外殻大地編
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「……うっはぁ……、なんて数……」
紫音はタルタロスの最上部にいた。目的はもちろん、魔物の大群を迎えうつためだ。待ち構えていた紫音の視界の先に、空を覆い尽くす黒色が見えてくる。
「確かに大群って言ってたけどさぁ……」
あの黒が全て魔物だと思うと、今すぐ逃げ出したくなってくる。艦内でも魔物の襲撃に備えて、第一級戦闘配備の指示が出されたことを把握しながら、紫音はそれに従わずにいた。
従っていたら、恐らく真っ先に死んでしまうだろう。まだ死にたくない紫音は、武器ではなくモンスターボールを握り締めた。
「ユキメノコ、アブソル! お願い!」
その掛け声と共に、モンスターボールから三匹のポケモンが姿を現す。指示を出していないポケモンも気合十分と言った様子だが。
「ウインディ、まだだよ」
「……ワフゥ……」
うなだれたウインディをボールに戻して、気を取り直した紫音は今回の相棒達に指示を出す。
「ユキメノコは吹雪、アブソルは鎌鼬! 空から来る魔物をできるだけ落として!!」
紫音の指示にしっかり頷いたポケモン達が、冷気をまとった風の刃が大群と激突した。タルタロスの砲撃も加わって、たまらずグリフォン達が墜落していく。
だが、その数は全体で見ると微々たるもの。魔物達の進撃は止まらない。
「どれだけいるのぉ〜!?」
落としても落としても一向に衰えない勢いに、紫音は思わず悲鳴を上げた。
そんな悲鳴に構わず、走行中のタルタロスに飛び付こうとするライガの姿が見えた。さらに、グリフォンの背中からもライガが降ってくる。その唸り声と羽ばたきで、ユキメノコ達に上手く指示が通らない。
「……っ! ウインディ、サーナイト!」
このままではいけない。身の危険を感じた紫音は、手持ちからさらに二匹を戦場に出した。
ウインディの威嚇するような遠吠えに、ライガ達が一瞬怯む。その隙に、サーナイトがサイコキネシスで動きを止めて全員で仕留めるという方法で、何とかその場を凌いでいく。
だがそれを繰り返していれば、魔物達も慣れてくる。すぐにウインディの威嚇が効かなくなり、ポケモン達はもちろん紫音自身もかなり疲弊してきた。
そしてついにユキメノコが吹雪を使いきり、続いてサーナイトのサイコキネシスを使えなくなった。
この状況を打破できる手段は、もうウインディのギガインパクトしか残っていない。だがそれを使えば、全員が巻き込まれてしまう上に、使用するウインディへの負担が大きすぎる。今の彼に、それに耐えられる体力はもう残っていない。
「……絶体絶命ってこういうこと……!?」
「気付くのが遅すぎる、です……。今、楽にしてあげます」
思わず呟いた言葉に応えるように、上空から幼い声が降ってきた。見上げると、片手に奇妙なぬいぐるみを抱え、グリフォンにぶら下がるピンク髪の少女。彼女の目は確かに紫音を見据え、静かな殺気を放っていた。
信託の盾騎士団第三師団長であり、六神将の一人、妖獣のアリエッタだ。
(げぇ。アリエッタ……!)
魔物の大群を相手にするのだから、アリエッタが出て来てもおかしくはないのだが、こんな序盤で六神将と顔を合わせると思っていなかった紫音は思わず呻いた。
「アリエッタのお友達、たくさん殺した……! その報い、しかと受けよ、……です!」
強敵と戦う用意をしていなかった紫音を見下ろして、アリエッタはライガ達に指示を出す。先ほどまでとは違い、統率された的確な攻撃だ。右に左に翻弄されて、紫音達の攻撃は上手く当たらない。ポケモン達も防戦に傾き、特に唯一の攻撃技を使い果たしたサーナイトは身を守るしかできない。
「やっちゃえ!」
その声に振り返ると、ライガの爪が満身創痍のアブソルに迫っていた。
「アブソル!」
紫音が呼ぶ声に、アブソルがゆるりと反応する。
紫音が今から魔神剣で牽制しようにも、この距離では間に合わない。最悪な光景から目を逸らすように思わず目を閉じる。
その時だった。
「なんだよずいぶん大変そうじゃん? ちゃんと避けろよ、アブソル! エアロブラスト!!」
すさまじい強風がライガ達に襲いかかった。とっさにアブソルをボールに引っ込めると同時に、ライガ達が攻撃に耐え切れず音素に還っていく。
見上げれば、ライガクイーンを運んでもらったルギアが空で悠然と笑っていた。
「ルギア……?」
「おぅ!」
「……遅い、遅いよルギア!、」
「はぁ? 全力で戻ってきた伝説のポケモン様に向かって言うことかよ!」
「……また、またアリエッタの知らない魔物……!」
巨大なルギアの登場に、アリエッタは抱えたぬいぐるみを強く抱き締めてこちらと睨み付ける。
「お、何だこのちっこいの」
「……ちっこくない、です!」
「それはどうでもいいけど。まだやるか? 俺はまだ元気だけど」
「……アリエッタ、は……」
ぬいぐるみに顔を埋め、今にも泣きだしそうなアリエッタ。対する紫音は、ルギア以外のポケモンをボールに戻し、それでもまだ警戒を解かないアリエッタに笑いかける。
「ここはお互いに引きましょう! ほら、まだ別の仕事があるんじゃない?」
タルタロスの足は完全に止まっている。ポケモン達の奮戦空しく、このタルタロスは敵の手に落ちたのだ。
