我らの主は不器用さん



「終わったのですね」
 太郎太刀に教えられた禊を終え、先程まで着ていた制服では無い普段着に袖を通した少女の姿を認めるなり、ずっと待っていたらしい江雪が静かに近付いてきた。
 手を、と促されて大人しくそれに従えば、彼は幾度かそうしたように少女の手を握り静かに目を閉じる。
「……良かった。気の流れも落ち着いている様です」
「どうして分かるんですか?」
「我らは付喪神。こう見えて、神の端くれですから」
「……かみさま」
 まるで、神様は本当にいたんだと言いたげなその様子に、江雪は静かに目を伏せた。
 首をかしげる気配に、江雪が頭を振って何でもありませんよ、と微笑めば、彼女は小さく頷いた。
「皆はこの本丸の穢れを浄化する手はずを話しているはずです。私達も行きましょう」
「浄化……? 掃除すれば落ちるんじゃないんですか?」
「汚れと穢れは違うのです。……悪意がこびり付いている、と言えば良いでしょうか……」
 自分の説明を聞いても、いまいち理解できないらしい様子を見て、江雪はさらに噛み砕いた説明をする。
 普通の掃除をしても意味が無いのです、と話をまとめた江雪は、少女を主と認めた皆が集まっている部屋へと彼女を招き入れた。
 部屋に入った途端、全員の視線が自分に集まるのを感じた少女が反射的に江雪の背中に隠れるのを見て、一番入口に近かった小夜がそっと近付く。
「みんなあなたを待っていた」
「私を……?」
「大事な話をしとったぜよ。ちょうど話もまとまっとったとこじゃき、おんしも聞きんせ」
 陸奥守に笑顔で手招きされ、小夜に静かに手を引かれた少女は、恐る恐る男士達の輪の中に混じって腰を下ろした。
 右には陸奥守、左に江雪が座るその場所に腰を落ち着けたのを見ると、まず岩融が口を開く。
「俺達も、この穢れの中にこのまま身を置くと気が狂いそうなのだ。ただの人間であるお前が、これに耐え続ける事なぞ不可能」
「事実、君は既に胸の苦しみを訴えたね? 禊をしたからひとまず良いけれど、この穢れはじわじわと君を蝕み、やがて穢れに喰われるだろう」
 岩融に続いた青江の言葉に、少女は先ほど傷んだ胸に手を当てる。今はもう何とも無いが、あの心臓を握り潰される様な痛みはもう嫌だ。
「どうやって穢れを浄化するんですか?」
「その事なんじゃけど……」
 言い淀んだ陸奥守は、何て言ったもんじゃろな……、と言葉を探している様だ。
 そんな彼の向こうから審神者に顔を見せるのは秋田藤四郎だ。正座した状態で上半身だけ動かして顔を見せた彼は、困った事になっているんです、と陸奥守の言葉を後押しする。
「太郎さんがざっと見て回った所、穢れが濃すぎて、何処が穢れの大本なのか分からなくなっているんだそうですよ」
「…………?」
「あー……、つまりじゃな、複雑に絡み合った穢れを祓うにゃあ、入念な下準備が必要になるっちゅう訳じゃ」
 曰く、太郎太刀が溜まりに溜まった穢れの要を探す。
比較的新しい穢れの要を祓えば、次の穢れの要も見えてくる。
 地道な作業だが、目に入る穢れを浄化していくよりは効率的らしい。
「私が穢れの要を探します。あなたは、その要にあなたの霊力を通して祓う事をお願いします。新しい穢れはそうでも無いでしょうが、恐らく古い穢れを祓うには相当の労力を必要とするでしょう。焦る必要はありません。適宜禊でその身を浄め、体調を鑑みる事を忘れぬ様に」
「……でも、急がないと気が狂いそうなんじゃないんですか?」
 先ほどの岩融の発言を覚えていた少女の疑問に、それを発言した本人も、周囲にいた男士達も揃って苦笑いを浮かべた。
