ゼロに続く道
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『……あ。そう言えば着の身着のまま連れて来てしまったから、君のパジャマが無いな……。ううん……、それも一緒に買っておいてくれるかな』
『え。別にこのままでも……』
『駄目だ。このままと言うけれど、君の制服傷だらけだよ。そちらも新しく取り寄せないといけない。その服のままでは体も休まらないから、君が選ばないならわたしの趣味で注文するけれど……』
『……嫌な予感がするから、オレが自分で選ぶ』
『嫌な予感とは失礼な子だな。……まぁ、選ぶ気になったなら良いか……』
食事をしながらそんな話をしたのが三十分程前。食べ終わって片付けをするカインの後ろ姿を眺めていると、窓をコツコツと叩く音が聞こえてきた。
「デリバード便だ。ランクルス、出てくれないか。」
「クックルゥ!」
「デリっ!」
窓を開けると、部屋の中にデリバードが飛び込んでくる。尻尾袋から注文した物を取り出していくデリバードに、ランクルスが用意していたきのみを代わりに渡す。デリバードへのチップだ。
注文した品物と同じ数のきのみを尻尾袋に納めたデリバードは、元気に鳴いて入ってきた窓から飛び立って行く。
「……ハムの少量パックと小さめのパン……。そして卵……、これで足りるのかい?」
「朝はそんなに食べられないから、それで十分だよ。……先生がいっぱい食べるなら別だけど」
「わたしは果物とゼリー飲料だからね。気にせずたくさん食べると良い」
「……二人分のつもりで頼んじまった……」
「そうなの? ……うん、たまにはゼリー飲料ではない朝食も悪くないかも知れないね」
そう笑って、カインは届いた食材を冷蔵庫に放り込んでいく。雑だな、とは思ったが、明日の朝すぐに食べるのだから、迷子になる事も無いだろう。ペパーは自分にそう言い聞かせて、扉から少しはみ出している包装フィルムは見ない事にした。
「さて、着替えも届いたし。シャワーを浴びて後は寝るだけだよ」
「……行かない」
どうせ、マフィティフから離れたくないペパーは、明日学校に行かないつもりだった。食事も終えたし、後はマフィティフの傍にいようと考えていたペパーの答えに、それまで穏やかに会話していたカインが険しい顔になった。
「……マフィティフから離れたくない?」
「それもあるけど……、あれこれ指示されたくねぇ」
「……そうかい? じゃあわたしが君を洗おう」
「……は?」
急に何を言い出すんだ。子供じゃないんだぞ、と思ったペパーがカインを睨み付けるが、彼女には全く効果が無い。それどころか、理解が追い付いていないと思ったのか、自分とペパーを指差しながらもう一度端的に言った。
「わたしが、君を、洗う」
「いや、だから……」
「これは指示じゃないよ。決定事項だ。君を湯船に沈めるついでに、足以外にも隠している怪我が無いかチェックしてあげよう」
「せ、先生……? ちょ、待っ……!」
じりじりと迫るカインに、ペパーは思わず椅子が倒れそうな程仰け反る。危ない、と叫びそうになった時には、カインに腕を掴まれて安全な態勢まで引き戻されていた。
「……待つのは構わないよ。でもお風呂は決定事項だからね」
「ええ……!?」
「何処に行ったかはまだ聞かないけれど、砂まみれ、煤まみれの状態で一晩マフィティフの傍にいさせる訳にはいかない。彼の肺に負担がかかる」
「…………」
「……治る速度が遅くなっても良いのかい?」
「……よくねぇ」
「そうだね。じゃあ、一人でお風呂に行けるね?」
「……行く」
「グッド。……ランクルス、連れて行ってやってくれ。タオルの用意も頼む」
「クル!」
ペパーを見送ったカインは、マフィティフと共にリビングに移動すると、休む事なくノートタブレットを起動させる。ペパーが戻ってくるまでに、やるべき事がたくさんあった。