ならば、早急に次の手を考えなくてはいけない。
信用してくれと願いながらアリエッタに微笑みかけると、彼女はぬいぐるみを抱き締めて何やら考え込んでいる。
「アリエッタは、邪魔する人を殺します……」
「今は邪魔しません!」
「……今は?」
「うん、今は……」
紫音の返事に、アリエッタの睨み付ける力が少し弱まった気がする。そんな彼女にわざと背中を見せて、紫音は大きな独り言を言ってみた。
イオンが奪還されるとなれば、アリエッタは行動を起こすだろうと踏んでのものだ。
予想通り、ハッとしたアリエッタは、傍らに無事だったライガを呼んでそれに跨る。そしてちらりとルギアを見上げて、紫音を振り返り、再びルギアを見つめると、何も言わずに立ち去った。
「……俺ってそんなに珍しいかなぁ」
「ルギアがって言うより、ポケモンが珍しいんじゃない? とりあえずお疲れ様! そしてありがと」
予想よりかなり早く帰ってきてくれたルギアに礼を言えば、彼はプイっと明後日の方向を見る。
「嫌な予感がしたんだよ」
「……え、そうなの?」
紫音は言葉を交わしながら、じんわりと視界が滲んでくるのを感じた。この陸艦の中で、百人近くの人間が死んだ。圧倒的な戦力差がある。
そんな敵と、これから先戦っていくのだと考えると、いつしか紫音の体は震えていた。
「……怖い……」
「……人を殺すのが、か? あのちっこいのは、そのつもりで来てんだ。覚悟を決めねぇと死ぬのは紫音だ」
「うぅ、分かってるよぉ……」
情けない顔でぐずぐずと鼻をすする紫音に、ルギアは思った。
人を殺したことが無い紫音。人を簡単に殺せる力を持つ自分。同時に、ルギアが人を相手にその力を振るうことを良しとしない紫音。
その結果、こうして傷付くのは紫音だというのに。
(どうしろってんだよ……)
突破口を見付けられず、ただぼんやりと空を見上げるしかできない自分が歯がゆくて、ルギアはひそかに毒づいた。
§ §
「……そろそろジェイド達が出てきてもいい頃だと思うんだけど……」
紫音は悩んでいた。
先ほど、アリエッタに「邪魔しない」と宣言してしまった手前、これから繰り広げられるいざこざに首を突っ込むのは気が引ける。だからと言って、全てが終わってから顔を出せば、「今まで何をしていた」とジェイドにお叱りを受けてしまう。
最善策を考えて唸っていた紫音は、ふと腰にあるボールを見下ろした。
「どーします?」
『ここは先回り一択だろ』
悶々と悩み続ける紫音を見かねたのか、ルギアがぽつりと提案してくれた。この後向かうであろう街で、ジェイド達を待てばいいと。
確かに、怒られるよりはマシだろうと、紫音は仕方なくその案に乗った。しかし、この案には一つ問題がある。
「……また一人で戦うのかぁ……。皆に頑張ってもらったし? 次はトレーナーが頑張れってことかな?」
『分かっているならよろしい』
「うす……。じゃあどうやって気付かれないように降りようか」
『飛び降りる』
「ははは、トレーナーに死ねと申すか」
愉しげに言ってのけるルギアのボールを思いっきり振る。シェイクされたルギアは、目を回しながらも笑っている。ルギアだけではない。他の四匹もボールを揺らして笑った。つくづく生意気なポケモン達である。
「よーし、今日はおやつ無しにしちゃうぞっ」
『は?』
「冗談じゃないからね」
今度は抗議の意味でカタカタとボールが震える。その中の一匹、ウインディがボールから飛び出して来た。
よほどおやつ抜きの罰が嫌なのだろう、紫音の機嫌を取ろうと甘えてくる。
「ちょ、待ってウインディ! 危な……」
制止の言葉は最後まで言えなかった。右足を乗せるはずの床が消え、そのままバランスを崩した紫音の体は宙に浮かぶ。
そして、状況を理解できていないウインディと一緒に落ちる。
「……ぎゃああぁぁぁぁっ!?」
ウインディ──ポケモン図鑑にある平均体重は一五五㎏──と一緒に落ちる。
『わぁ可愛げの欠片も無い悲鳴』
「クゥン……」
「呆れるところじゃな〜い!」
落ちながらも手持ちの態度に突っ込んでしまう自分が情けない。
背中から落ちる形になった紫音は、地面までどのくらいの余裕があるか分からない。とりあえず、必死に受け身の取り方を模索するが、そんなものがすぐに見付かるはずも無く。
「よし! アニスもタルタロスから落ちたんだから問題無い!!」
『あのおちびさんには巨大化する人形があっただろ……。ダメだなこりゃ』
最終的にそのまま地面に激突した。……はずだった。
思っていたよりも軽い痛みと共に広がるのは、一面の銀世界。
「……おろ?」
「滑り込みセーフ……!」
気付けば、紫音はルギアの背中に乗っていた。
間一髪でボールから出てきたルギアが、紫音とウインディを受け止めたのだ。
「世話焼かせやがって……!」
「……はぁ〜、助かった!」
ホッとした紫音がルギア達をボールに戻していると、タルタロスを挟んで向こう側が何やら騒がしくなってきた。
どうやら、ジェイド達がタルタロスを抜けたらしい。幸い、ガイと出くわすことも無くこの場を離れられそうだ。
(……見付かる前に移動しなきゃ)
そう思った紫音は、極力音を立てないよう細心の注意を払ってその場を立ち去った。向こう側にいるミズゴロウに、小さくごめんね、と謝りながら。