ゼロに続く道
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「……んぁ?」
あれ? オレ何でこんな硬い床で寝てるんだっけ……。
ぼんやり目を開けたペパーは、自分の身に起きた出来事が一気に脳裏に蘇って飛び起きた。
「あ、起きたね」
「…………!」
いつの間に眠ってしまったのかも分からない。時計を探して視線を彷徨わせると、壁にある時計は既に夜になっていると示していた。
慌てて立ち上がって、診察台の上で眠るマフィティフに駆け寄ると、その傍らにいたカインは険しい顔になる。
「マフィティフは!?」
「一命は取り留めたよ。……君も安静に、って言ったはずなんだけどな」
「オレなんてどうでもいい! ……よかった、マフィティフが無事で……っ!!」
一番大切な物が無事だった。その言葉に、ペパーは安心して膝から崩れ落ちた。それと同時に、足を挫いていた事を思い出す。
「……まぁ、心配なのは分かるから不問にしよう。……今はマフィティフの話だね。命が助かっただけだ。ペパー、よく聞いて」
床に座るペパーに視線を合わせる様に、カインも膝を折った。
「診察の結果を話すね」
「……おぅ」
「ポケモンセンターで最低限の傷は治してあった。けれど、凍傷、内蔵破裂、鼓膜破損、神経毒による麻痺」
凍って動けないのではない。細胞にまで侵食する冷気を浴びた事による受傷。
相性不利とは言え、格闘タイプのポケモンを相手にしただけとは思えない内臓にまで及ぶダメージ。
通常、ばくおんぱでも破れないはず鼓膜の破損。全身に回った毒による麻痺。
「……幸い、火傷は治療してあった。凍傷と火傷が重なっていたら、マフィティフの細胞組織はボロボロになっていて点滴も間に合わなかっただろうね」
「……でも、治ったんだろ?」
「……言ったはずだよ。一命は取り留めたって。……説明するより見た方が早いかな」
そう言うと、カインはペパーの腕を支えて立ち上がった。ゆっくりとマフィティフが横たわる診察台に近付くと、そこには穏やかに眠るマフィティフがいる。
「……何だよ、驚かせやがって……。マフィティフ、治してもらえて良かったな」
「…………」
「マフィティフ? あ、そうか。おやすみちゃんだもんな……」
「……これが、最大限の回復だ」
「……え?」
カインは、この眠っている状態がマフィティフが最大限に回復した状態なのだと言う。
ペパーには意味が分からなかった。これでは治ったとはとても言えない。元に戻してくれと言いかけた言葉を遮って、カインは話を続けた。
「文句は後で聞く。今は説明をちゃんと聞いて欲しい。秘伝の薬のお陰で、どうにか命は助かった。恐らく、秘伝の薬はポケモンの細胞を活性化させるものなんだろう。その結果、負傷は治った。治ったが、すぐに目を覚ますまでには至らなかった。……一つでは足りなかったんだ」
「っ……、じゃあもっと薬を……!!」
「今回投与した一つしか無いんだ。……わたしにはこれ以上治せない。申し訳ないと思っているが、後はマフィティフの頑張り次第だ」
「だって……、治るって……っ!!」
「言ったはずだよ。治ると明言出来ないし、完治するとも限らないという事は理解しておいてほしいと」
「そん……、な……」
立っていられなくなって、ペパーはずるずると座り込む。その腕を支えていたカインも一緒に腰を下ろして背中を撫でてくれるが、今のペパーには何も感じる事が出来なかった。
「食事……、と言うより栄養摂取は点滴で賄える。目が覚めれば、柔らかい食事なら食べられる様になるだろうとは思うけれど……、その辺りも今は何とも言えない。これがマフィティフの現状だ」
「マフィティフ……」
「そして次は君だ、ペパー」
「…………」
