外殻大地編
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「凍えるかと思ったぁ……」
「確かに寒かったですが、街を空から見下ろすという経験は初めてです」
紫音達は、本隊との合流地点であるセントビナー付近まで空を移動してきた。
紫音以外は初めて空を飛ぶという経験をした訳だ。特にイオンは、興味深そうに街を見下ろしていた。夢中になりすぎて、何度かアニスが引き戻す程に。
「寒くなるなら言ってよぉ!」
「そのための外套だったんですけど……」
「てっきり身を隠すためのものだと……」
「うーんごめん! 次からはちゃんと言うね!」
「次があるの……?」
もう空を飛びたくないと言いたげなアニスの様子に、ルギアが憮然とした顔になった。その顔をずいっとアニスに近付けると。大げさにため息を吐く。
「文句あるなら、別に飛び降りてくれたって良かったんだぜ」
「はぁ? あの高さから? 馬鹿じゃないの!?」
「誰のおかげでこんな早く移動できたと思ってんだ」
「いい? イオン様は体が弱いの! 生意気なこと言ってないでもっと考えて飛べないの?」
「知るかよ。残念だが俺は生意気な性格なんでな!」
ルギアとアニス。お互いムキになって言い合っている辺り、似た者同士なのかもしれない。
「ぶっ潰す!」
「おぅおぅやってみろこのおちびちゃん!」
前言撤回。本格的にバトルが始まる前に、慌てて紫音が二人の仲裁に入った。
「ルギア、目立つからそろそろ戻ってくれるかな~?」
「……わぁったよ……」
「アニスもごめんね……! 人目に付かないようにするには、高い所飛ぶしか無くて……」
「……今度はちゃんと言ってよ」
「ありがとう!」
何とか二人を宥めて、ほっと息を吐く。
「終わりましたか?」
「……終わりました!」
そして、喧嘩の仲裁をするでもなく眺めていたジェイドは、騒ぎが終わってようやく声をかけて来た。
にこにこと笑うジェイドに、アニスも何かを察したかのようにため息を吐く。
「……ぶーっ」
「むくれてても可愛いよ!」
「はぁ?」
可愛い、と言ったら思いっきり変な顔をされてしまった。内心傷付いていると、彼女はその表情のまま紫音を置いて歩き始める。
「初対面の人に可愛いって言われても怪しいだけなんですけど」
「じゃあ毎日言うね! 可愛いよ!」
「ついでに、女の人に言われても嬉しくない」
「そんなこと言わずに!」
「待ってくださいイオン様~!」
紫音を冷たく見たアニスは、そのまま進む速度を上げてイオンの横に並んだ。置いて行かれた紫音も、慌てて置き去りにされないように走り始めた。
§ §
「ほへ~! 紫音ってホントに軍人だったんだ~」
最新鋭陸艦、タルタロスの本隊と合流した紫音とジェイドは、それぞれの軍服に袖を通す。
着替えを終えて、部屋で待っていたアニスとイオンの前に立った第一声がそれだった。クスクスと笑うアニスに、イオンも驚いた顔をしている。
「ジェイドは、私服でもそれとなく威厳がありましたが……」
「軍人になってそんなに経ってないし仕方ないよ!」
「うんうん、着られてる感がすごい」
「ほほぉ、言うではないか! そんなことを言うのはこの口か~!」
「きゃー!」
仕返しとして、アニスの頬を引っ張った。きゃあきゃあと騒ぐ二人をよそに、ジェイドは慌ただしく部下から報告を受けている。
「……エンゲーブ方面から……、……の、……が……」
「このタルタロスで追えるか?」
「はい、問題ありません」
「ならば、すぐ追跡に入る」
「はっ」
内容までははっきりと聞こえてこないが、何やら緊迫した空気になって来た。
アニスと遊んでいると、ジェイドが手招きしている。二人をそのまま部屋に残し素直に駆け寄ると、ジェイドは紫音に短く指示を出した。
「漆黒の翼が……、盗賊が出ました。これから、このタルタロスで追跡します」
「今は捕まえられませんよ。橋を落として逃げられます」
「なるほど、あなたが知る未来ではそうなると」
漆黒の翼が逃亡の為に橋を落とし、そのせいで遠回りをすることになるのは、物語通りだ。
「その前に、捕えればいいだけの話です。……そこの辻馬車! 道を開けなさい、巻き込まれますよ!」
(辻馬車!?)
