ゼロに続く道
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「……先生」
「…………」
「カイン先生」
「……ああ、なにかな……」
マフィティフの世話をペパーが一人で一日こなせるかのテストが終わった。今日一日の様子を、スマホロトムが録画した映像で確認中のカインを前に、ペパーは恐る恐る声を掛ける。
「先生、すっげぇ顔してるけど……」
画面を凝視するカインは、朝とは雰囲気が一変していた。アカデミーと牧場の仕事をしても、こんなに疲れた顔は見た事が無い。ペパーに余裕が無かった為に気付かなかっただけかも知れないが、ペパーがカインの監視下で謹慎生活が始まった当初も、こんな顔はしてなかった気がする。
「おつかれちゃんか……?」
「予め言っておくけれど、君のせいではない。バチュルがひっくり返った様子を見せただろう? 覚えておくといい……。大人はバチュルの様にひっくり返っていられないんだ……」
「元気マンマンちゃんの反動……!」
納得したペパーに薄く笑って頷いたカインは、目頭を揉みながらスマホの画面から顔を上げた。
「……ペパー、わたしの事はともかくとして。最後の確認だよ。今日一日、わたし達の手助け無く過ごしてどうだった? 君自身に疲労は無いかな?」
手を組んで、真剣な表情で問い掛けられる。テーブルの向こうにいるカインからの質問に、ペパーは考える間も無く頷いた。
「疲れてはないぜ。大事なマフィティフのお世話だからな!」
「今日やった事を、毎日、欠かさずにやらなくてはならない。それでも頑張れるかな?」
「当たり前だぜ!」
にこやかに答えるペパーに、カインは一瞬目を伏せた。ペパーに問い掛ける言葉を慎重に選ぶ為だ。
「……、よく考えて答えなさい。寮に戻ったら、ここで過ごす期間とは状況が変わるんだ。教室で授業を受ける、課題を提出するという学生の本分に、マフィティフの世話が加わる。そしてそれは……、恐らく長期間、終わりが見えないと言っても過言じゃない。それでも出来るかい?」
「……で、できる!」
「……そうか。君がそう言うのなら信じよう。謹慎期間は今日までだ。明日には寮の部屋に帰りなさい」
カインとしては不安が残る返事ではあるが、出来ると言うペパーの言葉を信じなくてはいつまでも寮に帰せない。
それに、ここ数日はほぼ見守りだけになっていたし、今日一日一人でやり遂げた実績もある。これ以上長くこの場に留めると、学業にも支障が出るだろうから、謹慎期間の延長は不要だ。
「君にとって、明日からが本番になるけれど。……さて、ここからは教師としてではなく、ポケモンの世話を仕事にしている個人としての話だ」
「まだ話が……?」
「アフターケアの話だ。一人で世話をする時に困った事が発生するかも知れないだろう? ドクターに連絡を入れて相談するのが一番早くて確実なのだけど、君のスマホに病院の番号は入っているかい?」
「入ってるぜ!」
「グッド。次に、仮に君自身が体調を崩してマフィティフの世話が難しい状況になった場合。それも病院に相談する事」
「先生が預かってくれたりは……」
期待を込めた表情のペパーには悪いが、カインはその期待に応えられる立場に無い。首を振ると、ペパーは明らかに落胆する様子を見せた。
「しないよ。わたしの牧場が受け入れるポケモンは、パルデアの環境に慣れる為の預け入れだ。マフィティフは条件に無い。君達の様子があんまりだったから連れて来てしまっただけだ。……個人としては助けられて良かったと思っているけれど、教師としては大いに反省している」
「先生って難しいこと考えてんだな……」
「……そうかもしれない。わたしが無理に手を出さなくても、マフィティフは助かった可能性があったのではと考えた事だってある。逆に、手を出してしまったからこそ、君にはこれから大変な毎日が待っている訳だ」
「そんなの……! あの時カイン先生が助けてくれなかったらマフィティフは──」
ペパーは最後まで口にしなかった。最悪を想像してしまったのだろう。