「君の食事の話。……何を食べるか考えたかな?」
「マフィティフが食べられねぇのに、オレが食べてられっかよ!! オレはずっとここにいる! マフィティフが起きるまでだ!!」
カインを睨みながらそう言うと、彼女は悲しそうな顔をした。その顔のまま、マフィティフをチラリと見上げてため息を吐く。
「……あのね、ペパー。マフィティフが命を賭けて守ったのは君だ。その君が自分を守らなくてどうするんだい? マフィティフが目覚めた時、君がボロボロになっていたら意味が無いだろう」
「…………」
「マフィティフが眠ったまま目覚めないのは、生命維持の為に使う最低限のエネルギー以外を回復に回しているからだ。だけど、君はそうじゃない。君は食べなければいけないんだ」
「いらない!!」
「……ふぅん、困ったなぁ。ペパーも点滴がご希望なのかな? 確かに栄養は点滴でも摂取出来るけれど、君の元気な胃は空腹を訴え続ける。……そんな苦痛を味わう必要なんて無いんだ」
「……いらな……っ」
ぎぅるる……。ペパーが否定の言葉を重ねる前に、話にならないとばかりに腹の虫が返事をした。咄嗟に腹を押さえて誤魔化そうとしたが、カインは気にした様子も無く頷く。
「素直な子は好きだよ。落ち込んでいる時は明るい場所で温かいご飯を食べて、温かくして寝る。これが一番良いんだ」
「…………」
「マフィティフが気になるんだろう? この診察台は動かせるから、一緒にダイニングに行こう」
ランクルス、と一声呼べば、ランクルスがペパーを抱えた。足を怪我しているからか、学校でそうされたより大事そうに持ち上げられる。
それを他所に、マフィティフが眠る診察台を移動させる用意を始めたカインは、重量感のあるそれを涼しい顔で引っ張った。
キャスターが付いているとは言え、マフィティフも中々の重量だったはずだが……。ペパーの顔に疑問が出ていたのだろう。
「そうそう。さっき支えた時に思ったんだけどね、君はもっと食べた方が良いんじゃないかな」
「……はっ?」
「ふふふ、冗談だよ。牧場仕事は力仕事だからね。この程度、何てこと無いよ」
「何だよ、驚かせやがって……!」
「はいはい、すまなかったよ」
悪いなんて思っていないだろう軽い返事にムッとしたものの、さも当然といった様子で診察台を移動させる彼女の力を目の当たりにして、ペパーは内心オレは本当に軽いのかもしれないと少し不安になった。
*
*
「さて、何が食べたいか考えたかな?」
ダイニングに到着して、マフィティフの為の点滴を用意する傍ら、カインがペパーに声を掛けた。……そう言えば、今晩何が食べたいか考えておけと言われていたんだった。
「……何でもいい」
食べられるのなら、特にこだわりは無い。食べたいと思い付く物も無い。好き嫌いも特に無い。
突き詰めて言ってしまえば、ペパーは自分の為の食事にこだわりが無かった。
「好き嫌いが無いって事かな? うーん、じゃあ何を良く食べるのか聞いても?」
「……サンドイッチ」
「サンドイッチ、良いね! 好きなものを挟んで食べよう。サンドイッチに出来る食材……。何かあったかな」
待っててくれ、と一言告げたカインは、忙しなくキッチンで調理を始める。彼女が思い付くままにランクルス達にも指示をするせいで、無駄に冷蔵庫の開け閉めが繰り返される光景に、ペパーは少し頭が痛くなってきた。
「……先生」
「お腹空いたんだね? もう少し待っててくれ、今ベーコンを……」
「そうじゃねぇ、腹は減ってるけど今はそうじゃなくって。……あーもう! 下手くそちゃんか!!」
「えっ?」
「オレがやる。先生はオレが言う事やってくれ」
「でも君は足を……」
「いーから! ……この調子じゃ、マフィティフの飯が先に終わっちまう」
