伝説への路
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『カイン先生は、課外授業の期間は牧場の仕事増やすんですか?』
不定期に電話を掛けてくるペパーの疑問に、預かっているポケモンの状態をトレーナーに報せる為のレポートを作成していたカインはその手を止めた。
「増やさないよ。増やせないとも言えるけれど」
『学校無いのに?』
「学校はある。その期間、授業数が減るだけだ。預かり枠を増やしたポケモンが、その期間内にパルデアの環境に適応出来るとも限らないからね」
『じゃあ少しまったりちゃんだな』
「まったりしていられる余裕は無いな。内容が変わるだけで、アカデミーの仕事がある事に変わりはないからね。そして、敬語を忘れている」
『うへぇ……』
元々は、マフィティフがペパーの話し相手だったのだろうが。今はそのマフィティフが臥せっている為に、相手がカインに置き換えられているのだろう。ロトムが使える音声アプリ等を使えばロトムが話し相手になってくれる事に思い当たったものの、その頃には既にすっかりカインが話し相手として定着してしまった。今更この習慣を止めるように提案しようにも、カインには上手く言い聞かせられる自信が無い。無闇に傷付けて終わりになってしまいそうだ。
せめて、話し相手は教師であると一線を引く事しかできなかった。会話の途中、こうして敬語の抜けを指摘するのも何度目だろうか。
「まだ詳しく決まっていない部分もあるし、生徒の君に教師の話はあまり詳しく話してあげられないけれど……。ペパー達生徒に課外授業の準備を始めるように通知を出すより先に、君達が円滑で安全な課外授業に取り組めるようにわたし達の準備は始まっているんだよ」
『……でも、去年は特に先生達見かけなかったぞ? ……です!!』
「先生方を見掛けずに、無事に課外授業期間を終えたという事は、逆に君は危険な所へ行かなかったという事だよ」
『誰も助けてくれなかったワケじゃなくて?』
「前回の課外授業の時期、わたし自身が教師ではなかったから明確な答えを返せないけれど。そんな疑いを持つという事は、君は前回の課外授業で危険な目に遭ったのかい?」
何故教師陣が一斉に入れ替わったのか。朧げとは言え、その理由を知っているカインの声が固くなった。まさかとは思うが、去年は何もしなかったのだろうか。
『近道しようとして、ロッククライミングの途中でバテバテちゃんになった。先生知ってるか? 手のひらも筋肉痛になるんだ! すっげぇ痛かったんだぜ! ピクニックでサンドイッチ作るのが大変なくらい!!』
「そ、そうか……」
『医務室行っても、手のひらには湿布貼れないからー、って言われておしまいちゃん。……すっげぇ痛かったのに!!』
余程痛かった事が記憶に残っているのだろう。ペパーはこの短い話題の間で何度も痛かったと繰り返している。痛みは記憶に残りやすいとは言え、頼りにした先で望む対処をしてもらえなかった事も重なって、すっかり嫌な記憶として刻み込まれたらしい。
とは言え、話を聞いたカインが過去のペパーにしてやれる事は無い。
「確かに手のひらの筋肉痛は大変だな……。ミモザ先生には軟膏の用意も提案しておくよ」
そもそも、筋肉痛に効く軟膏があるのだろうか。ポケモンを相手にする事は得意だが、人間相手になると知識が足りない自覚はある。
自分で言いながら疑問だが、精々カインに出来る事は、医務室に常在しているミモザに雑談のついでに情報を共有するくらいだ。
『お願いします! 今回は秘伝スパイスを探す為に、色んなとこに行かなきゃなんだ!!』
ペパーもそれは分かっているのか、カインの言葉に元気良く返事があった。
昨年の崖登りも危険な行動ではあるが、本当に危険ならマフィティフが止めるだろう。しかし、今回はそのストッパーがいない。
(トラブルが起きなければ良いけれど……)
喉まで上がってきた言葉を飲み込んで、カインは一つ息を吐く。
「課外授業の計画は立てられている様で安心したよ」
『バッチリちゃんだぜ! ……って言いたいところだけど、肝心のヴァイオレットブックは、時々文字が滲んで読めない所がある、……んです。でも、秘伝スパイスのことはちょっとずつ分かってきたんだ!!』
「それは良かった。君のレポートを拝見させてもらう時を楽しみに待つとしよう」
『レっ……』
「レポート。去年も書いただろう?」
『去年は……、その……、提出期限の間近に大騒ぎがあって……、出してない……。書き方も分からない、デス……』
「……なるほど……」
昨年、教師陣が総入れ替えになるほどの事件があった。朧げに知っているとは言え、カインにとってそれは"読んだもの"。実際それに巻き込まれた生徒達にとって、カインとは比べ物にならない"大事件"だっただろう。
重苦しい空気が、スマホを通して伝わってくる。ペパーの口振りから、去年の事はもう聞かれたくないと推察したカインは、レポートの書き方を話題を拾う。