 何故そんな反応をされるのかが分からず、何か余計な事を言ってしまったのかと顔を青ざめさせた少女に、陸奥守が心配せんでも大丈夫じゃ、と彼女を安心させるように笑う。
「わしらも神の端くれよ。人間の想い一つでどうとでもなる」
「……つまり?」
「大将が、俺らの気は狂わないって信じてくれている限り、どうにか持ち堪えられるってこった」
「……それで我慢できるんですか?」
「我々は人の想いから産まれたもの。故に、他の神よりも人の心に敏感なのですよ」
「…………?」
 何度か瞬きを繰り返して、少女は助けを求めるように江雪を見上げる。先ほど、分かりやすく説明してくれた彼を頼る行動に、江雪を挟んで少女の反対側にいた男士が大きなため息を吐いた。
「つまり、僕達の自我を心配するより、あなたが自分自身を省みて、焦らずに祓って行く事が大事なんですよ。
分かったらさっさと休みなさい」
「……宗三兄様」
「宗三、あなたも言い方を省みなさい」
 突き放す様な物言いをしながら、宗三がさっさと休めと鼻を鳴らした。
 そのあまりの物言いに顔をしかめた兄弟の忠言に罰が悪そうに目を逸らした宗三は、僕も休みます、と言い残して部屋を出て行ってしまう。
 話に付いて行けず、唖然としてその後ろ姿を見送った少女は、蜻蛉切に呼ばれて彼に目を向けた。
 優しく微笑む彼に戸惑っていると、蜻蛉切だけでなくこの場にいる全員が似たような笑みを浮かべている。
「ご心配には及びません」
「我らは既に、あなたの刀」
「主の信に応えるが我らの責。……その主が穢れに壊れてくれるなよ」
 これまで剣呑な雰囲気を漂わせていた岩融の口から、遂に主と言う呼び名が出た。
 目を丸くしながらその言葉を噛み砕き、少女がようやく理解出来た時には既に、岩融は部屋から出ていこうとしている。
「既知の刀を何度も目の前で折られて来たんだ。でも、元より小さい者が好きな岩融は、あなたと今剣を重ねてしまったのかも知れない。だから、あなたならもう一度信じてみようと思ったのだろうね」
「でも、あなた達は自分が何人目か分からないって……」
 何振り目の刀剣男士か誰も知らない。本丸に足を踏み入れたばかりの少女を案内した陸奥守がそう言っていた。
 しかし、岩融は総てを見てきたかのように言う。
どう言う事だと怪訝な顔をした少女に、それを教えた本人が難しい顔をする。
「そうじゃ、おんしに言うた通り。じゃがな、岩融は別じゃ。薙刀じゃきに」
「薙刀……?」
 薙刀だ、と言う理由で何故折らない理由になるのか分からず怪訝な顔をした少女に、青江が口を開く。
「本当に何も知らないんだね、君には教え甲斐があるよ。短刀、脇差、打刀、太刀、大太刀、槍、薙刀。……刀種によって特性も変わってくるんだ。図らずも、君の元には剣を除く全ての刀種が集った事になるね」
 そして、岩融の刀種である薙刀の特性は、敵部隊全員に攻撃できる事なのだと。
 鍛刀で喚ぼうにも、薙刀はなかなか喚べない上に資材を多く消費する。その特性故に、前の審神者は唯一鍛刀に成功した岩融を折る事だけはしなかったのだと。
 彼は、ずっと見てきたのだ。
 共に戦う同輩が折れて、ただの鉄に還る様を全て見てきたのだ。
「人間に絶望した岩融が、同じく人間への絶望で真っ黒なおんしの心に共鳴したんかは分からん。じゃが、確かに岩融が歩み寄ってくれたんじゃ」
 おんしなら、わしらと上手くやって行けるかも知れんの。
 そう笑った陸奥守の笑顔が眩しすぎて、少女は直視出来ずに思わず目を逸らした。
 何か気に入らんかったか、と言いたげに首をかしげた彼には何も言えず、少女は私も休みます、と言い残して部屋を出る。
 そう言う事ならと、比較的穢れが少ない部屋に少女を案内する為に共だって歩き始めた江雪とその後ろ姿を見送った男士達は、誰からともなく顔を見合わせた。