「……言い訳させてもらうとね、人の為に料理をするの初めてなんだ。普段はポケモンのご飯と自分の分だけだからね……。せっかくなら美味しいものをと……」
「……先生、その話待った。普段何食ってんだ?」
もにょもにょと言い訳を話し始めたカインを遮って、ペパーは信じられない物を彼女の前に突き出した。
「……これ。このベーコン、いつから冷蔵庫に?」
「え? ……うーん、いつからだろうねぇ。普段は忙しいから、ゼリー飲料と果物をメインに食べてるから分からないなぁ……」
「……このベーコン、使えねぇよ。野菜はポケモンも食べるからちゃんとした物だけど……。うーん、やるならフルーツサンドだな」
「えぇっ!? ペパーは成長期なんだし、果物じゃなくて肉をメインに……」
「その肉が使えないんだって! あーもう! 先生は果物切ってくれ! ……ちゃんと皮剥いてくれよ!!」
「……何故普段丸かじりだと……!」
「正解ちゃんか! ……この野菜でせめてスープくらいは作るか……」
「ポケモンにスープやおかゆを作るからね。ちゃんと鍋もあるよ!」
ほら、とカインが用意した鍋を見て、ペパーは思わず言葉を失った。とても一般家庭で使うサイズではない。レストランの仕込みで使う様な大きさの鍋を持ってきたカインに、ペパーはいよいよ足だけではなく頭も痛くなってきた。
「…………デカっ」
「これでも足りないくらいなんだ」
「……まぁ、今から作るのはオレと先生とここにいる奴らだけだから、心配しなくても余裕で足りるぜ……」
「そうか。なら良かった」
マフィティフも入りそうな大きさの鍋の中に、てきぱきと野菜を放り込んで、味を整えて煮込む間に、フルーツサンド作りだ。
カインの切った大きさのまばらな果物に苦笑いを浮かべながらも、カスタードクリームを塗ったパンに挟めば完成する簡単な食事。しかし、これまでマフィティフと自分の分しか用意してこなかったペパーには、中々の作業量に思えた。
「基本的に、自宅でこうして温かいご飯を食べる余裕が無いから今日は新鮮だな。……あ、すまないペパー、足を捻挫しているのに……。ありがとう、美味しいよ」
「……簡単ちゃんな物だけど……」
「ふふふ、それはわたしのせいだから仕方ないさ。……未開封だからイケるかと……」
「何食わせるつもりだったんだよ……」
「…………成長期に必要な肉」
ペパーの指摘に、カインは気まずい顔になって目を背ける。冷蔵庫の中を見ていない為はっきりした事は分からないが、普段の食生活を聞く限り、ペパーの胸に嫌な予感が浮かび上がった。
「……もしかして、明日の朝の食材も無いんじゃ……」
「正解。……よしっ。今のうちにデリバード便を頼もう! 明日の朝こそ君に肉を食べてもらわないと……」
「……塊肉を買うなよ!? ハムくらいで良いからなっ! 朝からステーキ食べさせる気じゃねぇよな!?」
「…………」
「マフィティフが治ったらオレは寮に帰るんだからな!? まーた冷蔵庫に眠らせる気か!」
ペパーに指摘されて、カインは渋々デリバード便の注文ページを開いたままスマホを彼に渡した。
「……成長期は肉を食べるべきなのに……」
「限度知らないちゃんか?」
冷静なペパーの指摘に、ふてくされた顔になった彼女は、その顔のままサンドイッチにかぶり付く。
「……でも、食事を作ってくれた功績に免じて今回は許そう」
「……そうかよ」
偉そうに言いやがって。
そう思ったものの、自分が作った料理を目を細めて食べる様子に、喉までせり上がった文句はため息に代わって口から出て行った。
『美味しいよ、ペパー』
カインの言葉と、誰かの声が混ざり合って反響する。それは、もう長らく聞いていない言葉だった。
「……そうかよ」
ぶっきらぼうに言葉を繰り返して、ペパーも少し温くなったスープを口に運んだ。