伝説への路
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『カイン先生、今時間ある?』
そんな電話が入ったのは、教室でペパーの姿を見なくなって数カ月経った頃だった。
牧場の仕事を一通り終わらせて、教師として明日の授業の用意を始めようという頃合い。タイミングを見計らって電話を掛けてきただろうペパーに、カインはもちろん頷いた。
「牧場の仕事が片付いたところだよ。……そんな事よりも、先生と呼ぶ割に当たり前の様に敬語が抜けているけれど」
『あ"っ。ごめん……、なさい……』
「構わないよ。以後気を付けるように。……それで? どうしたのかな?」
『よかった……』
話を促すと、ペパーは困った状況になっていると言う。
『マフィティフの容態が安定してるのは、ドクターも保証してくれてる。ボールにも戻せる様になってきたから、置きっぱなしにしてるバイオレットブックを取りに一度家に行きたいんだけど……』
「……ふむ。君の自宅は何処だったかな?」
『南一番エリアの灯台んとこ。アカデミーの近くだし、そんなに遠くないけど、帰るついでにちょっと掃除でもって思って外泊届出したんだけど……』
「許可が出ないんだね」
なるほど確かに。ペパーにとっても、担任であるセイジにとっても困った状況だ。
ペパーは本を手に入れる為に家に帰りたい。しかしセイジは……、と言うよりも、アカデミーの規則上、ペパーを一人でアカデミーの外に出す訳にはいかないのだ。
何せ今、ペパーには戦えるポケモンがいないのだから。
『正解ちゃん……。じゃあ寮の門限までに帰ろうと思ってたら、テーブルシティの外に出ちゃダメって言われたんだ』
「それはそうだろう。……だって君には、戦えるポケモンがいないんだから」
『ポケモン……。マフィティフ……、が、戦えないから……』
「外泊の理由もしっかり書いたんだろう? マフィティフを治す為の申請だと先生方も分かってはいるんだけどね。それでも、戦えるポケモンがいない以上、許可は出せないんだよ」
『でも先生! あの辺りには、襲ってくるようなポケモンはいないんだぜ! バトルになっても逃げれば……』
「その通り。だけどそれは、その地域に棲息するポケモンの話だ。縄張り争いに負けて逃げ込んだポケモンがいる事もある。……その可能性は分かるね?」
『……分かる……、ます……』
「そんなポケモンは気が立っていて、普段は襲ってこないポケモンともバトルになる事がある。逃げる背中に攻撃されないとも限らないんだ。……それとも、君がポケモンと戦うつもりかな?」
『そ、そんなのムリに決まってる……!』
「そうだね。わたしも無理だ。だから、入学時にまだ自分のパートナーになってくれるポケモンがいない生徒にはポケモンを渡しているんだ。登校の際に、ポケモンの助力は必要だからね」
『入学する時にポケモンを貰うのか!?』
電話の向こうで驚く声がする。ペパーが驚いた部分が意外で、カインも内心驚きながら話を続けた。
「そうだよ。ペパー、君が入学する時には既にマフィティフがいただろう? 既にパートナーがいる生徒は、申請しないとポケモンを与えられないよ」
『へぇー! 知らなかったぜ……』
「入学案内に全部書いてある事なのだけれど……。……ともかく、外出許可が出ないのはそういう訳だ。移動手段にタクシーを使うと言うのなら、話は簡単なんだけれど」
『タクシー……! ウチはアカデミーからそんな遠くないから、タクシー使う事なんて思い付かなかったぜ』
「今回については、タクシーを使うと書き添えれば許可も下りるはずだよ。けれど、課外授業までにマフィティフが完治するか分からない。どちらにせよ、ポケモンがいなくてはこれから先どうにも出来ないのは事実だ」
『うう……。オレ、マフィティフと一緒にいたいだけなのに……』
手で顔を覆ったのか、電話から聞こえる声がくぐもったものになった。しばらく待っても反応が無い。
このままでは何の解決にもならないと判断して、カインは落ち込んでいるであろうペパーに声を掛ける。
「マフィティフと一緒にいる為にも、協力してくれるポケモンは必要だよ。……とは言え……」
