ゼロに続く道
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「よし。じゃあわたしはアカデミーに行く。やる事は覚えているかな?」
カインがアカデミーに出勤する時間になった。
朝からマフィティフの体調確認をする事数回。まだぎこちないものの、流れを把握したペパーならマフィティフを任せても大丈夫だろう。
これからの流れを確認して問題が無ければ、彼とポケモン達に任せてカインは牧場を空ける事になる。
「えっ……、あっ。タクシーで来てくれるお医者さんにカイン先生の代理人だって事と、オレがマフィテのトレーナーだって伝える」
「グッド」
「お医者さんが来るまで、マフィティフの身体をマッサージする。脈と体温測定は一時間ごと!」
「完璧だ。良い子だね」
「んぉっ、そーかな……」
カインが伝えた事をしっかりと把握出来ている。手放しで褒めると、ペパーは驚いた顔をしてそのまま顔を背けてしまった。
「そうだよ。わたしが牧場を空ける前に最後に一つ、大切な事を伝えておこう」
「な、何だ……?」
「もし、ドクターが来る前にマフィティフの脈や体温が急に変わったり、身体が震え出したり……、何か一つでもペパーが"おかしい"と感じたら、すぐにわたしに連絡を入れる事。出来るね?」
「オレが分かるかな……」
「違和感が小さくても構わない。その為に、連絡先を君のスマホロトムに登録してもらいたいんだ」
「分かった。……おかしい事あったら、すぐ帰ってくるのか?」
「電話越しの指示では分からない事があるだろうし、何より一人ではペパーも不安だろうからね。ドクターよりもわたしの帰宅が早くなる様なら、急いで帰ってくるとも」
「よかった……」
ホッと胸を撫で下ろしたペパーに微笑んで、カインは自身のロトムを呼び寄せる。ロトム同士で通信を、と短く指示を飛ばすと、ペパーの胸ポケットからも彼のロトムが飛び出してきた。
ピピッ、と軽い音の後に、カインのスマホ画面にペパーの連絡先が表示される。無事に登録出来た様だ。
「担任教師の様に、生徒全員に一括送信する為に預かった個人情報ではないからね。マフィティフの預かりが終わり次第、君の連絡先は消すから安心して欲しい」
「……えっ。分からない事があったらどうしたら……」
個人情報の管理はきっちりとする。そう安心させるつもりで言ったのだが、ペパーは意外にも困惑の表情になった。
大人を頼ってくれる気になってくれたのは嬉しいが、あいにくその期待に応えたくても、マフィティフの治療はカインの専門から外れてしまうのだ。
「ドクターに聞くべきだと思うよ? わたしの専門は、あくまでもポケモンの生活環境に関わる事だからね。言ったはずだよ。わたしに出来るのは、応急処置まで。この牧場には設備も無い、という理由もある」
「…………」
理由を説明したものの、ペパーに納得した様子は無い。渋々返事をする、と言った反応も無い彼を前に、カインはどうしたものか、と首を捻った。
「不安があるのかな?」
「もちろん、分かんねー事はお医者さんに聞いた方がいいって事は分かる。でも、マフィティフのリハビリとかお世話とか、そういうのは先生に教えてもらった方が早い。オレがどこまで分かってるか、教えた先生なら分かるだろ?」
「なるほど。……忘れてしまったかな? パーフェクトに出来るまで、みっちり教え込んで帰すつもりだったのだけれど?」
「み、みっちり!?」
「そうとも。マフィティフだけじゃない。ペパーも怪我をしない為にね。……だけど、連絡先を残しておく事で君の不安が薄らぐのなら消さずにいよう」
今のマフィティフは目が見えない。いくらペパーが相手とは言え、油断していると咬まれてしまう可能性がある。その時は、甘噛みでは済まされないだろう。
それを改めて説明すると、ペパーは昨日マフィティフに噛まれそうになった事を思い出したのだろう。利き手を庇いながら必死に頷いた。
「よろしい。……他に疑問が無いのなら、わたしはアカデミーに行くよ」
「大丈夫ちゃんだぜ!」
「グッド。じゃあ、行ってくるよ」
