいですの!」
「おぁ! ちょと待……!」
ルークの制止も聞かず、ミュウは嬉しそうに炎を吐いた。
直後、爆音と共にもうもうと広がる煙。
「ゲホッ、心の準備くらいさせろっての!」
「みゅうぅぅう……」
「さて、時間もありません。急ぎますよ!」
「えぇ」
ルークの抗議は、ジェイドには届かなかった。
§ §
「何とか間に合いましたね」
ジェイドが言う通り、信託の盾騎士団が戻ってきた。扉が開くまでの短時間に作戦を練る。
扉を開いた兵士への奇襲をルーク。その隙に、ジェイドとミズゴロウが敵の懐に入り動きを封じる。そして仕上げにティアの譜歌で眠らせ、イオンを奪還する。
「来ます……!」
「準備はいいわね」
「当然だろ!」
確認しあった所で、タイミング良く扉が開いた。
「おらぁ! 火ぃ噴け!」
「ミズゴロウ!頼みますよ!」
「ごろっ!」
ジェイドの肩からミズゴロウが飛び出し、雑多な兵をハイドロポンプで凪ぎ払う。ジェイドも、敵の指揮官に槍を突き付けて動きを封じた。
ここまでは作戦通り。だが、ティアの譜歌が聞こえてこない。
「……リグレット教官……っ!?」
代わりに聞こえてきたのは驚きが混ざった呟き。それは、形勢逆転するのには十分過ぎる隙だった。
開いたままのハッチからライガが放つ雷撃がティアを襲い、ティアに気を取られたジェイドの槍を弾いた指揮官により、今度はこちらの動きが封じられてしまった。
「アリエッタ! タルタロスはどうなった?」
「制御不能のまま……。この子が隔壁、引き裂いてくれてここまで来れた」
「よくやったわ。彼らを拘束して……」
「……ごろっ!」
ミズゴロウが上空の何かに気付いた。同じように敵も何か気付いたようだ。
……だが、何も起こらない。気のせいだろうと、敵が意識をこちらに戻した瞬間、突然黄色が降ってきた。それは敵を切り付け、イオンを抱えて走り寄ってくる。
「ガイ様、華麗に参上」
「……ごろろっ!」
「ミズゴロウ、今は構いません。さて、もう一度武器を棄てて、タルタロスの中へ戻ってもらいましょうか?」
「アリエッタ……!」
悔しそうに唇を噛んだまま、リグレットと呼ばれた敵はタルタロスに戻っていく。それに、他の信託の盾騎士団の兵士も続く。
「さ、次はあなたです。魔物を連れてタルタロスへ」
「待って……! あの水を操る魔物は何? またアリエッタの知らない魔物!」
「『また』……?」
「イオン様も……っ! あの……、あの……っ」
「言うことを聞いてください、アリエッタ……」
泣きそうな顔のまま、アリエッタはもう一度こちらを振り返る。
「……どうして戦うの?」
「ごろ?」
「あなた、本当は……」
アリエッタが全て言い終わる前に、無情にもタルタロスの扉が閉めきられ、しばらく全てのハッチが開かなくなった。
「ふぅ、助かった……。ガイ! よく来てくれたな!」
「やー、捜したぜぇ。こんな所にいやがるとはなー」
知り合いらしい二人が雑談を始めるその横で、ジェイドがアニスの行方を尋ねる。
どうやら魔物に船窓から吹き飛ばされたらしい。
「遺体が見つからないと話していたので、無事でいてくれると……」
「それなら、セントビナーへ向かいましょう。アニスとの合流先です」
「セントビナー?」
「ここから東南にある街ですよ」
「分かった。そこまで逃げればいいんだな」
なら早く行こうぜ、とルークが先陣を切って歩き始めた。
最後尾を歩くガイが、すぐ前にいるジェイドに気遣わしげに声をかけた。
「軍人さんの部下は? まだあの陸艦に残ってるんじゃないのか?」
「生き残っているとは思えません。証人を残しては、ローレライ教団とマルクトの間で紛争になりますから」
「……じゃあ、じゃあミズゴロウはもう紫音に会えないんですか!?」
「何人乗ってたんだ?」
こちらの会話が他の連れにも聞こえたらしい。
ティアは淡白に言ったジェイドに詰め寄り、ルークは乗組員の事を聞く。
「今回の任務は極秘です。ですから常時の半数……、一四〇名程ですね」
「一〇〇人以上が……」
「嘆いている暇はありません。我々が捕まれば、さらにたくさんの人々が死ぬのですから」
ジェイドが後ろを振り返る。
先ほどまで自分達が使っていた陸艦は、今は敵を閉じ込める仮の要塞となっている。
そして、その中で死んでいった部下達。
妨害工作はまだしばらく来ないはずだった。極秘に動き、部下にも口外を禁じていた。
(何かがおかしい……)
未だタルタロスを見上げ、動こうとしないミズゴロウを抱き上げた。
「……あなたのパートナーは、何を知っているのですか?」
「……ごろ?」
部下の死は、これまでも嫌と言うほど経験してきた。どれだけ信頼していた部下がいなくなっても、何も感じなかった。
そのはずなのに。
「……おかしいですね。彼女が生きていることを望むなど……」
先に行ったルークが急かす声が聞こえる。
最後にミズゴロウを抱く腕に力を込めて、ジェイドも心無し急ぎ足で彼らを追った。