「レポートの書き方は、課外授業が終わってから書き方の指導が入るだろう。ペパーは、課外授業期間中に、気になった事や気付いた事を日付を書き添えて溜めておくと良い。レポートを書く時に役に立つはずだ」
『気になったこと……。……先生、今のメモするからもっかい言ってくださいっ!!』
「雑談ついでの話であって、授業程重要ではないことなんだけれど……」
『レポートの書き方の話は、課外授業終わってからなんだろ? それじゃ手遅れなんだよぉ、頼むよ先生ぇ……』
「仕方のない子だな……」
ペパーの勢いに、思わず苦笑いをしてしまう。仕方がない、と言いながらもう一度課外授業中にメモを取れ、とアドバイスをしてやれば、ペパーは安心した様子で礼を言うと、話す事にも満足したのか通話が切れた。
「……君達が無事に課外授業を終わらせる事が出来るように、わたし達も頑張らなくてはいけないな……」
何より、自分には無い視点で書かれたレポートを読むのは楽しい。ペパーに限らず、生徒達がポケモンとの旅で何を思い、何を学んだのか。それを読むのが今から楽しみだ。
その為にも教師の責務をしっかり果たして、生徒達が伸び伸びと学べる為に頑張らなくては。カインは改めて胸に誓った。
*
*
『本日の職員会議の主な議題は、開始が近付いてきている課外授業についてです』
ペパーとそんな会話をした翌日。クラベルの言葉に、全員が居住まいを正した。リモートで参加しているカインも例外ではなく、撫でてもらう為にマウスと間違えてしまいそうな場所に陣取るバチュルをカメラの外でボールに戻す。
課外授業期間中の授業についての議題もあるだろうが、主な話はやはり生徒達の安全についてだ。
何せ、ほとんどの教師は昨年までの課外授業の流れを知らないのだ。マニュアルが残っているのは幸いだが、確認するべき事は山のようにある。
『まずは比較的簡単な授業についてのお話から。宝探し期間中の授業は、理解度によって生徒達が受ける授業を選択する事になります。ですから、先生方は同じ内容の授業を何度か繰り返していただきます。例えば、生物学その一、そのニ、と言った具合ですね。もちろんリモート授業もありますから、そちらを選択する生徒もいるでしょう。カメラに向かって授業してもらうタイミングもあるかと思います。リモート不可にする事も可能ですが、その期間中、授業の出席率を成績に加味しない様にお願いします』
リモート授業。生徒ではなく、カメラを前に授業をするとなると、教科書が無く、授業の都度学習用のプリントを配布するカインの授業では難しい。課外授業の期間中は、データで配布する手法もある。生徒達にも意見を聞いてリモートの可不可を決めようと書き付ける。
幸い、すぐにリモート可能か否かを決めなくていいとの事なので、カインはこれ幸いと次回の授業冒頭にアンケートを採る事にした。
『さて、ここからが本題ですね。宝探し期間中の生徒の安全面についてです。宝探し期間中は、パルデア全体で生徒達が活動します。当然ですが、生徒達の数に対して、我々教師陣の目が圧倒的に足りません。その為、宝探し期間中は、例年通り生徒達の見守りの為にポケモンリーグからも人員を派遣して頂けるそうです』
迷子。
課外授業の目的を見付けられない。
連れているポケモンの実力が足りない場所に足を踏み入れた。
生徒同士のトラブル。
もちろん、その全てに手を差し伸べていては、せっかくの課外授業の意味が無くなってしまう。主に大人達が介入するのは、故意に行われる危険な行為や暴力、傷害になる。
『理事長の意向もあり、リーグからお借りする方々には、基本的に迷った生徒達の案内や宝探しの目的のアドバイスをするだけ、という事になっています。我々の仕事は、実力が伴わない場所へ挑戦したり、崖から滑落した生徒の救出。そして、生徒同士のトラブルの仲裁です。生徒自身はもちろん、スマホの中にいるロトムの判断で救難信号を出しますから、近くにいる先生に向かってもらう事になります』
『見回りの最中に暴力行為や危険行為を目撃した場合は、ガンガン厳しく叱ってくださいね。その際には、学年とクラスの確認を必ず行ってください。担任の先生からもお説教をしてもらいます』
クラベルの言葉を補足する様に、タイムも大きく頷いてそう続けた。
既に、スター団と名乗る生徒達がアカデミーの内外を問わず問題を起こしていると聞く。スター団への勧誘はまだ穏やかな方で、モトトカゲにライドして所構わず走り回る生徒もいる。
「学生証の確認を拒否された場合の対応はどうしますか?」
『教師側のアカデミーアプリに与えられている管理者権限で、生徒が拒否してもロトム同士の通信で確認出来る仕様になっていますよ。ですが、無理やりはお互い気持ち良くありませんから、その辺りは先生方のウデの見せ所になります』
「……分かり……、ました……」
柔軟な対応が苦手である自覚を持っているカインとしては、そんな場面に出会さない事を祈るしかない。
半ば絞り出す様に理解を示したカインを置いて、議題は次の物に移っていく。これまで救難信号が発信された場所の統計だ。
