ゼロに続く道
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「オオー! ここがカイン先生の牧場ー!!」
放課後。あらかじめスマホロトムに場所を登録しておいたカインの牧場に降り立ったセイジは、嬉しそうに周囲を見渡した。彼の声に反応したのか、鞄に入っているモンスターボールからライチュウが飛び出した。
牧場を眺めていると、アローラ地方のライチュウが尻尾で器用に宙をサーフィンしながら横切っていく。向かう先では、頭の蕾を開いて日光浴をしている小さな草ポケモンらしき姿もある。
「ライチュウはあの子にインタレストアリアリ? ワシも挨拶したいけど、今日は仕事で来てるからガマンしておくれやす!」
「ンヂュウ……」
「ワシもそう思うよー! 帰りに挨拶できるかカイン先生に聞いてみようね!!」
セイジがそう言い聞かせると、ライチュウは渋々と言った様子で頷いた。見掛けるポケモンのほとんどがパルデアにはいないポケモンだ。ライチュウが興味を持つのも仕方がない。
「ハローハロー! セイジのご来訪であるぞー!!」
牧場の中心部には、ポケモンが休むのだろう厩舎と一体化した家がある。目移りしながら牧場を横切ったセイジが呼び鈴を鳴らしてしばらく。中から扉が開いた。
「セイジのご来訪で……、What's!?」
「クルゥア」
てっきりカインが扉を開けてくれたと思ったのだが。意外な事に、扉の向こうから顔を覗かせたのはランクルスだった。このポケモンもパルデアには棲息していない。
見慣れないそのポケモンに驚いたライチュウの頬袋からバチバチと電気が爆ぜる。それを見たランクルスも、ムッとした顔になった。バトルをしに来た訳ではないから、落ち着いてもらわなくては。
「Weit! ライチュウ、クールダウンして欲しいよー。……オヌシ、牧場のコ? それともカイン先生のポケモン?」
「ルルゥ」
「……カイン先生のポケモンね。ワシはセイジ。今日はお仕事でやって来たよ! カイン先生はドコでっしゃろ?」
「クルル」
ライチュウとランクルスの間に割り込んだセイジに、ランクルスは心得たとばかりに頷いた。
ふよふよと先導するように家の奥へと進むランクルスに続いて、主人不在のままセイジとライチュウも足を踏み入れる。
「──、────」
「むむむ?」
廊下の奥から話し声が聞こえると思っていたら、案内役のランクルスがその部屋の前で立ち止まった。
「ってカンジで、ちゃんと適切にマッサージできてますねってお医者さんにも褒められたぜ!」
ゼリー状の手で器用にドアノブを握ったランクルスが、コンコンと金具で扉をノックする。
(バチュルがいる……)
ランクルスの後ろからバチュルを象った金具を興味深く見ていると、数秒と置かずに部屋が開かれた。
姿を現したのは、牧場の主人であるカイン。案内を労った彼女に返事をしたランクルスが、セイジに場所を譲る。
「待っていました」
「クールルゥ」
「おおきにどーもサンクスね!」
手を振るランクルスに礼を言うと、部屋の中から椅子が倒れる音がした。そちらに目を向けると、ペパーがセイジの訪問に目を丸くして立ち上がっている。
部屋の奥にあるストレッチャーには、マフィティフが横たわっている。専門家ではないのでセイジには分からないが、眠っているにしても身体の動きが小さい。
「セイジせんせっ……!?」
「……オオ、ペパー! セイジがやって来たよー!」
あ然としているペパーに、パッと明るい顔を向けた。気にならないと言えば嘘になるが、それはセイジの仕事ではない。今日はペパーと話をする為に来たのだから。
「……帰宅してすぐにセイジ先生が来ると伝えたはずだけれど?」
「そっ、そうだけど……。怒られる心構えっつーか、そういうのがまだ……」
「ンー、困ったねー。ワシとしては待つのもウェイトもオッケースタンスなれど、時間は有限」
「カインせんせぇ……」
「お説教からは助けられないよ」
「……マジか……」
そんな話をしながら、カインはがっくりと肩を落としたペパーを自然な流れで椅子に座らせた。手慣れた様子で、ペパーが逃げ出さないようにまたパルデアにはいないポケモンが彼の足元に控えている。
「……うおっ、ムーランドいつの間に!?」
「ワンっ」
「……セイジ先生、お待たせしました」
「おおきになー!」
「わたしは牧場の仕事があるので席を外します。終わったら、ムーランドに一声掛ければタクシー乗り場まで案内してくれますので」
「えっ」
「承知でんがなー!」