「……あの方を主だと認めたは良いが、穢れを祓えば新たな審神者が送られてくるだろうな」
 蜻蛉切の言葉を明確に否定出来る者はおらず、実際彼の言葉は遠くない未来に起こる出来事だった。






「はぁ……」
 風呂にも入れず、食事も雀の涙ほどの飯のみ。
 体を清めるはずの風呂は穢れに満ち、食材など無いこの本丸の惨状を改めて目の当たりにした少女は、報告時に使う様にと無理やり押し付けられた電子機器の前に腰を下ろした。
 報告の前に、まず生きていく為に必要な物を頼まないと……、と端末を起動させた少女は、ふと誰もいないはずの部屋に呻き声を聞いた気がして作業の手を止める。
 振り返るも、そこには誰もいない。
 沈黙が満ちたこの部屋にいるのは、間違いなく自分一人だ。しかし、間違いなく何かがいる。
「……そこにいるのは誰?」
 恐る恐る声を掛けてみると、押し入れの向こうから微かな物音がした。
 誰か呼ぶべきだろうか、と思いながらも、何も無かった時に何故呼んだのかと言われる事が怖くて、誰かを頼る事の方が怖くて、少女は意を決して押し入れの方に近付いていく。
 襖を開けて、何も無ければそれで良し。もし万一何かいたなら、誰かを呼べば良い。
 そう考えをまとめた少女が、そっと襖を開けた。
とたんに飛び出して来たのは黒。
 黒に埋め尽くされた視界の中で、少女は慌てて自分に笑んでくれた男士達の名を叫ぼうとした。しかし、叫ぼうとして凍り付く。
(名前、覚えてない……っ!!)
 思い出そうにも、顔だけ塗り潰された彼らの名前は浮かばない。
 ナギナタの人がいた、ワキサシの人は誰だっただろう
禊を教えてくれたオオタチの彼は、穏やかな物腰のヤリは。タントウの彼らは、何と言ったか。
『………………!!』
 そうしている間に、呻く黒は人の手の形を取り、少女を闇に取り込もうとまとわり付いてくる。
 方言が激しいウチガタナは、物言いがきついウチガタナは。右も左も分からぬ自分を気遣ってくれたタチの名は。
 塗り潰された黒の向こうに、悲しげに伏せられた物憂げな顔が見えたものの、未だに名前を呼べそうに無い。
 このまま、闇に塗り潰されて終わるのか。
「い、や……っ」
 引き摺り込まんとする手に逆らって、とっさに畳に爪を立てる。
 しかし、引きずり込もうとする力に抗えず、無惨にも爪が剥がれた。助けを求める為に開いた口は、黒い手で塞がれた。
「たす、けて……っ!」
 かみさま。
 必死に紡いだ言葉に応えは無い。
 最後に見えた景色には、苦虫を噛み潰した様な顔でこちらに駆け寄る見た事が無い青年の姿があった。
 あれは、誰だろう……。そう疑問を考えるより先に、少女の意識は闇に塗り潰された。






「誰か! 誰かおらぬのか!!」
 その声は、少女が休んでいる部屋の方から聞こえてきた。
 どうにか食べられる物を、となけなしの食料で彼女に食事を作ってやろうとしていた江雪は、その声に目を見開いた。
 手入れを拒否する刀剣男士に応急手当をしてやっていた薬研は、その声を聞き付けて顔色を変えた。
 穢れの要を探していた太郎は、突然濃密さを増した穢れに思わず振り返った。
 彼らが彼女の側へ駆け付けるより速く、近場にいた短刀達がその部屋へと足を踏み入れる。
「主君!」
「主っ!!」
「ぬしらではどうも出来ん! 早う青江か、太郎太刀を呼んで来い!!」
 踏み込んだ部屋の中では、少女にまとわりつく穢れを斬ろうとしている小狐丸と、ぐったりした少女の姿。小狐丸が抵抗しているものの、彼女は今にも押し入れの中に引きずり込まれそうだ。
