ゼロに続く道
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「たっ……、助けて……!!」
職員室にそんな声が飛び込んできたのは、在籍する教師が全員が新任という異例な状況の中でだった。入口を振り返れば、そこには髪の毛先が焦げた男子生徒がうずくまっている。
「オヌシ、ペパー!? 怪我は医務室に……」
「ポケモンセンターでもダメだって言われたんだ……。医務室じゃダメだってオレでも分かる。セイジせんせ……、どうしよう、オレ……」
「Oh……」
慌てて彼の担任でもあるセイジが駆け寄るが、ペパーの言葉は要領を得ない。
どうしよう、オレのせいで。
「トーキング。ペパー、何があったのか話してくれないと、ワシも皆も何もできないヨ!」
「……怒らない?」
「オフコース!」
「オレ……」
「……待った。……そのボール……、それ見せて!!」
「っ……!」
ペパーが口を開こうとした時、牧場のポケモンの世話があるからと帰り支度をしていた教師が顔色を変えた。同僚であるセイジを押し退けて、うつ向くペパーが握り締めたボールに手を伸ばす。
「止めろっ……、マフィティフに触るな!」
「話は後。……ボールを貸しなさい」
「嫌だ! マフィティフを渡すならオレも行く!!」
「……じゃあ、ついて来るといい。すいません、時間が惜しいのでわたしはこれで。余裕があれば、何があったのか話も聞いておきます」
「カイン……、オヌシ……」
「では。……行こう、ペパー」
カインが短く声を掛けたが、ペパーは傷だらけになったボールを握り締めたまま動かない。
「……文句も後で聞こう。ランクルス」
「クルゥ!」
「わっ!? な、何を……! どわー!?」
カインの言外の指示に柔らかい体でペパーを包み込んだランクルスは、足をジタバタさせる彼に動じる事無くトレーナーの後を追い掛けた。
*
*
牧場に戻ったカインは、ポケモン達の出迎えに軽く応えるとそそくさと診療室へと引き篭もった。それに続いてペパーも同じ部屋に足を踏み入れる。
診察台とモニター。何を測定するか分からない機械。無機質な空間。
「…………」
思わず入口で足が止まった。ペパーをここまで連れてきたカインの声が聞こえるが、それに答える声が出ない。ハッと気が付いた時には、彼女が怪訝そうな顔で自分の目の前にいる事にまた驚いて、ペパーは思わず後退りした。
「君も酷い顔色だけど」
「な、何でもねぇよ」
「そうかい? ……ああ大丈夫、まずは診るだけだとも。君のポケモンをそこに。ポケモンセンターで駄目だったのなら、内臓や神経がやられているのかも知れない。触診で様子を診る」
「…………」
「迷うのは構わないが、時間が経つにつれて、治るものも治らなくなるけれど」
「治るのか!?」
「それを確認するんだ」
冷静にそう言われて、ペパーは恐る恐る診察台の上でボールを開く。姿を現したマフィティフは、鼻を動かしてペパーを探している様に見えた。──次の瞬間。
「ウゥー……ッ! バウッ! ワンッ!! グルルル……」
「……マフィティフ? マフィティフ!? 大丈夫だ! オレはちゃんとここに……!」
「ガルルルル……ッ!」
「危ない!!」
「うお!?」
咄嗟にカインがペパーの腕を押し戻す。マフィティフの鼻先に触れようとしていた手は、寸前で彼の牙から逃れる事が出来た。しかし怪我をしなかった代わりに、ペパーは傷付いた顔で崩れ落ちる。
「どうして……」
「近付くと噛み付かれる。……君の声も聞こえていない様だね。だけど君がいる事は分かっている。……鼓膜がやられているのか」
「どうしよう……っ。先生、マフィティフを助けてくれよ!!」
「……危険だな。ムシャーナ、申し訳無いが彼を眠らせてあげて欲しい」
「シャアン」
「グルルル……、ウゥ……」
しばらく催眠術に抵抗していたものの、やがてマフィティフは静かに体を投げ出した。呼吸はしている様だが、その割に体がほとんど動かなかった。
「想定より酷いな……。うん、これは……。お守りを使う時が来たかな」
「お守り……?」
「ランクルス、点滴の用意を頼む。わたしは秘伝のくすりを用意するから」
ペパーの疑問に答えずに、カインはてきぱきとマフィティフの周りに器具を用意していく。邪魔なのは何となく分かるが、カインが退くように言わないのをいい事にペパーはマフィティフの側から離れない。
「ペパー」
「……」
ついに声が掛けられた。退けと言われる前に渋々立ち上がろうとしたペパーは、予想に反して肩にカインの手が置かれた事に身を竦ませる。
「ああ、驚かせてすまない。そのまま側にいてくれて構わないから聞いて欲しい。これから秘伝のくすりをマフィティフに投与する。ジョウト地方に伝わる薬でね。ポケモンセンターでも治らなかった病がたちどころに治ったと聞いて、お守り代わりに持っていた薬だ」
「……そんな薬が……!」
「凄い効能だろう? だけど、今回のマフィティフの場合は怪我だ。治るとは限らないが……、どうする?」
「何でもするから……! オレは何でもするから、マフィティフを治してくれ!!」
「……分かった。一応言っておくよ。治ると明言出来ないし、完治するとも限らないという事は理解しておいてほしい」
「分かったから早く!」
「……良いとも」
焦るペパーに詰め寄られて、カインはため息を吐きながらも頷いた。薄い手袋を装着して、比較的傷の浅い腰に点滴の針を刺す。
