外殻大地編
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「大佐ぁ! 大変なんですぅ!!」
「こんな朝からどうしたんですか? アニス」
「朝起きたら、イオン様がいないんです!」
翌朝、まだ早い時間。かなり慌てた様子のアニスがジェイドが借りている部屋に飛び込んできた。
慌てふためくアニスとは対照的に、ジェイドは呆れたように深いため息を吐いた。
「イオン様も、ですか……」
「ほぇ?」
眼鏡を指で押し上げながら、ジェイドは言う。
「紫音の姿も見当たらないんです」
「……え。ええぇぇぇっ!?」
ジェイドが紫音の不在に気付いた頃。
『おーい紫音』
「……何だい?」
その本人はチーグルの森の入り口にいた。
『一人で戦えんのか? お前ペーペーの中のペーペーだろ』
「ペーペーうるさい。今からここら辺の弱い魔物で実践の練習しようと……」
『じゃー何であと一歩踏み出さないんだよ……』
ボール越しにルギアの呆れた声が聞こえる。
彼が言うように、紫音はあと一歩が踏み出せず、森の入り口でウロウロしているのだ。
『怖いなら、大人しく守られてりゃいいだろ』
「うぅ、でもこの森でやることあるし……」
『じゃあ頑張んねぇと……、おい、紫音! 後ろだ!』
「えっ!?」
ルギアの声に後ろを見れば、いつの間にそこにいたのか、イノシシの魔物がこちらに突進しようと力を溜めている。気付くのが遅かったせいで、逃げる時間が足りない。走り出したのと同時に紫音に向かって突っ込んできた。
「うわわわっ! うわーっ!?」
『ボサっとしてんな!』
「わぁ~ん無理~!!」
『あぁくそっ! いつまで丸腰で逃げ回るつもりだ? その得物は飾りか!?』
「……あっ、そうだった!」
一通り騒いだ後、ようやく腰の得物を思い出した紫音は、慌てて双剣を構える。
魔物は、再び突進するべく力を溜め始めていた。
『来るぞ!』
「ううぅ~、怖いっ……! 魔神剣!」
剣先から衝撃波を放ち、まずは魔物の動きを止める。その隙に距離を詰めて追撃をかけた。
「舞うように!」
紫音の攻撃に、たまらず魔物は音素に還った。
初めて魔物を相手にした紫音は、自分が想定していたよりも息が上がっている。
「ハァ、ハァ……っ。できた……!!」
『一匹相手にそれだと不安だな。ほら、次が待ってるぞ』
ルギアが淡々と次の敵襲を知らせる。次の相手は植物型の小さな魔物。ただし、その数三匹。
「ホワイ複数敵!」
『構えねぇと死ぬぞ』
「うぅ、ここがスパルタ……」
『じゃあ次から教えんの止めるわ』
「死~!!」
大袈裟に嘆いて見ても、ルギアは沈黙しか返してくれない。やっとの思いで三匹を倒し、肩を落としながら森の奥に進み始めた。
本当に進んでいるのか、それとも同じところを回っているのか分からなくなってきた。
「……イオン様もルークも見付かんないよ~」
気付けば、紫音は森の奥にある大樹の傍まで辿り着いていた。相変わらず人の姿は無い。
まさか、エンゲーブを出るのが早過ぎた……? そう気落ちしていると、大樹から探していた人が出てきた。
「あっ! イオン様!」
「紫音? 何故こんな所に……」
「あなたは確か昨日の……」
イオンとティアだ。その後ろにはルークの姿も見える。
「良かった~! 先に行っちゃったかと思った~……」
「何故ここが分かったんですか?」
「イオン様は意外と行動派みたいですから、昨日の件で来てるんじゃないかと」
「うっ、おっしゃる通り……」
「私は良いので、後でアニスとジェイドにたくさん怒られてくださいね?」
「……はい。怒られるついでなんですが……、これからライガクイーンの所へ行きます」
「ら、ライガクイーン!?」
「…………」
しまった。わざとらしくなってしまった気がする。ここは首を傾げるべきだった。現に、ティアから疑いの視線が向けられている。
その視線に気付かない振りをして、紫音はどうしてそんな流れになったのかイオンに訊ねた。
「危険ですよ?」
「もちろん承知です。それでも、クイーンと交渉したいんです」
「……うーん……」
「紫音も来ていただけませんか?」
ライガクイーンは強い、戦闘になってしまった時のためにも、紫音も一緒に戦って欲しいと。
願ってもないお誘いだ。紫音はライガクイーンに用があるのだから。
「……仕方ありません、お供しましょう! 時間も無いですからね」