ポケモンは人間より強いから、もしかしたらカインが言うように一命は取り留めたかもしれない。逆に、助からない道しか残ってなかったら。自分の行動が原因の怪我を治す事もできず、頼りにした大人は誰も助けてくれず、マフィティフがいなくなってしまったかもしれない。
「ペパー、全ては可能性の話だ。マフィティフはちゃんと君の傍にいるのだから、そんな顔をしなくても良い」
「っ、うん……」
「あの時のわたしは、助けを求めて職員室に駆け込んできた君達を助けたいと思った。教師としてその行動はどうかと思って何度シュミレーションしたところで、やっぱりわたしは君を連れて来てしまう。……誘拐だと言われても反論出来ないね」
「先生……」
「……わたしの話ばかりになっているな。話を戻すよ。ペパー、辛くなった時に相談出来る人を決めておきなさい。担任のセイジ先生でも構わないし、もちろん家族でも良い。確か、父親はエリアゼロにいるんだったね」
信頼できる身近な大人に相談しなさい。
そう続ける前に、ペパーは話題に上った人物を聞くなり腕を組んで顔をしかめた。完全に拒絶する態勢になった彼に、ペパーは不機嫌なまま首を振る。
「アイツに相談する事なんて無い。先生達は、オレがエリアゼロに降りた事も、マフィティフが大怪我した事もちゃんと父ちゃんに伝えたんだろ? でも来ない。そんなヤツ信用できない」
「…………、そうか。相談相手に信用が無ければ相談する事は出来ないからね。仕方が無い」
父親に会う為に禁足地に降りたペパー。研究に忙しいとは言え、連絡一つすら入らない事はセイジから聞いていた。意外な形でペパーの方にも連絡が来ていない事が発覚して、カインは思わず目を伏せる。
「事情を全部知ってるカイン先生じゃだめなのか……?」
「……わたし?」
親がいるとは言え、彼にとって頼りにならないのなら福祉に繋げるべきでは、と考えていたカインは、ペパーの言葉にこれでもかと目を丸くした。
「……確かにわたしに相談が来れば、スムーズに適切な機関に繋ぐ様に尽力するけれど……」
「マフィティフの事で困ったら、カイン先生に相談する。病院に行った方がいいかを最初からドクターに聞くより、先生の方が聞きやすいし!」
「それは駄目だ。仕事中ですぐに返信出来ない可能性があるから、マフィティフの変調をわたしに相談するのは止めなさい」
「……仕事……」
「それに何より、直接診ていないポケモンの診断は出来ない。異変を感じたら、ドクターに連絡しなさい」
「そ、そうだよな……。ごめんなさい……」
すっかり萎縮してしまったペパーに、カインが言葉を間違えたと気付いた時にはもう遅い。見るからに落ち込んだ彼に、あんな言葉を返すつもりではなかったと言ったところで言い訳じみた言葉になってしまう。
「君は冷たいと思うかも知れないけれど、マフィティフは画面越しに診察出来る状態ではないんだ。異変以外ならば、何かあったら連絡してくれて構わないよ。……寄り添えるかは別として、君の不安くらいは聞いてやれる」
「不安……。……なぁ先生。マフィティフは治んのかな……? 元に戻るのかな……?」
命の危機は乗り越えたとは言え、マフィティフは未だ重体である事に変わりはない。完治とは程遠いマフィティフに視線を向けて、ペパーは自分の手をきつく握り締めた。不安そうな彼が欲しているだろう優しい言葉を、カインは返す事は出来なかった。
「慰める事は簡単だ。けれど、わたしはポケモンの命を預かる立場の人間としてその答えを返す事は出来ない。……分からない、としか言えないよ」
「…………」
「時間が許す限り論文を読んだ。それでも足りずに、医学書を読み漁っている最中だ。ハッサク先生に製法を聞いた薬も、完治させる為の薬ではない。……現状、マフィティフの体力頼みだ」
「……そんな調べ物してるとこ見た事ねぇけど……」
「ロトムから手助けしてもらっているからね。スマホで論文をかき集めて読んでいるんだ。幸い、牧場はポケモン達も手伝ってくれている。手を出した以上、出来るだけ寄り添う。それがわたしの責任だからね。諦めるつもりは毛頭無いから、ペパーもマフィティフの世話を頑張って欲しい」