「う、うん、分かった!!」
「青江さん! 青江さーんっ!!」
「太郎さん! 何処にいるの!?」
 散り散りになってこの事態に対処できるであろう男士を探しに行った小夜や前田達の声を聞きながら、小狐丸は舌打ちして自分の腕から抜けそうになる少女を抱え直す。
「お前が、私に頼んだのだ! 神に願ったのだ!! この小狐丸が、たかが小娘一人の願いを叶えられなかったなどと誹りを受けるなぞ、御免被る!」
 だから、どうにか持ちこたえろ。
 歯軋りしてそう叫んだ小狐丸に応える様に、黒に塗り潰され始めていた少女の目尻から涙が流れた。
(まだこやつの意思は死んでおらぬ)
 己をも巻き込まん勢いで手を伸ばす黒を斬り捨てながら、小狐丸は救援の到着を今か今かと待ち侘びていた。
呼び付けられた青江が、その霊刀を抜き放つのを見て、小狐丸はようやくその身体から力を抜く。
「……この小狐、約束は違えぬ」
 のたうち回りながら押し入れの中へと退散して行った意志を持った穢れに、間に合って良かったと全員が肩の力を抜いた。
 その空気の中、自分の袖を握り締めたまま気を失った少女を引き剥がしながら、小狐丸はそう鼻を鳴らす。
 しかし彼は、自分を取り囲んでいる男士の様子に、すぐには退散できぬ様じゃな、と一つ息を吐いた。
「経緯を、聞かせていただけますね?」
「嫌だと言ったら」
「この数を相手にしてもらおうか」
 事態の把握を優先する者、殺気を放つ者。
 遅れてやってきた太郎太刀が、少女に残った穢れを祓うのを見ながら、小狐丸は自嘲する様に笑った。
「助けるつもりなど、無かったのだ」
 そう前置きした彼は、自分の目の前で起こった事を語り始める。
 小狐丸が小娘がいる部屋に向かったのは、ひとえに刀解を求める為だった。
 刀解の希望は自分だけではない。手入れを拒否する者全員の希望だった。
前の審神者の所業に呆れ、怒り、絶望した者。この痛みを感じるくらいならば、何も感じぬ鉄に戻りたいと望む者。
 理由はどうあれ、全員が本霊に戻る事を望んでいるのだ。比較的自由が利く身体である小狐丸が、皆を代表してその希望を伝える為に、小娘の部屋の前まで来た。
「失礼するぞ」
 そう一言断りを入れて、障子が開け放たれたままの部屋に足を踏み入れる。
 昼間に大広間に顔を見せた時は、岩融が壁になってまともに顔が見えなかった新たな審神者がどんな顔をしているのか、興味本位でちらりと視線を向けた小狐丸は、しかし目の前で繰り広げられている光景に絶句した。
 押し入れから伸びる穢れが意志を持ち、小娘を闇に取り込もうと穢れの腕の中に閉じ込めている。
 必死に抵抗してはいるものの、力では敵わないらしい。畳に突き立てた爪がその指から剥がれて黒い中に点々と赤い色が点在していた。
「何、なのじゃ、これは……!?」
 溜まりに溜まった穢れが意志を持つなぞ、誰が予期出来ただろう。
 息を飲み、逆流する吐き気に思わず口を押さえた小狐丸に構わず、穢れはただ小娘を飲み込もうと躍起になっている。
「い、や……っ」
 わずかに聞こえた声に、小狐丸は我に帰ってその声の方に目を向ける。
 血で濡れたその手を虚空に差し出し、助けを求める為に開いたその口は、黒い手で塞がれた。
「たす、けて……っ!」
 ようやく紡がれた言葉が、小狐丸の鼓膜を震わせた。
 かみさま。声にならない声を発した小娘の瞳が、一瞬小狐丸のそれと交わる。
 かみさまと呼ばれる存在は、この場に小狐丸しかいない。無意識に発せられた言葉だったのだろうが、それは言霊となって小狐丸に届いた。
「こんなはずでは無かった……!」
 苦虫を噛み潰した様な顔をしている自覚はある。小狐丸はただ、刀解の希望を伝えに来ただけなのだ。