ぽたり、ぽたり。点滴が少しずつマフィティフの体に染み込んでいく傍ら、カインが手早く彼の耳と目を確認した。
「……ペパーがいる事を把握した上で警戒態勢に入った……。君の事を守ろうとしていたが、肝心のペパーが分からない。瞳孔は……、うん……。こんな怪我は見た事が無いとしか……」
「……」
「……さて、点滴の間はこれ以上どうしようも無いからね。人は専門ではないけれど、君も怪我も診ようか」
「オレは怪我なんて……」
「ランクルス。彼の身体に負傷はあったかな?」
「クル、クルゥ!」
カインの問い掛けに、ランクルスはペパーの足を指し示す。
「さ、さっきから何だよコイツ……!」
「すまない。その子はランクルスだよ。パルデアには生息していないけれど、わたしの良い友人だ」
「…………」
「足を挫いていたのか。知らずに歩かせてしまったな……。君はこっちだ」
マフィティフから離れない事が分かっているからか、カインはペパーのすぐ横に椅子を持って来た。そこに座る様に促して、彼女は棚から包帯と湿布を手に取る。
「……」
「立ち上がれなくなったのかい?」
「違う」
「そうかい? まぁ、このままでも手当は出来るけれど……、挫いたのに走ったね? 腫れている」
「……悪いかよ!」
「ただの事実確認だ。少し動かすよ……」
「いっ……」
「良かったね、折れてはいないらしい。……まぁ、腫れが引くまでは安静かな」
淡々とそう言うと、カインは手早く足首が動かない様に冷たい湿布と包帯を巻き付けた。正直少し痛いが、それを言い出せずにいたペパーは、巻いたばかりの包帯を解いていくカインに怪訝な顔になる。
「……何で……」
「眉間にしわが寄ってる。痛いんだろう? 痛いなら言って欲しい」
「…………締め付けがちょっと痛い」
「グッド。……じゃあ、まずサポーターで固定しよう。包帯は湿布が剥がれない程度に巻くから、もうしばらくこのまま座っていてくれるかな」
「……おぅ……」
ペパーの返事に微笑んで返事をしたカインは、サポーターはどこだったかな、と棚をがさごそと漁り始めた。その作業は止めないまま、彼女はペパーに問い掛ける。
「他に痛い所は無いのかい?」
「……無い」
「そう? じゃあそうなんだろう」
あっさりと頷いて、カインはようやく見付けたサポーターを持って戻ってきた。湿布を貼り直して、サポーターで足首を固定して包帯を巻く。先ほどの様に痛くは無い。
「よし、後は動かさずに安静に過ごす事」
「……分かった」
「グッド。……でも床に座ったままじゃあ辛いだろう? 椅子に座らないかい?」
「……ここでいい」
「そう?」
「……」
「クッション使う?」
「……いらねぇっ……! つっ……」
「仕方ないなぁ。まぁ、無理やり連れてきたからね」
君が頑なになるのも仕方がない。
特に気にした様子も無く、カインはペパーの隣に座った。冷たい床に並んで座って何を言うのかと思えば、彼女の肩に載っていたバチュルがペパーを威嚇する様に小さな手を挙げる。
「チュギ!」
「……な、何だよ……!」
「挨拶だよ。可愛いだろう?」
「……」
威嚇されているので無ければ、特に何も思わない。膝を抱えて黙り込んだペパーに、カインもしばらく何も言わずにペパーを見ていた。責める様な雰囲気も無い。ただ、じっと見ているだけだ。
点滴が残り少なくなってきた頃、ようやくカインが口を開く。
「……生きているのが不思議なくらいだ。君を守る為に、文字通り命を張ったんだろうね。あの点滴が終わったら、もう少し詳しく診てみようと思うが……。君はどうする? 一度帰るかい?」
「帰る……? どこに……」
「寮生活だったよね」
「マフィティフがいないなら帰らねぇ」
「ううん……、そうか……」
困った様な声に、わがままを言うなとため息を吐く声が重なった。いい子だから、家で待てるだろう、という言葉が聞こえた気がして、ペパーは更に身体を丸める。
「寝袋あったかな……」
「……え」
しかし、聞こえた言葉は全く違っていて、ペパーは思わず顔を上げて隣に座るカインを見た。その視線に気付いたのか、彼女は肩を竦めて笑う。
「……心外だな。怪我人を床に転がすとでも思ったのかい?」
「いや、帰れって言われるとばっかり……」
「帰れって言えば帰るのかな? ……少なくとも、今夜マフィティフは帰れない。彼が帰らないのならペパーも帰らないだろう?」
「…………」
「構わないよ。マフィティフが心配なんだろうし。セイジ先生と校長先生には連絡しておく」
「……何でそこまでするんだ」
「何で? ……決まっているだろう。君は生徒で、わたしは教師だからだよ。さらに言うと大人だからね。子供のわがままにだって、少しくらい付き合うさ」
特に気にした様子も無く、あっさりとそんな事を言ったカインの肩で、バチュルがそれを肯定する様に鳴いた。
「子供……」
「ご不満かな? 事実だから受け入れて欲しいな。君はとりあえず、今晩何が食べたいか考えておくといい」
「…………」
叱るでも諭すでもなく、ただそんな事を言ったカインはそのまま立ち上がる。立ち上がれないペパーを見下ろして、真面目な顔で呟いた。
「……やっぱり君にクッションを持って来ないといけないな。腰が痛い」
「……何だよそれ」
「実体験に基づく意見だよ」
「ふはっ……」
腰をさすりながらそんな事を言うカインが少し面白くて、ほんの少しだけだが、ペパーはようやく気が抜けた。