てっきりカインも同席すると思っていたのか、セイジと残されたペパーが途端に不安そうな顔で扉の向こうに消える副担任を見送った。相棒の命の恩人だけあって、ずいぶん懐いた様だ。
「あー、ペパー?」
「……! は、はいっ……」
「ご気分は良かろうもん?」
「ご気分……。今は悪くない、です……」
「グッド! ……今からサッドネスな気分になるだろうけど許してな!」
「はい……」
背中を丸めたペパーに笑いかけると、彼は居心地が悪そうに俯いた。
「カイン先生にお話聞いたよ。ワシらびっくり、でもオヌシが帰って来てくれてベリーハッピー。コレ本当」
「…………」
ペパーから返事は無い。叱る為に来たとは言え、セイジの言葉に嘘は無い。俯いたペパーに、直接聞きたい事もあった。
「昨日、オヌシが職員室襲来した後、皆の衆心配しまくり。カイン先生が応急処置した事聞いたけど、ドクターは何て言った? もうマフィティフは心配いらないって教えちゃってOK? ……無論、ペパーが話したくなければノートーキングでもOK!!」
「……デッカい機械は持ち運べないから、透視が出来るレントラーの力を借りて診察してもらっ、……いました」
「……ほほぉー! そんな診察方法が!」
「で、手術した」
「過程ダイバクハツでんがなー! 説明受けたセイジも分からぬだろうけど!!」
基本的な怪我はポケモンセンターに行けばほとんど治してもらえる。病院を利用するのは、病気や予防接種の時くらいだ。
ペパーの緊張をほぐす為にも、まずマフィティフの容態を尋ねると、予想だにしない診察方法を聞かされる事になった。
どうやらマフィティフに負荷を与えない為に、まず怪我が酷い場所を透視で確認したらしい。その後、実際に開いて手術をしたのだと。
「インタレスティング! 透視診察なら、ライチュウも怖くないなー」
「……ラァイラッ!!」
「あれー、拒否感ありまくりなカンジ!? チクッとしないよー?」
「ンヂュヂュ……」
ライチュウが非常に嫌そうな顔をしている。病院と聞いてすぐにこれだ。……来月、手持ちのポケモン達に予防接種の予定がある事はまだ伝えない方が良さそうだ。
「しかし、マフィティフよく頑張ったなー。手術ってベリーハード。大怪我したマフィティフはこのまま快復にレッツゴー?」
「……お医者さんにできるのはここまでだって……。後はマフィティフとオレの頑張り次第」
「Oh……。ワシのアシストパワー欲しくなったらいつでもコールして欲しいよー! ……その為に、聞かなきゃいけない事、聞いてよろしい?」
「……っす……」
ペパーの空気が柔らかくなった所で、本題を切り出した。
「どうしてエリアゼロに行っちゃった?」
「……エリアゼロにいる父ちゃんに会いたかったから」
「Hum……、オヌシの父ちゃんがいるのはエリアゼロ、スゴいんだなー」
「…………」
「電話やメールじゃアカン時もある。分かるよ、セイジもワイフに大切な事伝える時は顔見てアイラブユーを伝えるよ!」
「いや、オレが伝えたかったのはアイ……、とかそんなんじゃなくて文句……」
「文句かー……。文句はナオサラ顔見て言いたいわなー」
文句の内容は……、聞いてしまうとせっかく柔らかくなった空気がまた凍り付いてしまいそうだ。言語学でコミュニケーションも教えているセイジは、ペパーの様子を細かく観察しながらどう本題を切り出そうか探っていた。
「セイジ先生も、そんな事あるんですか」
「無論ありまくりだよ! 会いたい人がいる。伝えたい気持ちがある。それはベリーベリー素敵な事、大切な事だとワシは思う。だけどね、その大切の為にルールを破っちゃ駄目な訳。だからワシはペパーに"めっ"する為にカイン先生の仕事場にライホーしたのね」
「…………」
「実際ルールを破ったペパーは、スケアリーな洗礼を浴びてしもうた。ワシの仕事は、そんなペパーにアカデミーからの罰をテルする事なの」
「……っ、寮の片付けは、マフィティフが治るまで待って欲しい、です……」
テーブルの上で拳を強く握ったペパーが絞り出す様に言った言葉に、セイジの方が理解するのにわずかな時間を要した。
「……Hum……? ……ノーノー、違うよ! 退学じゃないよ。もちろんペパーが退学したいのなら話は変わってくるけど?」
「……退学じゃ、ない……?」
「エリアゼロに降りちゃうワルい子は今までいなかったからなー。許可が無いとゲートは動かせぬし、ダイブしようにも断崖絶壁! 前例が無いから、セイジ達もお困りでんがな」
「……ごめんなさい……」
許可無くゲートを動かせないというのは少しの嘘。ハッキングしてしまえばどうにでもできる。ダイブの件も、やろうと思えば空を飛ぶポケモンの力を借りれば不可能では無いのだ。
