伝説への路
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その日、カインが教室の扉を開けると、緊張の面持ちで担当教諭を待っていた生徒達の視線が一斉に集まった。
今日はオリエンテーション。後期入学者達が、興味関心のある授業の説明を受ける日だ。前期程ではないものの、それなりの数の生徒達が座っている。
「ようこそ、【ポケモンとの生活学】のクラスへ。後期に入学したばかりで、はじめましての生徒もいるだろう。前期に入学して、わたしの顔を知っている生徒もいるだろう。この授業を担当するカインだ。本職は牧場の運営をしている」
「牧場……。じゃあ、パルデアのモーモーミルクは、カイン先生の牧場産ってことですか?」
「まだ質問を受け付ける時間ではないのだけれど」
「ご、ごめんなさい……」
「仕事の説明がそのまま授業内容にも関わるから答えてしまうが、何事もメリハリは大切だ。以後気を付けるように。……さて、他に呼称が無いから"牧場"と言っているけれど、わたしの主な仕事はボックス預かりシステムのリージョンフォームと言ったところかな」
地方によって、環境は違う。パルデアの気候に慣れる為に預かって、機械などで環境を調整しながら徐々に慣らしていく為の施設だ。
「その仕事をしているから、この授業を受け持っているとも言える。野生という環境から、人と暮らすという環境に変わる訳だからね。一緒に暮らす為には、歩み寄らなければいけない。……登校に際して、初めてポケモンを貰った生徒もいるだろう。彼らにも、人との暮らしに慣れてもらわなければならない。わたしの授業が、その手助けになればと考えているよ。では改めて、【ポケモンとの生活学】とは──」
【ポケモンとの生活学】とは。人に生活しやすい環境があるように、ポケモンにも生活しやすい環境がある。例えば、草タイプのポケモン。タイプが同じであったとしても、棲息地に依って適度な水分は違ってくる。
草原地帯に棲息している、砂漠地帯に棲息している。昼間に活動する、夜間に活動する。更にポケモン一匹ずつ細かい性格や好みが関わってくる事まで含めれば、過ごしやすい環境は、無限にある。
「ポケモンの理想を突き詰めると、今度はわたし達人間の住み心地が悪くなる。お互いが歩み寄る為に、この授業で大いに学んで欲しい。……さて、ここまで聞いて察した生徒もいるだろうけれど、ポケモンへの理解は生態を理解するところから始まる。だから、ポケモンとの生活学の授業を受講する生徒は、必須科目である生物学の授業内容と重複する部分がある事を念頭に置いて欲しい。授業内容にも依るけれど、生物学のテキストを授業で取り扱う可能性すらある。ちなみに、この授業の為のテキストは無い。毎回わたしが資料を用意するから、それをまとめるファイルを初回に配る予定だ。こんな時代にアナログ的だけれど、そこは許して欲しい」
クラベルの要望でアカデミーでも取り扱う事になったものの、ポケモンの暮らす環境について学ぶカリキュラムは、本来ボックスで預かったポケモンの世話をする職業や、レンジャーを志す者達が学ぶものだ。
専門的に学ぶカリキュラムで使うテキストは、当たり前だが、一般生徒向けの授業で使うには専門的過ぎる。用語の説明が終わる前に課外授業のシーズンが来るだろう。
「……内容が重複すると聞いて、この授業の受講を辞める事を考える生徒もいるだろう。もちろん、自分のキャパシティを考えて、授業の取捨選択は各自の判断に任せているから、それは君達の判断だ。前期に入学して、後期の授業開始に合わせて授業を増やす生徒もいるくらいだ。後期入学者は、その件も参考にすると良い」
興味がある授業全て受講する事は可能だが、各授業それぞれに課題の提出が求められるし、もちろん定期テストもある。あれこれ欲張って全部に手を伸ばして留年する結果になった、という例もあるくらいだ。