「いって……、いってらっしゃい……? 人ん家でお見送りするのは変な気分だぜ……」
「あはは。一人暮らしだから、ポケモン以外からお見送りしてもらうというのは新鮮だ」
ぎこちない表情で行ってらっしゃい、と見送るペパーに手を振って、カインは予約していたタクシー乗り場へと急ぐ。授業もそうだが、今日はそれよりも遥かに大変な仕事が待っている。
*
*
「──以上が、ペパーから聴取した内容です。内容は手書きで失礼します。必要でしたら、ボイスレコーダーのデータもお渡しします」
校長室。その椅子に座るクラベルの両脇には、理事長のオモダカとペパーの担任であるセイジが並んでいる。
三人に相対する形で向かい合うカインの話を一通り聞いた彼らは、無言で顔を見合わせた。
「……まずは迅速な施錠の依頼、ありがとうございます。お陰で、新たにパルデアの大穴に降りる人はいませんでした」
重苦しい空気の中、最初に口を開いたのはオモダカだった。何よりもまず、エリアゼロへ続くゲートの鍵が開いたままという事を報告して良かった。
禁止されていても、未知に惹かれる者はいる。鍵が開いたままでは、そんな者達に鍵が開いているなんて情報が広がったら。その中で禁忌を犯して立ち入る者がいたら……。ペパーの様に帰って来れるとは限らない。
「しかし、合鍵……。なるほど、ペパー君はフトゥー博士のお子さんなのですね」
「しかし、無事で良かったハッピーエンド、じゃねーからね……。カイン、オヌシが慌てて連れて行ったペパーのポケモンは?」
「一命は取り留めました。……ポケモンは、大怪我をすると身体を小さくして回復に努める生態ですが、ペパーのマフィティフは小さくなる体力すら無い。辛うじてモンスターボールに入れる事は出来ますが、マッサージ等の為にも、今はマットの上で寝たきりの状態です」
「Oh……」
「パルデアの大穴に棲息するポケモンは、一般的なポケモンと同じ感覚で接してはいけないポケモン達ですから……。必死で彼を守ったのでしょう」
「はい、その様です。目が見えなくても、声が聞こえなくても、無事だった嗅覚でトレーナーの存在に気付いた途端警戒態勢に入りました。……現在は、トレーナーが自分を撫でている事で安全地帯にいると判断したのか落ち着いています」
「なるほど……。カイン先生、ありがとうございます。お話は分かりました」
マフィティフの状態を聞いて、また再び沈黙が支配する。
カインが報告するべき事はこれで全てだ。追加で問われる事があるかとしばらく待ってみたものの、三人それぞれカインが渡した簡単なレポートに改めて目を通している。
「……一晩考えていたのですが、ペパーの処罰の事で一つ提言よろしいでしょうか」
質問が無いならばと、カインが手を挙げた。
クラベルが視線で続きを促すのを見て、深く息を吸ったカインが口を開く。
「パルデアの大穴、エリアゼロに侵入した者には厳しい処罰を与える……。そのルールを知った上でのお願いです。今回、ペパーが犯したルールに対するアカデミーからの処罰を緩和してもらう事は出来ないでしょうか」
「……是非はともかく、ルールに厳格なカイン先生が提言した理由を聞きましょう」
クラベルの言葉はもっともだ。
カインは、ポケモンと人間の関わりを平和に保つ為のルールを守る事が何よりも大切だと考えているし、それを教える為にアカデミーに講師を依頼されたのだから。
ペパーが犯したルールは、絶対に破ってはいけないと校則に定められたもの。生徒でなくても、許可無く立ち入る事が禁止されている禁足地だ。本来ならば、カインも厳しい対応を取るべき立場にある。
それでもカインは、ペパーに下されるだろう厳しい処分の緩和を進言する。
「……理由は一つです。ルールを破った結果、パートナーが死にかけた。これ以上の罰は無いと思います」
「…………パルデアの大穴への侵入。その規則違反に対する処罰は明文化されていません。しかし、大穴に棲息するポケモンの捕獲が目的なら逮捕。危険な冒険なら退学と言うように、前例で決まっていると言えなくもない。……ペパー君が大穴に侵入した目的は、お父上であるフトゥー博士に会いたかったから、でしたね」