しかし、それはペパーへの処分を告知する際のノイズになる。彼の処分はカインの嘆願を受けた特例だからだ。
「反省の色ありありOK! ペパーは元々授業もちゃんと受けるし、問題行動も特にナッスィンだったからね。だから皆の衆で考えた。……ペパー。許可無くエリアゼロに降りた君は、カイン先生監督の下、一週間の謹慎。その間、反省文の作成とセイジがお届けする課題の提出。これが君への処分」
「……それで……、いいんですか……?」
「もっと厳しいのがお好き?」
「いっ、イヤです!!」
「ちなみに、カイン先生の判断で謹慎は伸びる可能性あるから気を付けてな。例えば、一週間でマフィティフのお世話をペパーが一人でパーフェクトにできなかった時とか。つまりこの期間に、カイン先生からパーフェクト合格を貰ってくだはれ、って事。お分かりかな?」
「わ、分かりました……。マフィティフの為にもがんばります……」
「OK! じゃあね、ペパー。この紙ルック! これに今セイジがお話した事書いてあるよ。聞いた話と間違いが無かったら、一番下にお名前ちょうだいよ」
ペパーに渡した書類にサインを貰えば、セイジの時間外労働は終了だ。可能なら、妻へのお土産話に牧場を一周してこのまま帰宅の流れになる。
「二枚目拝見プリーズ。ホントならね、謹慎処分は寮の自室になるんだけど……。今回はマフィティフの治療実習も兼ねてるから、外泊扱いになっちゃうの。その為のお名前もちょうだい。……OK、これでセイジからのお話はフィニッシュ!」
「……あの、先生」
「いかがしたかな?」
「レポート……、反省文書く為のタブレット……、寮の部屋、です……」
「…………。なんてこったい!」
タブレットが無ければノートで……、と言いたい所だが、昨日職員室に駆け込んで来た時には既に、ペパーは何の荷物も持っていなかった。そのままカインの牧場に連行されて今に至る訳だが。……なるほど、これは一度寮に戻る必要がありそうだ。
「やむなし! 一度戻って、お泊りの用意しなきゃならないね!」
「マフィティフ置いて行きたくない……」
「ペパーはセイジに侵入者になれと申す? それとも、オヌシの代わりに荷造りしてくれるフレンズがいる? いるなら拝んで届けてもらおう」
「いない……。分かった、行きます……」
「心配なお気持ち分かりまくり。でも、チョットだけカイン先生にお願いして、用意しにゴーだよ!」
そうと決まればのんびりしていられない。
ペパーの足元に待機しているムーランドに声を掛けると、彼は心得たとばかりに立ち上がった。先導する彼に続いて牧場に出ると、建物の傍で水浴びをしているポケモンの世話をしている主人に駆け寄った。
「終わりましたか?」
「おしまいでんがな! そこでな、カイン先生」
「はい」
「一度ペパーを寮に帰す流れになったよ」
「……? まだマフィティフの治療実習が終わっていないですが……」
「オー、そうじゃないよ。荷物取りに戻るだけ! 昨日は特急だったけど、しばらくここでお世話する為の準備。反省文書くタブレットも無いのはお困りでっしゃろ?」
「……それは……、確かに。失念していました」
「ノープロブレム! 故にセイジはペパーと共にアカデミーに行ってくるよ! その間、マフィティフをお願いしてよろしいか?」
「もちろんです」
「そうと決まれば……、ペパー! ……Hum?」
ペパーがいない。てっきりついて来ていると思っていたセイジが首を傾げるのを見て、カインは満足そうに頷いている。
「少し安定してきたとは言え、油断できませんからね。マフィティフだけで放置しないと教えた事を実践しているんですね」
「……シンプルに……、オー、やっぱり何でもないよ!」
カインの教えもあるだろうが、ペパー自身、何よりマフィティフが心配で離れがたいだけではないか。口から今にも飛び出そうとした言葉を飲み込んで、セイジは緩く首を振る。
「ではではカイン先生、仕事の途中ソーリーだけど、マフィティフの所までお供して欲しいよ」
「はい、分かりました。……ハハコモリ、すまないが、この子達を部屋に戻す準備をしておいてくれるか?」
「モーリン」
カインがハハコモリに仕事を引き継ぐのを確認して、セイジとムーランドは元来た道を戻る。戻った先の部屋では、ペパーが真剣な顔でマフィティフの世話を焼いていた。
その様子に、再び満足そうに頷くカインの様子に、彼女は案外人に教える事が好きなのでは、とセイジは感じたが、別段今言うべき事では無いのでにこやかに微笑むだけに留める事にした。