 しかし、いざ来てみれば穢れに飲み込まれようとしている小娘と、そして彼女の言霊を用いた願いにより、助ける事を余儀なくされてしまった。
 小娘一人の願いすら叶えられない神など、笑い者も良い所だ。しかし、霊的な物を斬る刀では無い小狐丸がどれだけ穢れを斬った所で彼女を救い出す事叶わず、小狐丸は舌打ちして一つ息を吸い込む。
「誰か! 誰かおらぬのか!!」
 響く大声に、周囲の空気が一気にざわめいた。
 これですぐに青江や太郎太刀が来てくれれば御の字なのだが。
「もう少しじゃ、持ち堪えい……!」
 歯噛みした小狐丸は、なおものたうち回る穢れを斬り捨てながら、小娘にそう囁いた。





「これが、私が見たあらましじゃ」
「日が落ちて、穢れが活性化したのかも知れないな……。……それでも、意志を持つなんて驚きだけど」
「人の悪意を一身に受けて来たからでしょうか。穢れを呼びやすい体質なのかも知れません」
「そんな! じゃあ、なおのこと急いで穢れを祓わないといけないですね」
「……話が見えん」
 つまりどう言う事じゃ、と顔をしかめた小狐丸に、少女の髪を梳く江雪が淡々と言う。
「彼女の心に共鳴するのは、我らだけではなかったと言う事ですよ」
「……?」
「……フン」
 江雪の言葉に、外で事の成り行きを見守っていた岩融が、小さく鼻を鳴らすとその場を後にした。
 話に着いていけない小狐丸が怪訝な顔をしているのを見て、江雪がなおも語る。
「最初は、仕事として手入れをする彼女の手入れを受けただけでした。会話を交わして、浮かび上がった彼女の身の上に同情しました。そして気付けば、付いていてやらねばと思う様になっていたのです」
 江雪の言葉に、小狐丸は表情を変えぬまま寝入る娘に目を向けた。
「…………それは、本当にそやつの為になるのか?」
「投げ込まれた贄をどうしようが、我らの勝手かと」
「贄、か……」
 江雪の袈裟を握り締めて眠るその様子はまだ幼い。
 短刀とそう変わらぬ見た目の彼女が、穢れに共鳴される素質があるのを見て、小狐丸はこの娘に興味が沸いた。
 そして、人間に絶望したはずの岩融が彼女の様子を見に来た事も興味がある。
「刀解は見送ると伝えてこよう。どちらにせよ、あの惨状の後で言えるはずも無い」
「あわよくば、皆で彼女を見守る運びとなりますよう……」
 合掌して目を閉じた江雪の言葉に、小狐丸は長い髪を揺らしてそっと彼女に近付いた。
 背後で放たれる殺気が一段と強くなったが、小狐丸が抜刀する様子が無いのを見て、江雪が手だけで彼らを制する。
「まだ願いを叶えてやった対価を貰っておらん」
「あなたは、何を望むのですか」
「…………、何を望むかは決めておらぬ。しかし、一晩も考えれば決まるはずじゃ。娘が起き次第、我々の所に来るように伝えろ」
 そう言うと、小狐丸は娘の頭から一本の髪の毛を抜いて口に咥えた。
「……!」
「……悪くない味だな」
「魂の味見をしたのですか!? 認めません! 主君は僕達のものです!!」
「主君の魂は、の間違いであろ?」
 不敵に笑った小狐丸を否定する言葉は、とっさに思い浮かばなかった。絶句した前田や秋田の様子に笑みを深めた小狐丸は、上機嫌に部屋を出て行こうとしている。
 最後にちらりと振り返った彼は、含みのある笑みを浮かべている。
「おぉ、そうじゃ。小娘は一人で寄越せよ」
 くつくつと笑って、小狐丸は今度こそ彼らが座す本丸の奥へと戻っていった。
 剣呑な空気が満ちる部屋の中、一人少女だけが何も知らずに眠り続けていた。
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