『……とは言え?』
「どういうポケモンが良いか。自分達の事だ。ペパーはどう思う?」
『……うーん……?』
ペパーは寮で一人で暮らしている。そんな彼の手持ちには要介護状態のポケモンがいる。新しく手持ちポケモンを増やすように言うのは簡単だが、ペパーの負担も考えなければいけない。
野生のポケモンを捕まえるよりも、少なからず人に慣れている方が良いだろう、と考えながら、カインは考えをまとめる為に手近なノートを引き寄せて文字を書き連ねる。
『ちっちゃいちゃんがいい……』
「悪くない判断基準だ。小さいポケモンは、タイプにも依るけれど比較的穏やかな気性のポケモンである事が多い。……他には?」
『ちっちゃいちゃんでも、マフィティフが苦手なポケモンはダメ』
「一番はマフィティフだ。その基準は当然とも言える」
『あとは……、マフィティフの世話があるから、新しいポケモンは、世話が難しくないヤツがいい』
「ペパー自身のキャパシティを把握した基準。よく考えている」
『でも、そんなポケモンいるか……?』
不安そうな声に、カインは書き連ねた条件を指で叩く。
条件に合うポケモンは、何匹かいる。マフィティフとお互いに苦手なタイプではないし、環境にも馴染みやすいノーマルタイプのポケモンが理想だろう。
あとは、そのポケモンとペパー自身の相性次第であり……。
「いる。いるのだけど……」
『だけど?』
「皆考える事は同じだから、譲渡会が開かれるとそういうポケモンは人気なんだ。……早い者勝ち、という訳だね」
『譲渡会?』
「うん、そこから説明しなくてはね」
アカデミーでは、ピクニックでポケモンが持ってくるタマゴを引き取れないトレーナーに寄贈してもらう形で、ポケモン達を育てている。
ポケモンの世話に慣れる、生態を知る為に、カインも授業で彼らの協力を得る事もある。世話をする教師達や生徒と接している為に、人間に対する警戒心も低いのもあって、譲渡会が開かれれば多くの参加者が集まるのだ。
「その譲渡会で、君の新しい手持ちポケモンを探すのはどうだろう?」
『……そんなものが……』
「アカデミーのアプリで、開催日の確認や参加申請の受付も出来るよ」
『次の開催は?』
「明日だ」
『うぇ!? 明日!? 申請、申請を……! うわぁ!!』
慌ててスマホに手を伸ばしたのだろう。恐らく、ペパーが突然自分に向けて手を伸ばした事にロトムが驚いて、スマホから抜け出してしまったらしく、大きな落下音がカインのスマホから響いた。
「落ち着くんだ。ロトムが驚いてしまうよ」
『ご、ごめんな。ロトム……』
『ロートー……』
カインの言葉に、ペパーは素直にロトムへ謝罪する。謝罪を受け入れるようなロトムの鳴き声を最後に、電話口は再び静かになった。申請フォームへの入力に集中しているのだろう。
「わたしが手伝えるのはここまでだ。明日、ペパーにいい出会いがある事を祈っているよ」
『えぇっ! 明日先生はその譲渡会にいないのか?』
「いないよ。生物学を受け持つジニア先生や、同じく生態に詳しいゆうあ先生が引き取りたいポケモンについて必要な事を教えてくれる。それも参考にするといい」
『わ、分かっ……、分かりました!』
「よろしい。……君もちゃんとご飯を食べるんだよ」
『……先生がそれ言うんだな。ゼリー飲料ばっかりじゃダメなんだぜ!』
「……ああ、気を付けるよ」
効果は抜群だ。電話の向こうのペパーは見えないと言うのに、耳が痛い言葉を聞いたカインは思わず目を逸らす。
すっかり元の食生活に戻っているカインは、冷蔵庫に大量にストックしてあるゼリー飲料を脳裏に浮かべて小さくため息を吐いた。
*
*
翌日。牧場に予定には無いタクシーが降り立った。
警戒の為にタクシーに駆け寄ったムーランドは、何故か客人と共にカインの前に戻って来たではないか。
「カイン先生!」
「……、何故ペパーがここに?」
「ばぅっふ」
牧場の方で仕事をしていたカインは、ムーランドが連れて来たペパーに怪訝な顔を向けた。その顔のまま、足元に控えるムーランドに向けると、彼は勇ましい顔で一声鳴く。
……察するに、ちゃんと案内してきた事を褒めて欲しいのだろうが。