大々的に行う課外授業の宝探しがある以上、カリキュラムはさほど詰め込まれていないものの、それはアカデミー側からの視点だ。今回のオリエンテーションで、どの授業を受けるかよく考えなさい、と話を締め括ると、カインは長話を終わらせてほぉと息を吐いた。
「長くなったけれど、わたしからは以上だ。質問はあるかな?」
カインの問い掛けに、数人の生徒が手を挙げた。全員同時に質問を受け付ける事は出来ないので、カインはひとまず手近な場所にいる生徒を指名した。
「では君。……生徒会長だね?」
「はいっ! ネモです!!」
「ネモ。質問をどうぞ」
「はい! わたし、バトルが大好きで色んなポケモンを育てているんですけど、お互いのポケモンのタイプ相性って関係あるんですか?」
「授業でも触れる予定の質問内容だね。もちろん関係はあるとも。今話すと本格的な授業になってしまうから、授業が始まったら早い時期に取り扱おう」
「分かりました!」
「よろしい。……さて、次は君だ。ネモと質問が被っていなければ受け付けるよ」
「先生のパートナーのポケモンは何ですか?」
「わたしのポケモンかい? 連れて来ていないけれど、ムーランドだよ。ちなみに──」
「ムーランド!? じゃあパルデアの人じゃないんですね!? どこですか?」
「人の話は最後まで聞くように。そしてわたしの出身地は、授業には関係無いのでノーコメント」
「えーっ」
「話の続きだけれど。初回の授業はそれぞれ最初のポケモンを紹介してもらう。そして、タイプ毎にどんな環境が望ましいかを考える授業をする予定だ」
厳しい。そんな声が小さく聞こえた。質問を受け付けると言ったものの、何でも質問していいとは言っていない。
カインとしては、授業に関係のある質問を受けるつもりだったのだが。明確にしていないのは事実なので、次回からは気を付けようと反省して質問タイムを再開した。
「あのっ、牧場には行けますか?」
「牧場のポケモンのコンディションにも依るけれど、地方を跨ぐ移動の説明をする際などに協力を仰いで、牧場で授業する事はあるよ。その際は、課外授業扱いになる」
「強制じゃないんですね?」
「そうだね。それは強制ではない。一種の学びの場を提供するだけだ。もちろん成績には反映されないから、興味がある生徒だけ参加すると良い」
「成績の評価基準はあるの?」
「……今の発言は誰かな。目上の者に対する話し方を学ぶように」
「先生厳しいッスね!」
「わたしと君達の関係は教師と生徒であって、友人ではない。プライベートならともかく、線引きはしっかりとさせてもらう。さて、先の質問に回答すると、成績の評価基準は課外授業を除く授業の出席率とテストの成績だ」
「テストあるんですか!?」
「アカデミーでテストの無い授業は無いよ。ちなみに分かっていると思うけれど、課外授業の宝探しに関しては、終了後にレポートの提出を求められる事を頭の隅に置いておくと良い」
「レポート……」
「テストやレポートの為だけではなく、ポケモンと暮らす為にもよく学び、よく復習し、しっかり知識として定着させるように」
そう話をまとめると、ちょうどオリエンテーション終了を知らせる鐘が鳴った。一日で全ての授業のオリエンテーションを終わらせる為に、今日は普段の授業の半分程の時間で区切られているのだ。
「次のオリエンテーションに向かう生徒は遅れないように」
カインはそう言いながら、慌ただしく荷物をまとめて立ち上がる生徒達を見送った。
【ポケモンとの生活学】の授業は選択授業。受講しなくても、進級には何ら問題が無い授業。
今期はオリエンテーションを受けた中から何割が受講するだろう、と考えながら、カインはアカデミーのアプリを立ち上げる。このアプリで、受講希望者の名簿を確認する事になる。
受講を受け付ける設定に切り替えると、待っていたと言わんばかりに早速申請の通知が入った。何かの間違いではないかと慌てて確認している間に、更に通知が一件増えた。
「……そうか。今期はポケモンが好きな生徒が多いのか……」
嬉しい反面、忙しくなりそうな予感がする。カインはスマホの画面に並ぶ生徒の名前を眺めて、大きく深呼吸をした。