いろんな意味で。言いかけた言葉を飲み込んで、紫音はにこやかに笑って見せる。
紫音のタイムリミットは、ジェイドに追い付かれるまでだ。
§ §
「もうすぐ到着ですの!」
案内役のチーグル、ミュウの言葉に目を向ければ、確かに小高い丘に大きな魔物が見える。
「でっ……」
「ライガクイーン……」
「でけぇ……。話し合いなんてできんのか?」
彼女を刺激しないように、慎重に近付く。紫音の手には、サーナイトがいるボールが握られていた。
大丈夫、きっと上手くいく。そう自分に言い聞かせて、紫音はティアに声をかける。
「……ティア、ちょっといい?」
「何? 今じゃなきゃいけない?」
「うん、大事な話。ライガクイーンを眠らせたいから手伝って欲しい」
訳が分からないという表情をするティア。それはそうだろう。話し合いを目的にここまで来たのに、眠らせてしまう意味は無い。
「……卵温めてるでしょ? この時期はたぶん気が立ってて、話し合いは難しいと思うんだ。だから……」
『強制的に動かす。大胆だな』
説明の途中で、第三者の声が割り込んできた。
声の出所を探して警戒するルーク達を横目に、紫音は大きくため息を吐いた。
『お、やっちまったな』
「今さら気付いても遅いよ……」
怪訝そうな視線を感じながら、紫音は苦笑いを返す。
「説明は後でさせて! とりあえず、今は協力して欲しい」
そう懇願する紫音の後ろには、いつの間にかサーナイトが佇んでいた。
「紫音、待ってください! 僕達は交渉をするために来たんです! 手荒なことは……!」
「イオンさんの言う通りですの! それをお手伝いするためにミュウも頑張るですの!!」
ティアとルークにとっては見慣れない魔物。紫音の突飛な行動の意図が分からないイオンも、紫音の行動を止めようと慌ててその歩みを妨害する。
「手荒なって……、確かにちょっと手荒かもしれないけど」
「紫音、情報の共有は必要なことですよ」
「うっ……」
強行突破は出来そうにない。大人しく身を引いた紫音は、仕方なく口を開いた。
「……眠らせて、違う場所に移動させようと考えてました」
「移動させると言っても、あの大きさのライガクイーンをどうやって……」
「運ぶ手段があるなら、俺を先に運んで欲しいぜ」
「どこまで飛ぶつもりだったんですか?」
「無視かよっ」
ルークの不満に苦笑いをしながらも、紫音は一晩考えた作戦を話す。
まず、サーナイトの催眠術とティアの術技でライガクイーンを眠らせる。彼女が卵を温めていた魔物の巣ごとルギアにくくり付け、ここではない場所に移動させる。
「ダアト近辺の森に降ろせばいいかなと思ってたんだ。
ライガクイーンには普通の魔物より知性もあるし、魔物狩りを任せれば餌の問題も……」
「……なるほど」
しばらくイオンと見つめ合っていたが、彼が微笑んだことで緊張から解放された。どうやら、イオンの賛成は得られたようだ。
「無理を通す算段はあるようですね」
「ダメ、かな……」
「僕はいいと思いますよ。皆さんの同意が得られれば、誰も傷付かない解決策になると思います」
「じゃあ……!」
期待を込めた目で、ティアとルークを振り返る。どうするか決めかねている二人の背中を押したのはミュウだった。
「……ミュウのせいで、森を追い出されてしまったライガクイーンさんが、静かに暮らせる場所があるなら、ミュウもお手伝いするですの!」
「……俺はどっちでもいいぜ」
「分かった。今回は協力する」
その言葉を聞いて、紫音は満面の笑みでティアの手を取る。無言で喜びを表現する紫音はサーナイトに頭を小突かれるまで止まらない。ようやく大人しくなった紫音は、真面目な顔を作って作戦を話し始めた。
「ミュウは最初の作戦通り、ライガクイーンと対話して欲しいんだ」
「みゅっ……」
「クイーンがそっちに集中してる間に、私とティアがクイーンと距離を詰める」
「俺は?」
「ルークは責任重大です。ミュウとイオンを一人で守ってもらいます」
「マジかよ!?」
「できないなら私のポケモン貸すけど……」
「はぁ? いらねーよ!」
「わぁ心強い」
これで話はまとまった。ティアと目配せして頷くと、二人とサーナイトは共にライガクイーンとの距離を詰めていく。
「ちょと……! そんなにぐいぐい近付いたら……」
「気付かれない内に終わらせた方がいいと思って……」
ティアと共に、ライガクイーンまであと数メートルという所まで近付いた。ここからなら、確実に眠らせることができるはず。あとはタイミングを計るだけだ。