「はい。彼はただ、親に会いたかっただけ。その為の危険な冒険の末路は、反省するのに十分過ぎると思います」
「…………」
「もちろん、わたしの情が多分に含まれている事は承知の上です。ですが、帰ってこれた彼らにはまだ先がある。……どうか、寛大な処分をお願いします。親にも会えないまま退学処分を下しては、彼の居場所が無くなってしまう」
自分の両手を固く結んで、言葉を探しながらの提言は、いつしか懇願に変わっていた。カインの言葉が終わるまで、口を挟まずに耳を傾けていたクラベル達は、再び無言で顔を見合わせる。
やはり駄目か……。内心諦め掛けたその時、近付いてきたセイジがカインの肩を叩いた。不意打ちを受けたマメパトの様な顔になったカインの前には、にこやかに笑うセイジがいる。
「カインの言葉、よーく分かった。でもね、大穴に降りた事は叱らなきゃいけない。コラッて叱って、それでおしまい。誰かに会いたい気持ちは大事。でも、ルールも大事」
「最終的な処罰を決めるのは校長先生ですから。私からは何もありません」
「むむ……。これは責任重大ですね。……今彼はカイン先生の牧場でお世話になっているのですよね?」
「は……、はい」
急に水を向けられて、カインはしどろもどろのままクラベルの疑問に頷いた。
「本日、この時間に病院のドクターの検診を依頼しています。入院になる可能性も少なからずありますが、わたしを主軸にペパーと二人体制でマフィティフの世話をしています」
「……なるほど。よろしい、これまでの話を総合して、ペパー君の処罰を決めました」
にこやかに笑ったクラベルが、カインをじっと見て口を開く。
「ペパー君は、このままカイン先生の監督の下、一週間の謹慎処分とします。もちろん、マフィティフの容態次第でカイン先生が謹慎期間の延長を判断していただいても構いません」
「……え。わたしが監督ですか?」
「はい。万が一マフィティフの容態が急変した際に、一番的確に対応出来るのはカイン先生でしょうから。ドクターへ繋ぐのも早いでしょう」
「それは、まぁ……。本職ですから」
「そして何より、処分の緩和を提言したカイン先生が責任を持ってペパー君を監督すべきだと思いますよ」
クラベルの言葉に、オモダカもセイジも反論は無い様で頷いている。どうやら話し合いをするまでもなく、三人の意見は一致しているらしい。
「もちろんですが、謹慎期間中にマフィティフのケアをみっちり教える事を含めて、です。カイン先生ならば大丈夫でしょうが、我々も最大限サポートします。ペパー君の事、よろしくお願いします」
「わ……、分かりました。精一杯務めます」
提言したからには、責任がある。これは、カインの言葉に理解を示した上での着地点なのだ。
傷付いたペパーを守る、マフィティフも守る。それを踏まえてペパーに与えられる処罰は限られている。カインの監督下での謹慎処分が、一番丸く収まる。
それを理解出来ていても、不意に増えた責任がカインの肩にずしりとのしかかった。
「他に何かお話はありますか? ……ふむ、ありませんね。では皆さま、お時間頂きありがとうございます」
話はまとまった。何とか今日一番の仕事を片付けたカインは、いつもよりも重い気がする足で自分の担当する教室へと向かった。
幸い、ペパーからの帰宅要請は入っていない。マフィティフは安定している様だ。同時に、今日から一週間生徒との共同生活が始まる事になってしまった。予定外の悩みのタネが増えたカインは、セイジに呼び止められて怪訝な顔を隠せないまま振り返る。
「カイン先生」
「……はい、何でしょうか」
「今回の件は、オヌシだけが背負う責任じゃねーからね! ワシも担任として、ペパーとしっかり向き合うのがマスト。故に今日の放課後、オヌシの牧場にお邪魔する事ペパーにコンベイヨロシクねー!!」
「……! はい、分かりました!」
そう言って手を振るセイジに、カインの肩にのしかかっていた重荷が少し減った気がした。
ペパーに正面から向き合おうとする大人がいる。その事を彼が分かってくれたら良いと、この時のカインはそう思っていたのだ。