「……校長先生とセイジ先生への報告レポート……、一斉送信で良いか……」
マフィティフの症状とペパーの様子、これから何処へ行ったか、何があったのかを聞き出す事。そして、心的ショックを鑑みて、しばらく登校は出来ないだろうという報告を手早くしたためて、カインはメールを送信した。
そのまま休む間も無く、後輩のアドレスを呼び出すと、淡々と文字を打ち込んでいく。
『見た事の無い大怪我をしたマフィティフがいる。秘伝のくすりを使って一命は取り留めたけれど、完治には至らなかった。危険なポケモンが外に出ている可能性もあるから、世話している子にも、君自身にも危険が及ばないように十分に気を付けて』
「送信、と……。……ふう、後は……、ああ、そうだバイタルチェックの時間だ」
マフィティフの体調に異変が無いか、そっと近付く。まだ目覚めないマフィティフは、カインが触れるとわずかに反応するものの、恐らく筋肉が反射で動いているだけだろう。脈拍も低いまま、血圧も相変わらず最低限だ。
「ロトロトロト……」
「……誰かな」
記録を録っていたカインに、ロトムが着信を報せる。てっきりクラベル校長かセイジ先生だと思って着信を取ると、予想に反して後輩の声が響いた。
『先輩っ!!』
「フユウ! 遅くにメールを入れてすまなかった」
『いいんですそんな事は! 使ってしまったんです!? 秘伝のくすり!!』
「ああ、使った。今使うべきだと思ったからね」
『それで完治しなかったって事は……、もう見込みは……』
「フユウ、わたしは諦めてないよ。わたしはポケモンの世話に精通しているけれど、それ以外は詳しくない。だからね、わたし達も知らない薬効が何かあるんじゃないかと思っている」
『先輩……』
「……フユウ、君も忙しいのは分かっている。だけど、わたし一人じゃ調べる手が足りない。噂程度の話で構わないから、わたしに情報を回してくれないか。わたしも、方々にある伝手を頼ってみようと思っているんだ。……治してやりたい」
カインが言葉を言い終わる前に、電話の相手は快諾の返事を寄越す。その声に安堵したものの、続いた言葉に現実がじわじわと迫ってくる。
『もちろん! ……せやけど、そんな大怪我する相手なんて、パルデアじゃ一つしか知らないんですけど……』
「……恐らく正解だと思う。それは追々聞いてみるつもりだ」
『やっぱりそうなんですね……。分かりました、何かあったら連絡します』
「ありがとう、助かるよ」
通話を終えるのを見計らったかの様に、ランクルスがペパーを連れて部屋に入って来た。会話が終わったと分かっているだろうに、ペパーはスマホを気にしてチラチラと視線を送っている。
「邪魔になったりなんかしていないよ。夜も遅いし、会話もあれで終わりだ」
「……本当はオレに気が付いて、とかじゃないのか?」
「違うよ。聞かれても困らないしね。入ってきても良かったのに」
「…………」
疑いの目を向けるペパーは、まだスマホを気にしている様だ。その姿に苦笑いをしながら、カインはスマホを懐にしまってランクルスに視線を向ける。
連れてくるように指示をすれば、抵抗せずに素直にカインの隣に座るペパーは、温まったお陰かずいぶん顔色が良くなった。しかし、その髪の毛から滴る水滴が、ポトリポトリと彼の肩を濡らしている。
「そんな事より。髪の毛がまだ濡れているじゃないか」
「いい。このまま乾かす」
「駄目だよ。せっかく温まったのに、肩から冷えてしまう」
「……いいって言ってるだろ」
「もう寝る時間なんだ。風邪を引いてしまう」「いいって!」
嫌がるペパーに、カインは再び険しい顔になる。その顔に、じわじわと距離を取ろうとするペパーが逃げない様に、カインは機敏に立ち上がってその肩を押さえ付けた。
「駄目だ。ここではわたしがルールだ。風邪を引くような行動は許せない。はい、立ち上がろうとしない」