「……、よし、今だ! サーナイト!」
「ナイトメア!」
紫音の掛け声と共に、サーナイトとティアが同時に仕掛けた。不意打ちに成功したとはいえ、さすがは女王。そう簡単には落ちてくれない。
クイーンの咆哮に、どこからともなくライガが現れた。咆哮に体が竦んでいたミュウに、ライガの爪が迫る。
「……みゅっ!?」
「危ない!」
「……っくそ!」
間一髪のところでルークがそれを防ぎ、突き飛ばされて来たライガを紫音が切り捨てた。しかし、まだ安心することはできない。
「サーナイト! もう一回催眠術!」
足元の卵を気にしてその場から動かないライガクイーンに、もう一度催眠術をかける。先ほどの攻撃と相まって、彼女はようやく眠りに落ちた。
「よーし! 昨日用意してもらったロープをルギアに結んで……、あっ、サーナイトはしっかり眠らせておいて」
「デカ……。俺と同じ大きさじゃねぇか」
言っている傍からルギアがボールから飛び出してきた。後ろを見れば、案の定ルークは腰を抜かしているし、ティアは戦闘態勢に入っている。
「ハハ……、どうも」
「俺様がルギア様だ」
「はい、ルギア。ライガクイーンをお願いします」
胸を張ってそう自己紹介したルギアを見上げて、イオンが言った。素直に頼まれるのは苦手なルギアが、もごもごと返事するのを見ると、怒る気も消えていく。
それに今は、先にやるべきことがある。眠らせたライガクイーンをしっかりと固定して、ルギアにロープの先を結び付けて。
「……よし、できた!」
「これ、途中で落ちたりしないかしら……」
「その時はサイコキネシスで支えてね!」
「簡単に言いやがって! ……これ、重過ぎんだろ……!」
「女性に重いは失礼だよ。フレー! フレー! ル、ギ、ア!!」
「あとで、覚えとけ、よ……っ!」
ゆっくりと上昇していくルギアを見送りながら、ルークは未だに地面に座り込んだまま、ティアも疑いの眼差しを向けられたまま。
その後ろから、ジェイドとアニスの姿が見えた。紫音は間に合ったのだ。
「ミッションコンプリート!」
「イオン様~!」
「紫音! 何故こんな所に……! いえ、それよりもまず、何故サーナイトをボールから出しているんです!」
アニスは勢いのままイオンに抱き着き、ジェイドは珍しく声を荒げる。しかも、それだけでは足りなかったのか、紫音の頭にチョップまで降って来た。
「いだーっ!」
「ルギア達を一般人に見せてはいけないときつく言ったはずですが?」
「アハハ、いやーでも……」
「でもも何もありません。タルタロスに戻ったら、私と二人でお話が必要なようですね」
「マジか……」
紫音にとっては恐ろしい事をにこやかに言ったジェイドは、その笑顔のままアニスを呼ぶ。
「えと……、分かりました。その代わり、イオン様をちゃんと見張っててくださいねっ」
タルタロスを呼びに行かせたのだろう。アニスはイオンに何事が伝えた後、大急ぎで走り去って行った。
「……カーティス大佐、彼女に何を……」
「簡単なことです。今紫音に頼みごとをすると、お仕置きを恐れて逃げられてしまうでしょうから。それから、私のことはジェイドとお呼びください」
にっこりとティアに言葉を返すジェイド。その笑顔に震えていると、イオンが心配そうに声をかけて来た。
「すみません、勝手なことをしてしまって……。ルギアにも辛い仕事を頼んでしまいました」
「あなたらしくありませんね。悪いことと知っていて、このような振る舞いをなさるとは」
ジェイドの矛先が次はイオンへと向く。口調こそ穏やかだが。イオンへの追求が終わらない。
「……おい、謝ってんだろそいつ。いつまでもネチネチ言ってねぇで許してやれよ、オッサン」
「おや、巻き込まれたことを愚痴るかと思っていたのですが、意外ですね。まぁ、時間もありませんし、今回はこれぐらいにしておきましょうか」
この話は終わりだとジェイドはイオンに告げる。ようやく親書が届いたのだ。
急いで森を出ようと提案するジェイドに、ミュウがルークの頭上に乗って反論した。
「ダメですの! 先に長老へ報告するですの!」
「……人間の言葉を話す魔物が他にもいたとは」
「……っの! 人の頭に乗るんじゃねぇ!」
ルークがミュウを踏みつけているのを眺めながら、紫音は憂鬱な気持ちを吐きだそうと深いため息を吐いた。
次に待ち構えているのは、魔物の大群。
「どうしよう……」
「おい紫音! どうしたんだよ置いてくぞ!」