ジェイドの声に窓の外を見れば、確かにタルタロスの進行方向に小さな辻馬車が走っている。
ガタガタと道を外れていく馬車を見ながら、紫音の頬は自然と緩む。
(あの中にルークとティアが……)
まだ見ぬティアの可愛さに思いをはせていた紫音は、作戦中だとジェイドに怒られて渋々持ち場に戻った。戻っても心はティアのことでいっぱいだ。
「大佐! 奴ら、橋を渡り終えて爆薬を仕掛けている模様!」
「……タルタロス停止せよ。譜術障壁起動」
「譜術障壁起動!」
タルタロスの艦内は、ジェイドの一声で途端に慌ただしくなった。
馬車に対して、こちらは陸艦。機動力は圧倒的に上回っているが、その大きさのせいで小回りが利かず思ったよりもてこずってしまった。
「は、橋が! ローテルロー橋が落ちます!」
「まさか、本当に……! 総員、衝撃に備え……」
ジェイドが指示を出し終わる前に、凄まじい衝撃がタルタロスを襲う。
馬車相手にかなりの速度を出していたタルタロスは、河岸すれすれの所でようやく止まった。慣性の法則に従って頭をぶつけたのは紫音だけではなく、艦内のあちこちで小さな悲鳴が聞こえてくる。
「辻馬車が無ければ……!」
「だから言ったのに……」
そう文句を言ったものの、盗賊を見付ければ軍として捕まえなければいけないのも分かる。
たんこぶになりそうな頭をさすりながら、紫音はジェイドを振り返る。
「大佐、追いますか?」
「……いや、見失ったのなら今は捨て置いたままでいい。そろそろエンゲーブに親書が届くはず。このままエンゲーブに向かう」
指示を出し終えたジェイドは、まだ頭をさすっている紫音に目を向けた。
預言とは違う未来を知っているという話も、今回の件で信憑性が増した。まだ見極めなければならないことはあるが、ひとまず針谷 紫音と言う人間は信用して良さそうだ。
自分に見つめられてみるみる顔が赤くなっていく紫音に、ジェイドはにこやかに言う。
「そう言えば、あなたに双剣を渡していませんでしたね」
「使えるようになったの?」
「えぇ。いつまでも丸腰という訳にもいきませんからね」
着いて来るように言って歩き出すと、紫音が小走りで着いて来る。武器庫に案内すると、彼女は興味深そうに乱雑に置かれた武器を眺めた。
「ありましたよ。これです」
手招きすると、目を輝かせていた紫音は転びそうな勢いで駆け寄って来た。
「そんなに楽しみだったんですか?」
「剣と魔法の世界! 魔法……、譜術の才能は無いけど、剣は使ってみたかったんだよね!」
「……そうですか」
時々、紫音
の言う言葉がよく分からない。まぁ、楽しそうならいいだろうと思い直したジェイドは、彼女に双剣を渡す。
ルギアが拾ってきた時のボロボロの姿が嘘のように、金属特有の無機質な光を反射する双剣を腰に装備した紫音は嬉しそうに笑った。
「まだ双剣の扱いには慣れないでしょうが、このあたりの魔物は初心者向けです。実戦で慣れてくださいね」
「スパルタっすね……」
「スパルタ?」
紫音が不満げな顔をしたが、ジェイドには文句の意味が分からない。首を傾げると、彼女は説明できないのか言葉に詰まった。
「まぁいいでしょう。部下には早く強くなって欲しいですからね。優しさですよ、優しさ」
「ぐぬぬ……」
紫音が反論の言葉を探している間に、ジェイドはそのまま武器庫から出て行ってしまった。
「……どうやら、死なれては困るようですから」
小さく呟いた言葉は、陸艦の駆動音に飲まれて消えて行った。