「……何でだよ……」
「せっかく顔色が戻って来たのに、湯冷めしてしまうじゃないか。心配しなくても、ふわふわに仕上げて差し上げるからそうむくれないでくれ」
「ふわふわじゃなくていい……!」
「そう? じゃあ普通に乾かすから、そこに座って大人しくしていてくれ」
「…………」
諦めた様に大人しくなったのを見て、カインはドライヤーとブラシを手に取る。
手を貸して、と言われるがまま差し出された手にドライヤーの風を当てて、カインはペパーの様子を見下ろした。
「熱くないかな?」
「……平気」
風に驚いたのか、一瞬目を見開いたが、すぐに通常の大きさに戻る。……どうやら、本当に大丈夫そうだ。
「……そう? じゃあ、この温度で乾かしていこう。頭に触るよ」
「……うん」
あちこちに跳ねる癖毛を、ブラッシングしてやりなが乾かしていく。頭を触られる事に慣れていないのか、時折肩が震える様子も伺えて、カインは余計に丁寧に乾かしてやろうと考えてしまう。
そのせいで、普通に仕上げてくれと言うペパーの希望とは裏腹に、ふわふわの仕上がりになってしまった。
「……よし、完璧なふわふわだ」
「ふわふわじゃなくていいって言ったのに……」
「……すまない。つい熱が入ってしまって……」
「……もういいよ、これで。どうせ寝るだけだし……」
ふわふわしているのが気になるのか、ペパーは話しながらもずっと前髪を気にしている。無言で前髪を耳に掛けてやると、彼はギョッとした顔をして仰け反った。
「……って言うか! 先生は明日も学校だろ? オレに構ってていいのかよ!!」
「明日は午後からの出勤だから、心配しなくて大丈夫だよ」
「えっ」
「牧場の仕事があるからね。マフィティフのバイタルチェックもある」
「……そっか」
「そうだよ。よし、マフィティフのストレッチャーの隣に寝袋を用意するから、君はそこで寝ると良い。……このソファもベッドに出来るけど、こっちに持って来れないからね」
「…………」
待っててくれ、と言い残したカインが寝袋を取って戻ってくると、ペパーは既にマフィティフが眠るストレッチャーに腰掛けている。
「そこだと落ちるよ。寝袋ごと落っこちたら、打ち所が悪いと酷い事になってしまう」
「そのくらい分かる」
ムッとした顔をしたペパーの足元に寝袋を用意していると、彼は表情のままカインに問い掛けた。
「……なぁ、オレとマフィティフがどこに行ったか聞かないのか? それとも、分かっているから聞かねぇのか?」
「え? ……まぁ聞く必要はあるだろうけれど。それは今じゃなくても良いだろうと思っているからね」
「…………」
「何はさておき、まずは休むべき、マフィティフの治療を優先すべきだと判断した」
当たり前の様にそう語るカインに、ペパーはそれ以上何も言えなくない。その足元で、マットを敷いて寝袋を用意する彼女は、特に気負った様子も無い。
本当に心からそう思っているのが分かる。
「よし、これでとりあえず朝起きたら体が痛いなんて事も無いだろう。落ち着いたらたっぷり聞かせてもらうから、安心してくれていい」
「……どこが安心ちゃんだ」
「ふふふ。わたしもここで寝るから、君もゆっくりおやすみ」
ぽんぽん、と寝袋を叩いてそう微笑むカインに促されて、ペパーは素直に寝袋に足を入れる。
……マットが敷いてあって良かった。マット越しでも硬い床の感覚が伝わってくる。ソファをベッドにしようとしているカインの様子をちらりと伺うと、ペパーの視線に気が付いたカインが笑顔で近付いてきた。
「大丈夫、わたしも一晩ここで寝るから。一人じゃ眠れないなら、ムーランドも貸そうか?」
「そこまで子供じゃねぇ!」
「そう? じゃあ、おやすみ」
優しく頭を撫でるその手が温かい。無言で寄り添うカインとムーランドの温もりに包まれて、ペパーはあっという間に夢の泉に沈んでいった。