「ルギアはいないし……、ってうわぁ! ちょ、待ってよ~!」
慌てて走り出した紫音を、木陰から黒い人影が見ていた事には誰も気付かなかった。
§ §
「こうして、小動物達の会話を聞いているのも面白い時間ですね」
「動画に撮りたい」
「……かわいい……」
「は? 何てった?」
ポロリと漏れた本音を聞かれてしまったティアは、慌てていつものクールな顔に戻した。その隣で、紫音が隠し持っていた携帯電話を使ってチーグル達の様子をパシャリと写真に収める。
「これでいつでも可愛い姿を見られるぞ~」
「…………」
「ティアも見る? 隠さなくてもいいのに」
「か。隠してなんかないわ」
「話はミュウから聞いた。ライガ達にとっても、我々にとっても救われる方法を選んでくれたそうだな。二千年を経てもなお、約束を果たしてくれたこと、感謝する」
ティアに写真を見せていると、ミュウと話し終えた長老が感謝の念を述べる。それに微笑んで、イオンは当たり前のことだと答えた。
「チーグルに助力することは、ユリアの遺言ですから。当然です」
「しかし、元はと言えば、ミュウがライガの棲家を燃やしてしまった事が原因。……そこで、ミュウには償いをしてもらう」
償い。長老の口から発せられた言葉の重みに、どうするつもりなのかとティアの声が大きくなる。
償いの内容を知っている紫音も、その場の雰囲気に何も言うことができない。
「……ミュウを、わが一族から追放する」
「それはあんまりです!」
「無論、永久にではない。聞けば、ミュウはルーク殿に命を救われたとか。チーグルは恩を忘れぬ。ミュウは季節が一巡りする間、ルーク殿にお仕えする」
その決定に、ミュウは喜んでルークの傍に駆け寄って来た。そんなミュウを足蹴にして、ルークは俺は関係ないとそっぽを向く。
眉間にしわを寄せたままの彼に、ティアは連れて行くといいと笑いかけた。
「はぁ? 俺はペットなんかいらねぇっての。お前が連れて行けよ」
「チーグルはローレライ教団の聖獣ですよ」
吐き捨てるルークに、今度はイオンが自宅で可愛がられると薦めている。
「けっ、分かったよ! ガイ達への土産ってことにでもするか……」
「可愛いお土産ができたね」
「ミュウはお土産じゃないですの! よろしくですの、ご主人様!」
「ぬぁー!!」
ルークの眼前にふわふわと飛んでそう言ったミュウを掴んで、ルークは地面に叩きつけた。何が気に入らないのか、頭を掻きむしるルークを無視して、ジェイドは森を出ようと提案する。
「けっ、偉そーに」
「偉いもん」
「あぁ?」
「何でもないです~!」
あまりルークにちょっかいをかけすぎて、嫌われてしまったら和平の話も断られてしまいそうだ。ぐっと我慢して、ルークの機嫌を取ろうと決めた。
「ほら、森だと魔物だけじゃなく虫も出そうじゃない? 早く森出ようよ」
「……確かに、木の上から急に降ってきたらキモいな」
「でしょ?」
そう言うことなら、とそれ以上文句も無く歩き始めたルークに、紫音はほっと胸を撫で下ろす。
「……お? あの子お前の護衛役だな」
「はい、アニスですね」
何とか森の入り口まで戻って来た。いいタイミングで、こちらに走って来るアニスの姿も見える。その後ろには、数人のマルクト兵も続いている。
「おかえりなさーい!」
アニスはにこやかに一行を出迎えた。その笑顔に負けない笑顔で、ジェイドはタルタロスの所在を訊ねる。
「ちゃーんと森の前に来てますよぅ。大佐が大急ぎでって言うから、アニスちゃん特急で頑張っちゃいました!」
話が見えないルークが、ジェイドに詰め寄る。ティアもこの状況に戸惑うばかりだ。
そして……。
「大佐~、何で私まで捕まってるのか聞いてもいいですか~?」
「あなたは話があります。ついでです。つ、い、で」
二人と同じように、紫音も同僚に囲まれていた。
(わぁいい笑顔!)
「紫音のことはまた後ほど。そこの二人を捕らえなさい。正体不明の第七音素を放出していたのは彼らです」
「ジェイド! 彼らに手荒なことは……」
ジェイドの言葉に、イオンが慌てて止めに入った。だが、彼の言葉にジェイドはにこやかに笑って首を振る。
「ご安心ください。殺すつもりはありませんよ。……彼らが抵抗しなければ、ですが」
笑顔の裏を感じ取ったのか、ルーク達は大人しく兵士達に捕まった。
「いい子ですね。……連行せよ」
ジェイドの言葉を合図に、一行はタルタロスに向け歩き始めた。