実力が及ばないポケモン達がいるエリアに迷い込んでしまったり、軽装でナッペ山に登ってしまう事もあり、毎年救難要請が発信される事が多いのは、北エリアに集中していた。
『空飛ぶタクシーは、行った事がある場所しか指定する事が出来ません。二年生以上は、既にマッピングされている訳ですが、既に危険を知っているのでそこまで無謀な冒険をする生徒は多くありません。課外授業の初動で救難信号が出されるのは一年生が多数ですね。さすがに課外授業が始まって数日で北エリアに到達する生徒はいないでしょうが……。先日、私が試しに自分の足でまっすぐナッペ山を目指した所、五日程でフリッジタウンまで行けました。ライドポケモンの力を借りれば、もっと早く到達する生徒がいるかも知れませんね』
五日もアカデミーを空けたのか。
クラベルの話を聞きながら内心そう思ったのはカインだけではないらしく、画面に映っていたタイムの笑顔に迫力が増した気がする。
笑顔のまま表情が動かなくなった彼女の様子に気付いていないのか、クラベルの話は続く。
『ナッペ山近辺やオージャの湖周辺は、ポケモン達も強い個体が多い地域です。同時に、パルデア十景に数えられる景色もありますから、それを見て回る生徒が実力不足で危険に陥る事が考えられます。ドラゴンタイプが多い地域は、ハッサク先生を班長に置いた見回り斑を。ナッペ山はタイム先生が詳しいでしょうから、タイム先生を班長にした見回り斑を組もうかと』
『分かりました』
『任されましたですよ』
『その他の地域も、エリア毎に班長を決めて教師の振り分けをしていきます。班長の立候補も大歓迎ですよ』
クラベルがそう言うなり、まずキハダが班長に立候補すると、それにセイジも続いた。テキパキと振り分けられていく人員の中で、カインは困り果てていた。
理由はもちろん、牧場の仕事があるからだ。生徒の見回りはもちろんやるが、その為に遠い場所のエリアには行けない。
「非常に申し上げにくいんですが……」
『はい、どうしましたか?』
「わたしの配置は南エリアにしてもらいたいのですが……」
『結構ですよ! むしろ、希望はどんどん伝えてくださいね。班が組みやすくなりますから。希望先のすり合わせなどは発生するでしょうが、カイン先生の場合は牧場のお仕事もありますからね。移動時間を加味しても、南エリアを担当してもらうのが一番でしょう』
「ありがとうございます」
『では、カイン先生には去年の救難信号の発信位置のデータをお送りしておきます。あくまで去年のものです。今年はまた違った場所でトラブルが発生するかもしれません』
「分かりました」
話を聞きながら、カインは頭の中に南エリアの大まかなマップを思い浮かべる。
自分の牧場がある周辺には、然程危険と言える場所は無いが、テーブルシティを挟んだ向こう側の南三番エリアは、崖のせいで道が迷路の様に入り組んでいる。迷子が発生する可能性があるのはその辺りだろう。
セルクルタウンからさらに南西にあるベイクタウンへ向かう為に、無理なロッククライミングを試みる生徒がいるかも知れない。同じ崖ではないだろうが、実際にロッククライミングを試みた生徒をカインは知っている。
幸い、その崖の近くにカインの牧場がある。ムーランド達には牧場内の見回りついでに、崖の様子も見てもらうのも良いかも知れない。
『見回りの際には、ポケモンの回復薬はもちろん、生徒達が怪我をしていた場合に備えて、救急バッグも支給します。消毒液と絆創膏、包帯等が入っています。もちろん、それで対処出来ない程の怪我の場合は、すぐに病院へ連れて行ってください』
他に質問が無ければ、見回りのエリア振り分けに入らせてもらう、というクラベルの言葉に、質問は特に出なかった。そのまま、教師達の見回り先の振り分けが始まった。
先に決まったカインは、同じ班に振り分けられた教師達と、今度はローテーションを決める話し合いだ。
(……アカデミーの教壇に立つ為の準備期間と同じくらい大変なのでは……?)
内心そう思ってしまったカインは、ボールに入れたバチュルをそっと机の上に出した。会話の書き取り作業の傍ら、カメラから見えない位置でバチュルを撫でていると、同じ班に振り分けられたジニアからやんわりと指摘を受ける。
『……カイン先生、静電気が漏れてますよお』
「……えっ?」
『髪の毛、ふわふわになってまあす』
「……あっ!!」
慌てて画面に目を向けると、確かにカメラに映る自分の姿は、前髪が重力を無視して起き上がっていた。バチュルから手を離して前髪を直そうと試みるものの、バチュルから流れてきた静電気が体内から抜けない間はふんわり起き上がったまま。
「……お恥ずかしいところを……」
『分かりますよ。考える時のクセ、ぼくも無意識にやってしまう時があるので、注意されちゃうんですよねえ』
「ははは……」
今回の失敗は、癖ではなく癒やしを求めての事だったのだが。それをジニアに言うと話が脱線してしまうので、カインは苦笑いで言葉を濁してその場をやり過ごしながら、教師達による課外授業の準備は着々と進んでいくのだった。