「……ムーランド……、顔見知りとは言え、急な来客を勝手に牧場の方へ連れて来ては駄目だよ。対応出来ない。今度からこういう事があったら、部屋で待ってもらうように」
「はふぅうん……」
「ペパーも。せめて連絡を入れなさい」
「……オレの用事、すぐ終わるからと思って……」
「それでもだよ。事故になっていた可能性だってある。次がある時は気を付けるように」
ポケモンウォッシュの最中、上機嫌になったポケモンがカインの手を離れて牧場の敷地を走り回る事もあるのだ。小さいポケモンならともかく、大きなポケモンだったなら。死角から飛び出してきたポケモンにぶつかってしまう危険もある。そうならない様に、来訪の予定がある時は、ポケモンが落ち着いていられる様に仕事を調整するのだ。
カインの小言に、揃って落ち込んだムーランドとペパーだったが、ペパーの方はカインの一言を聞いて弾かれたように顔を上げる。
「"次"があってもいいのか……?」
「もちろん、教師の自宅に生徒が来るのはあまり褒められた事では無い。……他の地方に棲息するポケモンに興味がある生徒が、牧場の見学に来るのは止めないけれど」
「……タテマエってやつ?」
「まさか。実際、希望者は課外授業として生態の違いやリージョンフォームについて学ぶ為に、協力をお願いする事があるんだ。……それで? 今日の見学者であるペパーは、譲渡会で新しいポケモンと出会えた話をしに来たのかな?」
改めてペパーの用事を尋ねた。椅子に座ってゆっくり話を聞いてやりたいところだが、カインはまだ仕事中。ペパーにも寮の門限もある。時間の余裕はあまり無いのだ。
「そ、そうだった……! ゆうあ先生がどんなポケモンがいいのかを一緒に考えてくれたんだけど!」
「ジニア先生の補佐をしているゆうあ先生なら間違いないだろう」
「ホシガリスを貰ってきたぜ! カインせんせはどう思う?」
「………………、ちぃ!」
そう言いながら、ペパーは新しいボールを取り出した。
ぽしゅん、という音と共に、ムーランドの上にホシガリスが現れる。自分の手を舐めていたホシガリスは、新鮮な景色をゆっくりと辺りを見渡して、ペパーを認めて鳴き声を上げた。
「ホシガリス。いいチョイスだと思うよ。この子を選んだ決め手は何だったんだい?」
「オレが選んだっていうか……、昨日カイン先生と話しただろ? こういうポケモンが欲しいってゆうあ先生に話してたら、ホシガリスの方から寄って来た」
「……なるほど……」
「ち……、ちゅいっ……」
ムーランドの背中からホシガリスを持ち上げてじっと見つめる。視点が変わったせいで思わず身を固くしたホシガリスに、カインは真剣に声を掛けた。
「急に持ち上げてすまない。……ペパーとマフィティフを頼むよ」
「ちっ!」
「ペパー。本来ならば、先住ポケモンであるマフィティフが君との暮らしについて教えるのだけど、今の状況ではそういかないからね。慣れるまでは大変だろうけれど、ノーマルタイプのホシガリスとなら上手くやれるだろう」
「はいっ」
「よろしい。では、気を付けて帰りなさい。……、困ったらまた連絡しなさい」
「おう! ……じゃなくって……、はい!!」
本当は、教室にも来るように言いたかった。そこまで言ってしまうと、ペパーの負担になるような気がして、カインは喉まで上がってきた言葉を飲み込んでペパーを見送る。
ペパーはホシガリスを受け取ると、満足そうに笑って待たせているのだろうタクシーへと歩き出した。自分の代わりに見送りを、とムーランドに指示したカインは小さくため息を吐く。
あの調子では、まだしばらく教室でペパーを見る事は難しいだろう。いくら授業はリモートで受けられるとは言え、単位に関わるテストとなると話は別だ。長く教室を離れると、それだけ教室に復帰するまでの心のハードルも高くなってしまう。
「……ままならないものだな」
カインは仕事柄、ポケモンと接する時間の方が長い。自分なりに考えて生徒達に対応しているが、これが正解なのか分からない。
空の向こうへ向けて小さくなっていくゴンドラを見上げて、どうしたものかと考え始めた頭を振る。まとまらない思考を意識の外へ追いやったカインは、待たせたままのポケモン達の元へ足を向けた。