外殻大地編
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「わぁ~んもう無理です~!」
「泣き言を言うな! 大佐からお前を任されているんだ! もっと気合を見せろ、新入り!!」
紫音がマルクト帝国の軍人として拾われて、一か月が経とうとしていた。
敵と直接戦闘する事が無い情報管理部隊に配属されたものの、一般的な戦闘兵と同じように厳しい訓練が待っていた。
もちろん、これからの事を考えればまだまだ手ぬるいのだろうが。つい先日まで格闘技すらやらずに生きてきた一般人だった紫音には、この訓練は少々辛い。
「うぅ……、死ぬ……」
「このくらいでは死なん!」
「ひぇ~!」
とりつく島も無い。紫音はしなしなとその場に座り込んでしまった。
「はぁ……、まったく。戦闘経験が無い人間を使える程度に鍛えるように依頼されていると言うのに。これでは全く使えないままだな」
「そんな……」
「まぁ良い。少しだけ休憩を入れよう。訓練内容を考え直す必要もありそうだ」
「すみません……」
力なく倒れたまま動かない紫音を見かねた教官が、仕方なく休憩を言い渡す。ぱったりと倒れ込んだ紫音は、訓練場から見える空を見上げて大きなため息を吐いた。
「頑張ってるのに……」
ぽつりと呟いた紫音に応えるように、空の一角に白い点が現れる。徐々に近付いて来るそれは、目立つからあまり空を飛ばないようにと言われているはずのルギアだ。
「死んでんのか?」
「生きてますけどぉ……」
ルギアを叱る元気も無い。力を振り絞って何とか起き上がった紫音に、彼は楽しそうに笑っている。
「せっかく剣と魔法の世界に来たのに、譜術の才能ナシなんて……」
「ウキウキしてたのにな」
「ファイヤーボール! とか唱えてみたかったぁ! ファイヤーボールと言わず、メラとかイオとか……、やっぱり憧れるじゃん!」
拳を握って力説する紫音だったが、話し相手のルギアの反応はいまいちだ。彼にとっては興味が無い事だとしても、紫音にとっては重要な問題なのだ。
「ふあ~ぁ、そうだな。とりあえず気合入れて叫んでみれば変わるんじゃね?」
「ご希望ならザキとかありますけど?」
「よく分かんねぇけど風のやつで。俺のエアロブラストとどっちが強いか競争しようぜ」
「圧倒的にエアロブラストでは?」
そう言いながら、紫音は呪文を唱える雰囲気を作り始めた。
まず大きく息を吸って、指先に意識を集中する。ドラ〇エの勇者達はコマンドを選べば簡単に呪文を唱えていたけれど、譜術の才能無しと診断された紫音は、ものすごく集中する必要がある気がする。
「よしっ……、何か行ける気がしてきた」
「ホントかよ……」
「すぅー……、バギ!!」
ありったけの気合を込めて、バギを唱える。ルギアが口笛を吹くのを聞いて、ようやく成功したらしいと理解した紫音は、恐る恐る目を開けた。
小さな竜巻が、訓練場の土を巻き上げて空に消えていった。バギを唱えられたと両手を挙げて喜んだのも束の間。
「できたー! ……あれ……?」
膝から崩れ落ちて、そのまま地面に倒れ込む。受け身も取れなかった紫音は、顔から地面に激突する事になってしまった。
「紫音!?」
「ち、力が抜けるぅ……」
「譜術を使うからですよ!」
ルギアが驚く声と共に、ジェイドの声も近付いて来る。
地面に突っ伏したまま動けない紫音は、二人分の足が目の前に迫ってくるのを眺めるしかできない。
「眼鏡! 紫音が呪文を唱えたら急に……!」
「ルギアがここにいることについて今は不問にしましょう。それよりも紫音です。何故譜術を使ったのです!」
「わぁ! ……ひょえ!?」
体を転がされて仰向けになったと思ったら、ジェイドに軽々と抱き上げられていた。何が起こったか分からずにされるがままの紫音は、じろりと睨まれて思わず背中が震える。
「譜術の才能が無いと言いましたよね?」
「はい……」
「上手く使えない力は、身を滅ぼすだけです。使えたからと喜ぶ場面ではありません」
「うぅ、ごめんなさい……。せっかくなら譜術使いたかったんですぅ……」
「俺が煽ったんだよ! だから紫音を怒らないでやってくれ!」
謝罪を繰り返す紫音と、わぁわぁ彼女を擁護するルギアに挟まれて、ジェイドもやれやれとため息を吐いた。
「はぁ、これで理解したでしょうからこれ以上は止めておきましょう」
「じゃあ下ろしてもらっても……?」
「倒れる程の負担ですよ? この後医務室に運びます」
「このまま!?」
「はい、罰です♡」
「おわぁ~! 眩しい!!」
「はい?」
「何でも無いですぅ!!」
「軍人も大変なんだな……」
「何とでも言え~!」
紫音を擁護していたはずのルギアは、いつの間にか紫音をからかう側になっている。思わずルギアを睨んだ紫音は、ようやくルギアがその手に大事そうに何かを隠し持っている事に気付いた。
「あれ? ルギア何拾ってきたの?」
「あ? ……あ、これか。海の底に刺さっててさぁ。武器だったら紫音使えないかなって……、こういう眠れる武器みたいなの好きじゃねぇかな……、って……」
尻すぼみになりながらもそう言ったルギアは、紫音の上にぼとぼとと武器を落とす。
ジェイドに抱えられているせいで受け取れないから仕方ないとは言え、急にそんな渡し方をされた紫音は呻くしかできない。
「ぐぇ」
「おっと。……ふむ、双剣のようですね。攻撃性を高める為に、形の違う二本を一組としたもの……。ですが、長い間深海に浸かっていたせいで随分錆びていますね」
「使えない……、ってことか!?」
ジェイドの言葉に、せっかく拾って来た物が使えないのかと、ルギアは見るからに落胆している。
「それは紫音次第です。せっかくルギアが拾って来た物ですし、あなたが使いたければ、手入れさせますが?」
ジェイドに問いかけられた紫音は、恐る恐る双剣に手を伸ばす。
錆びた柄を握り締めてみると、驚くほど手に馴染んだ。
「……使います!」
「使ってくれんのか!?」
先ほどまであんなに落ち込んでいたのに、ルギアは一転して大喜びしている。
「そんなに喜ぶなら使って差し上げよう」
「けっ、生意気だな! 俺が拾って来たんだぞ? 使って当然だって」
「まぁ生意気! 誰に似たの?」
少しはトレーナー思いなのかと思ったが、それは勘違いだったらしい。
すっかりいつもの生意気なルギアだ。
「この双剣は癖がありそうですよ。バランスも違うので、一筋縄ではいかないでよう。その覚悟はありますか?」
「はいっ!」
「いい返事です。では、このまま医務室に行きましょうか」
「……忘れてたぁ……」
解散の言葉に、ルギアは大きく伸びをして、また空に飛び立っていく。
できるなら、ジェイドの腕から助け出して欲しかったが無理な相談だろう。双剣を抱き締めて、ジェイドの腕で大人しくなった紫音は、緊張で医務室に到着するまで一言も話す事ができなかった。