外殻大地編
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「まぁまぁ、親書が到着するまで、ですか……」
「えぇ、間もなく到着すると聞いているのですが……」
紫音達は、エンゲーブを取りまとめるローズ婦人のお宅にお邪魔していた。
村の農業だけでなく、農作物の取引までまとめている彼女は、とても気持ちのいい女性だった。一通り話を聞くと、快く受け入れてくれた。
「構いませんよ! 必要でしたら、食材も一緒に調達して行きますか?」
「それは助かります」
「いえいえ! イオン様もご一緒しているということは、重大なお仕事なんでしょう? 準備は万端にしておかなくっちゃね!」
ニコニコと笑いながら、聞いてはいけないことを何となく察している。
ジェイドに黙って横にいるように指示された紫音は、これが軍人に対する接し方なんだろうかと、この世界の生活を少しだけ垣間見た気がした。
「……離せ! 離せっつってんだろ!」
「うるせぇ! 泥棒は黙ってろ!!」
「何だい、騒がしいねぇ」
ジェイド達が当面の方針を話し合っていると、何やら表が騒がしくなってきた。怪訝な顔で外に目を向けた二人の目の前で、扉が騒々しく開く。
「うわっ」
「おっと悪いな! ローズさん大変だ!」
「こら! 今軍のお偉いさんが来てるんだ! 扉を蹴破る以上に大変な事なんてありゃしないよ!」
危うく扉とぶつかるところだった。紫音にとりあえず謝りながらも、なだれ込んできた村の男達は止まらない。オレンジ色の長髪を掴んでローズ婦人の前に引きずり出した。
「大人しくなんかしてられねぇ! 食料泥棒を捕まえたんだ!!」
「だから違うって言ってるだろう―が!」
「ローズさん! こいつ、漆黒の翼かもしれねぇ!」
「……証拠はあるんですか?」
あまりにも一方的にルークを責め続けるので、見かねた紫音が助け舟を出す。
いくらルークが蒔いた種とは言え、少しかわいそうだ。
「そーだ。証拠を出しやがれ!」
「それに、漆黒って感じじゃないですよね?」
「うぐ……、でもよ……」
「ほら見ろ! 泥棒してねぇんだから、証拠なんてある訳無い!」
「おやおや。威勢の良い坊やだねぇ。みんな落ち着きなよ」
ローズ婦人の一言で、ようやくみんな落ち着きを取り戻した。解放されたルークは。文句を言いながら肩を回している。ようやくルークに追い付いて来たティアにも文句を言い始めた。
「そうですよ。証拠も無く一方的に責め立てるのはよくありませんよ」
「大佐……」
それまで優雅に出されたお茶を飲んでいたジェイドが、ようやくルークたちの方を振り返る。
「何だよ、あんたは」
「これは失礼いたしました。私はマルクト帝国軍第三師団所属、ジェイド。カーティス。階級は大佐。そして、そちらにいるのが……」
「針谷 紫音です。えーっと、アナタハ?」
「何で急に片言になるんだ? まーいいや! 俺はルーク! ルーク・フォン……」
「ルーク!!」
「な、何だよ……」
「忘れたの? ここは敵国なのよ!?」
ジェイドと紫音に合わせて、フルネームで名乗ろうとしたルークをティアが慌てて遮る。ルークの手を引いて人の輪から外れると、小声で注意を促しているのだが……。
(丸聞こえだ~)
同じ空間にいるのだから、いくら声を潜めても聞こえてしまう。ちらりとジェイドに目を向けると、彼はにこにこと笑顔で二人の会話が終わるのを待っていた。
「急にどうかしましたか?」
「わざとらしい……」
紫音の呆れた視線を受け流し、ジェイドは会話が終わったティアに向き直る。
「失礼しました、大佐。彼はルーク、私はティア」
ジェイドに対してまったく物怖じしない所はさすがだ。