あまりカインが必死になっていると、ペパーの不安が大きくなるのではないかと、彼には調べ物をしている様子を見せないようにしていた。それが逆に不信感を与えてしまったらしい。向き合うのは難しいと自省していたカインを横目に、ペパーは何やら思い付いたのか一つ手を打った。
「……なぁ、先生。気になることがあるんだけどさ……」
「何かな? 気になる事があるのなら、今のうちにどんどん聞いてくれて構わないよ」
「さすがのカイン先生も、全部の本を読んだワケじゃ無いだろ?」
仕事の合間に、マフィティフの治療法を探している最中だ。後輩であるフユウの手も借りてはいるが、現状二人だけで膨大な書籍の中から治療法を見付けるなんて、それこそ姿の見えない幻のポケモンの色違いを求めているようなものだ。
「そうだね。医学書の中でも、怪我に関わるジャンルに目星を付けているとは言え、それだけでも膨大だ」
ペパーの疑問に当然だと頷くと、ペパーは真剣な顔で言葉を続ける。
「……マフィティフはエリアゼロでケガしたんだし、エリアゼロの本にヒントあったりしねぇかな?」
「……ふむ? 続けて」
「エリアゼロで研究してるくらいだし、父ちゃんが大事に読んでた本に色々書いてあってさ。バイオレットブックってのに……、だぁーっ!! 家の本棚から持ってきてねぇ!!」
「……バイオレットブック……」
カインも、その本の存在は聞いた事がある。確か、スカーレットブックと対になっている本だったか……。旧知の間柄にある女性が、その本の内容を熱く語っていた記憶がある。カインの興味を誘う内容では無かった為に、タイトルと大まかなジャンルしか覚えていないと言ってもいい本だ。
「……確か、エリアゼロの探険記ではなかったかな?」
「そう! その本に秘伝スパイスってのがあったんだ! 先生が使った薬も"秘伝"だし、スパイスにも何かあるんじゃないかって思うんだけど……」
「その為に、またエリアゼロに降りるつもりかい?」
「…………うっ……、エリアゼロは立入禁止……」
「理由は身を持って理解しているね?」
「……ハイ……」
「よろしい。……しかし、バイオレットブックか……。真偽も怪しい内容を聞かされた記憶しか無いな……」
「アイツが……、父ちゃんが大事にしてる本なんだ。ガキのオレには難しくてよく分かんなかったけど……。ちゃんと読んでみるぜ!」
「…………」
「カイン先生?」
エリアゼロについて書かれた本や論文は、そう多くない。それは単に、エリアゼロが危険地帯だからという理由もある訳だが。その中でも、スカーレットブックとバイオレットブックは信頼できる情報ではないとカインは感じていた。
熱く語っていた相手に対して、カインが苦手意識を持っていた、という理由もあるだろうが。どうしても信じ切れないというのが本音だ。
しかしそれはカインの事情だ。ペパーの中に芽生えた希望の種を摘む理由にしてはいけない。首を振って、テンション高く語る彼女の残像を意識の外に投げ出したカインは、怪訝そうな顔をしているペパーに目を向ける。
「すまない、今後の方針を考えていたんだ。多角的なアプローチは悪くないと思う。医学書は専門用語が多いから、そちらは継続してわたしが情報を探す。ペパーはバイオレットブックの方を任せても構わないかな?」
「……! お任せちゃんだぜ!」
「マフィティフの世話、学業。それに加えてバイオレットブックの読み込み。……頑張れるかな?」
「マフィティフの為だからな! ちゃんとやってやるぜ!!」
「よろしい」
ペパーの威勢のいい返事に、カインは満足気に頷いた。
しかし、威勢のいい返事とは裏腹に、急に増えたタスクに慣れていないペパーには負担が大きかったのだろう。
徐々に教室から遠ざかっていくペパーに気付きながらも、担任でもないカインが自分から積極的に関わっていいものか迷っている内に、ペパーはすっかり授業に現れなくなってしまったのだった。