ティアがここに来るまでの経緯を簡単に説明するのを横目に、紫音は自己紹介を遮られた意味が分からないと言いたげなルークにカマをかける。
「……ルーク、って言ったよね?」
「あぁ? そうだぞ、ルークだ」
「フォンってことは貴族でしょ?」
「まぁな!」
「ん〜? でも赤い髪と緑色の瞳を持つ貴族って確かマルクトにはいなかったと思うんだけど……。一般兵が知らないだけかもね? そうだよね?」
「…………は」
にっこりと笑いながらそう言うと、少し間が合ったものの、ルークは慌てて紫音から距離を取る。
「な、なななな何でだよ!」
「貴族の子息は、振る舞いに気を付けなきゃいけないんだぞぅ。誘拐を考える過激な人がいるかもだし、もうマルクトではフルネーム名乗っちゃダメだよ?」
言いたいことだけ言って、ジェイドの隣の戻った紫音の背中を見て、ルークは言葉が出てこずに口をパクパクさせるだけ。
ルークが大人しくなったのを見計らったかのように、外からにこやかに笑う少年が顔を覗かせた。
「彼が犯人でないという証拠なら、ここにありますよ」
「イオン様!」
開いたままの扉から、イオンが入って来た。紫音が記憶している通り、アニスを連れず一人で、だ。
(あーぁ、今頃探し回ってそう……)
大人しそうな見た目に反して、行動的なイオン。
気になることがあり、食糧庫を調べていたというイオンの手には、もこもことした毛玉があった。
「こいつは……! 聖獣チーグルの抜け毛だねぇ」
「えぇ、恐らくチーグルが食食糧庫を荒らしたのでしょう」
「ほら見ろ! だから泥棒じゃねぇって言ったんだ!」
イオンの言葉に勢いを取り戻したルークは、村人たちを怒鳴りつける。
そんなルークに、ティアは淡々とお金を払わなかった事実を思い出させた。
「しょーがねぇだろ! 金払うなんて知らなかったんだから」
「うーん貴族発言」
「何だとォ!?」
心に留めておくつもりだった言葉が口に出ていたらしい。紫音の言葉に反応したルークが、次は紫音に掴みかかろうとする。
それを止めたのは、意外な人物だった。
「はいはい、お二方落ち着きなよ。……あんた達、この坊やに言う事があるんじゃ無いのかい?」
新たな騒ぎが大きくなる前にと、ローズ婦人が村人達に顔を向ける。気まずい顔を見合わせて、ルークの横にいた村人の謝罪を皮切りにそれぞれ頭を下げた。
「坊やも、これで許してくれるかい?」
「……俺は坊やじゃない」
「あぁ、ごめんよルークさん。どうだい? 水に流しちゃくれないかい」
「……別にどうでもいいさ」
ふて腐れた顔のままだが、ひとまずはルークは謝罪を了承してくれたようだ。
「そいつは良かった! さて、あたしは大佐達と話がある」
さぁ、帰った帰ったとみんなを家の外に追いやるローズ婦人の後姿を眺めながら、ジェイドがぽつりと呟く。
「……ファブレ、か」
「ルークがいてくれたら、和平を結ぶのも楽になりそうですね!」
「…………!」
紫音の言葉に驚いたように目を見開くジェイドに、さらに笑みを大きくしてジェイドの肩を引っ張って屈ませると、そっと耳打ちした。
「作戦の部外者じゃなくて、協力者にしちゃいましょうよ」
「……なるほど、悪くない提案です。無事に送り届ける代わりに……、ということですね」
悪戯を企てているかのように言うと、ジェイドもいい案だとあっさり乗って来た。
「騒がしかったねぇ。さてと大佐、これからのことなんですがね……」
「はい、そのことでしたら……」
ローズ婦人が話し合いに戻って来た。
正直、軍に関する会話は紫音には分からないことが多い。とりあえず、扉の前に移動して見張りの振りをしながら、紫音は明日の身の振り方を考え始めた。